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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
95/492

第九十話 竜だってたまにはお喋りしたい。


 

         ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 「……貴様ら、ちょっといいか」

 弁当も半分くらい食べ終えた頃。

 おずおずと声を掛けられたので振り向いたら、そこには、居心地の悪そうな表情の竜が。


 

 ………あ。こいつのこと、すっかり忘れてた。


 「悪い悪い、…えっと、なんだっけ」

 「ええい!なんなのだ貴様らは!勇者が試練を受けている真っ最中に食事を始めるわ、勇者も勇者で、帰還するなり聖骸そっちのけで食べ物に気を取られるわ、食べることと使命と、どちらが重要だと思っておる!?」


 放置されていたせいか、竜はご立腹のようだ。

 でもなー……


 「そんなの、飯の方が重要に決まってるじゃん」

 言い切ってしまうのもどうかと思うが、俺だって適当に答えたわけじゃない。


 「生物にとって一番重要なのは、自分の生存。生存に必要なのは、第一に食事。ご大層な大義名分よりも、まずそれが大前提なんだよ」

 「……む?そ……そんなもの…なのか?」

 「そうそう。そんなものなの」


 竜と言えども、生命体。栄養補給は欠かせない。俺の言わんとしていることは理解してもらえ……



 あれ?


 「考えたら、お前ずっとここにいたわけ?飯は?」

 確かに竜は、廉族れんぞくほど頻繁に食事を取る必要はない。大気中の魔力マナを吸収し、栄養に変えることも出来るのだ。

 また、効率はそれほど良くないが、光合成が可能な個体もいる。


 しかし……

 魔力マナから栄養を取り出すだけでは、この巨体を維持するに足りない。光合成にしても、日光の射さないこの聖堂では不可能だ。


 どのみち、魔力吸収も光合成も、食事の補助程度にしかならないわけだし……



 千年近くの間、この竜はどうやって生き永らえてきたんだ?



 「確かにワタシはここで聖骸を守り続けてきた。が、扉が開くまではずっと眠りについていた故、消耗はない」


 なーるほど。冬眠みたいなものか。

 ここを訪れる「資格ある者」に、確実に試練を与えられるよう、身体の機能を最低限に抑えていたってわけか。

 それだったら……



 「だったら、お前も食う?寝起きだと腹も減ってるだろ」

 正直、持ってきた弁当を全部食べたとしても、こいつの巨体には足りないだろう。だが、腹をすかせている寝起きの竜を仲間外れにして、自分たちだけで食事を楽しむというのも気が引ける。



 「…何を言う。このワタシに、魔王と席を共にせよと言うのか!」

 「いや、勇者もいるし」

 「………そうか。ならば問題なしとしよう」


 あっさりと態度を翻す竜。


 さてはコイツ……羨ましかったんだろ。


 

 竜は、俺たちの近くまでやってくると、一瞬のうちにその姿を変えた。



 一人の、女性の姿に。



 「……驚きました。竜には、変化の能力も備わっているのですね」

 ベアトリクスが感心しきりに言うと、竜もまんざらではなさそうに、


 「まあ、ここまで完璧な変化を使えるものは、そうはいないがな」

 などと、鼻高々だ。


 「私、竜と一緒にご飯食べるの、初めてです」

 流石の勇者も、竜と同じ釜の飯を食う経験はしたことがなかったのか。

 「そうかそうか。光栄に思うがいい」

 ……なんでこの竜は、こんな得意げなんだろう……?

 

 

 ところで……気になるんだけど…

 「えっと…お前、年……いくつだ?」

 

 竜は現在、二十代半ばの妙齢の女性に見える。

 が、こいつ、千歳前後…だよな?竜としても、結構高齢…どころか、平均寿命の二倍だよ?

 この姿……随分、サバ読んでない?


 「む?ワタシの年?…さあ、いくつだったかのぅ。それがどうした?」

 「いや…見た目と実年齢の乖離がとんでもないことになってないか…?」

 「ふん、魔王の癖に些末なことに拘るのだな。見目など我々にとって大した意味はないだろうに」


 ……言われてみれば、そうか。

 俺だって、外見年齢を適当に弄ってるし……実年齢なんて、もう分からなくなってるし。



 「ほう!これは実に美味だな」

 唐揚げを一口で飲み込むと、竜は感嘆の声を上げた。

 見た目は美女だが、食べ方は爬虫類っぽい…。

 と言うか、こいつ雌だったんだな。

 

 

