#96 あくまでもパワハラ
魔王城の大ホールに、剣と剣がぶつかり合う音が響きわたる。
俺はルルリラから繰り出される攻撃をいなしながら、説得を続けていた。
「ルルリラ! なんで俺たちが戦わなくちゃならない!?」
「レオンこそ、いつまでもしつこいよ!!」
「どうなろうと俺は、キミを絶対に連れ戻す! そのためにここへ来たんだっ!」
「わからず屋っ!!」
「どっちがだよ!?」
ルルリラを迎えにここまで来たのに、なぜ剣を交えなければならないのか。
ダガーによる超高速の剣技は、上位職である『忍び』の得意な攻撃方法だ。剣を交えるだけで、相当なレベルまで自らを鍛え上げたことがわかる。
ただ、だからこそ彼女に対して“違和感”を覚える。
義賊をするような正義感を持つルルリラが、魔王の悪事に加担するためだけに、ここまで自らを鍛えるだろうか?
そんな感情が、心にまとわりついていた。
「ウチのことはもう、諦めてよ! ウチは魔王の野郎と生きていくいくしかないんだってば!」
「大丈夫だ、俺がアイツを倒す! そしたら、またみんなで楽しくやろう!!」
「くどいっつーの!」
ルルリラの放つダガーの連撃は、見切れないほどではないが、恐ろしく速い。
ケルベロスウェポンと紅呉魔流の両方で、なんとかその攻撃を防御する。
と、視界の端でクロエが身を震わせているのが見えた。
「クロエは手を出すな! ここは俺に任せろ!」
「ガウ!」
ルルリラの連撃を躱しいなしつつ、落ち着かない様子のクロエを制止した。
さすがに今のルルリラであれど、俺とクロエが同時に仕掛ければ致命傷を与えてしまうだろう。
クロエにも何かしたい気持ちがあるだろうが、今は耐えて見守ってもらうしかない。
「ルルリラ! いい加減、本音を晒せよ!!」
「くっ!?」
そこではじめて、俺は守りではなく攻めに転じる。
筋力に物を言わせたケルベロスウェポンの一振りで、ルルリラのダガーを弾き飛ばす。
手がしびれたのか、ルルリラは手を抑えるようにして後退った。
「ルルリラ、キミは俺たちと別れたあの日から、たった一人で魔王を倒そうとしたんじゃないのか?」
「な、なんでウチがそんな……」
正対したまま、睨み合う。
ルルリラがダガーを拾おうとした瞬間を、逃さないためだ。
「あのままじゃ俺たち全員が殺されるって思ったから! 自分を犠牲にして、俺たちを救おうと思ったんじゃないのか!?」
「……そ、そんな気持ちが、ウチなんかにあるわけないだろっ!? ただ魔王の言うことに同調しただけ!」
「ウソをつけ! 義賊やってたキミに、そういう気持ちがないわけない! 法を犯して世間的な悪者になってまで、弱者や大事な人を助けようとしたのがキミだろ! 誰よりも他人のために自分を犠牲にする、それがルルリラ・ホワイトストーンじゃないか!!」
「……ちぃっ!」
「させるかっ!!」
ダガーへと動いたルルリラに先んじて、動く。
忍びの移動術『瞬動』を使う彼女より先に、俺はダガーの元へ移動する。
瞬動より早く動かれたことがないのだろう、ルルリラの目が驚愕に染まる。
「し、知ったような口、利くなよっ!」
「うるさいっ、利くわ! ルルリラがいつまでもわからず屋だから、こういうときこそ大人はなぁ、大人の特権を使うんだよ!!」
「な、なんだってんだよ、大人の特権って!?」
焦りを浮かべたルルリラへ向けて、俺は怒号を上げる。
「パワハラだぁ馬鹿野郎っ!!」
「っ!?」
言って俺は、両手の武器を天高く放り投げた。
俺の奇想天外な行動に、ルルリラは呆気にとられる。
その隙を、見逃さない。
一気に距離を詰め、ルルリラを力任せに肩に担いだ。
いわゆる無理矢理ファイヤーマンズキャリー(?)である。
「わっ、は、離せよレオン! セクハラだろこれぇぇ!?」
「うるさい! あくまでパワハラだパワハラ!!」
ルルリラを連れ戻すためなら、俺はいくらでも大人としてダメなことをする。
それでルルリラ、キミが戻ってくれるならなんでもいいんだ。
「レオン、ウチはもう……みんなのところには、帰れないんだってば!」
「いいだろ、もうなんでも! 今のキミが一緒にいられないってんなら、生まれ変わればいい! 生まれ変わったつもりで、未来をやり直せばいいだけじゃないか!」
