第七十三話 観光気分のお参りも受け入れてくれるって、神様は寛大だよね。
聖骸地アルブラ。
世界で最も安全の担保された聖骸地であり、それゆえに、世界で最も多くの礼拝者が訪れる聖骸地でもある。
最寄りのアレンデール市からは徒歩で向かうもよし、乗合馬車を使うもよし。そのアクセスの良さから、他の聖骸地へは行けないがここくらいなら…という物見遊山がてらの参拝者も多い。
俺たちは、そのアルブラに建てられた神殿へと向かった。
…考えてみれば、三人娘はコカトリス(の肉料理)目的でアレンデールに来たわけで、アルブラ聖骸地はそのダシに使われただけ。だったら、わざわざ礼拝に行く必要もないんじゃないかなー、と思ったりもしたのだが。
「何言ってんのよ。ここまで来て礼拝しないなんて、勿体ないじゃない」
と、「せっかくお〇げ横丁に来たんだから神宮にも行っておこうよ」的な、信仰心より観光気分丸出しな感じで言われてしまった。
それでいいのか、勇者。
俺自身はルーディア教徒ではないので、礼拝そのものには興味がない。が、補佐役ということになっているので当然彼女らに同行する。
基本的に、自分たちが“神託の勇者”であると吹聴したがらない三人だが、聖骸地巡礼という勤行の性質上、神殿にはそれを伝えておいた方がいいだろう、ということで。
結果、一般信徒には立ち入りが許可されていない“降臨の間”での礼拝を許された。
おお…流石勇者。つーか、こいつらが勇者として特別扱いされてるの、初めて見るかも。
三人は、こういうことは初めてではないのだろう。特段遠慮する様子もなく、案内の神官についていく。
「…まさか、勇者さまご一行においで願えるとは、思っておりませんでした。主もきっと、心待ちにしていたことでしょう」
神官特有のあたりさわりのない笑顔を浮かべながら俺たちを案内する若手修道士は、立ち入り禁止の看板があるその先へと進み、けっこうな距離の廊下をしばらく歩き、つきあたりの扉の前で足を止めた。
「ここより先は、特別な典礼の際以外は我々も立ち入りが許されておりませんので、皆様方だけでお願いいたします。礼拝が終わりましたら、受付にいる神官にお声をおかけください」
そういうと、案内係は来た道を引き返して行った。
……お膝元の神官でさえ、普段は立ち入らない場所なのか……。そんなところにあっさりと通してもらえるって、ルーディア教における勇者の立ち位置の特殊さがよく分かるなー。
「ここまで来ると、やっぱり空気が違うわね」
「はい、清浄な気を感じます」
アルセリアとベアトリクスは顔を見合わせて頷いている。が、気のせいじゃないかな。この時点では、エルリアーシェの気配は感じられない。少なくとも俺には。
そして何より彼女に近い俺が感じないということは、すなわちこいつらの勘違いというやつで。
まあ、ほら。神殿って、なんか荘厳な感じがするし。それだけで、他とは違う空気に感じられてるんじゃなかろうか。
「この先が、“降臨の間”なのね」
アルセリアが扉を開け、俺たちは先へ進む。
廊下…にしてはかなり幅の広い通路には、両側に柱が立ち並び、その一部が空洞になっていて、中には神獣の石像が鎮座している。
そのどれもが、かなり精巧な作りをしていて、よく見るとけっこう怖い。それらがまた、侵入者を拒むように威嚇の表情で作られてるもんだから余計にそう思える。
「もう一つ、扉がありますね」
ベアトリクスが進路の先を指差した。確かに、一際重厚な扉が、俺たちの前に現れた。
多分この扉の先が、“降臨の間”なんだろう。
重々しいデザインのせいで開けにくさを感じてしまうその扉に、そういうことには一切頓着しない勇者が手をかける。
と、その時。
ごがしゃん、と何か重く硬いものが落ちるような音がした。俺たちの、背後で。
「……?」
四人そろって、後ろを振り返る。と、石像の一つが台座からはずれ、床に転がっていた。
「あらあら。守護獣の像が倒れてしまうなんて、不吉ですわねぇ」
ベアトリクスはそう言いながらも呑気そうだ。
「台座への固定がゆるかったんでしょうか」
……いや、傾いてたんならともかく、ゆるいくらいじゃあんな重い石像は落ちないだろ。
つか、かなり重量がありそうなのに、床に落ちてまったく壊れてなさそうなのが不思議………
……落ちた石像が、むくり…と起き上がった。
………えええええ?
