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魔法世界は運用で回る  作者: 月の位相
夫婦編

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212/246

第212話 空席で飛ばすな

 朝の食卓に、リゼが刷り物を広げていた。


 王都報導社の朝の報せである。一面の下半分に、船の絵が刷ってあった。細長い箱の腹に丸い窓が並んでいて、下の縁に環が三つ描いてある。


「これ、見た?」


「見た」


「本当に、これで浮くの」


「浮いてる」


 私は茶を注ぎながら答えた。


「もう二年になる。北方学都の便は、去年の秋からだ。朝に出て、昼過ぎに着く」


 リゼが刷り物から顔を上げた。


「翼竜だと」


「四日か五日だった。乗り継いで」


「……速いのね」


「速い」


 速いのだが、私はそこにあまり驚いていない。


 驚いているのは、別のところだ。あの箱には、一度に百五十人が乗る。乗合翼竜は、多くて六人だ。


 速さより、数のほうが世界を変える。だいたい、いつもそうだ。


 AIエージェント:「観測:本日の日暦に、王都浮遊港での検分が入っています」


「知ってる」


 AIエージェント:「補足:同行の欄に、リゼの名がありません」


「入れていない」


「入れて」


 リゼが刷り物を畳んだ。


「見たいの。浮いてるところ」


 断る理由を探したが、見つからなかった。


 この人は、断る理由が無いことを先に確かめてから言う。


———

 王都浮遊港は、東門を出て、丘をひとつ越えたところにある。


 丘の上は、王都より風が冷たかった。秋が、終わりかけている。


 遠くからでも分かった。塔が立っているからだ。


 石と鉄で組んだ高塔が三本。てっぺんから斜めに渡し廊下が伸びていて、その先に、船がいる。


 浮いている。


 支えは無い。柱も、綱も、下に置いた台も無い。ただ、そこに、ある。


 浮遊石は重さを打ち消す。何もしなくても浮く。術式も術勢も食わない。支えているだけで、速さを変えていないからだ。


 頭では分かっている。分かっているのだが、百五十人が乗る箱が何にも載っていないのを下から見上げると、腹の底が少し落ち着かない。


「大きい」


 リゼが言った。


「馬車が二十台くらい入りそう」


「入る。もっと入るかもしれない」


「じゃあ、なんで百五十人なの」


 いい問いだった。


 いい問いなのだが、答えるのは今日の仕事のうちである。


———

 塔の下は、混んでいた。


 朝の出発が重なる刻である。


 乗る人が列を作っている。手に乗船券を持っている。荷を預ける台のところで、魔導の搬送台が箱をひとつずつ吸い込んでいく。


 音が多い。呼び出しの声。荷札を打つ音。渡し廊下の板が鳴る音。


 匂いもある。油と、金物と、朝の人の匂いだ。


 港というのは、水があってもなくても同じ匂いがするらしい。


 丘の向こうに、古い翼竜場の見張り台が見えた。


 屋根の一枚が落ちたまま、直っていない。囲いの中に、翼竜は一頭もいなかった。


 去年まで、北方へ行く人は、あちらに並んでいた。


 誰も、そちらを見ていない。


 係の者が、盤の前で人を捌いていた。


 列の切れ目で、こちらへ気がついた者がいる。


「王都術務室の方ですね」


 背の低い、若い女だった。目の下が黒い。


「ノナといいます。今日は私が案内を」


「ユウです。こちらは」


「マリエです」


 マリエが横から入ってきた。今朝は術務室からまっすぐ来たらしい。


「進行の役で来ています。ふっふふ」


「……その笑い方、聞いたことがあります」


 ノナが少し身構えた。


「悪いことは起きませんよ」


 マリエが言った。


「起きたときに困らないようにする役です」


「それは、悪いことが起きる前提の言い方では」


 ノナは、疲れた顔で正確なことを言った。


 現場の人は、たいてい正確である。


———

 王都交通局から呼ばれたのは、三日前だった。


