↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
82/492

第七十八話 案外人は日常の些細な事で立ち直ったりするものだ。



 ふんわり、ほかほか。

 心まで温かくする香りが、キッチン中に漂っている。


 「おー……」


 焼き上がったパウンドケーキを前に、目をキラキラさせている勇者。

 俺は、まだ熱々で崩れやすいそれの端っこをちょちょっと切り取り、


 「ほい。……作った人の特権」

 アルセリアに差し出した。


 アルセリアはそれを受け取ると、無言でぱくり。もぐもぐ、ごくん。


 「……!すっごく美味しい………!」


 うんうん、バターを典礼や医療にしか使わないこの世界では、おそらく食べたことのない味だろう。が、バターと砂糖と小麦粉の組み合わせに、間違いはない。


 「何これ何これ?こんなの初めてなんだけど!?」


 ヴォーノのような一部例外を除いて食に対する執着の希薄なこの世界(エクスフィア)では、お菓子と言えばバッサバサのクッキーの出来損ないみたいのや、謎に甘いだけのマジパンのお化け、後は果物で作ったジャムやらコンポートやらくらいなものである。


 だが、せっかくバターがあるのにバターケーキを作らないなんて、それこそ世界の理を構築した創世神(エルリアーシェ)への冒瀆と言うもの。



 ……まあ、薄々気付いていたことではあるが……多分この世界の「食」に対する興味のなさは、エルリアーシェ(あいつ)のせい……なんだと思う。



 きっちり、管理しすぎたのだ。正しく生きてさえいれば、食べるものには困らないように。それ以外の面でもそうだが、彼女は、自分の管理する生物(こども)たちに過保護にしすぎたんじゃないかな。


 伝承では、神が管理する世界では飢えて死ぬものはいなかったと言う。


 二千年前に彼女がいなくなっても、その残滓は恩寵や加護という形で残り、結局この世界の人々はその名残で「食べられれば何でもいいじゃん」なスタンスを貫いてしまった…と。


 

 恵まれた食環境ではなく、食うや食わずの過酷な環境が豊かな食文化を生み出すのだから、皮肉なものだな。




 とは言え、美味しいものは美味しい。味覚に関してはこの世界(エクスフィア)も地球も大差ない。あっちで旨いものはこっちでも旨いのだ。


 まあ……例外はある…とは思うけど。主に発酵食品のカテゴリで。



 「ねぇ、これ何てお菓子?」

 「これ?俺たちはパウンドケーキって呼んでたけど」

 「……パウンドケーキ………」

 「そ。…お前が作ったんだぞ」

 その言葉に、アルセリアは動きを止めた。


 「………私が…?」

 「だろ?」

 「…そっか。………うん、そうだよね。…私って、けっこうスゴイじゃん!」


 作ったっつっても、俺の指示に従ってただけだけどな。ここは言わないでおいてやる。


 「お菓子作りってのはさ、才能だとかは関係ないんだよ。やるべきところをきっちり押さえてやれば、誰だって上手く作れる。ただ、そのやるべきところを…ってのが、案外難しいんだよ」


 「……確かに、なんかまどろっこしかったわね」

 「だろ?でも過程が大事だから。出来上がりを想像(イメージ)しながら、一つ一つの過程を丁寧に踏んでいけば、必ずそこへ辿り着く」


 これって、お菓子作りに限定された話じゃない。


 

 「………ねぇリュート。アンタもしかして」

 「……ん?」

 「……………何でもない」


 アルセリアもそれに気付いたようだったが、口にはしなかった。その代わり、


 「じゃ、ビビとヒルダも呼んで、お茶にしましょう!二人とも、私がこれ作ったんだって知ったら、吃驚するんだから!」



 もう、消沈も強がりも、どこにも見えなかった。





            

             ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「アルシー……これ、本当に…貴女が……?」

 「……アルシー、すごい…!」


 パウンドケーキを前に、ベアトリクスとヒルダは言葉を失っている。


 いや、それほどかよ。


 

 「お料理と言えば、炭を生産することしか出来なかったアルシーが……」


 って、それほどか!



 「ふっふーん。私だってやれば出来るってね」


 鼻高々のアルセリア。何と言うか、初めてお母さんのお手伝いをしたチビッ子…みたいだ。

 


 「では、いただきましょうか。…………これは!」

 はい、想像通りのリアクションいただきました。


 普段冷静なベアトリクスも、思わず高ぶっているのが分かる。

 ヒルダも、無表情の中にもしっかり興奮が見て取れた。



 「しっとりしているのに、ふわふわで。それになんて良い香りなんでしょう。…作るのは大変だったんじゃないですか?」

 「まーね!」

 

 アルセリアは得意げに胸を張る。


 「でもね、やるべきことをきっちりやっていれば、必ず正しい形に辿り着くのよ」


 …と、俺の受け売りを、さも自分が発見した事実の如くに披露。



 ベアトリクスも、そしてヒルダも、なんとなく気付いたのか、俺にちらっと視線を送る。


 まあ、ここはそういうことで。俺も視線で二人に答えておく。



 「でも、それって…私たちの道のりとも同じですね」

 ベアトリクスがしみじみと言う。言いながらも、フォークは止まらない。


 ヒルダは、喋るのはベアトリクスに任せて、無言でケーキを貪っている。



 「うん……私も、そう思った。こんなことで気付くってのも、なんか可笑しいけど」


 こんなこととはなんだ。料理(お菓子作りを含む)は、人生の縮図だぞ!?


 

 「神託がどうとか、そういうのじゃなくて。…あるべき勇者の姿を見失わないで、一つ一つの過程をしっかりとこなしていけば、そしたらいつか、本当の勇者になってるんじゃないかな」



 …どうやらアルセリアは、自分なりの「勇者とは」に思い至ったようだ。

 そしてそれが、誰に言われるでもなく彼女が選び取った、彼女の自覚。


 もともと覚悟だけは売るほどあったわけだから、これでもう心配はいらないだろう。




 「…ってさ、お前の思う「あるべき勇者の姿」って、どんなの?」


 一応、聞いてみる。



 「そりゃ、決まってるじゃない。品行方正で礼儀正しくて、理知的で優しくて心が広くて、そして強くてカッコいい!これが理想の勇者ね。……私が目指してるのは」


 

 「…………」

 「………………」

 「………………………」


 いや……まあ、理想は高く…ってのは、悪くないとは…思う。

 思うのだが……



 ベアトリクスもヒルダも、多分俺と同じこと考えてる。が、敢えて何も言わず、ケーキに専念することにしたようだ。



 ここは…俺がツッコむべきか?こいつは、ツッコミ待ちなのか?



 …………いや、やめておこう。

 目指してるんなら、少しはそういう風に振舞いやがれ!って、喉元まで出かかってるけど、引っ込めておこう。



 上機嫌でケーキをぱくつく我らが勇者を見て、俺は肩をすくめるだけにしておいた。



 なんと言っても俺は、空気の読める魔王だからな。


流石に単細胞だけあって、立ち直るのも早いですね、ポンコツ勇者さまは。タフなんだか脆いんだか、ちょっと不明です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。