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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
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第九十二話 微熱


 

 “忘れられた都”探索、そしてマリス神殿で竜と逢った翌日。

 何の気なしにルシア・デ・アルシェの中を散歩していた俺は、不躾なまでの視線に気付いた。


 また何か喧嘩でも売られるのだろうか。

 そう思い、その人物の方を振り向いたのだが…



 それは、一人の女性だった。

 いや……少女、と言ったほうがいいのか?どっちだ?


 戸惑ってしまったのには、理由がある。


 その女性は、顔立ちや体つきを見たところ、成人…ベアトリクスよりも少し年上か…に見える。

 が、その表情は、あまりにもあどけなかったのだ。


 まるで、純真な幼子のように。

 ただ、子どもにしては、あまりにもからっぽな表情。意志とか、欲望とかを削ぎ落された、人形のような表情。



 まあ、聖職者なんだし、世間ずれしてなくても仕方ないか。ベアトリクスみたいに海千山千っぽい方がおかしいんだよな。


 そう思ったのだが。


 「あ……貴方…は…………」


 俺を見るなり、その巫女は後ずさった。からっぽだった顔に、隠しようのない恐怖の表情を浮かべて。



 ……こいつは………!


 身を翻して逃げ出そうとする巫女。

 俺は、その女の腕を咄嗟に掴み、自分の方へ引き寄せると、そのまま壁に押し付けた。


 

 ……これを逃がすと、厄介なことになる。

 それは、俺の直感。魔王の…直感だ。


 

 この女は、気付いている。俺の正体に。

 神殿中の神官や巫女、七翼の騎士セッテアーレの面々でさえまるで俺を疑うことはなかったのに、この女は俺を見た途端に逃げ出そうとした。

 俺に、恐怖を感じた。


 

 なるほど……

 「お前が、姫巫女か」

 俺の腕の中で震える女の耳元で囁く。女の喉の奥で小さな悲鳴が上がった。

 「貴方は……貴方が…なぜ、ここに………」

 声まで震わせて、姫巫女が呟く。だが、それは俺に対し訊ねたと言うには、指向性の感じられない声色。ただ、茫然と独り言を漏らした、というような。


 

 ……さて、どうするか。

 事を荒立てるのは好ましくない。が、ここでこの女を野放しにすれば、間違いなく俺の正体が教会中に知れ渡るだろう。


 

 もしそうなれば。

 …別に、困ることなど何もない。

 ルシア・デ・アルシェの神官たちは、総力を挙げて俺を滅ぼそうとするだろう。そしておそらく、勇者であるアルセリアたちも駆り出されることになる。

 当然、俺の正体を知りつつ行動を共にしていたことを咎められるだろうし、それはグリードも同じだ。

 けじめをつけるために、彼女たちは再び俺に立ち向かうことになる。


 ただ、それだけだ。

 俺は、手向かう者全てを滅ぼし、ルシア・デ・アルシェを荒野へ変えて、魔界へ帰還する。

 それで、終わりだ。

 少しその気になれば、ここの全戦力を一瞬で()()()()()()にすることが出来る。


 そう、困ることなど…何もない。


 困らないけど…………それは、嫌だな。


 

 うーん…どうしようか。口を封じてしまおうか。

 しかし、例え死体を残さなかったとしても、姫巫女が突然消えたとなれば、大騒ぎでは済まない。出来れば、穏便に済ませることは出来ないものか。



 ……とりあえず。

 「巫女よ。お前は何も見なかった。……何も気付かなかった。……いいな?」

 脅しをかけてみよう。


 地上界では誰よりも創世神に近い姫巫女だ。()()()の存在に関しても、誰よりもよく理解出来るだろう。


 俺の意に背けばどうなるか…ということも含めて。


 

 「……分かりました。私は…何も見なかった…気付かなかった…です」


 ……あれ?なんかやけに素直だな。俺、暗示とか掛けたっけ?

 

 俺は思わず、姫巫女の顔を覗き込む。そこには、虚ろな瞳。


 

 ……あ、これ、受託状態だ。



 神の声を聞くために、余分な感情や欲望を排した姫巫女。それゆえに、彼女らの感受性は極めて高い。

 魔王おれの声を、エルリアーシェの声と混同して受託してしまったということか。



 しかし…自我や欲望が希薄とは言え、皆無というわけではないし、記憶だって残る。これ、本当に大丈夫かな…?


 少し…念を押しておこうかな。


 「心配するな。お前が恐れるようなことは何も起きない。俺を、信じろ」

 姫巫女の瞳に、一瞬光が戻る。

 「はい…分かりました」

 それまでより、幾分力強い声。

 うん、これならまあ、大丈夫そうかな。


 「よし、いい子だ」

 思わず頭を撫でてしまったのは、ご愛敬。

 

 

 その時。

 「姫様、姫様ー?」

 おそらく彼女を探しているのだろう、慌てたような声が近付いてきた。


 いけないいけない。

 こんなところを見られたら、色々と面倒くさいことになるに決まってる。


 「それじゃあな、お姫サマ」


 熱に浮かされたようにぼうっとしている姫巫女を解放すると、俺は声とは反対方向にその場を去った。



 


 あれが、姫巫女か。

 エルリアーシェの残留思念を拾うなんて、どうも胡散臭いと思っていたが……あの感じだと、少なくともさっきの女は本物っぽいな。


 しかし…この先、彼女ら姫巫女に存在価値はあるのだろうか。

 他人事ながら、少し心配になってしまう。


 なぜなら、姫巫女の役目とは創世神の残した“声”を聞くことであり、肝心の創世神はもう消滅してしまっているのだから。


 今までは、それでも聖骸と同じように世界中に散らばった残留思念が、あちこちに強く残っていた。だが、俺がこっちエクスフィアに帰還する直前の遣り取りを最後に、エルリアーシェの残留思念のおおもとは消えてしまっている。

 今残るのは、せいぜい「残留思念の欠片の欠片」程度のもの。


 当然それでは、まともな“神託”になりようがない。

 おそらく、姫巫女の授かる「まともな神託」は、勇者の現出が最後だろう。


 あとはせいぜい…散発的な出来事を断片的に預言すること…くらいか。



 この先、ルーディア聖教も今までどおりではいられないだろう。

 当然、姫巫女も、そして勇者も。


 他人事のように考えているが、俺だってその渦中にいるわけで。


 

 世界が、どのように変遷していくのか。

 神のみぞ知る、なんて言葉があるけど、あれ、皮肉だよな。

 俺にだって、そんなこと分からない。



 直後に自分の身に降りかかる災難でさえ、予測出来ない魔王なんだから。




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