第七十九話 定期報告。~ネガティブレポート…と思ったらそうでもなかった件~
「ふーむ。それはちょっと……ゆゆしき事態だね」
俺の報告に、鏡の向こうでグリード=ハイデマン枢機卿は軽く唸った。
ここは、アレンデール市内の教会の一つ。俺は、出発前にグリードから渡された念話用魔導宝珠を用いて彼に定期報告の真っ最中、なのだ。
鏡やそれに類するものがあれば別に教会である必要もないのだけど、一応人の目を気にして、基本的には教会の一室を借りるようにと言われている。
なお、身分証とラディ先輩から受け継いだ黒い円聖環を見た途端、教会の聖職者たちは大慌てで部屋を用意してくれた。
やはり、枢機卿の権威とやらはかなりの影響力を持っているらしい。
「……トルディス修道会…か。彼らは聖央教会とも折り合いが悪いしね。現在、枢機卿も輩出出来ていないから、近年発言権が弱まる一方だったのだけれど……これで、少し勢力図も変わるかもしれない」
ゆゆしき事態…などと言っておきながら、グリードの表情に深刻さが感じられないのは何故だろう?
…このおっさん、面白がってないか?
「なあ猊下、勇者が二人…なんてあるのか?」
「それを私に聞かれてもねぇ……。むしろ君の方が、何か分かるんじゃないかい?」
…って無責任な。
「いや…俺だって知らないよ。勇者関連は、あいつ…エルリアーシェの管轄なんだから」
勇者関連と言うより、この世界全般のことは…だけど。
「そうか…。なら、主観的な意見で構わないのだけど、君はどう思う?」
「……そうだなぁ」
二人目の勇者…なんて重大な案件に、俺の意見を聞こうというのは、グリードの個人的なやり方なのかそれとも何か企みあってのことか。
「そいつ…ライオネルってのが嘘をついてるようには思わない。けど、あいつらが“神託の勇者”かと問われると……そんな感じはしないな」
だが、俺は素直に思うところを告げる。あくまで感覚的な理由だし、俺の正体を知っている(はずの)グリードが、俺の意見を表立って参考に出来るとも思えない。
「ふむふむ。そうかね」
だが、どことなく満足そうな安心したかのような反応を見せるグリード。やはり、魔王のお墨付きってのは大きいか。
「それで、アルセリアたちの様子は?」
ルーディア聖教の枢機卿であると同時に聖央教会のトップでもあるグリードにとって、新たな勇者が現れた…しかも聖央教会とは別の勢力から…という事態は、政治的にも大きな意味を持つだろう。
だが、それでも勇者たちのことを真っ先に心配する点は、このおっさんの長所だ。
「最初は結構ショックを受けてたけど…特にアルセリアが。今はもう、大丈夫…だと思う」
俺は、顛末をかいつまんで説明する。
聞き終わったグリードは満面の笑みで、
「そうか。やっぱり君を同行させて良かったよ」
…などと宣ってくれた。
………俺の正体を知りながら、よくそんなことが言えるよなー。
まあ、報告も終わったし、後のことはお偉いさん同士でなんとかしてもらおう。そう思い、
「じゃ、そういうわけで報告終わり…」
「ああ、ちょっと待った」
通信を切ろうとしたら、制止された。
「…?」
俺を止めたくせに、グリードはしばらく無言で考え込む。
そりゃ、電話(この世界にはない)とは違って通話料がかかるわけじゃないし、その代わり魔力が必要だけど俺にとっては無いも同然の消費量だし、別にいいんだけどさ。
……おっさんと長電話する趣味はないよ?
しばし考え込んでからグリードは顔を上げた。
「実はね、三日後に聖都ロゼ・マリスで最高評議会が開催される。ルーディア聖教の重要事項を話し合うとても大きな会議でね、教皇聖下と全枢機卿、大司教が一堂に会するわけなんだけど」
へぇ。そんな会議があるのか。そうそうたる顔ぶれってやつだな。
「それに合わせて、彼女たちと共に聖都まで来てもらえないかな?」
あっさりと、言いやがった。
………………えええ?
三日後で、聖都?
