裏話・第11話
「カードゲーム、あんなにいた女子が来なくなりましたね……」
虚無、といった表情で、もともと喫煙室の常連だった男性社員がそう言いました。
せっかく借りた会議室も、わたくしとこずえさん、あとはカードゲーム仲間の男性社員数人のみで、あとはがらんとしています。
「わたくしの歌に引かれたんでしょうね……」
わたくしはわりとどうでも良かったのですが、表面上だけは残念そうに言いました。
わたくしはもうこずえさんしか愛せない。こずえさんに手を出したらわたくしが許さない。
たしかそんな事を言って(発言内容すらもうあまり覚えてないのですが)わたくしは女子社員の告白を拒絶しました。
おそらくその女子社員は律儀に皆さんに伝えてくださったのでしょう。もう軽い挨拶や世間話以外でわたくしに話しかけてきたり、近寄ってくる女はいませんでした。完全にわたくしがこずえさんのものだと認知し、そっと見守る姿勢に入ったのでしょう。
「まあ、結局は出会い目的でカードゲームをしていた、ということなのでしょう」
わたくしは出会い目的でカードゲームをする輩が嫌いでした。カードゲームをエサに異性に近寄る者は男女問わず嫌いです。
だから、こずえさんには責任を感じてほしくないのですが、こずえさんは女子社員にカードゲームを教えた自分に対して気まずく思っていらっしゃるようでした。なんとお優しい方なのか。
「しっかし、まさか能登原さんがマジで社長の彼女になってしまうとは……」
男性社員がそうつぶやきました。そうですね、わたくしも自分で驚いています。こんなにもこずえさんに溺れてしまうなど、過去の自分には想像もできなかったでしょう。
「社長、どうします? 会議室使う意味なくなりましたし、また喫煙室に戻ります?」
「いえ、こずえさんに副流煙を吸わせるのはちょっと」
「ハハッ、大事にされてるなあ、能登原さん」
「か、からかわないでください……」
照れて頬を染めているこずえさん、可愛らしい。もう可愛らしい以外の語彙が浮かばない。
「そうだ、こないだ言ってたレアカード、見せてよ。たしか『悪魔の証明』と『神殺しのニーチェ』引いたんでしょ?」
「うっそ、マジすか!? ホント能登原さん持ってるなあ」
「えっ、『神殺しのニーチェ』なんてわたくしも持っていませんよ? ちょっと見せていただいても?」
「あ、はい」
気づけばカードゲームの話題に戻って盛り上がる、この空間がわたくしは、大好きでした。
「能登原さん、神の指でも持ってるんじゃないの?」
「あ、じゃあ今度からカードパック引く時、能登原さんにスマホタップしてもらおうかな」
「それで外れても文句言わないでくださいよ?」
こずえさんはこの頃になるともう、男性社員に対しても冗談めいた軽口が言えるようになっていました。それはそれとして、わたくしもこずえさんにカードパックを引いてもらえないか、あとでお願いしてみよう。
「じゃあそろそろ昼休みも終わるし、解散しますか~」
「お疲れ様でした、また明日」
「能登原さん、明日は日曜日だから会社来ちゃダメだよ」
「あ、そうでした」
ハハハ、と笑いながら、わたくしたちはゴミを片付けて会議室を出ました。
いつもどおりに、わたくしとこずえさんが並んで総務部へ向かっていく、それはもはや毎日の習慣となっていました。
「こずえさん、明日はご予定ありますか?」
「社長、会社では名字で呼んでください」
「もういい加減いいと思うんですけどねえ……」
事務的な口調で返すこずえさんに、わたくしは思わず笑ってしまいました。
わたくしたちの仲は、すでに会社内では公認となっているというのに、どれだけ真面目な女性なのか。ますます好感が持てます。
「仕事とプライベートの線引きはきっちりしておきたいので」
「わかりました。能登原さん、明日はご予定ありますか?」
わたくしは名前を名字に変えただけの、同じ内容の質問を繰り返しました。
「予定……はないですね」
「お花見デートとか、いかがでしょうか」
「デート……デートですか……」
こずえさんは反復するようにつぶやきました。嫌がっているというふうではなさそうです。
「プライベートでは外に出たがらない社長が珍しいですね」
「ええ、本当は能登原さんを家の中で独占したいのですが、いかんせんわたくしの家の庭に桜はないもので」
「ど、独占って……」
こずえさんはわたくしの言葉に赤面しておりました。本当に、可愛い。いますぐにわたくしの家に閉じ込めて独り占めしてしまいたい。
しかし、今は我慢のときです。こずえさんが桜をお好きなのは調査済みでしたが、そろそろ桜の花も散ってしまう。最近はどの部署も業務が立て込んでいて、総務部もなかなか時間が取れない様子でしたので、今までデートに誘えませんでした。やっと仕事が落ち着いてきた、今しか花見をするタイミングがない。
「それに、たまにはふたりで散歩などするのもいいかな、と思いまして。……いかが、でしょうか?」
わたくしはとどめを刺すように小首をかしげました。女性がわたくしの所作の中で「可愛い」と褒めてくださるものです。
こずえさんもドキッとしてくださったようでした。それは純粋に嬉しいことです。
「お弁当、作りますか?」
「作ってくださるんですか?」
こずえさんの一言に、今度はわたくしが目を輝かせる番でした。こずえさんの愛妻弁当! いえ、まだ結婚しておりませんでした、失礼いたしました。こずえさんの将来愛妻弁当になる予定の弁当! これでテンションの上がらないわたくしはおりません。
そんなわたくしを見て、こずえさんもまた可愛いと思っているようでした。お互いに少し気恥ずかしくなりました。
「では、場所と日時はのちほどLIMEでお伝えします。当日お迎えに上がりますね」
わたくしはそう言い残して、こずえさんを今日も総務部の部屋に無事送り届けて立ち去るのでした。
こずえさんがどんなお弁当を作ってくれるのか、心が弾むような気持ちで社長室に戻りました。
その日の業務はとても好調でした。