驚いて固まる俺たちの目の前で、次々と他の石像も床へ落ちていく。
……落ちていくんじゃなくて、降りていく!?
「…って、これ…石魔像……だったりする……?」
アルセリアの呟きに、
「常識的に考えれば…そうでしょうね」
ベアトリクスも賛成。
「……てき?」
ヒルダも、警戒を見せる。
……まあ、愛玩用石魔像というものが存在しないとも限らないが、俺は聞いたことがない。
石魔像は、べへモスと同じく、自然界に存在する魔獣ではない。魔力を帯びた石で作られた、人工物だ。
そしてその用途は主に……侵入者撃退。
となれば、この後の展開も読めるというもので。
「…来るわよ」
アルセリアが短く言うと同時に、聖剣を抜く。ベアトリクスとヒルダも即座に、陣形を取った。
動き出した石魔像は、六体。レベル的にはこないだのヒュドラ程ではないはずだが、こいつらには少々やりにくい相手だろう。
なにせ、石なのだ、石。当然、硬い。物理防御力最高。竜の鱗ほどではないが、魔石というものは非常に衝撃に強いのだ。
メイス系の武器があれば砕くことも出来ようが、アルセリアの得物は剣。斬線を少しでも間違えれば、刃は通らない。
…聖剣だから、折れたりすることはないと思うが…刃こぼれくらいはするかも。
高出力の魔導術式であれば倒せるだろうが、あまり広くないこの空間での高位術式の使用は危険だ。下手すると、神殿を破壊しかねない。
……こいつらなら、やりかねないことだけど………。
それにしても……魔王城ならともかく、なんでルーディア教の神殿に石魔像が?
石魔像たちは、一斉に勇者たちに飛び掛かる。石製とは思えない素早さだ。
「【風魔弾】」
ヒルダが、風の術式を発動。圧縮された見えない空気の弾丸が無数に放たれ、石魔像たちを後方へと弾き飛ばした。
消費魔力からすると、それほど高位の術式ではない。石魔像にダメージを与えるというよりは、距離を稼ぐことが目的か。
そこへ、アルセリアが駆ける。
起き上がろうとした石魔像の一体を、集中攻撃。
流石は勇者。相性が悪いはずの武器で、確実に石魔像にダメージを与えていく。斬線がきちんと見えていなければ出来ない芸当だ。
少なくとも、今の俺にはちょっと難しい。
だが、とどめを刺す直前に、他の石魔像が起き上がり、アルセリアの背後から襲いかかった。
「ヒルダ!ビビ!」
その攻撃を躱しながら、アルセリアは二人へと呼びかける。
その声に応えて、
「【氷雪花繚乱】!」
「【波状炎】」
ベアトリクスとヒルダが、時間差で術を放った。
最初にベアトリクスの氷雪系術式が石魔像を凍らせ、直後に、ヒルダの炎が包み込む。
急激な温度変化に耐え切れず、石魔像は砕けた。
…まずは一体。
二人の連携に背後の敵を任せたアルセリアは、その間に自分が追い詰めていた一体にもとどめを刺す。
これで、二体目。残るは四体……
と、思いきや。
ベアトリクスとヒルダに倒された一体が……バラバラに砕かれたというのに…再び動き出したのだ。
「えええ?ちょっと何それ!?」
見る間に破片がくっつき、亀裂だらけだが元通りの姿を取り戻した石魔像に、アルセリアは思わず抗議の声を上げる。
…同感だ。石魔像にそんな回復能力があるなんて聞いたことないぞ。
呆けているわけにもいかず、アルセリアはそいつにも攻撃を叩きこんだ。何度でも復活する系の敵ならば、とどめを刺したはずのもう一体も動き出すはず。その前に、一度体勢を整えなければならない。
復活した石魔像は、流石に亀裂だらけとあって、アルセリアの攻撃を受けて簡単にバラバラの破片に戻った。
その隙に、一旦後方へ下がるアルセリア。
敵も、不死身というわけではないだろう。だが、どのくらいダメージを与えれば完全に倒すことが出来るのか分からない状況で、やみくもに突撃するのは得策ではない。
「なんなのよアレ。復活するとか反則じゃない!」
ぼやくアルセリアと、
「…何か、方法があるはずです」
敵の回復を妨げる方法を模索するベアトリクス。
…うんうん、成長したな、アルセリア。以前のこいつなら、とにかく倒れるまで斬り倒す!とか言って考え無しに突っ込んでいってたに違いない……
「そんな方法、悠長に考えてられないって。とにかく倒せるまで斬ればいいんでしょ!」
…………違った!全然成長してない!!