「ちょい待ち!ここからロゼ・マリスまでどんだけかかると思ってるんだよ!?」
ここ、アレンデールのあるイルシュ王国から聖都ロゼ・マリスまでは、イルシュから直接行く道程と、タレイラのあるサイーア公国を経由する方法がある。
距離的にはイルシュからロゼ・マリスへ直接入る方が近いが、山脈越えがあったりで、時間的にはサイーア公国を経由した方が早い。
それでも、なんだかんだと五日はかかる計算だ。折よく隊商でも見つかって同行させてもらえれば時間のロスは避けられるが、それでも三日は必要だろう。
そんな都合よくロゼ・マリス行きの隊商が見つかるとも限らないし、今からそれを探していたのではどう考えても間に合わない。
そんなの、俺に指摘されるまでもなくグリードには分かり切っているだろうに。
「そうだね、普通に考えれば、三日後までにロゼ・マリスに到着するなんて無理な話だとは思うけど……普通なら…ね」
……やけに「普通なら」を強調するな…。
「あまり大きな声では言えないけど……リュート、君、“門”とか使えたりしないのかい?」
………………………………。
「いや、ちょ、猊下、それ言ったらやばくない!?」
堂々と、俺が魔王であると、そのことを知っていると宣言しちゃうわけ?
暗黙の了解で終わらせるつもりだったんじゃないの?
「まあまあ。ここだけの話だよ。それじゃあ、そうだねぇ、例えば、何か瞬時に異空間を繋ぐことが出来るような方法があれば、そこからロゼ・マリスまでひとっ飛びだったり…?」
えええー……俺に、“門”を使えって、言ってるわけね…。
「あー、ま、確かにそういう方法があれば可能なんだろうけどさー。ただ、“門”たって、そんな便利なもんでもないんだぜ?」
エクスフィアがエルリアーシェの理の上に存在している以上、彼らが思っているほど俺の自由になることは少なかったりするのだ。
魔界の主導権は俺にあるから、その魔界と地上界を直接結ぶことは簡単だ。座標を指定して、任意の場所と場所を繋ぐことが出来る。
が、エルリアーシェの影響が未だ濃い地上界の中で、好きなように“門”をあっちこっちに設置することは無理なのだ。
「出来るとしたら、魔界を経由することになるんだけど……」
アレンデールから魔界へ行き、そして魔界からロゼ・マリスへ。それは即ち、
「ならそれでいいじゃないか」
「いやいやいやいや、勇者ら連れて魔界へ戻れって!?」
それって、見方を変えれば、魔王による勇者の拉致じゃんか。
「連れて…と言っても、どうせ一瞬のことだろう?」
「いや、そうだけど!そういう問題じゃないだろ!」
ギーヴレイたちに、何て説明するんだよ。別に座標を魔王城に指定する必要はないけど、あいつのことだから俺の魔力を感知し次第、即座に駆けつけてくるに決まってる!
「まあまあ。そんな固いことを言わないでくれよ。ここは一つ、私を助けると思って…ね?」
だからいい年したおっさんがウインクとかするな!なんか腹立つ!
つか、なんで魔王が枢機卿を助けなきゃならんわけ!?
………………まあ、それ言ったらこの状況自体がありえないんだけどさ…。
ううーん……そりゃ、別に難しいことでもなんでもないし……臣下たちにはまぁ…うまく誤魔化しとくとして………
なーんか、釈然としない……。
でもなー。確かにケルセーに行くときとか、同じこと自分でもやってたしなー。今回だけダメって言うのも、筋が通らないって言うか……
けど、勇者を連れて…かぁ……。
「………言っとくけど、今回だけ…だからな」
鏡の向こうを睨み付けて、妥協案を提示する。
「今後一切、アンタのこの手の我儘は聞かないことにするから。……それでもいいか?」
今後も何も、俺がグリードの我儘を聞かなきゃならない理由なんてないはずなんだけどさ。
「いいともいいとも。今回は私としても想定外の事態だからね。その、もう一人の勇者に関しても評議会の議題にかける必要が出てきてしまったし、それなら当事者にいてもらったほうが好都合だろう?」
「…でも、勇者2号は?」
アルセリアたちは俺が連れていけば問題ないが、あいつらが三日後までにロゼ・マリスへ到着することは現実的に不可能だろう。
「さあ?それは私の知ったことではないねぇ」
だがグリードは、底意地の悪い笑みを浮かべただけだった。
……なるほど。当事者と言っても、相手側までは必要ない…寧ろいない方が都合がいい……と。
……やっぱり、腹黒いなー、うちの猊下は。
今日は休みですが一日出掛けるので朝一番の投稿です。




