第六十四話 即席パーティー結成
「なるほど……べへモス、ねぇ。そりゃまた随分と思い切ったことするもんだな」
とは、ラディ先輩の言である。
“魔宵教導旅団”の本拠地を逃げ出した俺は、そこから程近い集落に落ち延び、連絡役を介して知りえた情報の全てをグリードに伝えた。
そして俺の潜伏先までやって来たのが、三人娘とラディ先輩、そして何故かグリード枢機卿本人……。
…って、なんでボスが直接来てるんだよ。
「奴らの目的がべへモスを地上へ放つことならば、然程の猶予はないだろうね」
長い付き合いではないが、グリードのこんな険しい顔は初めてみる。
「君を逃がした連中は、当然情報が外に漏れたと考えるだろう。となると、連中が次に考えるのは…」
「本拠地がバレちゃったんだから、逃げるんじゃないですか、十年前と同じように」
アルセリアの推測に、グリードは首を横に振った。表情からして、ラディ先輩も同意見のようだ。
「それはないだろうね…。べへモスがそこまで完成に近付いているならば、移動は難しい。さりとて、莫大な手間と時間と金をかけたそれを、おいそれと見棄てて逃げ出すわけにもいかないはず。だったら…………リュート君、べへモスは、確かに自ら捕食行動を取ったんだね?」
「ああ。止める間もなかった」
あの、喰われた信徒は本望だったんだろうか?からっぽで嘘くさい笑顔が、脳裏に焼き付いている。
「自発的に食事が出来るまでに成長しているのであれば」
「連中、すぐにでもべへモスを起動するだろうな」
グリードの後を引き継いでラディ先輩が続けた。
「で、地上で残りの餌を喰わせて、完成させようとするんじゃないか」
確かに…あの連中なら有り得る。今さら計画がご破算になるくらいなら、多少不完全でも見切り発車してしまえ…と考えてもおかしくない。
「それでは、時間があまりありませんね」
ベアトリクスも珍しく深刻な表情。
「ああ。今からある程度の兵力を動員する猶予はないかもしれない」
グリードの言葉にラディ先輩も難しい顔をして頷いている。
だったら。
「だったら、今すぐ乗り込めばいいじゃないですか」
パンがなければケーキを…くらいのノリで、我らが勇者が宣った。
ヤバい。今こいつと同じこと言おうと思ってしまった。ちょっとショック。
「ここには、私たちがいるし、師父もいるし、まあ…リュートも使えなくもないし…」
……ディスられた。
「戦力的には下手な軍隊よりも上ですよ!」
自信たっぷり、といった感じで胸を張るアルセリアだが、どこかに虚勢が混じっていることが分かる。多分、自分の過去に、ケリをつけたいんだろう。
「……分かった。許可しよう。ただし……私も行く」
重々しく頷いたのは、グリード枢機卿。
……ええ?
「いや、ちょっと猊下。いくらなんでもアンタが直接乗り込むってのは……」
流石のラディ先輩も引き留める。そりゃそうだ。教会の重鎮中の重鎮が、そんな最前線に乗り込んでどうしようというのだ。
しかしグリードは、
「元はと言えば、かつての私の力不足が招いた結果。私には私の清算が必要なんだよ」
どうやら、アルセリアと同じように十年前を引きずっているようだ。
“七翼の騎士”筆頭だったっていうし、邪教集団を壊滅寸前まで追い込んでおきながらとどめをさせなかったことが、ずっと気掛かりだったんだろう。
止めても無駄そうだ。と言うより、ここに彼の無茶を諫める権限を持った人間はいない。
「あーーー、猊下はこうなったらテコでも動かないからなー。ほんっと、誰かさんとそっくりだ」
ラディ先輩は諦めたように空を仰いでから、
「ヒルダ、ビビ。…お前らは残れ」
二人にそう指示した。
「…どうしてですか?アルシーが行くのなら私たちも…」
「…………」
食い下がるベアトリクスと、無言でアルセリアの裾を掴むヒルダ。その意志は固そうだが、
「いいか、これから俺たちが向かうのは、最凶最悪の魔獣のところだ。いくら俺たちだからって、どうなるかは分からない。いざというときのために、誰かは残らないといけないだろ」
ラディ先輩に諭されて、それも正論であるから反論出来ず、唇を噛んでうつむいた。
「…つーか、本当はお前も置いていくつもりだったんだが……」
アルセリアに視線を移すラディ先輩と、
「へぇ、そうですか。別にいいですけどね、勝手に行きますから」
不敵に笑顔を返すアルセリア。
………なんかいい師弟コンビだなぁ。
そんなこんなで。
勇者アルセリア、枢機卿グリード、“七翼の騎士”ラディ先輩、そして勇者補佐役の俺という、おさまりの悪い即席パーティが出来上がったのだった。
普段のパーティーと違って、むさくるしい面子になりました。




