第七十四話 創世神の欠片
無事、石魔像を倒した勇者一行と俺は、扉の先の部屋…“降臨の間”に足を踏み入れた。
こじんまりとした部屋。だが、こればかりは気のせいではない清浄な空気が、部屋中に充満している。
……俺にとっては、懐かしい気配が。
部屋の奥には、創世神エルリアーシェの彫像が祀られていた。正直、あまり似ていない…が、彼女が顕現していたのは二千年も前の話だから、仕方ないか。
三人娘は、彫像の前で跪いて、祈りを捧げている。普段の様子を見ていると、あまりこいつらから信仰心を感じることはないのだが、やはり教会で育てられただけはあって、その様子はとても自然だ。
……つーか、絵面だけなら、「乙女の祈り」?
しばらくして、祈りを終えた三人が立ち上がった。
「で、創世神の欠片ってどういうことなのかな?」
「ここにお眠りになっている…ということですから、この神像の下に安置されている…とか?」
「…………おはか?」
彫像を見上げて首を傾げる三人。
なるほど……。「聖骸地」というからには、エルリアーシェの墓という見方も出来るわけか。
「終わったか?じゃ、行くぞ」
お祈りも済んだようなので、俺は三人を促す。
聖骸地を巡りつつ修練を重ねるのが、今回の巡礼の目的(あと、勇者としての箔付け)なので、用件(修練、箔付け、名物の堪能)が済んだら長居する理由もない。
だから、すぐに次の聖骸地へと向かおうとしたのだが。
……ん?
俺の目が、彫像の足元に留まった。台座の上、像の足に隠れるようにして、ぽつんと転がるちっぽけな小石。
古くなった石像から欠け落ちたものか、それとも路傍の小石だったのか。
何の変哲もない、小さな石ころ。
まず、人の目には留まらないようなそれだったが、なんだか、妙に気を惹かれる。
そしてそれは、俺だけではなかったようだ。
「……これ、何かしら」
アルセリアが、その小石を拾い上げた。矯めつ眇めつ、まじまじと観察する。
「アルシー、どうしましたか?」
ベアトリクスもアルセリアの手元を覗き込むが、彼女には何も感じられないらしい。
「その小石が、何か?」
「んー…よく分かんないんだけど………なんだろ。なんか気になるって言うか、持っていたい…ような気が…」
アルセリア自身も、よく分かっていないようだ。
だが、それでも小石を離そうとしない。
「なあ、ちょっといいか?」
俺は、アルセリアからその小石を受け取った。
……………………。
…………………………………………。
…………………………………………………………………これ、やっぱり。
思わずこみあげてくる何かを、三人にばれないように誤魔化すのが大変だった。
手の中をじっと見つめたまま無言になった俺を訝しく思ったのか、
「ちょっと、何なのよ」
アルセリアが覗き込んできた。
「これ、あいつだ」
顔を見られないように、アルセリアに小石を押し付けながら答える。
「え?え?何が?」
小石を受け取りながら、混乱するアルセリア。
「あいつ……?」
「……あいつ。エルリアーシェ」
俺の言葉に、三人は硬直して沈黙。
彼女らは、その言葉の持つ意味を、その重大性を、果たして理解しているだろうか。
「え?これが……って、これが創世神さまの………聖骸ってこと!?」
「本当ですか!?」
「…………?」
そろって驚愕に目を見開く。驚くのも当然か。
欠片とは言え、神の一部なのだから。
「でも…なんでこんな適当に転がされてるわけ???」
同感だ。聖骸と言うならば、もっと厳重に安置されていて然るべきだろう。こんな、誰にでも持ち出せるような…それどころか、全く重要性を感じさせないような放置っぷりは、ちょっと考えられない。
考えられるとすれば……
「神殿の奴らには、これがそうだと気付かれていなかったか……或いは、これの存在そのものが感知出来なかった……のかもしれない」
実際、ベアトリクスとヒルダは、そこにこれが転がっていることに気付かなかった。
気付いたのは、“勇者”であるアルセリアと、“魔王”である俺だけ。
エルリアーシェの奴が何を考えていたのかは知らないが、消滅する前に何らかの細工をしていったとも考えられる。
あいつ……そういう茶目っ気があったから。
「で、どうする?」
「?どうするって…何を?」
俺の突然の質問に、アルセリアは首を傾げる。
「それ…確かにあいつの欠片だけど、状態としては「休眠中」なんだよ。…ほとんど神力も感じられないだろ?」