 トーレが持ってきた話は、いつも通り、少し困った顔から始まった。


「路の局が、空を持たされました」


 そう言って、書付を机に置いた。


「浮遊船が飛び始めて、二年です。去年までは、飛ばす許しを出すところまでが仕事でした。今年からは、乗る人の苦情がうちに来ます」


「何が来ていますか」


「席が無い、と言われた、という苦情です」


 トーレは指を折った。


「乗船券は買った。刻に行った。だが席が無い、と言われた。そういう申し立てが、この三月で四十七件」


「四十七」


「多いか少ないかは、私には分かりません」


 トーレは正直に言った。


「うちの局には、浮遊船の予約の仕組みを読める者が一人もいません。判を押すだけなら押せます」


 この人のこういうところは、二年前から変わっていない。


 変わっていないのが、たぶん、いちばん助かる。


———

 蒼穹空路社は、浮遊船を飛ばしている会社である。


 王都と、北方学都と、南の商都を結んでいる。二年で路線が四つから十九に増えた。海を渡る便が開いたのは、今年になってからだ。


 塔の三階に、その運行の部屋があった。


 入ると、壁の一面が図になっていた。


 王都を真ん中に、線が四方へ伸びている。線の上に、小さな札が刺してある。札には船の名と刻が書いてあり、脇に数がふたつ並んでいた。


 運行の長は、マイスという男だった。四十くらいで、肩が広い。


「席の数と、予約の数です」


 マイスは、私が数を見ているのに気づいて言った。


「左が席。右が予約」


 右のほうが大きい札が、いくつもあった。


 百五十と、百五十八。


 百二十と、百二十七。


 八十と、八十三。


「……全部、予約のほうが多いですね」


「多いです」


 マイスは、隠さなかった。


「席より多く受けています」


———

「なぜですか」


 リゼが訊いた。


 訊いてから、自分が客の立場でここにいることを思い出したらしく、少し身を縮めた。


「いいえ、伺いたいです」


 マイスは、リゼをちゃんと見て答えた。


「来ない人がいるからです」


「来ない人」


「予約した人が、全員来ることはありません」


 マイスは、壁の図の前へ寄った。


「用事が変わる。寝坊する。前の日に熱を出す。乗り継ぎに遅れる。忘れる」


「忘れるの」


「忘れます」


 マイスは、そこだけ少し笑った。


「百五十席の船に、百五十しか受けなければ、飛ぶときには百四十前後です。十席、空いて飛びます」


「十席」


「一便で十席です。日に十九便で、年にすれば」


 マイスは数を言わなかった。言わなくても、部屋の全員が分かった。


「空席は、そのまま損です」


 私は言った。


「浮遊船は、一回飛ばすのに幾らかかりますか」


「船員が八人。魔力樽が四本。塔の発着の枠。保護術式の詰め替え。荷の扱い。整備の者が三人。それに、遅れたときの振替の手当」


 マイスは指を折り終えて、手を下ろした。


「席が十空いても、樽は四本要ります」


「軽くはなりませんか」


 リゼが訊いた。


「なります」


 マイスは頷いた。


「なりますが、十人ぶんです。船の重さから見れば、ほとんど変わりません」


「では、空席のぶんだけ、まるまる損ということですね」


「そうです」


 マイスは言った。


「その損は、次の便の値段になります。もしくは、便が減ります」


———

 私はリゼを見た。


 リゼは、腕を組んで、壁の図を睨んでいた。


「……なんか、腹が立つんだけど、間違ってはいないのよね」


「間違ってはいない」


「席より多く売るのって、詐欺じゃないの」


「そう見える」


 私は言った。


「ただ、席より多く受けるのをやめたとき、困るのは、この人たちではない」


「誰なの」


「今、いちばん安い乗船券で乗っている人だ」


 リゼが黙った。


 私は続けた。


「空席のぶんは、誰かが払うことになる。ここで席を空けて飛ばすなら、その損は乗船券の値段に乗る。効くのは、値段が上がっても乗る人ではなくて、値段が上がると乗れなくなる人のほうだ」


