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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔王崇拝者編
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第四十二話 報告



 アルセリアは、普段よりも早く眼を覚ました。就寝もいつになく早かったから、そのせいだろうか。いや…それだけではない。眠りの質も、とても良かった。


 「んー、よく寝たぁ」

 ベッドの上に起き上がり、猫のように伸びをする。それからふと思い出して、横を見る。


 …そこには、誰もいなかった。


 彼女は、視線を動かす。部屋の隅、壁際に置かれたソファ、その上で眠る、一人の少年。


 やはりここにいたか。何となく想像はしていたが、

 「…つまんないの」

 思わず口をついて出る。何が「つまらない」のかは、彼女自身にも分からない。


 ただ、こういう状況を望んでいたわけではないことは、確かだ。


 面白くないので、彼の寝顔を観察してやろう。アルセリアは、眠っているリュートの正面にしゃがみ込んだ。

 

 「…間抜け面……」

 どう頑張っても、魔王には見えない。あどけなささえ残る無防備な寝顔。こんなに近くに勇者(しゅくてき)がいるというのに。


 

 こ(・)れ(・)が、“魔王ヴェルギリウス”だなんて、ちょっと信じられない。

 だが、それは事実だ。


 あの村で、竜人を滅ぼしたとき。それまでも疑っていたわけではないが、そのときに現実を見せつけられた。


 リュートは、魔王である。超常の存在である、と。


 正直なところ、あのとき彼女は恐怖を感じていた。リュートから発せられる、想像を絶する膨大な神力(マナ)、魔王城で見たのと同じ、冷酷な表情、嗜虐的な声。

 恐ろしくはあったが、それを態度に出すことは何故か躊躇われて、彼女は軽口でそれを誤魔化したのだった。


 

 そもそも、彼は何故自分たちを生かしたのだろう。殺すことは、赤子の手を捻るより容易かったはず。勇者を生かしておいて、魔王の利になるようなことがあるとも思えない。


 分からない。

 彼は、何を思って自分たちを助けたのか。自分たちに、一体何を望んでいるのか。

 そして自分もまた、彼に何を望んでいるというのか。


 

 分からないのだけれども、不思議とそれを知りたいとも思わなかった。




           ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 朝一番で、アルセリアはベアトリクス、ヒルダと共に聖央教会タレイラ支部へと向かうことにした。

 リュートは、遊撃士組合(ギルド)へ行って、遊撃士登録をしてくるのだという。なお、目を覚ましたあと、リュートは何やらぶつぶつ言っていたが、彼女を責めようとはしなかった。


 呆れられたのか、それとも、諦められたのか?


 本人に聞くのも藪蛇のような気がしたから、彼女も何事もなかったように振舞っておいた。


 「ところで、昨夜はどうだったんですか、アルシー?」

 気にしないでおこうと思った矢先、ベアトリクスに質問された。

 教会へ行く道中である。

 「どうもなにも、なんにもなかったわよ。あいつソファで寝てたし」

 「あらあら、まあまあ、そうでしたか」

 ベアトリクスは、時折こういう思わせぶりな物言いをする。人を茶化すのが好きなのだ、彼女は。

 「………ヒルダ?」

 朝からずっと黙りこくっているヒルダが気になり、顔を覗き込む。昨夜じゃんけんで負けたことを根に持っているのだろうか。

 「…………お兄ちゃんのご飯、食べたい」

 …違ったようだ。そう言えば最近、リュートの料理を食べていない。

 タレイラへの街道で野営したのは最初の二日くらいで、あとは宿場町で食事を取っていた。昨夜も、宿のレストランである。

 「そうですねぇ。なんだか、リュートさんのお料理をいただかないと、調子が出ません」

 それは、何気ないベアトリクスの一言だったのだが、アルセリアも同じことを考えたことがあった。

 

 リュートの料理は、確かに美味しいし栄養も考えられているが、それだけではないものを感じる。

 それが何なのかは分からないが、少なくとも自分たちに害をなすものではないことだけは確かだ。害どころか、彼の料理を食べた後はやけに体が軽く、楽になる。


 自分たちが急に強くなったように感じたのも、リュートは「対魔王戦」のせいかと思っているようだが、そうではなくリュートお手製の料理に秘密があるのではないか、と彼女たちは考えていた。



 ただ、その点を差し引いても、そろそろ彼の料理が恋しくなっている彼女たちだった。



  

             ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ルーディア教聖央教会、タレイラ支部。

 そこの支部長であり、ルーディア教の枢機卿であり、タレイラの領主でもあるグリード=ハイデマンは、彼女たちの直属の上司でもある。

 