「……言われてみれば、確かに」
本来、いくら欠片とは言え創世神の一部であるならば、もっと強い神力を放っていてもおかしくない。それなのに、俺でさえ手に取るまでは分からなかったくらいに気配が薄まっている。
言うならば、化石のような状態なのだ。
「俺だったら、活性化出来るけど…」
何気なく発した一言に、三人は再び硬直。
「えええ?マジで?って、何で!?」
「リュートさん、魔王なのに!?」
「……………おにいちゃん、すごい」
……あれ?そんな驚くこと?……ってこいつら、俺のこと何だと思ってるんだろう。
「あのさ…俺、エルリアーシェの同格だって……知ってるよな?」
「いや、知ってるけど……」
「でも、対極の存在なんですよね?神と魔王だから」
「………おにいちゃんは、おにいちゃんだもん」
約一名除いて、分かってるような分かってないような(約一名は分かってるとかいう以前に、あまり興味がなさそうだ)。
「いや、だから、対極っつっても元は同じものだし。なんつーの?表から見るか裏から見るか程度の違いだし」
……なんで俺、こいつらにいちいちこんなことを説明してるんだろう…。
で、こいつらと言えば何か視線が冷たいし。
「……言うに事欠いて、創世神さまと同じとか、ちょっとそれどうなのって感じなんだけど……」
「リュートさん、魔王ですのに……」
えーーー?
なんか、俺、軽んじられてない?大言壮語野郎みたいに思われてない?
なんで?今まで色々あったし、俺の凄さとか身に染みちゃってないの!?
俺の日頃の行いが悪かったというのか!
俺だって、頑張ってるじゃないか。
毎日毎日こいつらの我儘を聞いてやったり我儘に振り回されたり。説教したり面倒見たり。飯だっていろいろ作ってるし、可能ならおやつだって………
…………日頃の行いのせいか……。
「ま、まあとにかく」
ゴホン。咳ばらいをして誤魔化す。
「どうせ、ここの連中はこいつに気付いてなかったんだし、活性化させてアルセリアに渡しておくってのが妥当なんじゃないか?」
「え……それは…いいの?」
「問題ないだろ。ここにとって重要なのは、ここが聖骸地である…っていう事実だけだし。どのみち、ここの神官にこいつが感知出来てないなら、あってもなくても同じだろ?」
「………そう……なの、かな…………?」
「そう……いうものでしょうか……?」
それでも尻込みするアルセリアとベアトリクス。
まあ確かに、勝手に持っていくというのは泥棒みたいな気になるってもんだけど…
「“神託の勇者”って、そういうもんじゃないの?」
俺の言葉に、アルセリアは意外そうな顔をした。
「神のお告げを受けて選ばれた…ってこともあるんだろうけどさ。神の意志の体現者…ってのも、お前の役割なんだろ?」
「…………確かに…」
「だったら、こんなところに休眠状態で転がしておくより、お前が持っておいた方がいいと思う」
聖骸のおかげで奇蹟が起こった!……みたいな話を聞かない以上、ここにこいつがあっても意味がない。それだったら、勇者に持っていてほしいというのが、俺の個人的な感情なのだが。
多分、エルリアーシェの奴も、同じことを望むんじゃないかな。
「で、活性化ってどういうこと?」
「文字どおりの意味だよ。元の形に戻して、お前の中に注いでやれば」
「ちょ、ちょっと待ってください」
慌てて割って入ったのは、ベアトリクス。
やっぱり創世神の聖骸を私物化するのは、神官として許容出来ないか?
「それ…危険じゃないんですか?」
……違った。アルセリアの心配だった。
「大丈夫大丈夫。大した負担にはならないよ」
欠片…と言っても、この小石がエルリアーシェの肉体の一部、というわけではない。
これは、あいつの神力だとか意思だとかの力…言うなれば存在そのものの残骸。それが結晶化したものの一部。
「力の大きさで言えば、せいぜい加護の五、六回分ってとこだから」
加護とは違い、体内に宿し続ける限りその効能が途切れることはないが、その程度ならば勇者であるアルセリアの肉体に悪影響を及ぼすことはない。
「もしかしたら、本来「聖骸地巡礼」ってのは、そのために行われるものだったのかもな」
それは俺の思い付き程度の意見だったのだが、
「……勇者の資格があるかどうか、選別するため………ということですか?」
「そうそう。あと、資格のある者に、力を与えるって意味も」
だからこその、石魔像だったんじゃないか?
