第4話 社長秘書たちにカードゲーム伝授!
前回までのあらすじ。
社長が私の趣味をあっさりバラした。
女子社員や社長ファンクラブの嫉妬に怯えた私は、社長から逃走した。
さて、社長から逃げ出してしまったが、どこへ行こうか。
社長が見えなくなるまでしばらく走った私は、うつむいてトボトボと廊下を歩く。
総務部には――戻れないな。社長が待ち伏せしてる可能性がある。
どのみち昼休みが終わったら総務部には戻らなきゃいけないんだけど、昼休みの時間が終わるまでは、社長から隠れなくてはいけない。昼休みが終わったら、社長も業務があるのだから社長室に戻る……と思いたい。こんな一方的なケンカ別れみたいな状態で社長にどんな顔を合わせればいいのか、地獄すぎる。
ああ、これで社長に嫌われたかもしれない。鼻の奥がツンとする。
結局社長の手をとっても振りほどいても、誰かには必ず嫌われる。全員に好かれるなんて神様でも無理なのはわかってる。それでも私は怖かった。あまりに臆病だった。
とりあえず空いてる小会議室にでも入って、喫煙室で食べる予定だった手持ちの携帯栄養食でもむさぼり食おう……とドアに手をかけると、
「能登原さん」
と誰かに声をかけられた。女性の声だ。
振り向くと、三人の美女が立っていた。この人たちは私も知っている。美人ぞろいの秘書課の方々だ。非公認のファンクラブに入る必要なんて無い、社長に一番近い人たち。そんなヒエラルキー上位の人たちが、なんで私に声をかけるんだろう。
『嫉妬』という二文字が再び頭に浮かぶ。え、いびられる? 私これから秘書課の人たちにいびられちゃうやつ?
心のなかで身構える私に、秘書課の美人が口を開く。
「能登原さんってカードゲーム詳しいのよね?」
「え、ええと……まあ……ものによりますけど」
「お願い、社長がやってるカードゲームについて、詳しく教えてほしいの!」
パン、と音を立てて、秘書課の人たちが手を合わせて頭を下げる。
「え? あの……『マジック&サマナーズ』について、ですか?」
「名前はよくわからないけど、社長がやってるなら多分それ!」
「と、とりあえず頭を上げてください……!」
美女に頭を下げられると、優越感なんかより困惑のほうが勝る。
「あの、社長から直接ご指導いただければ良いのではないかと……」
「社長の言ってること、専門用語が多くてよくわからないのよ……」
「ああ~……」
わかる。専門用語って一般の方向けにどう説明したらいいか分からないことある。
そこで私はひらめく。この秘書の人たちが『マジック&サマナーズ』に詳しくなって社長や喫煙所の男性社員たちの対戦相手になってくれれば、社長も喫煙室がにぎやかになって喜ぶのではないだろうか。
私みたいな冴えないオタク女より美女が相手の方が、男の人は普通喜ぶだろう。
それで、私のことなんか忘れてくれて……私はまた社長を遠目から眺めて拝む生活に戻る。
これまでの経緯を読んでくれたなら分かると思うが、私は社長のことが嫌いなわけではない。むしろ未だに未練を引きずっている。
社長と趣味の話で盛り上がるのは楽しかったし、カードゲームで対戦しながらデッキ構築のアドバイスをもらったりするのも独り寂しく趣味に没頭していた私には新鮮で、嬉しくて、満たされた。
でも――重い。社長の人気と、それに伴って女性たちからの嫉妬を真正面から受け止めるのは、私には重すぎる。私にはそんな覚悟がない。
それなら、私は再びモブになって社長を遠くから焦がれ続けるほうがよほど気楽なのではないか。
結局、私は私のことしか考えられないのだ。だから私はいつも独りなのだと、私は密かに自嘲する。
「いいですよ、私に分かる範囲でお教えします」
私はそう口走っていた。
「助かるわ、能登原さん! 私たち、社長のこともっと知りたかったの!」
秘書の皆さんは眉尻を下げた笑顔で感謝の言葉を述べた。
それから、私は昼食をとる予定だった小会議室で秘書の皆さんに『マジック&サマナーズ』について教えることになった。
