第5話 社長ファンクラブにカードゲーム伝授!
秘書の皆さんに、社長との仲を応援されてしまった……。
私は沈んだ気分で仕事をしていた。
いや、社長がイヤなわけじゃない。イヤなわけではないんだ。むしろ社長に一番近い立場の人間から社長との仲を後押しされるなんてこの上ない名誉だ。
でも私は社長から逃げちゃったし、いまさらどんな顔をして社長に会えと……。
昼休みが終わって総務部に帰ってきた時、社長はいなかった。おそらく社長室に戻ったのだろう。
昼休み、総務部に残って弁当を食べていた社員によると、社長は一度は総務部に私を探しに来ていたらしく、「社長は傷ついたようなものすごく切ない顔をしていた」と言っていて、どう考えても私のせいである。
社長を傷つけるつもりはなかった、などと心のなかで弁明しても、事実は事実である。社長に謝罪をしなければ、と思いながらキーボードを打つ。今日はうまく打てなくてタイプミスが多い。
「ねえねえ、能登原さん。ちょっといい?」
「はい?」
女の声がして、振り向く。
例の非公式ファンクラブの会長というか創設者というか――リーダー格の女子社員が立っていた。
「能登原さんも定時で上がるでしょ? 今日ちょっと飲みに行かない?」
――あ、これ、シメられるやつだ。
サーッと顔が青ざめるのがわかる。
「え、ええと……」
「私たち、能登原さんとお話したいなあ……?」
ファンクラブ会長の後ろには、数人の女性――ファンクラブ会員だ――が微笑んでいる。ひいぃ……笑顔が怖いよう……。
「来るわよね?」
「……はい……」
有無を言わせない笑顔に、私は降伏した。
ここまで来たらもう仕方ない。暴言を吐かれるかもしれないけど、多分暴力までは振るわれないはずだ、と信じたい。
ああ……短い人生だったなあ……人生まだ半分も生きてない。人生百年ならまだ四分の一くらい。会社勤めだってまだ三年目だ。
今までの記憶が走馬灯のようにフラッシュバックする。その記憶はやっぱり「変わり者」と呼ばれて避けられてた悲しい思い出が多くて、また鼻の奥にツンとしたものを感じた。
その記憶の中に、「能登原さん」と優しい声音で呼ぶ藤井社長の笑顔も浮かぶ。社長……短いお付き合いでしたが今までありがとうございました……。
「――ああ、能登原さん。総務部に戻っていらしてたんですね」
その記憶の中と寸分違わぬ声が聴こえて、一瞬幻聴と区別がつかなかった。
「あっ、社長~! お疲れさまです!」
ファンクラブの人たちが黄色い声を上げる。
「能登原さんと一緒に飲みに行こうと思ったのですが……まだ体調すぐれませんか?」
社長は心配そうな顔でこちらを見る。ファンクラブの人たちが壁になって私には近寄れない様子だが、それでも社長の顔面は破壊力が抜群だ。
「ごめんなさい、能登原さんは私たちと先約があって~」
猫かぶり、とまではいかないが、こういう声を猫なで声というのだろうな。ファンクラブの会長はしなを作って社長に言う。
「ああ、そうなんですね、残念です……では能登原さん、また明日お会いしましょう」
社長もそろそろ帰るらしい。手を振ってその場を去った。
「……能登原さん、飲みながら色々と話聞かせてね?」
会長がニッコリ笑う。だから笑顔が怖いよう……。
***
「――社長ってホント、いいわよね……」
「いい……」
「顔も良くてスタイルも良くて声も良くて地位もお金もあって完璧すぎる……優良物件なんて言葉では言い表せない……」
「ほんとそれ……」
「神の創りし最高傑作……」
まだ飲み始めたばかりなのに、ファンクラブの面々はすでに社長に酔いしれている。社長を称賛する言葉がやまない。
私はどんな目に遭わされるのかとビクビクしていたが、特に暴言を吐かれることもない。今のところは。
「ねえ、能登原さんはどうやって社長とあんなに仲良くなったの? ごく最近まで能登原さん、社長に近寄ろうともしてなかったじゃない」
「あ、見てたんですね……」
「一応女子社員の動きはチェックしてたわよ~」
なにそれ怖い。
「むしろ社長を避けてる感じだったのに、社長の方から突然接近してきたって感じよね。きっかけは何?」
「ええ……っと……」
私はとりあえず今までの経緯を語る。
「プラモデル!? 能登原さんプラモデル作ってるの!?」
「能登原さんってあんまりオタクっぽく見えないけど、へえ~。人は見かけによらないものねえ」
「そうですか?」
私なんて典型的なオタク女だと思うけど……。
「社長は『能登原さん、わたくしと同じカードゲームやってるんですよ!』って言ってたけど、結構男子向けの趣味が多い感じ?」
「ええ……まあ……」
社長……また私の趣味言いふらしてる……。
