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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第104話 十分に高度な技術は、魔法と見分けがつかない

 その日の講堂は、いつもより静かだった。

 窓は開いている。

 席の間は広い。

 学生たちは全員、遠話鏡越しでつながっている。

 講堂にいるのは私と、窓際のリゼくらいだった。


 ルドーはいない。

 珍しい。

 かなり珍しい。


 王城術務室からの魔文には、短く書かれていた。

 ルドー高熱。

 本日は欠席。


 学生たちは、鏡面の向こうでざわついていた。


「休講ですか」


「ルドー先生が倒れることあるんだ」


「術負け病かな」


「大丈夫なんですか」


「熱でも一言くらい言いそうなのに」


 分かる。

 あの人は熱があっても「現場は待たん」と言いそうだ。

 だが、人間の体は待たせることがある。

 それでも、ただの欠席として流せる空気ではなかった。

 高熱という二文字は、今の王都では別の意味を持つ。

 鏡面の向こうの学生たちは、休講かどうかよりも先に、ルドーが術負け病に入ったのではないかと気にしていた。


 そこへ術務側の職員が遠話鏡で入ってきた。


「せっかくですので、ユウ殿に何か一講義お願いできれば」


 雑。

 かなり雑な振りだ。

 最悪だ。


———

 私は表示盤の前に立った。

 普段通りなら、何か技術の話をする。

 遠話盤の設定。

 札面の見え方。

 共通集計板の運用。

 話せる題材はいくらでもある。


 だが、今日は少し違うことをしたくなった。

 ルドーがいない。

 疫病で皆の顔が少し疲れている。

 外見えの席や偽案内のような話ばかり続いた。


 私は表示盤に、ゆっくり書いた。


私がいた世界


 講堂と遠話鏡の向こうが、一気に静かになった。


「今日は、私がいた世界がどんなところだったかを話します」


 学生の一人が、身を乗り出した。


「魔法がない世界、ですよね」


「はい」


「本当にあるんですか」


「私にとっては、そちらが本物でした」


 ざわめき。

 リゼも講堂の窓際で、こちらを見ている。

 少しだけ、面白がっている顔だった。


———

 質問はすぐに飛んできた。


「魔法がないなら、火はどう出すんですか」


「燃えるものと火種を使います」


「水は」


「汲むか、管で運びます」


「遠くの人とはどう話すんですか」


「細かい合図に分けて送ります」


「病は」


「祈っても消えません。予防、衛生、隔離、薬、制度で戦います」


「空は飛べますか」


「飛べます」


 そこで、全員の顔が変わった。


「魔法なしで」


「魔法なしで」


「嘘だ」


「嘘ではありません」


 私は表示盤に、金属の大きな乗り物を簡単に描いた。

 翼。

 胴体。

 速度。

 風。


「金属の乗り物が空を飛びます。魔力で浮かすのではなく、形と風と速さを使う」


 学生たちが唖然としていた。


「金属が」


「はい」


「落ちないんですか」


「落ちないように作ります」


「落ちたら」


「大変です」


 講堂が妙な沈黙になった。

 そこは想像しやすいらしい。


———

 私は続けた。


「私のいた世界では、念じても物は動きません。火も勝手には出ません。祈っても病は消えません」


 表示盤に線を引く。


同じ条件

同じ結果

積み上げ


「ただ、その代わり、物の決まりがかなり安定していました。同じことをすれば、だいたい同じ結果が返る」


 リゼが言った。


「鍋に同じ量の水を入れて、同じ火で煮れば、同じくらいで沸く、みたいな話」


「近い」


「魔法で気分が変わったりしない」


「しません」


「それはそれで、料理人には助かりそう」


「かなり助かります」


 学生たちが笑った。

 そこから理解が少し進んだ。


「その安定性を積み上げて、精密な仕組みを作りました。小さな部品を同じ形で大量に作る。細い道に光や電気を流す。遠くの声や姿を、細かい合図にして送る」


「電気」


「向こうの術勢のようなものです。ただし、魔力ではありません」


 説明しながら、私は少し不思議な気分になった。

 元の世界の当たり前を、異世界の言葉で言い直している。

 自分の過去が、遠い国の伝説みたいになる。


———

 遠話鏡越しの学生が聞いた。


「魔法がないのに、遠くの姿を送れるなら、それはもう魔法では」


 別の学生も頷く。


「金属が空を飛ぶのも、魔法みたいです」


「病の元を薬で抑えるのも、魔法っぽい」


 私は少し笑った。

 ここは、言うべき言葉があった。


「向こうの世界の物書きの言葉に、こういうものがあります」


 表示盤に書く。


十分に高度な技術は、魔法と見分けがつかない


 講堂が静かになった。


「魔法がない世界でも、人は積み上げで、魔法のように見えるものを作りました」


 私は少し間を置いた。


「ただし、魔法ではありません。決まりを調べ、同じ結果が出るように整え、失敗を直し、また積む。その繰り返しです」


 リゼが小さく言った。


「魔法じゃないけど、執念ね」


「かなりそう」


 学生たちは笑った。

 私も少し笑った。


———

 質問はまだ続いた。


「魔法がない世界の人は、この世界に来たら何もできないのでは」


「普通は、かなり困ると思います」


「ユウ先生は」


「私は、たまたま役に立つ仕事をしていました」


 そこで少し迷った。

 自分の話になる。

 自分語りは、慎重にしないと急に重くなる。


「世界が違っても、人が困る場所は意外と似ています」


 私は表示盤に書いた。


多すぎる情報

場所が分からない

使い方が分かりにくい

運用が雑だと壊れる

例外に弱い制度


「情報が多すぎる。どこに何があるか分からない。使い方が分かりにくい。正しい仕組みでも、運用が雑だと壊れる。制度は例外に弱い」


 遠話鏡の向こうが静かになった。


「魔法があっても、そういう地獄は消えません」


 言ってから、少し強かったかと思った。

 だが、学生たちは笑わなかった。

 たぶん、分かったのだ。

 疫病下の講義でも、王都の混乱でも、そういう詰まりを何度も見てきたから。


「私は元の世界でも、そういう地獄を少し減らす仕事をしていました。だから今も、やることがあります」


 最後の言葉は、少し照れくさかった。


———

 講義の終わり、学生たちは妙に興奮していた。


「また聞きたいです」


「魔法がなくても、そこまで行くのか」


「逆に怖い」


「でも面白い」


「金属で空を飛ぶ話、もっと聞きたい」


 リゼも席を立ちながら、少し笑っていた。


「今日は、いつもより先生っぽかった」


「いつもは何だ」


「現場に呼ばれる人」


「それはそう」


 否定しにくい。


 遠話鏡の向こうで、学生の一人が言った。


「魔法がなくても、人はすごいんですね」


「はい」


 私は答えた。


「ただし、別の不便もたくさんあります。魔法世界の方が強いこともあります」


「たとえば」


「熱がある先生へ、すぐに薬湯を届ける術とか」


 講堂が少し笑った。

 ルドーに聞かれたら怒られるかもしれない。

 いや、たぶん短く「余計だ」と言う。


 授業が終わると、妙に疲れていた。

 だが、悪い疲れではなかった。

 元の世界が、少しだけこの世界の講堂に届いた気がした。

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