 ルーディア教と一括りに言っても、その内実は一枚岩ではない。最高権威である聖央教会の他に、エスティント教会、通称東方教会やトルディス修道会など、さまざまな派閥がある。


 その中で聖央教会は、総本山として最大勢力を誇っているが、その優位を保っているのが枢機卿始め有力な高位神官たちで、グリード枢機卿もその筆頭として手腕を振るっている。


 そもそも、“神託の勇者”の後ろ盾である、という事実だけでも、彼の教会内の地位を確固たるものにするには充分ではあるのだが。



 そして今、彼女たちは報告のため、枢機卿の元へ赴くのだ。


 魔王討伐の詳細報告、敗北の経緯を、説明するために。





 「勇者アルセリア=セルデン、参りました。グリード枢機卿へ、お目通りを」

 教会につくや、アルセリアは出迎えた神官に取り次ぎを頼む。さしものアルセリアも、ここでは礼儀正しく振舞うのだ。


 案内された枢機卿の執務室では、すでにグリードが彼女たちを待ち構えていた。



 「お久しぶりです、猊下」

 部屋に通されると、三人は恭しく一礼。“神託の勇者一行”は、教会にとっても特別な存在ではあるが、相手は教主に次ぐ最高権力者、非礼は許されない。


 グリード=ハイデマンは、五十代半ばの一見柔和そうな人物である。だが、その穏やかな表情の中に強靭にして熾烈な精神を見て取ることは難しくない。

 「よく無事で戻ってきてくれたね、私の娘たち」

 優しい笑顔にも、威圧感がある。

 尤も、これからしなくてはならない報告のせいもあるのだが。


 「猊下…申し訳ありません。私たちは、魔王を打ち滅ぼすことが、出来ませんでした」

 本来ならばこういった説明をするのは最年長のベアトリクスが適任なのだが、アルセリアは“勇者”としての責任を持つ。

 誤魔化しも隠し立てもなく、直球で事実を告げたアルセリアだったが、グリードの表情は変わらない。

 魔王討伐の速報もなく、しかしながら彼女たちがこうして帰ってきたという時点で、容易に推測出来たことなのだ。


 「役目を果たせなかったこと、申し訳ござません」

 ここで三人揃って再び腰を折る。いかなる理由があろうと、教会が大掛かりな儀式を行い自分たちを魔界へと送りこんだのだ、それを無駄にしてしまった事実は変わらない。


 「気に病むことはないよ、三人とも。それよりも、皆が無事で本当に良かった」


 グリードの言葉に、そっと安堵の息をつく。


 「そもそも、今回の君たちの派遣は、教会内でも賛否の分かれたものだった。色々と、裏でのゴタゴタもあってね。…押し切られるような形になってしまったわけだけど、決定を覆せずに君たちを危険に晒してしまったこと、本当にすまなかった」


 続く言葉は想定外のもの。叱責を受けることがなかっただけでなく、グリードがそんな風に感じていたとは、考えもよらなかった。


 「そんな、猊下」

 「大丈夫、焦ることはないよ。…君たちはまだ未熟だ。しかし、常に高みを目指し精進を続ける君たちならば、いつか必ず魔王を凌駕する力を得ることが出来るだろう」

 それは、実際に“魔王”と対峙したことのない、その出鱈目な存在を目にしたことのない者の希望的観測に基づく勘違いなのだが、それを口にすることは彼女たちには出来ない。


 教会の権力者の前で、魔王を斃すことは絶対に不可能です、などと、どうして言えよう。


 「そしてそのときは、必ず本懐を遂げなさい」

 「……はい」


 即答出来なくてアルセリアは焦った。一瞬の躊躇に、気付かれただろうか?

 おそるおそるグリードを窺うが、その満足げな表情からすると大丈夫だろう。


 「ところで」

 改まった口調で、グリードが話題を変えた。

 「北門の衛士からの報告が上がってね。…見知らぬ旅人が君たちに同行していた、ということなのだけれども、その人物は一体何者かな?」

 ……………まさか、こんなに早く情報が上がるとは。グリードはタレイラの領主でもあるが、そこまで目を光らせているとは思っていなかったアルセリアは、どう説明したものか迷う。

 

