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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第127話 必ずやると二度やらないは別だ

 講堂の朝は、紙の擦れる音で始まった。

 学生たちの筆。

 表示盤の低い唸り。

 窓の外を通る荷車の軋み。


 王都は大きくなった。

 大きくなると、術は強さだけでは足りなくなる。

 むしろ、途中で止まった時にどう戻るかが大事になる。

 地味だ。

 そして、地味なものほど現場を刺す。

 最悪だ。


———

 ルドーは表示盤に短く書いた。


長い仕事


「何が難しい」


 学生たちは顔を見合わせた。


「時間がかかること」


「人が飽きること」


「途中で間違えること」


「最後まで覚えておくこと」


 ルドーは短く頷いた。


「全部ある」


 珍しく優しい。

 こういう時は、だいたい題材が厄介だ。


 リゼが手を上げた。


「長い仕事って、たとえば何」


 ルドーが私を見た。


「ユウ」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 今日はまだ一回で済んでいる。


———

 私は表示盤に、一つの火球術を描いた。


「単発の術は分かりやすいです。唱える。飛ぶ。当たる。終わる」


 次に、王都の申請処理を描いた。


申請を受ける

審査する

別部署へ渡す

金庫番へ命令する

台帳を更新する

本人へ知らせる


「最近の王都の仕事は、こういうものが増えています。一つの術で終わらない。複数の部署、複数の術盤、複数の人をまたぐ」


 学生の一人が言った。


「順番にやればいいのでは」


「順番にやります」


「なら」


「途中で止まります」


 講堂が少し静かになった。


「術盤が落ちる。通信が切れる。相手の返事が遅れる。一部だけ成功して止まる。長い仕事では、それが普通に起きます」


 リゼが眉を寄せた。


「料理の途中で、台所の火が消えるみたい」


「近い」


「でも鍋によって、もう煮えてるものと、まだ切ってもいないものがある」


「かなり近い」


———

 私は表示盤に、支給金の例を描いた。


 審査済。

 金庫番へ命令済。

 完了記録なし。


「一番怖いのは、完全な失敗ではありません。半分だけ成功して止まることです」


 学生たちが表示盤を見た。


「支給金の審査は終わった。金庫番への命令も飛んだ。だが、完了記録を残す前に術盤が落ちた」


 私はそこで線を止めた。


「担当者から見ると、失敗に見えるかもしれません」


「流し直せば」


 学生の一人が言いかけて、止まった。


「え、それで金が二回出たらまずい」


「でも流し直さなきゃ届かないかもしれない」


 ざわつきが広がった。

 良い。

 嫌な感じが伝わっている。


「怖いのは失敗そのものじゃありません。半分だけ成功して止まることです」


 自分で言って、胃が少し痛くなった。

 見覚えのある痛みだ。


———

 学生が言った。


「じゃあ、やり直さない方がいいのですか」


「違います」


 私は首を振った。


「やり直しは大事です。止まった時に再び進められないと、長い仕事は終わりません」


 表示盤に、同じ仕事をもう一度流す線を描く。

 審査。

 命令。

 台帳。

 通知。


「ただし、何をもうやったか忘れたやり直しは事故になります」


 リゼが言った。


「配った弁当を、名簿を見ずにもう一回配る感じ」


「かなり近い」


「足りない人に届くかもしれないけど、もう食べた人にも二つ目が行く」


「そういうことだ」


 人間は、失敗を見ると最初からやり直したくなる。

 気持ちは分かる。

 だが、長い仕事でそれをやると、済んだ部分まで重なる。

 そして金が二度飛ぶ。

 荷が二度届く。

 台帳に二重登録される。

 最悪だ。


———

 私は表示盤に四つの道具を書いた。


進行帳

識別札

再開点

命令印


「必要なのは、手順そのものの管理です」


 まず、進行帳。


「案件ごとに、何をどこまでやったかを外に記す帳面です。審査済。支給命令済。支給完了。通知済」


 次に、識別札。


「同じ仕事だと見分けるための札です。途中で何度命令が飛んでも、これは同じ案件だと分かる」


 次に、再開点。


「最初からやり直すのではなく、終わっていない段階から再開するための目印です」


 最後に、命令印。


「同じ識別札の命令なら、二度届いても一度しか効かないようにする印です」


 学生たちの顔が、また少し嫌そうになった。

 分かる。

 気持ち悪い。

 だが、合理的だ。


———

 ルドーが表示盤を見た。


「なるほど」


 珍しい。

 ルドーが少し感心している。


「届ける術と、二度届けぬ術は、同じではないのだな」


「そうです」


「別に用意する」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 リゼが言った。


「必ず届けたいなら、何度も呼びかける必要がある。でも、同じ荷物を二回渡さない仕組みもいる」


「そういうことだ」


「ちゃんと助けるために、ちゃんと疑うんだね」


「かなり正確だ」


 長い仕事は、一息に終わると思わない方がいい。

 止まる前提で作る。

 やり直す前提で作る。

 そして、やり直しても二度目が効かない前提で作る。


 面倒だ。

 だが、都市はそういう面倒の上で動く。


———

 授業の終わり頃、王都術務室から連絡札が届いた。

 札を受け取った職員の顔が、分かりやすく固まった。


「疫病後の営業再開支援金の処理で、術盤停止がありました」


 講堂が静かになった。


「一部の申請者から、まだ届かないと苦情が来ています。ですが、台帳には支給命令済のものがあるようです」


「金庫番は」


 ルドーが短く聞いた。


「一部は支給済、一部は不明です。現場では、最初から流し直す案が出ています」


 私は思わず立ち上がった。


「それは危ない」


 リゼがこちらを見た。


「今の授業のやつ」


「そうだ」


 その知恵は、思ったより早く必要になった。

 早すぎる。

 最悪だ。


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