第六十話半 幕間 先輩と勇者
修練場に、剣戟の音が響き渡る。
「ほれほれ、どうしたどうした?そんなんで魔王を斃せると思ってんのか!」
茶化すように勇者を挑発する茶髪の男と、
「っく…まだまだ!」
体勢を崩しながらも、果敢に反撃する勇者。
リュートが魔王崇拝者たちの巣窟へ潜入して一週間が過ぎた。教会の連絡係を通して短い報告は時折届くが、その間ずっとリュートと会っていない。
捜査も停滞しているようで、アルセリアたちには出来ることがない。
やることがない。
すなわち、暇である。
そこで、師である“七翼の騎士”筆頭、ラディウス=エルダーに、稽古をつけてもらっているという次第だ。
しかし。
「…ちょ、師父……ちょっと待って…ちょっと、休憩………」
息も絶え絶えに喘ぎながら、アルセリアがへばった。
「なんだ?もうグロッキーか。我が弟子ながら情けないなー」
「丸…一日、ぶっ通しで、戦える…師父の基準で、測らないで…ください…」
「お前もなー、瞬発力だけは一人前なんだけどなぁ。スタミナが足りないぞ。肉食ってるか、肉?」
アルセリアも剣士として尋常ではない体力の持ち主ではあるが、ラディウスはそれを軽く超えている。彼の武勇伝として、異教徒殲滅の際に敵地真っただ中で孤立してしまい、援軍が来るまで一昼夜敵を屠り続けた…というものがある。
ちなみに、援軍が到着した頃には、敵はほぼ全滅状態だったらしい。
そんな化け物と一緒にされては、流石の勇者も形無しだ。
「そういやさ、一つ聞きたいんだけどよ」
休憩中に、ラディウスが切り出した。
「お前らさ…あいつの、リュートのどこが良かったんだ?」
何気ないその一言に、
「っえ!?な、何…って?え?師父いきなり何を言い出して…」
過剰反応を見せたのは、アルセリア。
ラディウスは、そんな彼女に
「いや、今までの補佐役と、何が違うのかと思ってな。別に、他意はないんだけど」
と、他意がありまくりの表情でにやにやしながら言った。
「いや、あいつはいい奴だと思うよ?面倒見がいいし、年の割に慎重で冷静だし、視野も広い。気配りも出来て、思いやりもある。正義感も強そうだよな。ちょっと人が良すぎるところがあるけど」
……どれも、魔王への誉め言葉ではない。
「けどさ、他の連中にもそういう奴らはいたじゃねぇか。アレックスは世話好きだったし、クリスは優しい奴だし。けど、そいつらはダメで、リュートはいいのはなんでだ?」
「な…なんでと言われても……」
「他の奴らと、リュートには何か違いでもあったのか?」
…違いならある。ありすぎる。だが、それを師に話すわけにはいかない。
「えっと……いえ…特には……」
「ビビ、ヒルダ、お前らはどうよ?」
ラディウスは、他の二人にも問いかける。だが、二人の答えは簡潔で、
「そうですね…リュートさんは、とてもからかい甲斐がありますの。付き合いもいいですしね」
「…………お兄ちゃん、ご飯美味しい」
分かりきったものだった。
「って猊下からも聞いたんだけど、何、あいつそんなに料理上手いの?」
「ええ、それはもう。一度食べたら病みつきです。ただ、その分…今が辛いですわ」
そんな遣り取りの間、アルセリアはずっと自分に問いかけていた。
リュートは、他の人たちと何が違うのか。
何故自分は、彼が自分たちに干渉することを拒絶しないのか。
「あ、そうか」
急にラディウスが、手をぽん、と打ち鳴らして言った。
「顔だろ、顔。あいつ黙ってりゃすげーイケメンだもんな」
「ななななな、何を言ってるんですか師父!そんなふしだらな理由で、補佐役を決めたりなんかしません!!」
そういう理由もなくもない…と自覚していたアルセリアは、思い切り否定する。
「別に、私はアイツの外見がどうとかは関係なくて」
「関係なくて?」
「か…関係…なくて…………」
ラディウスは、完全にアルセリアの反応で楽しんでいる。ベアトリクスはそれに気付いていたが、面白そうなので黙って見ていた。
「………まあ、そうだよな。お前らもお年頃だもんな」
「だから!違いますって!!」
今までも師にいろいろ弄られていたアルセリアに、またもう一つ弄られる材料が増えたな、とベアトリクスは思ったが、やはり面白そうなので黙って見ていることにした。
リュート氏は、対外的にはイケメンなんですけどね。アルセリアたちといると、途端にヘタレます。




