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第18話 リリエル=レギ=リリエラ

「 それではご健闘を 」

「 ええ。 」


やや大げさな送り出しの言葉を受けて、私は第一側妃の元に向かう。


今日の服装はライトグリーンをベースとして白い装飾がふんだんにちりばめられたロングスリーブドレス。昨日、気を失う寸前まで選別された至高の戦装束。やはり眼帯が物々しい印象が著しく統一性を欠いているが、純粋に美しいと思わせる見栄えだろう。


自信に満ちた足取りで先導する女中の後を歩いているととある一室の前に立ち止まる。


「 第二王子殿下の婚約者様をお連れしました。側妃様、中へお通ししてもよろしいでしょうか。 」

「 ええ、許すわ。 」


中からは非常に柔らかく、高めの声がかけられる。そこまで大きくないのに遠くまで届きそうな清みやかさも含まれ、ずいぶん感じの良い声音であった。


女中が扉に背を当て、緩慢な、しかし滑らかな動作で開ける。


次第に暴かれる部屋の内部、まず目に映ったものは赤いバラを模した赤色魔石の彫刻であった。それは正妃が持つべきとされるティアアポロンという名の国宝であった。


その次はふわふわしたキューティクルにピンクゴールドの髪色、アーモンド型をしたルビカラーの双眸。口元はわずかに上がっており、それを半ばから隠す純白の扇は彼女の魅力をいっそう引き立たせている。


王城に巣食う女狐、リリエル=レギ=リリエラがそこにいた。アドルフに手紙で聞き出した通りの容貌である。



「 初めましてかしら、腹違いの息子の婚約者様。 」


女はどことなくからかうよう、ゆっくりとした口調で言葉を投げかけてきた。


「 お初にお目にかかれます。私はリリアーナ=ディッセル、ディッセル家の第一子でございます。 」


私は目線を下に向け、女の顔を直視しないようー臣下の礼を取り自らを語る。そして心に居座る不安を追い出すように四肢へ力を込めて気合いを入れ、顔を上げる。


「 いきなりよびだしてごめんなさいね 」


これぽっちも悪く思っていなさそうな顔でそう言う女。徐々につり上がっていく口角はどこか嗜虐的である気がする。もしかしたら私の小胆がみせる幻覚かもしれないが。


「 いえ、そんなことはございません。 」

「 ふふ、そんなに固くならなくて良いのよ? 」


上機嫌な様子でケラケラと笑いながら話しかけてくる。一見すると、悪意の欠片もなさそうな人物に見える。


( だが、勘違いしてはならない。 )


彼女は欲望と謀略の取り巻く王宮において王妃をおして一番に愛されていることから確実に腹が黒い性格をしている。


もしかしたら今も私をどうおとしめるか計略を練っているのかもしれない。側妃についてはいまのところあまり分かっていない。だから、どうしても悪く考えてしまう。


「 まずはお茶を飲んでも落ち着きましょう。 」

「 ええ、ありがとうございます。 」


彼女は側に仕えていた中年の侍女に手の動きで何かを指示すると、侍女が静かにポットからティーカップに茶を注ぐ。3分の2まで入れられたカップの中を見ると透き通るような赤と鼻の中をすり抜けていくような茶の匂いを知覚する。


「 どう?お気に入りの茶葉なのだけれど。 」

「 匂いはどこかとらえどころのない独特な感じがしますね。 」


そう、感想を述べ、口をつける。瞬間、衝撃が走る。うまみの暴力とでも言えば良いのだろうか。舌に広がる絶妙な甘みとほのかな苦みのハーモニー。そして嗅覚に訴えかける格式高い香り。味、香り、色彩の全てが今まで飲んできた茶のなかで最高品質のものだ。


わたしはおそらく驚愕の表情を浮かべていることだろう。なんて素晴らしい一杯なのだろう。


「 これは見事なものですね。これほどまでに美味な茶を飲んだことはありません。 」

「 そう?そう言ってくれるとうれしいわぁ。わざわざ遠くから取り寄せた甲斐があるというものね。 」


側妃と会話している間にあらかじめ用意していた〈 解毒 〉の魔法陣を使う。服の下に黒い布を貼り付けその裏に忍ばせていた魔法陣は光を発するも服の外からは分からない。


私はこの女狐をこれぽっちも信用していない。正妃に渡されるはずである国宝を持っているっことから国王を骨抜きにするだけでなく、諫言するべきである臣下ですら何らかの手段で口をつぐませているのだろう。気をつけるべきだろう。


振る舞われた紅茶にだってどんなものが混入しているのか予想もできない。最高位回復魔法< 祝福 >でしか解毒できない呪毒が混じっていたらどうにもならないが、紅茶に何かをつぎ足したわけでもなく、ティーカップにも細工はされていないようだった。おそらく呪毒は入れられてはいないだろう。


