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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔王崇拝者編
45/492

第四十三話 アイデンティティとは社会における居場所である。

このあたりから、勇者育成にあたってリュート氏にも成長してもらおうと思ったのですが……予想以上にリュート主体の話が長くなっていきます。この章が終わったら、きちんと軌道修正するつもりなんですが…。

今のところ、育成ってより躾ですねこりゃ。




 タレイラへ着いた翌日。その、昼過ぎ。

 無事、遊撃士登録を終えた俺は、宿の自室で旅道具の手入れをしていた。


 お次はランタンの掃除かな、そう思っていたところへ、勇者たちが帰ってきた。

 「おう、おかえり。早かったな」


 教会に行って、上司に色々報告があると言っていたから、てっきり丸一日くらいかかると思ってた。旧知に会ったりもするだろうし、そういうときって一緒に食事したりお茶したりするもんじゃないのか?


 だが、相手の帰りが早いと思っていたのは俺だけじゃないようで、 

 「え?アンタこそ、なんでもう帰ってるのよ?」

 アルセリアに何故か驚かれてしまった。


 「なんでって…用が終わったから帰ってきたんだよ」

 「アンタ、今日は遊撃士登録に行くって言ってたじゃない」

 「だから、終わったから帰ってきたんだっての」


 こいつは何をそんなに驚いてるんだ?


 「…………で、どうだったの?」

 「別に。問題なく終わったよ」

 事実、想像以上に登録作業はあっさりと終わった。書類で登録申請をして、いくつかの試験を受けて、等級認定をもらって、登録証が出来上がって、終わりである。


 だが、アルセリアが聞きたかったのは、そういうことではなかったようで、

 「そうじゃなくて。……等級は?」

 あ、なんだ、俺のランクが知りたかったわけか。


 「三級、だってさ」

 その時俺はランタンの煤のしつこいヤツと格闘していて、彼女らの方を見ていなかったから、

 「………は?第三等級ってこと?」

 アルセリアのその声は、落胆のせいだと思ってしまった。


 「仕方ないだろ。受付のおねーちゃんが言ってたんだけど、ここの組合支部じゃ第三等級までしか認定出来ないんだと。どのみち、登録したてで実績のない新人に、いきなり第一とか第二等級を与えることはちょっと難しいとも言ってたけど」


 「…それにしたって……」

 「登録直後に第三等級だなんて、前代未聞ですね」

 

 ……ん?そっち?

 ベアトリクスの言葉で、自分の勘違いに気付く。


 「珍しいの?」

 「珍しいなんてものではありません。遊撃士の等級ランクは第九等級から第一等級まであるのは御存じですよね?」

 …それは知ってる。登録前の説明チュートリアルで教えてもらった。

 「駆け出しの新人は当然、第九等級から始まるわけですが、確かに実力の秀でた者はその限りではありません。その為に登録時にも認定試験があるのですし」

 ……あー、なんかそんなことも言ってた…っけか。

 「ただ、遊撃士のボリュームゾーンは、第七から第五等級なんです。それで大体一人前から中堅、ベテラン…といったところでしょうか。それ以上の等級、特に第三以上の上位遊撃士となると非常に人数も限られてまして……」

 「だって、お前ら第一等級だろ?」

 「そりゃ私たちは“神託の勇者”だもん。当たり前でしょ」

 確かにそれはそうだ。

 「そういうわけで、余程のことがない限り、どれほどの手練れ…たとえば国家騎士などが試験を受けたとしても、普通はせいぜい第六等級始まりが限度なんですけど」

 ……そうなのか。道理で、試験の後周囲の連中がやたらと騒いでると思った。

 

 「…アンタ、一体何したのよ」

 俺を睨み付けるアルセリア。失敬な、俺は変なことはしてないぞ。

 「何って……試験用に作られたっていう人工精霊を何体か倒して、そのあと組合支部に常駐してるっていう試験官と模擬戦やって、それだけ。言っとくけど、言われたとおりに試験を受けただけだからな。変なことは誓ってやってないぞ。攻撃だって、剣しか使ってないからな!」

