第四十六話 遊撃士デビュー
「なあ、兄ちゃん。女の子連れ込むのはいいけど、出来れば最初の時に言っといてくれないか」
「違う!連れ込んだんじゃなくて、押しかけられたの!!」
「ははーん。押しかけ女房ってやつかい(笑)」
「違うって言ってんだろ!」
安宿での朝食の席で。宿のマスターは俺を茶化すだけ茶化すとさっさと姿を消した。
ああ、俺、どう思われてるんだろう……。
その元凶となった人物は、何食わぬ顔で俺と同席している。
その人物、ベアトリクスは、ぼやけた味のオートミール風の何かに塩を足しながら、何気ない口調で、
「……リュートさんって、ヘタレなんですね?」
ぶふぉ。
「ヘタレじゃねぇ!紳士なだけだ!!」
「あらそうでしたか。紳士なヘタレなんですね」
「だから違うっつの!ヘタレから離れろ!」
「あ、すみません。ヘタレな紳士ですね」
「…なんか、それ嫌だ!!」
もう勘弁してくれ。食堂にいる他の客の視線が痛い。陰口が聞こえる。…舌打ちされてる。
俺はただ、静かな朝を楽しむことすら許されないのか。
そしてそこに、
「あーっ、こんなとこにいた!なんでアンタら二人で朝ご飯食べてるのよ!!」
出たな、台風の目。
食堂の入り口に、仁王立ちしているのは世界の救世主たる、“神託の勇者”その人、アルセリアと、
「お兄ちゃん…ビビ…ずるい………」
そして、その同志たる、魔導士ヒルデガルダ。
ああもう、揃いやがった。これで俺の自由時間は終了だ。結局、穏やかな時間なんてどこにもなかった。
アルセリアとヒルダは、込み合っている食堂の中ですいすいと人込みをかきわけかきわけ、俺とベアトリクスのテーブルへ。
「ちょっとビビ」
「なんですか、アルシー?」
「夜だけだって約束でしょ。なんで朝ご飯まで一緒に食べてんのよ」
おいお前ら。ここでそういう話はやめろ。周囲に勘違いされる。
「いいじゃないですか。目が覚めたらもう朝食の時間だったんですし」
「ビビずるい………………お兄ちゃん、ボクも」
昨日は不貞腐れて口を聞いてくれなかったヒルダだが、今日はずいずいと俺の膝へ上ってくる。機嫌が直ったのはいいんだけど……ここでそういうのも、やめてくれないかな………。
「……抜け駆けはダメだからね。ヒルダ、私たちもここでご飯食べてこ?」
「………お兄ちゃんのご飯食べたい……」
…前言撤回。こいつら、全員分かってやってるに違いない。
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朝の礼拝を終え、グリード=ハイデマン枢機卿は束の間の自由時間を過ごしていた。多忙である彼は、務めと務めの間の隙間時間しか、自分のために使うことが出来ない。
そんな時間をやりくりし、昨日面会した少年。
なかなか得難い人材を獲得出来たと、グリードはほくそ笑んだ。
なにしろ、あの胆力。枢機卿である自分を前にして、一歩も引くことがなかった。会話している最中も、ずっと自分のことを値踏みしている様子だった。
この、自分を、だ。
それは、一介の旅人風情になかなか出来ることではない。
それに……他者からの干渉を嫌う彼の「娘たち」が、どうもかなり心を開いている様子。そしてあの少年もまた、彼女たちを心から案じているようだった。
権威におもねらず、名誉や称賛など意に介さず、自分が正しいと思うことを貫く意志。
しかも、登録したばかりで第三等級に認定された遊撃士。
グリードは、自分のお膝元の組合が適当な仕事をするはずがないと分かっていた。既に試験の際の様子も報告を受けている。おそらく、彼の実力は本物。
試験官でもある第一等級の遊撃士が、まるで子供のように翻弄された挙句に一撃で沈められた、と。しかも使用していたのは、訓練用の模擬刀。
……胆力、人格、戦闘技能。その全てが申し分ない。
さらに、しっかりしているようでまだ未熟なところがあるのも、悪くない。確かに警戒心が強く、注意深い性格をしているが、海千山千のグリードからすればまだまだ子供。
その気になれば、いくらでも手玉に取れる。年相応の未熟さは、それを計算に入れることを忘れなければ、可愛げがあるというもの。
そして何より……見目が良い。
彼は、愛する「娘たち」の傍らにいる者について、ただ強ければそれでいい、と考えているわけではない。
そう、見た目は重要だ。あの子たちに釣り合うものでなければ、容認しがたい。“勇者”を広告塔にせんとする教会の人間としてだけではなく、それは、ある種の親心でもある。
