第12話 若社長とお花見デート!
お花見デート当日。
LIMEで伝えられた時間きっかりに、社長は車で迎えに来た。
助手席に乗り込んで、連れてこられた場所は、都内の広い公園。土を盛って芝生を植えた丘や人工的なレンガの小道などがある。今日は天気もよく、日曜日なので家族連れやカップルが多い。
「行きましょうか」
車を駐車場に停めて、ふたりで車を降りる。社長――スバルさんは、私の手を取って、指を絡める。なるほど、これが恋人繋ぎってやつですね。わかります。
冷静なふりをしているが、内心、すでに脈拍がバクバク言っている。恋人繋ぎだけで私は瀕死である。心臓がもたない。
「こちらです」
スバルさんは私の手を引いて導いてくれる。
散歩、と言っていたが、まさしくそんな感じで、私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。スバルさんは足が長いし普段は結構歩くスピードも速いんだけど、私と一緒のときはゆっくり歩いてくれて、それがとても嬉しい。
公園の小道を歩いていくと途中から花壇が小道の両脇にあって、色んな花が咲き乱れている。まさに春って感じだ。私は花に詳しくないからチューリップくらいしか分からないけど。
「きれいですね」
「そうですね。でもまだ主役が登場していませんよ」
スバルさんが私と繋いでいる手とは反対の手を口に当ててクスリと笑う。
「――着きました」
「……わぁ……!」
しばらく小道を歩いて公園の端っこまで来ただろうか。ちょうど丘の裏側だ。
桜がいくつも並んで咲き誇る光景はまさしく絶景というやつだろう。
「秘書の方に教えていただいたんですが、ここは穴場らしいですよ」
たしかに、こんなにきれいなのに人はいないようだ。公園の端っこまでかなり歩くのでここまで辿り着く人もいないのだろう。
ちょうど桜に囲まれた場所にぽつんとベンチが置いてあったので、ふたりで並んで座る。
「お口に合うといいのですが……」
私はショルダーバッグからお弁当の包みを取り出す。あまり激しく動いてないとはいえ、中身崩れてないといいんだけど。
弁当箱を開くと、中身は崩れてなくて安心した。とりあえず唐揚げとか、卵焼きとか、おにぎりとか、定番のものを入れておいた。
「美味しそうですね」
社長は心底嬉しそうに言う。美味しそうだなんて、シェフを雇って料理を食べているような人が、買いかぶり過ぎではないのか。
「食べてもいいですか?」
「どうぞ。そのために作ったので」
私はスバルさんに割り箸を渡す。
スバルさんは割り箸を割って、唐揚げを口に入れる。
「――美味しい。これ、手作りなんですか?」
「まあ、自分で作れる料理なので」
私はしれっとした顔をしたが、その実、スバルさんに喜んでほしくて全部頑張って手作りしたのは内緒の話である。
しかし、スバルさんの口にあったようで本当によかった、と密かに安堵する。
「……こずえさん、あーんしてください」
「え?」
スバルさんが唐揚げを箸で持って私の目の前に差し出す。
「わ、私が食べるんですか?」
「ふふ、一度こういうのやってみたかったんですよね」
……。
私は顔が熱くなるのを感じながら、おずおずと口を開ける。
唐揚げが口の中に入って、それを幸せごと噛みしめる。
なんだかすっごく恋人っぽいことをしている。いや、恋人だった。
「美味しいですか?」
「……美味しいです」
一応味見はしたんだけど、冷めても美味しいのが確認できた。
「でも、こういうのって普通逆っていうか……女性が男性に食べさせるものでは……」
「え? やってくださるんですか?」
しまった、罠だ!
スバルさんはその言葉を待っていたと言わんばかりに、目を細めて弧を描いた。
「是非お願いいたします」
そう言って、スバルさんは「あ」の形に口を開けて待っている。やるしかない雰囲気。
私は震える手で卵焼きを割り箸でつまみ、スバルさんの口に入れる。
スバルさんはゆっくり咀嚼し、飲み込んだ。喉仏が動くその様子さえ目をそらせないほど見入ってしまう。
「……やっぱり、こういうのはいいですね」
スバルさんは妖しげな笑みを浮かべる。
「……率直に言っていいですか」
「なんです?」
私の言葉に、スバルさんは首を傾ける。
「ひな鳥にご飯をあげる親鳥の気分でした」
「……ふっ、くくっ」
私の感想に、スバルさんは腹の底からおかしそうにふき出す。
「手厳しいですね、こずえさんは」
「もともとはこういう性格なんです」
「ふふ、隠さなくなったのは嬉しいですよ」
スバルさんのおかげだ、と私は思う。
スバルさんは自分を偽ったりしない。会社でも堂々とカードゲームをするし、オタク趣味を隠さない。それでも彼は社員たちから愛された。そんな彼がまぶしかった。
そう伝えると、「わたくしもこずえさんのおかげで救われましたよ」と言われて耳を疑った。
「こずえさんだけはわたくしに幻滅しないと信じていたから、わたくしの本当に好きな歌を歌うことが出来たんです」
それは、社員旅行での宴会の話か。
「わたくしがああいった歌を歌うと、女性はみんな離れていきました。みんな勝手に勘違いして集まってきたくせに、『イメージと違う』と去っていくのです」
スバルさんは悲しそうだった。
「スバルさん……」
「でも、こずえさんは『かっこいい』と言ってくれましたよね」
男性社員の大歓声で聞こえたはずがないのに、伝わっていた、のか。
「それに、結果的にはこれでよかったのかもしれません。こずえさんは、女性たちの攻撃を受けるのが怖かったんでしょう?」
スバルさんは、私の悩んでいた内容を知っていたのか。びっくりして、声が詰まった。
「わたくしは、他の女性に嫌われても、こずえさんさえいてくだされば、それでいいんです」
スバルさんは、はっきりそう言った。桜が舞い散る中で、スバルさんの清々しい笑顔が美しかった。
「――そろそろ帰りましょうか。お弁当、作ってくださってありがとうございます。ごちそうさまでした」
弁当をぺろりと平らげて、スバルさんはベンチから立ち上がる。
私も、弁当の包みをバッグにしまい、スバルさんに手を取られて立ち上がった。
私たちは、車の中で無言だった。
私の家に着いて、助手席から降りようとすると、スバルさんが手首を握った。
もう「なんですか」とは訊かない。あのときと同じ、また唇が重なった。
「――次の約束をしても、いいですか」
スバルさんは、真剣な表情で訊ねる。
「夏になったら、花火大会を見に行きませんか」
「随分先の約束をするんですね」
今はまだ桜が散り始めたくらいの季節だ。ギリギリ花見ができるくらいの。
「こずえさんとこうして未来の話をして、こずえさんが肯定してくださったら、わたくしはそれだけで満たされるんです」
「……はい。行きましょうね、花火」
私たちは、子供のように指切りをする。……もしスバルさんと小学生の時に一緒のクラスだったりしたら、他の男子が遊んでくれなくても、私の相手をしてくれただろうか。
私のほうこそ、スバルさんに救われている。子供の頃のひとりぼっちだった私の心の傷を、スバルさんが癒やしてくれているのだ。
スバルさんは名残惜しそうにそっと私の頬を撫でてから、車を走らせて去っていくのだった。




