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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第120話 使えると任せてよいは別だ

 講堂の窓から、春の風が入っていた。

 紙の匂い。

 乾いた墨の匂い。

 学生たちの小さな話し声。


 王都は、前の見張り盤騒ぎから少し落ち着いている。

 落ち着くと、人はすぐ新しい厄介ごとを呼び込む。

 人類は本当に勤勉だ。

 最悪だ。


———

 ルドーは表示盤に短く書いた。


人の言葉を術に読ませる


「どうする」


 学生たちは顔を見合わせた。


「単語ごとに札へ分けます」


「辞書を作ります」


「文法を教えます」


「全部覚えさせます」


 ルドーは一語ずつ返した。


「足りん」


「古い」


「硬い」


「無理だ」


 最後だけ身も蓋もない。

 だが、だいたい正しい。


 リゼが手元の筆を置いた。


「言葉を読ませるって、そんなに難しいの」


「難しい」


 ルドーが私を見た。


「説明しろ」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 このやり取りも、だいぶ自然言語になってきた。

 嫌な自然さだ。


———

 私は表示盤に、いくつかの言葉を書いた。


国王

陛下


「まず、言葉そのものを札として扱うだけでは足りません」


 次に、少し離して書く。


風呂

浴場


「似た使われ方をする言葉は、近い仲間として扱える」


 表示盤に地図を描いた。

 言葉の居場所。

 王、国王、陛下は近い。

 湯、風呂、浴場も近い。

 猫と税務局は、できれば少し離れていてほしい。


「言葉には居場所のようなものを持たせられます。似た場面で出る言葉は近く、違う場面で出る言葉は遠い」


 学生の一人が言った。


「辞書と何が違うんですか」


「辞書は、人が意味を書くものです。これは、大量の文から、どの言葉がどの言葉の近くで使われるかを見る」


「近所付き合い」


「近いです」


 リゼが言った。


「市場で、魚屋の隣に塩屋がありやすい、みたいなこと」


「かなり近い」


「でも、塩は風呂にも使う」


「そこが難しい」


———

 私は次に、短い文を書いた。


王が商人に札を渡した

商人が王に札を渡した


「同じ言葉でも、位置が変わると意味が変わります」


 王と商人を線で結ぶ。

 札の向きも変える。


「文の中で、どの語がどの語を見ているかを扱わないと、取り違えます」


 表示盤の上で、小さな目の印を動かした。

 王が商人を見る。

 商人が札を見る。

 渡した、という動きが両方を見る。


「文の中の語同士が、互いを見合って意味を定める。遠くにある言葉でも、大事なら強く見る。近くにあっても関係が薄ければ弱く見る」


 学生たちは、分かったような、分からないような顔をしていた。

 それでいい。

 この話を完全に分かった顔で聞く人間は、だいたい分かっていない。


 リゼが言った。


「食卓で、誰が誰の皿を見てるかで、欲しいものが分かる感じ?」


「近い」


「遠くの皿でも、すごく欲しそうに見てたら分かる」


「そういうことだ」


———

 授業の途中で、手元の黒い板が小さく震えた。

 AIエージェントの表示が、何か言いたそうに浮かぶ。


AIエージェント:「補足:あなたの説明はかなり粗いです」


「黙れ」


 リゼが横目で見た。


「今のも、そういう言葉を読む術なの」


「たぶん、かなり深いところでは関係がある」


「たぶん?」


「俺も全部は知らない」


 生前の世界にも、似た技術はあった。

 言葉の近さ。

 文の中の見合い。

 大量の文から、次に来る言葉を当てる力。


 この相棒も、たぶんそういう土台の上にいるのだろう。

 だが、こいつは私の文脈に妙に深く食い込んでいる。

 単なる公衆向けの道具とは違う。

 そこは、まだ詳しく考えない方がいい。

 たぶん胃に悪い。


———

 授業の終わり頃、講堂の札面表示盤が急に騒がしくなった。

 学生の一人が立ち上がる。


「西方新大陸の公開人造賢性会が、新しい術を公開したそうです」


 講堂がざわついた。


「雑談用事前学習済生成変換器」


 名前が長い。

 長すぎる。

 名付けた人間は、たぶん短い呼び名が広まることを諦めている。


「人と自然に会話できる」


「長い文の下書きを作れる」


「質問に何でも答える」


「賢者の箱だって」


 学生たちの声が重なった。

 役人も学者も物書きも商人も、札面の報せに食いついているらしい。

 王都の空気が、一気に浮き立った。


 ルドーは短く言った。


「試せ」


「今ですか」


「今だ」


 現場は待たない。

 流行も待たない。


———

 私は公開人造賢性会の札面に接続した。

 簡素な入力欄。

 その奥に、底の見えない何かがいるような気配。


 試しに聞く。


王都の申請窓口を分かりやすく案内する文を作れ


 変換器は、すぐに返してきた。

 整った文。

 柔らかい言い回し。

 市民に向けた案内として、悪くない。


 学生たちがどよめいた。


「すごい」


「文官いらなくなる」


「物書きも危ない」


「学者も」


「先生も」


 ルドーが学生を見た。


「言ったな」


 学生が縮んだ。


 私はもう一つ聞いた。

 王都の古い制度について。

 返ってきた答えは、もっともらしい。

 だが、細部が少し怪しい。

 存在しない役職名が混じっている。

 古い法令の名も、似ているが違う。


「これは便利だ」


 私は言った。


「ただし、全部任せていい類のものじゃない」


———

 帰り道、リゼは少し黙っていた。

 石畳の隙間に、夕方の光が細く入っている。

 屋台から焼き菓子の匂いがした。


「すごかったね、変換器」


「すごかった」


「ああいうの、生前の世界にもあったの」


「似たものはあった。話し相手みたいに扱う人もいたらしい」


 リゼの足が止まった。


「話し相手」


「軽い雑談の話だ」


「恋人みたいに?」


「そう扱う人も、いたらしい」


 リゼの目が細くなった。


「ふーん」


「リゼ」


「そんなにすごいなら、そっちと話してれば?」


 分かりやすい。

 たいへん分かりやすい。

 そして、かわいい。

 言ったら怒られるので言わない。


「俺はリゼと話してる方がいい」


「即答ね」


「そこは迷うところじゃない」


 リゼは少しだけ口元を緩めた。


「ならいい」


 危なかった。

 生成変換器より、目の前の人間の方が扱いを間違えると怖い。


———

 その夜、王都の札面は変換器の話で埋まった。

 文官がいらなくなる。

 学者がいらなくなる。

 物書きがいらなくなる。

 代書人も、教師も、相談係も。


 半分は冗談。

 半分は本気。


 新しい道具が出ると、人はすぐ仕事の終わりを想像する。

 だが、仕事はたいてい終わらない。

 形を変え、責任の置き場所を変え、別の面倒を増やす。


 変換器は、たしかに使える。

 だが、使えることと、任せてよいことは別だ。


 王都は、たぶん明日からそれを痛い形で学ぶ。

 最悪だ。


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