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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相


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第6話 鐘が鳴ったら、本が揃う

 王国大図書館の中は、静かではなかった。


 静かであるべき場所で、人が走っている。

 静かであるべき場所で、人が叫んでいる。

 静かであるべき場所で、紙が破れそうな音を立てている。


「それ、そこじゃありません! 違うって言ってるのに、どうしてそこに戻すんですか!」


「戻す場所が分からないんです!」


「分からないなら触らないでください!」


「触らないと終わらないんです!」


 司書同士の会話は、会話の形をしていなかった。

 もはや戦闘だ。しかも味方同士で。


 私は書架の列を眺めて、息を吐いた。


「……これは……ひどい」


 隣でルドーがぼそりと言った。


「言っただろ。戦場より地獄だ」


「先生、戦場で死にかけてましたよね」


「地獄の比較をするな」


 リゼが私の袖を軽く引いた。


「ユウ、これ……どうするの? 全部、ぐちゃぐちゃだよ」


 ぐちゃぐちゃ。

 素朴で正しい評価。


 棚札が外れている。分類が混ざっている。巻数が飛んでいる。

 机の上には目録の紙が積み重なり、修正の跡で真っ黒だ。


 司書長らしい老人が、こちらへ歩いてきた。

 白い髭。鋭い目。声は小さいのに、周囲が勝手に静かになる。


「あなたがユウ・サカモトですか」


「はい」


「戦場で役に立った“呼びかけの魔法”を、ここでも見せてください」


 司書長は言った。


「棚卸しが終わりません。終わらないと、必要な本が見つかりません。

 必要な本が見つからないと、国が動きません」


 ルドーが肩をすくめる。


「な。戦場だろ」


 司書長がルドーを一瞥した。


「返却期限を守ってください」


 ルドーが黙った。

 この図書館、司書長が最強だ。


 私は咳払いして言った。


「まず確認します。――制約を教えてください」


 司書長は頷いた。ここが“仕事の匂い”だと分かっている顔。


「貴重書の棚は触れません。封印されています。

 それから、図書館は閉められません。今日も利用者が来ます」


 利用者の方を見ると、たしかに数人が本を探してうろうろしている。

 司書が走り回っている横で、一般市民が静かに立ち尽くしている。


「分類規則は?」


「基本は分野、次に著者、次に題名、最後に巻数です。

 ただし、版が違うものは別扱い。装丁が似ていても別です」


 なるほど。比較のルールはある。

 あとはルールを“固定”するだけ。


「本は落とせません」


「当然です」


 司書長は少しだけ目を細めた。


「あなた、話が早い」


 私は心の中で言った。

(現世の現場でも同じこと言われたな……)