「……いちばん安いのを買ってる人」


「そう」


 リゼは、しばらく壁を見ていた。


「じゃあ、席より多く受けるのは、その人たちのためなんだ」


「その人たちのためでもある」


 私は言った。


「そこが厄介だ」


———

 マイスは、壁の脇の卓に置かれた大きな盤を指した。


 予約配座盤という。


 名と、便と、席と、荷と、乗り継ぎと、値段の種別を持っている。どの席が埋まり、どの席が空いているかを、刻ごとに書き換える。


 その盤の中に、もうひとつある。


「来ない人を数える術です」


 マイスが言った。


「うちでは、見立て、と呼んでいます」


 私は顔を上げた。


「見立て術ですか」


「ご存じで」


「市民相談局が、相談札の仕分けに入れています」


 私は言った。


「あれは、急ぎの札とそうでない札を見分ける術でした。過去の見本札から、手掛かりを拾って、境目を決める」


「同じです」


 盤の脇にいた若い術者が言った。タリと名乗った。まだ二十歳そこそこに見える。


「見本札は、過去二年の便の記録です。予約の名と、実際に来た人の名。その差が、来なかった人です」


「手掛かりは」


「路線。曜日。刻。値段の種別。予約を入れた日が何日前か。荷を預けているか。乗り継ぎがあるか。同じ名で別の便にも予約が入っているか。前の日の天気の報せ。祭。それから、他社の船の欠航」