勇者になりうる要素すらない者には石魔像は反応せず、聖骸の存在に気付くことさえない。
勇者に相応しい力を有するかどうか、見極めるための石魔像。
「………分かったわ。なんかアンタの力を借りるのは癪だけど、お願いすることにする」
いちいち素直じゃないんだよな、勇者は。
俺は再びアルセリアから聖骸を受け取ると、それを握りしめた。
…語りかけるように。呼びかけるように。
自分の神力を呼び水にして、休眠状態のエルリアーシェの気配に働きかける。
ほんのりと、石の中に熱が灯った。
ゆらゆら、ゆらゆら。小さく揺らめく灯を消さないように、優しく息を吹きかける。
小石は輪郭を失い、小さな碧の炎へと変わった。
俺は、その炎をゆっくりと、アルセリアの胸へ近付ける……
「ちょっと。どさくさにまぎれて変なことするんじゃないわよ」
「しねーよ!つーか、こういうときくらい神妙に出来んのか?」
もしかしてこいつ、師匠から深刻になったら死んじゃう病をうつされてないだろうな?
勇者に妙な勘違いをされても困るので、胸に直接触らないように最大限の注意を払いつつ、炎だけを彼女に触れさせる。
……なんか、気を遣う場所が違うよね。
俺の手を離れた炎は、すぅっとアルセリアの胸の中へと吸い込まれ、消えていった。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「ほい、終わり」
俺が終了の声かけをするまで、三人は呆けて突っ立っていた。
「え?これで終わり?」
「……アルシー、何か体に異常はないですか?」
「アルシー、だいじょぶ?」
なんだよ。問題ないって言ったのに。俺の言うことが信じられないんだろうか。
いや…信じたからこそ俺の提案に乗ったんだろうけど………。
……なんだろう。疑われるのは面白くないが、無条件に魔王を信じる勇者ってのも、なんだか心配になってくる。
「うん。……特には。強いて言えば…いっぱいご飯食べてたくさん寝たあとみたいに調子がいい…かな?」
その、勇者らしくない表現はどうにかならないものか。
まあ、本人がいいなら、いいか。
さて、本来の目的+αも果たせたわけだし、戻るとするか。
俺たちは、案内役の修道士に言われた通りに、参拝受付まで来た道を戻ることにした。
「……ん?なにかしら?」
一般信徒立ち入り禁止の区画を抜け、本殿の中まで戻ってきたとき、先頭を歩いていたアルセリアが何かに気付き、足を止めた。
「アルシー?」
「……なんか、すごい人だかり…」
アルセリアが呟く。
…人だかり?
もしかして、“神託の勇者”の来訪が、一般信徒にバレた?
これは、大騒ぎになりそうな……
「勇者さまだって」
「ほんと?お目にかかれるなんて光栄だわ」
「え?どこどこ?見えないよ」
人だかりからざわざわと声が聞こえて……
んん?
なんか、変じゃないか……?
確かに人だかりが出来ていて、みんな口々に勇者がどうとか騒いでいるんだけど……人だかりの中心に向けて。
……アルセリアたちに向けて…じゃない。
「…ちょっと。どういうこと?」
アルセリアもそれに気付く。が、俺に聞かれても知るわけないじゃないか。
そのとき、
「すみません皆さん。少し、よろしいでしょうか」
人だかりの真ん中あたりから、声がした。
その声で、人だかりが二つに分かれる。
モーセよろしく、その中から三人の人物が、こちらへ向かって歩いてきた。
「初めまして。アルセリア=セルデン嬢ですね」
真ん中の人物が、アルセリアに語りかける。正体不明の笑顔を貼り付けて。
「ボクは、ライオネル=メイダード。トルディス修道会姫巫女フェリシアさまが授かった託言により選任された、“神託の勇者”です」
……………………………………。
『えええええええ!?』
多分今までで一番、俺たちの心が一つになった瞬間だった。
勇者2号、登場です。