まぁ、呪毒は毒殺に向いてない。全身がグズグズに溶け、この世の苦しみを全て凝縮したかのような地獄を味わいながら死んでいくらしい。一目見て毒殺であることがわかってしまうのだ。


「 リリアーナちゃんは今回の婚約どう思っているの? 」

「 どう、とは? 」

「 不満には思っていないの? 」

「 なぜ、そんなことを聞くのでしょう? 」


頭を限界まで回転させる。この問いの意図はなんだ?謀反の疑いをかけている?積極的に第二王子に組することを危ぶんでいる?分からないな。


「 いや、好きな人とでも結婚したくないのかなって? 」

「 ……………いえ、そんなことはありませんが。 」


なにをいってるのだろうかこいつは?冗談でもあほくさい。私ほどの身分になると自由な婚約は結べないことぐらい知っているだろうに。


「 じゃあ、婚約には前向きなの? 」

「 はい、そうですね。 」


肯定する、さぞ納得しているように。見せかけぐらいは王家に媚を売っておいて損はないだろう。


「 それは本当に?なぜ? 」


まるで詰問するように問いかける側妃。目はこちらを見透かさんとしているようであった。純白の半円はマスクのように彼女の顔、下半分を覆い隠し表情を分かりずらくしている。


「 国のためを思えばこそ、この身朽ちることになろうと本望です。 」


大真面目な顔をして大馬鹿者の言を吐く。6歳児がこんなに賢しげな返答をするのもおかしいだろうが、いまさらだ。


今はとにかく私の有用性を示さなければならない。ここで第一王子の味方であることをはっきりさせ側妃陣営からの庇護を得る。そうすれば身の回りは少し安定する。暗殺からもすこしは距離を置けるはずだ。


「 あなたは自分の身が国の利益になると考えているの?不思議だわ。 」


まるで馬鹿にしたような言い方で私の答えを受け流す。お前の命に価値などないと言われた気がした。


「 私にはこの身に価値があるのか見当もつきません。 」


嘘だがな。私には私であるという価値がある。それはこの世界に”私”という一人格が己の意思で人生を紡ぐということだ。他人がどれだけ渇望しようが手に入らない私だけの人生(ものがたり)。そしてその人生の価値は他者が決めるものではなく、自分で決めるべきものである。


「 ただ、王国が第二王子殿下と婚約させたことには何らかの意味があるのでしょう。私はそれに応じるのみです。 」


逆に意味も無く婚約させていたら怖い。この国が無能すぎて。


側妃は私の答えを聞き、目元をにんまりと細めた。糸目のようになったためか、彼女が本物の狐のように見えた。


「 幼いのにしっかりしてるわねー。私の息子に嫁いで欲しいぐらいだわ。 」


( きた! )


これは本音ではない。かといって社交辞令でもない。試しているのだ。


普通に考えて忌み子などが王妃になれるはずもない。また、そんな妻をもった王子が国王になれるわけもない。つまり、さっきの質問には結婚しないと答えるのが正解だ。そう言うことで第一王子が立太子する邪魔をしない意思表明になる。


「 お戯れを、私は第二王子の婚約者です。脇目などふりませんよ。 」


そもそもアドルフに目は向けてないが、嘘も方便だ。そしていっちょご機嫌取りの言葉をおくろう。


「 婚約者様はいまいち黒色が好きではないようで悲しいですが、これも価値観の相違というものでしょう。 」

「 そうねぇ、私の息子は嫌いじゃないわよ。 」

「 それはうれしいです。やはり自分に近しい色を否定されるのは寂しいですから。 」


私の返答に満足したのか、第一王子は忌み子に偏見を持たないアピールをしてきた。もう十分に側妃の味方であることを分かってもらえたようだ。


私は第二王子が忌み子に嫌悪感を持っているので国王にしたくないと言い、第一王子がトップになってくれたらうれしいといったのだ。


機嫌をよくするに決まっている。私は敵陣営の中核となる存在の隣にいる。つまり、ここで私を側妃陣営に引き込むことは優秀なスパイを手に入れること同意だ。


「 ふふ、これからもなかよくしましょうね、リリアーナちゃん。 」

「 ええ、こちらこそよろしくお願いします。 」


密約が結ばれ両者ともに笑顔だ。


その後いろいろと”お話”をして私は帰った。これで少しは安心して眠れるだろう。不安に感じていた今回の会談は終始思い通りに動き望む結果を得られた。


私はある種の満足感を覚えながら、別荘に帰り、上機嫌で鼻歌を歌っているところミケラに見つかり赤面してしまった。いるなら声をかけてよ……。



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