 私は周囲を見渡しながら、頭の中で作戦を組んだ。


 全部を一列に並べて、全部を正しい順にする。

 ――それは最悪だ。量が多すぎる。途中で必ず崩れる。


 だから、やるべきはこう。


 まず“山”を作る。

 山ごとに整える。

 最後に山を繋ぐ。


 私は司書長に言った。


「全部をいきなり完璧に並べ替えません」


 司書たちがこちらを見る。期待と不安の混ざった目。


「まず、区画を分けます。棚をいくつかの塊にして、その中だけ整える。

 整った塊を増やして、最後に繋げます」


 司書長が静かに頷いた。


「……現実的です。では、どうやって“整える”のですか」


 私は少しだけ迷ってから言った。


「基準を決めて、それより前か後ろかに分ける。それを繰り返します」


 リゼが首を傾げる。


「前か後ろ……?」


「例えば、著者名で『この本より前に来るか後に来るか』を判断する。

 判断の規則を固定すれば、あとは手順で回せる」


 ルドーが低く笑った。


「お前、図書館で説教を始めたな」


「説教じゃない。設計です」


 司書長が言った。


「規則が曖昧だと事故になります」


「はい。だから先に決めます」


 司書長は一瞬だけ、満足そうに見えた。

 司書は規則が好きだ。監査の匂いがする。


───

 最初の区画は、入口近くの一般書棚にした。


 理由は単純だ。

 もし失敗しても、貴重書ほど致命傷にならない。


 私は棚の前に立ち、背表紙を見つめた。


 この棚だけでも、数百冊はある。


 司書の一人が泣きそうな声で言った。


「ここ、昨日も直したんです。でも朝になるとまた崩れてて……」


「崩れますよ。崩れる仕組みになってる」


 私は淡々と言った。

 言ってから、冷たかったかもと思って、少しだけ補足した。


「だから、仕組みを変えます」


 司書が口を開けたまま固まった。


 リゼが小声で言う。


「ユウ、急にかっこいいこと言う」


「自覚ない」


「自覚して」


 ……余計な情報が増えた。


 私は司書長に確認した。


「この区画の分類規則、いま言ったので確定でいいですね」


「はい。……司書を一人つけましょう。規則の確認係です」


 司書長が若い司書を指名した。

 彼女は緊張した顔で頷く。


「私が……確認します」


 リゼがその司書に声をかけた。


「私も手伝います。学校で分類は習ってるので」


 リゼがさらっと現場に入り込んだ。強い。

 私は少しだけ安心した。


 私は結晶を取り出した。

 《インヴォーク》。


 今日は戦場じゃない。叫ぶ必要もない。

 でも、やることは同じだ。


 規則を固定し、手順を回す。


 私は短く言った。


「インヴォーク。区画整理」


 結晶が淡く光った。


 ……何も起きない。


 司書たちが不安そうに息を飲む。


 ルドーがぼそりと呟いた。


「失敗したか?」


「まだです」


 私は、司書長の呼び鈴を見た。

 机の端に、小さな銀の鈴がある。静かな権力の象徴みたいなやつ。


 司書長が気づいて、小さく問う。


「それを使いますか」


「はい。……合図が要ります」


 私は言った。


「ここから動きます。驚かないでください」


 司書長が、静かに鈴を鳴らした。


 チン。


 澄んだ音が、高い天井に跳ね返って一度だけ広がる。


 その瞬間――


 書架の背表紙が、いっせいにわずかに浮いた。


 浮いたと言っても、飛び上がったのではない。

 ほんの数ミリ、呼吸するみたいに。


 次に、低い轟音。


 ゴゴゴ……。


 棚が壊れる音じゃない。

 木が軋む音と、本が擦れる音が混じった、制御された音。


 本は飛ばない。落ちない。

 代わりに、滑る。


 背表紙の列が、波みたいに左右へ流れていく。

 ある本が右へ、ある本が左へ。迷いなく、規則に従って。


 司書たちが固まった。


「……動いてる……」


「落ちない……!」


 リゼが目を見開いたまま、私を見た。


「ユウ……なにこれ……」


「棚の中で、前か後ろかに分けてる。何回も」


「何回も……?」


「一回で終わらない。終わらないけど、必ず終わる」


 私の声が自分でも落ち着いているのが分かった。

 こういう場面は、戦場より好きだ。


 司書の確認係が、必死に目を走らせる。


「著者……順……合ってる……題名……巻数……」


 整列の波が、一段、また一段と棚を走っていく。


 途中で、背表紙が詰まりかける場所があった。

 装丁が似ている別版が混じっていたのだ。


 確認係の司書が叫んだ。


「これ、版が違う!」


 リゼがすぐ言う。


「別扱い! 札の色で区別する!」


 司書長が鋭く頷いた。


「札を――赤だ」


 司書が赤い札を持って走る。

 札が本の背に触れた瞬間、光が一瞬だけ走り、その本が“別の流れ”に分岐した。


 私は内心で笑った。

 現場で仕様が増える。最悪で最高だ。


 でも、今日の私は負けない。

 仕様が増えたなら、規則に追加すればいい。


 波が進む。

 詰まりがほどける。

 背表紙の列が、きれいな一本の線になっていく。


 そして最後に。


 棚札が、外れていた分だけ――カチリ、カチリ、と嵌まり直した。


 机の上の目録カードが、パラパラと勝手に揃って、ピタリと止まった。


 すべてが、一斉に静かになった。


 静寂が戻る。


 司書たちの呼吸の音だけが聞こえる。


 司書長が、震える息を吐いた。


「……一致しています」


 司書長は言った。


「目録と、現物が」


 次の瞬間、司書の一人がその場にへたり込んだ。


「終わった……」


 別の司書が泣きそうな声で笑った。


「終わった……終わったぁ……!」


 私は、少しだけ肩の力を抜いた。


「一棚だけです。まだ山はあります」


 司書たちが一斉にこちらを見る。

 その目が、さっきまでと違う。


 期待だ。


 司書長が静かに言った。


「……では、次の区画へ」


 私は頷いた。


「はい。次は、もう少し大きくいけます」


 ルドーがぼそりと言う。


「お前、楽しそうだな」


「……否定できない」


 リゼが小さく笑った。


「戦場より図書館の方が向いてるんじゃない?」


「向いてるのは“戦う相手”が違うだけ」


「本と戦うの?」


「本は強い」


 司書長が淡々と言った。


「本は強いです」


 ルドーが黙った。

 やはり司書長が最強だった。


───

 午後、図書館の空気が変わった。


 今まで司書たちの動きは“追いかけっこ”だった。

 迷子本を追い、崩れを追い、やり直しを追う。


 それが、変わる。


 区画が一つ、また一つと整うたびに、司書たちの顔が明るくなる。

 利用者が「見つかった」と言って本を抱える。

 司書が笑う。静かな図書館の笑い声。


 私はその光景を見て、思った。


 戦争が終わっても、世界は勝手には良くならない。

 でも、詰まりが通ると、世界はちゃんと回り始める。


 夕方。

 最後の区画が整った。


 司書長が目録を確認し、深く頷いた。


「本日分の棚卸しは完了です」


 司書たちが、拍手しそうになって、慌てて止めた。

 図書館で拍手はうるさい。代わりに、全員が深く頭を下げた。


「ありがとうございます……」


 その言葉に、私は少しだけ照れた。

 英雄扱いより、こういう感謝の方が効く。


 帰り道、リゼがぽつりと言った。


「ユウ、さっき……笑ってた」


「笑ってない」


「笑ってたよ。ちょっとだけ。……楽しそうだった」


「……仕事だから」


「仕事って言えば何でも許されると思ってる」


「許されたい」


 リゼが小さく笑った。


「じゃあ、許す。今日は」


 その言い方が妙に嬉しくて、私は返事に困った。


 ルドーが後ろから言う。


「浮かれるな。次の案件はもっと面倒だ」


「先生、さっきからずっと面倒って言ってますね」


「事実だ」


 リゼが私の袖を掴んで、少しだけ歩幅を合わせた。


「でも……今日のユウ、かっこよかった」


 私は足が止まりかけた。


「……どこが」


「鐘が鳴ったら、本が揃ったところ」


「それ、俺じゃなくて鐘がかっこいいだろ」


「違う。ユウが“そうなるように”したんでしょ」


 リゼはそう言って、少しだけ目を逸らした。

 耳がほんのり赤い。


 私は、咳払いで誤魔化した。


「……明日も、詰まりを通します」


「うん。よろしく」


 その返事が、妙に自然で、妙に嬉しかった。


 図書館の高い窓から漏れる夕日が、石畳に長い影を落としていた。

 束の間の平和じゃない。

 これは、ちゃんと“日常”の始まりだ。

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