 「これはなんという生き物だ?」

 唐揚げが余程気に入ったのか、ひょいぱくひょいぱくと、立て続けに五、六個を平らげる。

 それを見るヒルダの表情が、強張ってきた。


 「これ?鶏肉だけど」

 別に珍しくも何ともない、食用の鶏である。


 「なに?そんなはずはあるまい!鳥は食したことがあるが、このような味ではなかったぞ?」


 …そう言われても………あ、そうか。


 「それってさ、獲物として狩ったやつを、生食したんだろ」

 「……当然ではないか」


 やっぱり。竜の世界には、料理という概念も技術もない。食事と言えば、果実や獣、場合によっては昆虫を、生のままパクリ、なのだ。

 生の鶏(鳥?)肉と、味付けをしたうえで油で揚げてある唐揚げとでは、味が違っていて当然。


 

 俺が、そこのところを説明すると、竜は目から鱗(竜だけに、ね)といった風に驚いていた。

 「なんと!では、悪しき王よ、これは貴様の手によるものだというのか!?」


 ……間違っちゃいないけど、なんでそういう方向に持っていくかな…。


 「うん…まあ、別に俺じゃなくても、料理すれば誰だってこうなるよ」

 「それは……俄かには信じがたい……」


 いやいや、信じてくれよ。そんな大層なことじゃないっつの。



 俺も、異世界ではあるが人間を体験して、それなりに視野が広がったような気がしていたけど…まだまだだな。人間以外の種族に関しては、その生態とか文化とか常識とか、ほとんど知らないことばかりだ。


 

 考えてみたら、もともとはそういうこともひっくるめて世界のことを知りたくて、それで魔界を出たんだった。

 すっかり、勇者こいつらの世話係になっちまったけど……。




 そんなこんなで、急遽昼食に同席することになった竜と、肉を奪われたくないアルセリア&ヒルダ連合軍の、地味な戦いが繰り広げられて、小一時間。


 念のため多めに作っておいた弁当は、すっかり空になった。



 「あー、美味しかった。ごちそうさま。それじゃ、忘れられた都伝説の正体も分かったし、お弁当も食べたし、帰りましょっか」


 満足げに立ち上がるアルセリア。

 俺にも、二人にも異論はない。そろそろ帰らないと、グリードが心配し始める頃合いだ。



 「それじゃ、失礼します、守護者さま」

 「お邪魔いたしました。主の導きがありますように」

 「……じゃ、ね」


 三人娘は、肝試し(?)を堪能出来て、伝説の元ネタも分かったので満足したようだ。


 「うむ。息災でな、人の子の勇者よ。………って、待てい!」


 何かを思い出したかのように、俺たちを制止する竜。


 「聖骸はどうした、聖骸は!いらんのか?なんのための試練だったと思っておる!?」



 『あ……』


 

 全員、忘れていた。

 恥ずかしながら、俺もすっかり忘れていた。弁当はやっぱりオーソドックスなのが一番だよなーでも次は少し趣向を変えてみようかなーとか、考えながら帰ろうとしてた。



 「あ…ははは、そうですよね、そうでしたよね。ええと…じゃあ、聖骸、いただいちゃっていいんですか?」

 なんか、不要になった日用品を譲り受けるようなノリだ…。


 「うむ、貴様は己に資格ありと示してみせた。ならば、主のご意志どおり、貴様に授けよう」

 竜は、おもむろに自分の首の後ろに手をやると、


 べり、と何かを剥がした。


 …って、痛くないの!?


 「持っていくがいい。千年の長きに渡り、ワタシが守り続けてきた主の一部だ」

 まるで鱗のようなそれを、アルセリアに手渡す竜だが…


 「あ、ありがとうございます……」


 それ、ちょっと血が付いてない?

 肉体と同化させて守ってたってことなのかな……なんか、痛々しい。


 

 「しかし、勇者よ。先も言ったとおり、これは既に力を失っている。何か策があるような口ぶりだったが、これを手に入れてどうするつもりだ?」

 「あ、それはですね…」


 アルセリアは、受け取った聖骸を、そのまま俺に回す。

 驚いたのは、竜。

 

 「な、何をする!悪しき王に我らが御神の聖骸を渡すなど……」

 「まあまあ。この魔王、結構便利なんですよ」


 ……おいコラ。便利とか言うな。なんか俺が都合よく使われてるみたいに聞こえるだろう。



 ……………あれ?ひょっとして、都合よく使われてる?

 利用されちゃってる、俺?