 そこはきちんと釈明しておかないと、こいつはどうも、俺のことを暴力的だと思い込んでいる節がある。


 ……まあ、魔王なんだけどさ。


 「……よっぽど、瞬殺しちゃったわけね」

 「ん?あーまあ、そう…だな」

 そう言えば、あんまり楽勝モードだったもんだから、最終的に人工精霊を集団でぶつけられもしたっけ。あと、試験官の瞬殺(殺してないよ、気絶させただけ)もやり過ぎだったんだろうか。


 「ちなみに、タレイラの模擬戦担当の試験官ですが…第一等級か第二等級の人物が務めているはずです」


 あー……それはちょっと、悪目立ちしたかも。


 「ま、まあ、あれだ。別に悪いことしたわけじゃないし、ちゃんと登録も出来たし、めでたしめでたしってわけで」


 これで俺も晴れて遊撃士になれたわけだ。正直、職業には興味がないけど、きちんとした身分証はなんだか嬉しい。なんというか、これでようやく社会の一員になれた、みたいな?


 「そうね…それはまあ、いいとして。……ちょっと、話…というか、お願いがあるんだけど……」


 なぬ?アルセリアが、俺に、お願いだと!?どういう風の吹き回しだ?明日は槍が降るんじゃないだろうな。

 「………なんか企んでるんじゃ、ないだろうな…?」

 「そんなんじゃないってば!」


 疑われて憤慨するアルセリアだが、その表情はなんだか晴れない。

 「じゃ、なんだよ」

 「…………うん。あのさ、明日、その……枢機卿、私たちの上司に、会ってほしい…んだけど」


 ………は?

 枢機卿って確か…なんか、教会の、すごく偉い人だよね?

 勇者である彼女らの上司ってのはよく分かるが、なんで、俺が?


 「なんでか知らないけど、猊下はアンタのことも知ってたみたいで、どんな人物なんだって聞かれて答えてたら、なんか興味持っちゃったみたいで…」

 「興味って…俺に?」

 「うん。で、明日教会に連れてこいって言われちゃって」


 …………まさかとは思うが。

 「俺が魔王だって、気付いてるわけじゃないよな?」

 もしそうであれば、こちらの出方も変わってくる。

 

 「いえ、それはありません。と言うか、もし猊下がリュートさんの正体に気付いているのであれば、私たちをここへ帰すことなどありえませんから」

 「ああ、確かにそうか」

 普通は魔王が勇者と行動を共にしてると知れば、軍を動かしてでもどうにかしようとするだろう。よしんば泳がせて様子を見るにしても、人類の切り札である勇者一行を、再び魔王と合流させる理由はない。


 考えすぎか。……じゃあ、逆に、なんで?

 「お前らさ、俺のこと、どう説明したんだよ……」

 なんかよっぽど悪口言ったんじゃないだろうな。悪党とか鬼畜とか残虐非道とか陰湿根暗とかモラハラ男とか。


 「別に、そんな悪くは言ってないわよ。…むしろ、褒めてた…?」

 「アルシーは、文句も言ってましたけどね」

 「だぁってこいつが口悪くて態度でかいのは事実だもん!」


 ……なるほど、口が悪くて態度がでかい人物だ、と紹介したのね。


 それは事実だ。よって、そのことについて反論するつもりはない。だが……


 アルセリアおまえだって、同じじゃないか!!


 俺の内心の叫びを聞き取ったのか、ベアトリクスが愛想笑いを挟んできた。

 「まあまあ。アルシーもちゃんとリュートさんのこと褒めてましたよ。それで、きっと猊下は、私たちから高評価を受けているリュートさんに興味を持ったのだと思います。ですから、明日…猊下との面談、お願い出来ないでしょうか…?」


 うーむむ。困った。断る理由がない。

 いや、魔王としては、断る理由ありまくりだよ。てか、承諾する理由の方がない。

 だが、人間リュートとしては、断れないだろう。

 ルーディア教は、この世界の、魔族以外の全種族が信仰している宗教だ。なにせ、創世神を祀っているのだから。

 当然、そのルーディア教の教会は下手な国家なんかよりもよっぽと大きな権威だし、そこのトップに近い人物が面会を求めているという状況で、断れる人間なんているか?