 タリは、そらで言った。この人は、この盤を自分で組んでいる。


「境目は」


「何人ぶん多く受けるか、です」


 タリは言った。


「百五十席の便に、百五十八まで受ける。この八という数を、見立てが出します」


———

 リゼが、盤を覗き込んで言った。


「外れたら、どうなるの」


「二通りあります」


 私が、部屋のほうへ答えた。


「少なく見積もりすぎると、席が余ります。これは、さっきの損の話です」


「多く見積もりすぎると」


「あふれます」


 部屋が、少し静かになった。


「同じ術でも、境目を動かすと、誤り方が変わります」


 私は言った。


「相談局でも、同じことを話しました。あのときは、拾い漏らすか、余計に拾うか、でした」


「今度は、席が余るか、人があふれるか、だ」


 ルドーの声だった。


 いつからそこにいたのか、部屋の入口に立っていた。旅の外套を着ている。


「先生」


「乗る」


 ルドーは短く言った。


「北方学都の学び舎に呼ばれた。朝の三番だ」


 マイスが、壁の図を見た。


 朝の三番。


 百五十と、百五十八。


———

 その便で、あふれた。


 私たちが階段を下りたときには、もう塔の下がざわついていた。


 列が動いていない。


 渡し廊下の手前で、ノナが両手を上げていた。声を張っている。張っているのだが、その声はさっきよりずっと薄い。


「本便は、ご予約のお客様が、席の数を上回っております」


 ざわめきが、少し大きくなった。


「本日夕刻、または明朝の便へお振り替えいただける方には、協力金と、宿のお手配を——」


 最後まで言えなかった。


 人の壁が、動いた。


「券は買ったぞ」


「刻には来た」


「なぜ乗れない」


 ノナは、頭を下げていた。下げながら、盤を見ていた。盤を見ないと、次に何を言えばいいか分からないのだと思う。


 私は、そこへ行かなかった。


 行っても、私にできることが無い。


 できることが無いのに前に出るのは、たいてい、現場の邪魔になるだけである。


———

 列の途中に、若い娘が立っていた。


 十六か、七だろう。厚い外套の下に、学び舎の制服のようなものを着ている。胸に抱えた鞄が、大きい。


 ノナが、その子のところへ来た。


「お客様。明朝の便でしたら、上席をご用意できます。協力金は——」


「明日の朝が試験なんですけど!?」


 声が、割れた。


 塔の下が、一瞬、静かになった。


 娘は、自分の声の大きさに自分で驚いた顔をして、それから、鞄を抱え直した。


 抱え直した手が、震えていた。


「北方学都の、入りの試験です。明日の朝です」


「……申し訳ございません」


「明日の朝に着いても、始まってます」


 ノナは、何も言えなかった。


 言えないのが正しい。この場面で言えることは、無い。


———

「あれは駄目です」


 私は言った。


 隣にいたマイスが、こちらを見た。


「あの人を明日に回すのは、駄目です」


「……はい」


「あの人の用は、代わりがききません」


 私は言った。


「観光なら、明日にできます。会いに行くだけなら、夕方でもいい。ですが、明日の朝に始まるものは、明日の朝にしか無い」


「協力金を上げれば」


「上げても、試験は動きません」


 私は言った。


「金で動かせる予定と、動かせない予定があります。あの人のは、動かせないほうです」


 リゼが、私の袖を引いた。


「ねえ」


「ん」


「代わりがきかない用って、席より重いんだ」


「重い」


 私は言った。


「少なくとも、協力金で簡単に買えるとは限らない」


———

 列の前のほうで、別の声がした。


 背の高い男が、係の者に何か言っている。


 毛皮の襟の外套を着ていた。手に乗船券を三枚持っている。


「三枚とも私だ。同じ行き先だ」


 ノナが、盤を見て、目を止めた。


「……朝の三番と、昼の一番と、夕の二番でございますね」


「そうだ。今朝は三番に乗る。あとの二枚は要らん。今、切ってくれ」


「かしこまりました」


「早く言えばよかったかね」


 男は、悪びれずに言った。


「昨夜まで会議がどこで終わるか分からなかった。早く終われば朝、長引けば夕。そうしておかないと、私が動かないと決まらない話が三つ止まる」


 嘘は、言っていないと思う。


 この人の一日が止まると、たぶん、本当に何かが止まる。


 問題は、そこではない。


「あの人たちは」


 私はマイスに言った。


「来ないかもしれない予約を、まとめて作ります」


「作ります」


 マイスは頷いた。


「今朝の分は、切ってくださいました。ありがたいことです。ただ、切っていただいたのが、今です」


「今、切られても」


「もう、席は配り終えています」


 マリエが、横で書き取っていた手を止めた。


「契約の上では、許されているのよね」


「許されています」


 マイスが答えた。


「三枚買って、二枚を捨てる。値段のうえでは、うちが損をしていません」


「でも、見立ての側には、毒になるわ」


 マリエは言った。


「あの三枚は、来る人ひとりのことなのに、盤の上では三人分の顔をしているもの」


———

 列の後ろのほうで、手が挙がった。


「はい、はい。俺、行きます」


 中年の男だった。荷は肩掛けの袋ひとつ。外套の裾が擦り切れている。


「振り替えでいいです。夕方の便で」


 ノナが、その声のほうを見た。


 見た瞬間の、その人の顔を、私は覚えている。


 あれは、助かった、という顔だった。