 ベアトリクスとヒルダの視線が生暖かい。今頃気付いたかこの哀れな奴め…とか思われてたらどうしよう。



 いや。

 そうではない。

 これは、あくまでも俺の意志なのだ。


 勇者たちがあんまりにも頼りないものだから。

 宿敵として、目も当てられないくらいに酷いものだから。


 だから、やがて訪れる対決の日に、悔いなく全てをぶつけ合うことが出来るよう、少しばかり手を貸すだけなのだ。



 きっと、そうに違いない。と言うか、そういうことにしておこう。



 一体誰に対して言い訳をしているのか分からないが、とにかく自分の中でそう結論付けて、俺は再び聖骸の活性化を促す。


 前回と手順は同じ。

 自分の神力マナを呼び水に、眠っていた聖骸を呼び起こす。

 そしてその灯が消えないうちに、勇者アルセリアに恵与して……と。



 「ほい、これでよし。…調子はどうだ?」

 問われたアルセリアは、何やら不思議そうな顔をしている。

 「うん…なんか、前に比べるともっといい感じ。何だろう……大好物ばっかりのご馳走をおなかいっぱい食べて、広いお風呂でのんびりして、ふかふかのベッドで十二時間くらい寝たあとみたい…な感じ?」


 なんだそりゃ。

 「ってお前、前回も同じこと言ってたじゃねーか」

 「同じじゃないわよ!それよりももっとグレードアップしてるの!」


 勇者こいつの感覚は、やっぱりよく分からない。

 竜は、完全に目を丸くしている。まさか魔王おれが、宿敵の強化を手伝うなんて思いもよらなかったのだろう。

 

 「貴様は……本当に、悪しき王なのか…?」

 最初に比べると、俺に対する警戒もだいぶ薄れているようだ。

 とは言え、

 「そうだよ。その、()()()…ってのはなんとも納得いかないが、後にも先にも、この世界エクスフィアの魔王って言ったら、俺のことだよ」

 時々自分でも忘れそうになるが、俺が俺であることには変わらない。

 



 「何はともあれ、これで探検も終了ですね」

 「……アルシー、おつかれ」

 「ん。二人とも、ありがと。でも、どうせなら“忘れられた呪いの王国”伝説も本当だったら面白かったんだけどなー」


 調子のいいことを言う。まだ探検し足りないってのか。


 「呪いの王国…とな?」

 あ、竜が反応した。


 「ああ、何でもない。人間たちの、興味本位の与太話だよ」

 きっと、この聖堂のことが変な形で上に伝わったんだろう。資格ある者=勇者でなければ辿り着けないのだから、誰も見たことがないというのも頷ける。


 幽霊の正体見たり枯れ尾花…じゃないけど、怪談なんてそんなものだ。いちいち本気にしていたら、時間がいくらあっても足りやしない。

 だから、



 「さて……本当に、そうであろうか…?」

 とかなんとか竜が言い出したのには焦った。


 「え?守護者さま、何か知ってるんですか?」

 「ここの他に、まさか……本当に“忘れられた都”が?」

 「……探検…?」


 三人娘が、俄然勢いづく。どうやら、まだ探検し足りなかったようだ。

 しかし、タイムアウトだ。これ以上長居すると、「勇者さま行方不明事件」で捜索隊が出されてしまう。



 「ほらほらお前ら、そんな冗談真に受けてないで、帰るぞ」

 「ふふふ…悪しき王よ、本当に冗談だと思うか?」

 「お前も!こいつら変に焚き付けないでくれ。すぐ調子に乗るんだから」


 伝説の信憑性はともかく、今日の探検はここまで。

 まだまだ話足りない様子の竜には悪いが、一旦帰らせてもらう。



 俺はヒルダを小脇に抱え、アルセリアの襟首をひっつかんだ。

 「ちょっと!なにすんのよリュート!私は、忘れられた都の呪いを解かなきゃ」

 「いつの間に呪いの解除がお前の仕事になったよ!?」

 適当なことを言う勇者を引きずって、俺は竜に暇乞いをする。


 「じゃ、またな」

 「……また…だと?」

 「どうせ、寝飽きて退屈してたんだろ?そのうちまた弁当作って来てやるよ」



 長い長い時を一人きりで過ごす気分がどんなものかは、俺自身にも覚えがある。

 心を持つ以上、孤独と人恋しさとは、無縁ではいられないのだ。



 せっかくの訪問者を少しでも引き留めたくて適当に話を合わせようとした寂しがりの竜は、複雑そうな表情を見せた。


 「悪しき王のくせに、いらぬ節介を焼くものだ。が…よかろう、せいぜいワタシを満足させるものを持ってくるがよい」



 素直じゃない反応を見せる竜に見送られて、俺たちの“忘れられた都”探索は、これにてお開きとなった。 


 

 

 


竜は、そのうちまた出したいなーと思ってます。が、名前考えてません……。

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