そう、確かにグリード=ハイデマンは、世界に数多いる親バカの一人でもあったのだ。
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「昨日、猊下からの使いが来たわ。……アンタのことについて」
薄くて硬いパンを千切りながら、アルセリアが切り出した。
「あー…あれな。なんつーか、上手く言いくるめられたような気がしないでもないけど……」
言いくるめられた、というより鼻先にぶらさげられた人参に目が眩んだ、と言うべきかもしれない。だがそれをこいつらに言う必要はないだろう。
「………猊下って、けっこう過保護なのよね。私たちだけだと心配だからって、今までもいろんな奴らを連れてきてさ。……私たちは、私たちだけでいいのに」
確かにグリードもそんなことを言っていた。
しかし、アルセリアの表情からすると、やっぱり俺が同行するのは嫌なのだろうか。
「……嫌なら、断ってくれてもいいんだぞ?俺としては、お前らと一緒にいなきゃならない理由はないんだし」
「ば…っ馬鹿なの?別にそんなこと言ってないじゃない!!」
…………怒られた。
俺たちの遣り取りを見ていたベアトリクスは、くすくすと笑いだす。
「ふふっ。アルシーは本当に素直じゃありませんね。私は嬉しいですよ、リュートさんのお料理は美味しいですし、いろいろと気配りをしていただけますしね」
どうやら、ベアトリクスの審査には合格しているようだな、俺。
…で、ヒルダはと言えば、まあ考えるまでもない。今も俺の膝の上で、野菜のスープをつついて……
「あ、こらヒルダ。お前なんで人参ばっかりよけてるんだよ?」
「………にんじん嫌い……………」
…ってお前、あんだけ「にんたまポタージュ」をモリモリ食ってたじゃねーか。
「そんな分かりやすい好き嫌いはダメ。ほら、口開けて」
俺は人参を突き刺したフォークを、ヒルダに突きつける。
「………んむぅ」
いやいやながらもそれを口にし、咀嚼するヒルダ。呑み込むときの表情たるや、見事なしかめっ面だったが、
「よしよし、ちゃんと食べれたな、えらいぞ」
頭を撫でてやると、すぐに機嫌が直る。
これで、俺を拒んでいるはずはないな。
「ちょっと、二人の世界作ってないで、ちゃんと私の話を聞きなさいよ。別に、私だって、嫌とかそういんじゃないんだからね。ついてきたければ、ついてくればいいじゃない」
………なんでこいつは朝からこんなに反抗的なんだ?
「……まあ、そんなわけだから、これからしばらくよろしくな」
一応お愛想で笑顔を作ってやったのだが、そっぽを向かれてしまった。
なんと言うか、年頃の女の子ってのは、扱いが難しいな……。
「で、タレイラにはいつまで滞在するんだ?」
食後のお茶を飲みながら、質問する。
「そうねぇ……二、三日は出発しないと思うけど…」
なんだ?はっきりしないんだな。
「私たちにも、いろいろあるんですよ。多分今夜も、タレイラの偉い方々との会食があるでしょうし」
そう言うベアトリクスの表情は、どことなく晴れない。
アルセリアにいたっては、嫌悪感を隠す気もなさそうで、
「ああいう連中って、ヘラヘラ笑っておべっかばっかで、何考えてるのか全然分かんないから嫌い。嫌味ったらしいのとか、助平とか、嫉妬心丸出しのとかもいるしさ」
「なるほど…。勇者も大変なんだな」
勇者と言えば戦ってばっかり、みたいな印象があるが、後ろ盾が教会であり、世界各国の支援を受けているのであればそうもいかないだろう。
昨日のグリードとの会話からも薄々想像出来ていたが、様々な思惑が、こいつらを巡って渦巻いている。“神託の勇者”に取り入ろうとする輩や、その威光を利用しようとする者、勇者の後ろ盾になることで自分たちの発言権を強めようとする者、はたまたそれを面白く思わない者。
そんな連中が互いに牽制しあって、表面だけは笑顔を貼り付けている様は、想像するだけでげんなりする。渦中に置かれるこいつらからすれば、たまったものじゃないだろう。
「まあ、立場上諦めるしかないけどね」
諦めるとは、アルセリアらしからぬ言葉だな。狸親父どもの権謀術数は、魔王なんかより遥かに強敵か。
「ま、そういうことよ。ほんとは猊下から、心身の修練のために聖骸地を巡礼しなさいって言われてるから、すぐにでも出発したいんだけどさ」
「……聖…骸地?」
聞きなれない言葉だ。響きからすると、教会関係の土地か?