「待てってば!」
再び駆け出そうとしたアルセリアの襟首を、俺は力いっぱい引っ張る。
「んがぐぐ」
…日曜夜のサ〇エさんみたいに呻くアルセリア。
「ちょっと!何すんのよ!!」
「ちったぁ慎重さってもんを身に着けろって何回言えばいいんだよ!?」
「知らないわよ!何千回でも言ってれば!?」
「…何気にひどい!!」
俺たちが言い争っていると、ヒルダが俺の裾をついついと引っ張った。
「…………あれ」
ヒルダはアルセリアに倒された二体の石魔像を指差す。
その二体は……起き上がる気配を見せなかった。
「……あれ?復活してこない?」
「回数に限度がある…とか?」
首を傾げる三人だが、そう何度も復活してこないとなれば安心だ、とばかりに攻撃を再開する。
…………うーん。
俺は、少し離れたところで戦いを傍観することにした。敢えて、手は出さない。
それに気付いたアルセリアが、
「ちょっとリュート!アンタ何サボってるのよ!!」
抗議の声を上げる。が、
「いや、だってこれ、お前らの試練なんじゃないの?」
「……は?何それ?」
………やっぱりこいつ、気付いてなかったか。
そもそも、石魔像は人造の魔獣。と言うことは、製造目的があるわけで。そしてこのパターンからすると、間違いなく“降臨の間”へ侵入する者を排除する…というのがそれに当たる。
だが、それなら、なぜここの神官たちは襲われない?
典礼の際には、この奥で司教や司祭が祈りを捧げるのだと言う。その度にいちいち石魔像を撃退なんてしていられないだろう。だいいち、この石像にはずっと動いた形跡はなかった。
それに、石魔像があるのなら、神殿側から何らかの情報があって然るべきだ。勇者を陥れたいとか考えているのでなければ、の話だけど。
案内係からも何の注意もなかったし、神殿は石魔像の存在を知らない可能性が高い。
石魔像には、基本的に起動条件が付与されるものである。
それが、“降臨の間”への侵入…というものであれば、誰であれ侵入者は攻撃される。
だが、同じ侵入者でも神殿の神官たちはスルーされているじゃないか。
さらに言えば、こうして俺が隙だらけで突っ立っているのに、石魔像たちはこっちに見向きもしない。
極めつけは、彼女らの戦闘を見ていて、気付いたことが二つあるんだけど…
一つ目。石魔像が攻撃を仕掛けるのは、勇者ばかりである。
勿論、アルセリアが前衛で、ベアトリクスとヒルダが後衛ということもある。が、後ろから魔法でがんがん牽制しまくる二人はガン無視で、石魔像たちはアルセリアだけに群がるのだ。
飛んでいる奴も、アルセリアを飛び越えて後衛へ向かうことをしない。
仮にそれがたまたまだったとしても、問題は二つ目。
石魔像たちは、アルセリアが破壊した場合は、復活しないのだ。
最初は、魔法による攻撃だからかも、と思ったのだが、同じ術でもアルセリアが使ったもので砕かれた石魔像は、二度と動かなかった。
これはもう、勇者に対する試練なのだと考えるのが妥当だろう。
三人も、戦っているうちにそのことに気付いたのか。ベアトリクスとヒルダが牽制しつつダメージを稼ぎ、アルセリアがとどめを刺す…という連携に切り替えた。
必勝パターンを見付けさえすれば、石魔像など今の勇者たちの敵ではない。派手さこそないが、堅実な戦闘で一体一体を片付けていき、
「終わったー。めんどくさかったー」
戦闘が始まってから十分かそこらで、危なげなく最後の一体を片付けたのだった。
「お疲れさん」
俺はそう労いの言葉をかけてやったってのに、
「…アンタは随分楽そうだったわね」
アルセリアに睨まれてしまった。
だって!勇者の試練に、魔王が手を出しちゃ駄目でしょ!
「そりゃあな、俺は立場をわきまえてる紳士な魔王だから」
「立場をわきまえてる紳士なヘタレ魔王…じゃないんですか?」
…だからベアトリクス、そのツッコミやめて。お約束になりそうだから!!
お伊勢さん、いいですよねぇ。日本の神様は信仰に対して寛容だから好きです。




