第8話 若社長宅の朝!
本当に寝かせてもらえなかった。
と書くと艶っぽい想像をする読者もいるかもしれないが、その実情はお色気とはほど遠い。
交代でシャワーを浴びたあと、ふたりで『浦島太郎鉄道』の百年モードを夜通しプレイしたのである。
『浦島太郎鉄道』はいわゆるすごろくゲームだ。サイコロを回して日本全国を旅して、途中の駅で物件を買い占めつつ、他の人に貧乏神を押し付けあいながら目的地を目指す。
十二ターンで一年。それを百年続ける。そりゃ夜も明ける。
このテレビゲームをしているときも『ファイファイ』と同じ体勢で、社長――いや、スバルさんはずっと髪の匂いを嗅いでいた。
「この、こずえさんがわたくしと同じ匂いをさせているというのはいいですね。わたくし色に染めている感じがします」
などと言われて、私は背筋がゾクゾクするのを感じながら必死にテレビ画面に集中していたのである。
それでもスバルさんはめちゃくちゃ強い。百年終えたあとにはスバルさんが私と二人のCPUをおさえて一位を獲得していた。
「スバルさんって弱点とかないんですか……?」
「おや、わたくしに興味ありますか?」
スバルさんは私がやっと名前で呼んでくれたことに上機嫌である。
「そうですね……料理が苦手です。食材を黒焦げにしたり……家族からは『お前は家政婦かシェフを雇え。絶対に包丁を持つな』と言われております」
「そんなに……?」
いわゆる料理下手か……。
「今日は家政婦さん来てないみたいですけど」
「こずえさんが作ってくれたら嬉しいなー、と」
おいおい、私も料理下手だったらどうする気だったんだ。すごい賭けをする人だな。
私は料理ができないわけではなかったが、スバルさんの舌に合うだろうか、とものすごく不安だった。
ふたりで一階の食堂に下りて、とりあえず簡単なものを、と、冷蔵庫の中を失礼ながら拝見させてもらって、フレンチトーストを作った。朝だし。
スバルさんの反応が不安要素だったが、「美味しいです」とパクパク食べてくれて安心した。
今日は日曜日である。会社は休みだ。今日一日はゆっくりできる。
「ふわぁ……」
私がフレンチトーストを食べながらあくびをすると、スバルさんがくすっと笑う。
「おねむですか? わたくしもそろそろ眠くなってきましたので、一旦休んでいってください」
朝食を終えて片付けてから、社長は私の手を引いて再び道案内をしてくれる。
「たまに家族が泊まっていく用の客間なんですが、よろしければお使いください」
――家族以外でわたくしの家に訪れたのは、こずえさんが初めてなんですよ。
スバルさんはそう言って、いたずらっぽく笑った。
私が、初めて。
眠いのもあって、なんだか夢を見ているような気分で、その言葉を反芻する。
「ゆっくり休んでいってくださいね」
スバルさんにベッドまで導かれ、私はそのままベッドに入る。
「おやすみなさい。またのちほど」
そう言って、スバルさんは私のまぶたに唇を落として、部屋から出ていった。
――結局、スバルさんは私に手を出さなかったな。
うとうとしながら、私はそんなことを思う。
うなじを舐められたりはしたけど、てっきりそういう艶っぽいイベントが起こって朝チュンすると思ってた自分が恥ずかしい。
スバルさんってけっこう無欲な人なんだろうか。
いや、自分にそういう色気というか魅力がないのは知ってたけどさ、と思いながら目を閉じる。
寝不足の私はすぐにストン、と眠りに落ちた。
***
目が覚めて、ベッドのそばの置き時計を見たらお昼時だった。
思ったよりは早く起きれたな、と思う。
食堂に行くと、スバルさんは先に起きていて、コーヒーを淹れているところだった。
「あ、こずえさん。おはようございます」
「おはようございます……」
「まだ少し眠そうですね。――どうぞ」
むにゃむにゃした喋り方になっている私に微笑みかけながら、スバルさんは私にマグカップを渡した。
「砂糖とミルクは入れますか?」
「いえ、このままで大丈夫です」
私はちびちびと熱いコーヒーを飲む。苦い、けど我慢できる苦さだ。いい眠気覚ましになる。
お昼はチャーハンを作った。仮にも大企業の社長相手にこれは流石に冒険しすぎたかと思ったが、スバルさんは美味しい美味しいと嬉しそうに食べてくれた。優しい。
そのあとはスバルさんの家でダラダラと過ごした。『ミスター・マリモレーシング』というレーシングゲームをしたり、『ダンガンロボッツ』や他にふたりが共通で見ているアニメの話をしたり、プラモの話をしたり、いろいろ。
男性的な趣味の中でも、大きく分けてアウトドア派とインドア派がある。私とスバルさんはふたりともインドア派だった。それこそ家に引きこもってプラモを作ったりテレビゲームをしたり、そういったことだ。私は外に連れ回されたりスポーツをしたりといったことは苦手だったので、スバルさんが同じインドア派だったのは助かった。
夕方頃、スバルさんは車で私を家まで送り届けてくれた。一度飲みに行って代行運転で帰った時、私の家をしっかり覚えたらしい。何も言わなくてもスムーズに着いた。
「お世話になりました」
私は車を降りて、運転席に座るスバルさんにお礼を言う。
「ええ、また明日、会社で。――こずえさん」
スバルさんが運転席のドアを開ける。
なんですか、と訊く前に、唇をふさがれていた。
「――楽しい時間を過ごさせていただきました。それでは」
顔を真っ赤に染めた私を置いて、スバルさんはにっこり笑って運転席に戻り、颯爽と走り去っていった。
……もう、もう……!
私はたちの悪い男を好きになってしまったと、赤い頬を押さえるのであった。