ゲームを始めればだいたいチュートリアルでカードパックの引き方やカードバトルの仕方などはスマホゲームの中で教えてくれるのだが、「このカード強いの?」とか「このカードの効果の説明文がよくわからない」といった質問に、私はなるべく初心者にも分かりやすいよう、噛み砕いて答える。専門用語についても、出来る限り伝授した。
しかし残念ながら、秘書課の皆さんは首をひねる。
「ごめんなさい、このゲームの面白さは、私たちにはよくわからないわ」
「そうですか……」
まあ、ゲームは人によってジャンルの向き不向きがあるし、もともとオタク気質でもなさそうなこの美女たちには合わなかった、ということなのだろう。
「でも社長の話にはなんとかついていけるようになったと思う! 本当にありがとう、能登原さん。助かったわ」
秘書のひとりが、私の両手を取って握手してくれた。今までよく知らずに勝手に高飛車そうなイメージを持っていたけど、接してみれば案外優しくて上品でいい人たちだった。さすがあの社長の秘書を務めるだけのことはある。
喫煙所での常連にはなってくれそうにないが、社長の話し相手になってくれるのは嬉しい。秘書と趣味の話ができるなら、社長も喜ぶと思う。
というか、そもそも秘書と話が合わないから、私に目をつけたのかもしれない。
「ところで、能登原さんは今日は喫煙所に行かないの?」
秘書のひとりにいきなり核心を突かれた、というかもはや刺された気分だった。私は心のなかでグハッ、と吐血した妄想をした。
「え、ええと……ちょっと喫煙所に行くには体調が万全ではなくて……」
「えっ!? そんな状態で私たちに教えてくれてたの!? なんかごめんなさい!」
「いえ、それは大丈夫です、はい……」
慌てて謝る秘書の方を手で制する。
「でも、たしかにタバコのニオイって気分悪くなるものね、わかるわ」
「あのニオイが服につくのがイヤで女子社員はみんな喫煙所に入った社長を追いかけられないものね」
秘書たちはうんうんとうなずく。
いや、私は別にタバコ自体は平気なんだけど、なるほど、だから喫煙所には女子がいないんだ。
「社長ね、最近はいつも以上に機嫌がよかったのよ。能登原さんが同じ趣味を持ってて話が合うって喜んでらしたわ」
秘書のひとりが目を細めて微笑む。
社長……私の趣味をいったい何人に言いふらしてるんですか……。
私は思わず額に手を当てる。まあたしかに隠せとは言わなかったけども。
でもまあ、会社中に私の趣味がバレているのなら、もう隠す必要もないのかも。
社長が隣の席の女子社員に趣味をバラしたときの反応を見るに、今の時代オタクであることは意外と世間に受け入れられているのかもしれない。時代は変わったものだ。
私はひとりで納得した。
「能登原さん、これからも社長と仲良くしてくれると嬉しいわ。社長があんなに幸せそうな顔するの、多分能登原さんのおかげだと思うから」
「え?」
私は秘書の言葉に耳を疑う。三人の秘書は、祝福するように微笑んでいる。
「で、でも、社長と話を合わせたいから皆さんはカードゲームを勉強していたのでは……?」
「まあそれもあるんだけど……社長の取引先も藤井社長に教えてもらってカードゲームやってる社長さんや重役の方が多いから、私たちも一応話題が理解できるようにしなくちゃいけなくて、そのためもあるかな」
秘書の皆さんは一様に苦笑する。
多分なんかゴルフとかやる感覚で社長同士でカードゲームをしているのだろう。社長はカードゲーム仲間を増やすのにご執心らしい。
「でも、社長の周りでカードゲームやってる女子って能登原さんくらいだと思うのよ。社長は能登原さんが自分と同じゲームをやってるの、相当喜んでらして……。だから、能登原さんさえ良ければ、これからも社長とゲームに付き合ってくれれば、って私たちは思ってるわ」
それは私もやぶさかではないけど、さっき一方的に逃げちゃったんだよなあ……!
「あっ、もうこんな時間。昼休み終わっちゃうわ」
「じゃあね、能登原さん。色々と教えてくれてありがとう」
秘書たちは席から立ち上がって、小会議室を出ていった。
私も総務部に戻らないと。
社長が待ち伏せとかしてませんように、と祈りながら、私は小会議室をあとにした。