抱え上げてもまだうるさいので、俺もまだまだ叫ぶ。
「できっこないよ、そんな簡単に……生まれ変わるなんて!」
「簡単じゃないさそりゃ! でも、だからゆっくり、マイペースに、生まれ変わればいいんだ! それでいいじゃないか! 俺はそうしてきた、で、成功した! 幸せに近づけた! たぶんっ!!」
「……っ!」
「遅くても、いくら時間がかかっても! 俺はいる! リバースのみんなも、必ずいるから!!」
「ボクもいるよ、ルルリラ!!」
と、そこで。
俺に加勢してくれる可愛い声がした。
人の姿になった、クロエだった。
「……えっ?」
クロエを視認したらしいルルリラが再び、呆気にとられる。
「ボク、見た。ルルリラが村で一人になったとき、悩んでいたの。難しいことはわからないけど、なんていうか、幸せだからこそ、寂しくなるような感じじゃないかって思った」
「……っ!」
「ボクもよく感じることがあるんだ。レオンやみんなと楽しくご飯を食べたりしたあと、一人で小屋に戻るとさ、すごく寂しくなる。みんながいるから寂しいのかな? ボクがみんなと違うから寂しいのかな? そんな風に悩んじゃうんだ。ルルリラが離れたのも、きっとそういう感情が強いときだったんじゃないかって思うんだ」
「…………」
「でもね、ルルリラ。ボク、気付いたよ。ボクらはそういう気持ちも抱えながら、幸せになっていくんだって」
クロエの言葉を聞いたルルリラの身体が、小刻みに震えているのがわかった。
……心に、言葉が届いているのだ。
「だから、一緒に帰ろうよ、ルルリラ。またふと寂しくなったりするときは、ボクだっているから」
「……う、うぅ……」
堰を切ったように、ルルリラから嗚咽が漏れた。
……いつまでも俺の肩の上で泣かせるのは申し訳なく、ゆっくりと彼女を卸した。
もう、どこかへ行ってしまう心配は、ないだろう。
「こんなに、こんなにしつこく、ウチなんかを……必要としないでくれよ。せっかく決めた信念が、揺らいじゃうじゃんかよぉぉ!」
「ルルリラ……いいんだよ、何度でも揺らいで」
泣きじゃくる彼女の肩に、俺は手を置いた。
誰よりも潔癖。
だからこそ彼女は、自分が決めた『リバースのみんなを一人で守る』という覚悟を曲げることができなかったのだろう。
でも、いいのだ。
俺たちみたいな弱くて脆い人間は、その都度その都度、人生の幸福の形が変わる。
若い頃は成り上がりたいと思っていても、歳を取れば無理のない平穏な日々を思い描くようになる。
でも、それでいいじゃないか。
毎朝目を開けて、その瞬間に昨日とは違う望みや考えを抱いても、いいじゃないか。
そんなマイペースで人生をやっていっても、いいじゃないか。
「帰ろう、ルルリラ」
「…………うん」
ようやく、ルルリラは頷いてくれた。
俺は安堵感から、大きく息を吐いた。
「よかった。ルルリラにボクらの声が届いて」
「てかさ、なんなの、その美少女モードは? 可愛すぎてビックリするっつーの」
「あははは、後でちゃんと説明するよ」
こちらに歩いてくるクロエが、明るく笑った。
俺たちも歩み寄ろうと、一歩を踏み出した。
そのとき――
「……え、ぁ……?」
――クロエの小柄な体躯の真ん中から、腕が飛び出した。
爆裂したように噴き出した血液が、俺たちの顔を濡らした。
「あ……かは……」
「ク、クロエ?」
意味が、わからない。
どうして、クロエが?
「「「おいおいおい、なんだなんだぁ? なぁんか犬臭ぇと思ったら、とんだ美少女じゃねぇか。こりゃ惜しいことしたなぁ」」」
クロエの背後に、魔王が立っていた。
憎悪が、全身から沸き上がった。
:【筋力】が上昇しました
:【知力】が上昇しました
:【精神力】が大幅に上昇しました
:【上位:ファイヤーファイター】の職業素養を獲得しました
:【魔剣王】の職業熟練度が上昇しました
:【魔法狩猟師】の職業熟練度が上昇しました
:【ジャンパー】の職業熟練度が上昇しました
:【一般アクションスキル『パワハラ』】を獲得しました
:【一般アクションスキル『セクハラ』】を獲得しました
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。
読者の皆様の応援が書く力になっています!
更新がんばります!