「……よろしいのですか」


「今日中に着けばいいので」


 男は、にこにこしていた。


「宿と、飯は出ます?」


「出ます」


「協力金は」


「本日中の振り替えでしたら、銀貨で十五枚を」


「二十枚は」


「……二十枚は、明朝以降の方に出しております」


「じゃあ十五枚で」


 男は、あっさり折れて、列を出た。


 そして、協力者の並ぶほうへ、慣れた足取りで歩いていった。


 慣れた足取り、というのが引っかかった。


———

「あの方は」


 マイスが、少しばつの悪い顔をした。


「バドさんといいます。よくいらっしゃいます」


「よく、というのは」


「混む便に、直前で予約を入れられます」


「わざと、ですか」


「たぶん」


 マイスは言った。


「うちが混みそうな便を、あの方はよくご存じです。祭の前の日。入りの試験の日。長い休みの初日」


「それは」


 リゼが、目を丸くした。


「ずるくない?」


「ずるいです」


 マイスは、はっきり言った。


 言ってから、続けた。


「ずるいのですが、あの方々には、正直、助けられています」


「助けられてるの」


「はい」


 マイスは、渡し廊下のほうを見た。あの娘が、まだ鞄を抱えて立っている。


「協力金で予定を動かしてくださる方が一人いると、どうしても動かせない方を、一人乗せられます」


 リゼは、しばらく口を開けていた。


「……変な上客ね」


「怒って居座る人よりは、ずっと調整しやすいです」


 私は言った。


 言ってから、少し嫌な気持ちになった。


 調整しやすい、という言い方は、便利なぶんだけ、人を数に均している。


———

 塔の下の壁に、大きな札面が掛かっていた。


 魔法仮想文書である。船の刻と、遅れと、混み具合が出る。


 その脇に、市井の書き込みが流れる欄がある。誰が入れたのかは分からない。


 流れていた。


   また空路社がやらかした


   安い券なら仕方ないだろ


   いや、売ったなら乗せろ


   補償が出るなら代わってやるのに


   浮遊船なんて怖くて乗らない。翼竜のほうがましだった


   翼竜のほうがましだったことは一度もない


 人が増えていた。


 塔の下で頭を下げている者と、書き込んでいる者は、たぶん一人も重なっていない。


 現場にいる人は、書いている暇が無い。


———

「なぜ、今日は外れたんですか」


 私は、階段を上がりながらタリに訊いた。


 タリは、盤の記録をめくっていた。


「……重なっています」


「いくつ」


「五つか、六つ」


 タリは指を折った。


「一つ。北方学都の入りの試験が明日です。この便の学生が、いつもより二十人多い。学生は、来ます。絶対に来ます」


「二つ」


「昨日の夕方まで、北方は荒れる報せでした。それが外れました。荒れると聞いて予定を変えかけた方が、そのまま来ています」


「三つ」


「他社の船が一便、欠航しました。振り替えの方が十一人、こちらへ流れました」


「四つ」


「祭の前です。混むと分かっている便に、協力金目当ての方が集まっています。あの方々は、来ます」


「五つ」


 タリは、そこで手を止めた。


「……配座盤を、先月、入れ替えました」


 私は、階段の途中で立ち止まった。


「入れ替えたのは、盤ですか。それとも、見立てもですか」


「両方です」


「見本札は」


「引き継ぎました。全部」


「同じ形で、ですか」


 タリが、黙った。


「……値段の種別の欄が、前の盤と分け方が違います」


「そうですか」


 私は言った。


 それ以上、その場では言わなかった。


 言うべきことは、たぶん、この階段の上ではない。


———

 渡し廊下の板が鳴った。


 朝の三番が、上がっていくところだった。


 塔の高さを離れて、船の腹が斜めに傾く。押し環が唸り始める。蜂の巣のような、細い唸りだ。


 船は、静かに上がっていった。


 驚くほど静かだった。


 あれには、百五十人が乗っている。


 乗れなかった人が、八人、塔の下にいる。


 そのうち一人が、鞄を抱えたまま、上がっていく船を見上げていた。


 ノナが、その子の横に立って、何か言っていた。


 言葉は聞こえない。


 届いていないのは、ここからでも分かった。


———

「先生」


 私は、階段の下に立っているルドーに気がついた。


 乗っていない。


「乗らなかったんですか」


「譲った」


 ルドーは短く言った。


「学び舎の話は、明日でも成り立つ」


「……よろしいんですか」


「よい」


 ルドーは、上がっていく船を見上げた。


「あの娘の試験は、明日でなければ成り立たん」


 それだけ言って、ルドーは外套の襟を直した。


 この人は、たまにこういうことを、何の説明もなくやる。


 説明が無いので、こちらは何も言えない。


———

 私は、しばらく塔の下に立っていた。


 人が減っていく。


 協力者の列には、六人が並んでいた。バドが先頭で、宿の券を受け取っている。


 ルドーを入れて、七人である。


 足りたのは、七人までだった。


 乗れなかった一人が、その列に並べずにいる。


「……見立ての外れが」


 私は言った。


「人の予定に、化けています」


 リゼが、隣で私を見上げた。


「嫌な化け方ね」


「嫌な化け方だ」


 私は言った。


「最悪だ」


 朝の三番は、もう、点にしか見えなかった。


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