これは会社中に言って回ってるな、と私は額を押さえた。
「ねえねえ、そのカードゲーム――マジックなんたら? 私にも教えてよ」
「あ、私も~! 社長と一緒にゲームやってみたい!」
というわけで、社長ファンクラブの皆さんにも『マジック&サマナーズ』を教えることになった。これで今日一日で二回カードゲームの遊び方を他人に教えたことになる。
しかし秘書のときとは違い、ファンクラブの皆さんはオタクの素質があったらしく、すんなりゲームの遊び方を覚えた。
「ねえ、このカードパックって課金? しないと買えないの?」
「フレンドコインやたまに無料でもらえるプレミアチケットを集めれば無課金でもいけますけど、早く強くなりたいなら課金したほうが近道ですね」
「うーん、こういうゲームに課金するのはちょっと……際限がなくなるし……」
「私も無課金でやってますけど、課金しない場合、数年かけてやっとそれなりのデッキが作れる感じですかね……」
私の場合は持ち前の強運のおかげでなんとか課金勢とも渡り合えてる感はある。それでも黒星のほうが多いけど。
「でも弱いなら弱いで社長にアドバイスとかもらえちゃうかも?」
「社長優しいからありえる~!」
「とりあえずデッキは自動で組んでみるわ、能登原さんありがとう! これで社長と話が弾む!」
会長がそう言って、ファンクラブの面々は私に手を合わせて拝む。
「い、いえ、どういたしまして……。でも、私てっきり社長に近づきすぎてシメられると思ったので安心しました」
「あら、失礼ね。このファンクラブはもっと平和的よ。活動内容は社長を見守って、たまに社長とお話して、会員同士で社長を褒め合うだけ」
どうやら独占禁止法が敷かれているという話はデマだったらしい。私は自分の命が守られたことに安堵する。
「ねえ、能登原さんもファンクラブ入らない? 一緒に社長を崇めましょう?」
すごい誘い文句だな。
「……私は……やめておきます。きっと私には、そんな権利ないから……」
「そういえば、社長が昼休み、能登原さんを探しに総務部に来たんだけど、すごい切なそうな顔してたわね。何かあったの?」
「実は……」
私は今までの経緯を語る。社長と自分が付き合ってるとあらぬ疑いをかけられて、社長に迷惑をかけてしまったこと。ファンクラブの皆さんや女子社員の嫉妬が怖くて、怖気づいてしまったこと。――そして、自分が臆病だったから、社長の手を離してしまったこと。
「――そうだったのね」
会長は静かにそう返した。
「あっはっは、ファンクラブはそんな怖いもんじゃないわよ~! むしろ社長を傷つけた今の状態のほうがよっぽどみんなに怒られるわよ~?」
酔いの回った会員が豪快に笑う。
「私たちはね、社長とどうこうなりたくてこういう活動してるわけじゃないの――いや、あわよくば玉の輿には乗ってみたいけど、それはともかく――私たちは、社長の幸せを願ってる、ただのファンなのよ」
会長は組んだ指の上に顎を乗せながら、私に微笑みかける。
「だから、能登原さんが社長を幸せにしてくれるなら、それは歓迎するわ」
「それは――」
それじゃまるで、社長が私のことを好きみたいじゃないか。
「いや、実際どう見ても社長はあなたのことかなり好意持ってると思うけど。気づいてないのあなただけよ」
それとも、気づきたくないだけかしら?
そう言って、会長はミステリアスな笑みを浮かべた。
「とりあえず明日、社長に会ってちゃんと謝りなさいな。ファンクラブは社長を傷つける人間は許さないわよ?」
「今回は特例で見逃してあげるけどね~。これからは能登原さんと社長の恋愛模様を拝ませてもらうわ」
「れ、恋愛模様って……」
まだ告白すらしていないのに、話が飛躍している。
「あはは、時間の問題だと思うけどね? いや~でもやっぱり妬けちゃうね、会長?」
「そうね……楽しい片思いの六年間だった……」
ちなみに会長は六年前の創業時から勤めている古株である。
「ろ、六年も片思いを……? あの、私なんかでいいんでしょうか……? 私が社長に釣り合うとも思えないんですけど……」
「社長に釣り合う女なんてそれこそ社内にいないセレブしかいないでしょうに。それはそれでイヤ。それに、釣り合うかどうかは社長が決める問題でしょ?」
会長の言葉に、胸が詰まる思いだ。六年間片思いをし続けて、それを目の前の女に譲るって、どんな気持ちなんだろう。
私もそろそろ覚悟を決めなければならない。会長のように社長に恋心を抱く女たちの思いを、受け止めなければならない。
「とりあえず飲も飲も! 失恋酒だ~!」
「能登原さんと社長の未来にカンパーイ!」
居酒屋での夜は更けていった。