「創世神エルリアーシェさまの欠片が眠っているとされている聖なる場所のこと。世界各国に散らばってるの。けっこう容赦ない場所にもあったりするから、そこを巡るだけで肉体的にも精神的にも、鍛えられるんだって」
………それは、穏やかじゃいられないな。
エルリアーシェの欠片?実に気になる。それを最初に聞いていれば、グリードに提案されるまでもなく、俺の方から同行を申し出ていただろう。
「都市部に近いところにある聖骸地は、観光名所にもなっているんですけどね。険しい山地や魔獣の跋扈する危険な地も多く、昔の聖人にも、巡礼中に力尽きる方々が少なくなかったそうです」
「一か所二か所なら、何の問題もないんだけどね。全部巡るってのは相当の偉業なんだって。聖者としても箔が付くって」
そうは言いつつも、アルセリアもベアトリクスも淡々としている。
世紀の偉業を遂げるよう命じられて気負っているようにも見えず、過酷な旅路に思いを馳せて覚悟を新たにするでもなく。
「その割にお前ら、平然としてるのな」
「そりゃあね。無理難題を押し付けられるのは、初めてじゃないって言うか」
「どのみち、今までも世界中回りながら修練を積んでましたし」
「……………………」
「……何よ」
………………………………今までも、気にはなっていたんだが。
「お前らさ、そこまで経験積んでるくせに、なんでそんなにポンコツなんだよ…」
「失敬ね!誰がポンコツよ!!」
アルセリアが怒るのも無理はない言い草ではある。が、俺はやっぱり不思議でならない。
普通、経験を積めばそれだけ多くを学ぶだろう。自分たちの限界を知り、ギリギリのところで踏みとどまれるようになる。出来ることと出来ないこと、しなくてもいいこととやらなくてはならないことの、線引きも出来るようになる……はず、なのに。
……さてはこいつら、学習能力を持っていないに違いない。
「ま、まあまあ。とにかく、すぐに出発ってわけじゃないんだな?」
アルセリアが噛みつきそうになっているので、さっさと話題を変えよう。
「…?リュートさんは、何かご用事でも?」
「ん?いや、せっかく遊撃士登録したんだし、少しくらい活動しとこうかなって」
遊撃士は自由業であり、特にノルマのようなものは存在しない。だが、あまり長期間に渡って活動実績がないと降格、最悪登録取り消しをくらうこともあるそうだ。
なにより、登録したばかりで何も活動しないというのも、気が引ける。
俺の言葉を聞いたアルセリアが、ぴく、と反応。
「ふ、ふーん。だったら、私たちがついていってあげても」
「謹んで断る」
「何でよ!てか、即答って!」
当然だ。せっかくの自由時間までこいつらにまとわりつかれてたまるか。これから先、嫌でも顔を突き合わせることになるんだからな。
頼むから、今くらいは解放してくれ。
「ま、そーゆーことで。タレイラにいる間は宿を変える予定はないから、何かあったら言伝残しといてくれ。じゃーな」
そう言い残すと、俺は、不満たらたらなアルセリアと面白くなさそうなベアトリクスと、付いていくと言って駄々をこねるヒルダを置いて、宿を出た。
さあ、遊撃士デビューといこうじゃないか。
遊撃士職能組合タレイラ支部は、都市の外れにある。というのも、討伐後の魔獣の死骸が持ち込まれることもあるそうで、極力街の人の目につかないところに、という配慮の下らしい。
言われてみればそうだ。いくら魔獣とは言え、死体を日常的に目にするというのは、子供の教育にもよろしくない。
昨日も訪れた場所なので、迷うこともなく。
俺は、支部建物の扉を開いた。
「ちわーす」
入ってすぐは、総合受付。依頼を持ち込む依頼人用のカウンターと、依頼を受ける遊撃士用のカウンターは別々にある。数は、それぞれ三つずつ。
持ち込まれた依頼は、その内容、難易度、報酬、条件などが記された紙が壁の掲示板に貼られ、内容を気に入った遊撃士がそれを剥がしてカウンターへ持っていく。
依頼の難易度と、遊撃士の等級が乖離していないことを窓口職員が確認し、契約は成立。
それが、通常の流れだ。その他にも、指名依頼とか特別な依頼は、奥の個室で依頼人と遊撃士が直接遣り取りすることもあるのだという。
まあ、駆け出しの俺には無縁だけどな。
中には、ざっと二十人ほどの遊撃士らしき連中がいた。流石に荒事専門の請負業者だけあって、そのどれもがなかなかに屈強で精悍な戦士たち。
顔に大きな創傷を持った眼光するどい槍使いや、腕が俺の腰くらいもあるんじゃないか、というほどの大男。研ぎ澄まされた鋭さを隠しもしない女射手。
間違って子どもが入り込んだりなんてしたら、一目で大泣きすること確実だ。
ふと、地上界に来て初めて出会った人間でもある、リエルタ村の宿の親爺を思い出す。あのおっちゃん、この場にいてもまったく違和感なかったよな…あの山賊面……。
カウンターの方へ歩いていく最中、そういった連中の視線が突き刺さるのを感じた。ひそひそ声も聞こえる。
……ほら、あいつだ。ああ、あれが……。まだ小僧じゃないか…。
などなど。
小僧で悪かったな!
昨日の認定試験で悪目立ちしてしまったようだから、しばらくのうちは陰口を叩かれるのも覚悟しておかないといけないのかな。
まあ、タレイラには長くいることないんだし、ほんの少しの我慢だ、俺。
人参嫌い・玉葱嫌いの人には、にんたまポタージュおすすめです。