 断れば、間違いなく疑われる。下手に警戒されると、後々が面倒だ。



 …やむを得ん。気が進まないが、ここは一度だけでも応じておくべきか。


 「…分かった。明日、教会に行けばいいんだろ?」

 「はい。…すみません、リュートさん」

 

 ……ん?なんでそこで謝るんだろう。こいつらはただ上司の意を俺に伝えただけで。


 だが、見るとベアトリクスだけでなく、アルセリアも、ヒルダまで気まずそうな顔。


 ……え?もしかして、その枢機卿って、めんどくさい系の人ですか!?



 聞くに聞けず、俺は翌日の面会まで不安を引きずることになるのだった。




           ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その夜。

 俺は、ベッドの上で正座をし、同じく正座をしているヒルダと向かい合っていた。

 

 「あのな、ヒルダ」

 「お兄ちゃん、眠い…」

 「いいか、聞きなさい。たとえ兄妹きょうだいでもな(いや、兄妹じゃないけど…)、一定以上の年齢になったら、異性と一緒のベッドで寝るものではありません。…聞いてるのか?」

 「…………すぴゅー…」

 「あ、コラ!まだ寝るな!!ちゃんと自分の部屋に行って寝なさい!」

 

 こいつらの何が理解出来ないって、なんでそう俺と一緒に寝たがるのかってこと。

 じゃんけんだか順番こだか知らないが、どう考えてもおかしいだろう。


 今日はヒルダが、枕持参でやってきた。


 ここは兄として(いや、だから兄妹じゃないけど)、貞節というものを教えておかねば。これ、相手が俺だからまだいいようなものの、変な野郎に同じことをしたら、絶対こいつらは傷付けられる。


 それは、なんか絶対に嫌だ。


 「あと五年くらいして、俺との付き合いもそれなりになって、そのときにお前が本当にそれでいいって思うなら、俺のところに来なさい」

 …って、俺何言ってるんだろう……?

 「今はまだ……って、おーい、ヒルダ!ちょっと、寝るな、頼むから!!」

 「……くぴゅー…」


 く、くそ。寝息まで可愛いとは。

 だが、俺は負けない。一時の煩悩などに、負けてたまるものか!



 しばし考えて、今夜はヒルダを抱きかかえて彼女の部屋へ戻すことにした。こいつは、アルセリアと違って俺が触れても騒がないし。て言うか、こいつからべったりくっついてくるし。


 そこで俺は、ヒルダを抱っこして自分の部屋を出て、隣のヒルダの部屋へ行き、彼女の持っていた鍵で扉を開け、ヒルダをベッドに寝かせ…………られない!


 「ちょちょ、ヒルダ、離しなさい!」

 ヒルダは俺の首に腕をまわし、俺の腰に足をまわし、コアラよろしくしがみつく。

 俺が完全に手を放しても、落ちないくらいにがっちりと。

 「コラ!さてはお前、起きてるだろ?」

 「……むぴゅー…」

 「違うの?寝てるの!?」

 「……ふぴゅー…………………ごらい…あす…ばーどいーたー…………」

 「寝言!?なぜにルブロンオオツチグモ!?」


 

 そんなこんなでヒルダをひっぺがすのに三時間ほど費やしたのだった。

 

 

虫はすべからく嫌悪してますが、ルブロンオオツチグモって可愛くないです?

いや、絶対飼育しようとは思いませんが……。映像で見るだけなら、ね。フワモコに見えるし。

グロ虫の映像を検索するの、結構好きだったりします。

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