「……途中の村で知り合った方なのです、猊下」

 ベアトリクスが、助け船を出してくれた。メインの報告は終わったので、遠慮なく口を挟むことにしてくれたのだ。

 「それで、その人物と一緒にここまで来たというのかい?」

 意外そうな声音で訊くグリード。

 「はい。その方、リュートさんにはいろいろとお世話になってしまって。こちらの方面へ行くつもりだったようですが、あまり地理に詳しくないようでしたので、ご一緒した次第です」

 ベアトリクスは、淀みなくスラスラと述べる。

 事実、嘘はないのでボロが出る心配もない。

 グリードはそれを聞いて、少し考え込んでいるようだった。

 「ふうむ。…世話になった、とは?」

 そこまで聞くのか。ただの一時的な同行者だとは思ってくれないのか。

 「ええと、お恥ずかしいことですが、私たちは魔王に敗北した後、興味を失った魔王に魔界を放逐されまして……地上界へ強制的に帰され、休息のため近くの村に逗留したのですが…」

 「魔王が、君たちを逃がした…と?」

 「はい。信じがたいことですが、事実です。その目的は分かりません。或いは、魔王にとって我々などあえて殺す必要すらない存在なのかもしれません」

 ビビ、上手いな。下手に自分が口を出すとボロが出そうなので、アルセリアは黙って聞いている。

 「リュートさんはたまたまその村を訪れていて、そこで出会いました。その…ヒュドラに追い詰められていたところを助けていただいたり……ええと」

 「なぜそこでヒュドラが出てくるのかも気になるが……それで、他には?」

 「ええと……」

 「あの、ご飯作ってくれたり、ご飯作ってくれたり、あと……ご飯…作ってくれたり……」

 思わず割って入ったアルセリアだが、ご飯のことしか言ってない。


 「なるほど。彼は料理人か何かかね?」

 グリードがそう思うのも無理はない。

 「いえ、そういうわけではなく。食事だけでなく、無茶をしようとする私たちを止めてくれました」

 「なんかいろいろ叱られましたけど」

 アルセリアは思い出して、つい不機嫌そうに呟いてしまった。

 グリードは、そのアルセリアの言葉に興味を持ったようだ。

 「ほう、君たちを叱責した…と。それは、君たちが“神託の勇者一行”だと知ってのことかい?」

 「…はい、それは、そうです」

 「具体的には?」

 随分と拘るな。アルセリアはそう思ったが、拒絶は出来ない。

 「え、と…怪我をしてるのにヒュドラに挑むなんて無謀だ…って。その、ヒルダが…魔王との戦いで魔力枯渇を起こしてることを気遣ってくれて、気付かなかった私たちは叱られました。あと、私たちは自分で思ってるよりも自分のことが分かっていないって、必要のない無茶無謀は避けるべきだって」

 今思えば、リュートの言っていたことは正論なのだろうと分かる。

 だが、やっぱり思い返すと面白くない。

 「食事も、ヒルダの回復のためにいろいろ作ってくれたのです。彼がいなければ、ヒルダの回復はもっと遅れていたでしょう」

 ベアトリクスも参戦する。どうしてこんなに一生懸命リュートを庇っているのかは、よく分からない。


 「…ふむ。そうなのかね、ヒルダ?」

 それまで黙っていたヒルダは、そう尋ねられるとこくんと頷いて、

 「……お兄ちゃん、ご飯おいしい。…あったかい」

 それだけ口にした。

 「……お兄ちゃん………?」

 「ああ!その、兄みたいな…っていう、ね、ヒルダ!」

 どうしてこんなに焦ってるのかも、よく分からない。


 「それで、君たちから見てその…リュート君、だったか、彼はどのような人物なのかね?」

 グリードの瞳の奥が光った…ようにアルセリアは感じた。

 「そうですね……お節介で、世話好き……?口は悪いし態度は大きいけど」

 「どうも、基本的に困ってる人を放っておけないタイプのようですね。あと、とても気配り上手です」

 「……お兄ちゃんのご飯…………」


 それを聞いたグリードは、再び考え込む。今度は、先ほどよりも長く熟考。

 

 「なるほど。大体のことは分かった。そのリュート君は、とても興味深いね。是非会って話をしてみたいのだが、それは可能だろうか?」

 それは驚愕の言葉だった。

 枢機卿兼支部長兼領主、である彼は、非常に多忙な毎日を送っている。いくら“神託の勇者”と関わったとは言え、袖振り合う程度の関係しかない(と思われているはずだ)相手に、貴重な時間を費やすなんて。

 

 

 だが、彼が会いたいと言う以上、アルセリアたちに拒むことは出来なかった。

 


たまーに他のキャラ視点で書くと新鮮な感じがします。

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