第十話
好きで飛び込んでいるわけでもないのに、私は修羅場に巻き込まれる回数が非常に多いと思う。
こういうのって男運が悪いって言うのか女運が悪いっていうのか、とにかく一人の異性を他の女性と取り合う星の下に生まれているらしい。
なんでやねん。
思わず関西弁が出てしまったけれど、イントネーションには自信がないのであしからず。
「だーかーらぁ! 彰兄と別れてっつってんじゃん!」
ちょっと現実逃避してしまった思考に割り込んできた不機嫌な声色に、私はようやくハッと我に返って目の前の女性を見た。
彰人さんと再会した時、彼に叱られていた従妹、樹里ちゃんだ。
「……おっしゃっている意味がよくわらないんですが」
年下だとわかっているけれど、あえて社会人として敬語を貫けば、彼女は苛立ちを隠そうともせず、チッと舌打ちをした。女の子が舌打ちするもんじゃないと思うよ、と言ったところで火に油を注ぐだけなので噤んでおくけれど。
彰人さんとお付き合いを初めて二週間。
明日は秋庭さんの送別会で、次の日はいよいよ彰人さんとの初デートが待ち構えている。
ここ二週間の私と言えば絶好調で、仕事はミスする事なくサクサク進むし、上司には仕事が早いと珍しく褒められた。私に振られたことを大々的に知られてしまった速見は、最近は気まずいのか近寄ってこない。何か言いたげな視線は感じるけれど、実害がないので無視だ。
速見推奨派だった会社の人たちも最初は私と速見を腫物のように扱っていたけれど、どうやら速見の恋愛成就よりも私の悲願達成の方に興味が傾いているようで、恐る恐る近づいては彼氏との交際状況を聞いてくる人が増えてきた。そんな彼らに私は遠慮せずに惚気る。
だって絶好調だし。
仕事が上手くいっている事もあって、上司は咎めるようなことをしない。まぁ、惚気るといってもちゃんと休み時間中にしている話だし、就業時間中はしっかりとしているので問題なし。私の惚気話は酷いらしく、周囲から「もうやめてくれ!」と言われる始末。聞きたいって言われたから言ってるのに、酷い言われようだ。
寧々にそれを愚痴れば「アンタはマジで酷過ぎるから自重しろ」と言われた。解せぬ。
無論、彰人さんとの交際も絶好調だ。
とは言っても会っているわけではなく、毎日電話やメールのやり取りをしているくらい。寂しい気持ちもあるけれど、浮かれている気持ちの方が何十倍も強いから今は平気。いずれ、もっとわがままになっちゃうかもしれないと電話で呟けば「俺も」って言ってくれたから、もう地に足がつかないくらい浮かれまくってふわふわしてる気分。
彰人さんはホント、私の気持ちを有頂天にするのが上手い。
といったら「浮かれすぎ注意」と釘を刺されたのでちょっと冷静になった。30歳を超えてこれだけハイになってしまうのは恋しているんだから仕方ない。と言い訳をしたら「ちょっと引く」と言われて泣きそうになった。彰人さんのお茶目な冗談だったらしいけど、図星を指されたのでぶーたれながらも自重することを約束した。爆笑後に謝って貰えたからいいけど。ぐすん。
毎日連絡はしているけれど、お互いの仕事時間が合わないのかちょっとしたタイムラグは発生している。
最近はそれほど残業がないけれど、ポツポツと仕事が遅くなってしまう私に対し、彰人さんは定時上がりが当然らしく、残業は稀らしい。とは言っても、務めている会社が家族経営で、彰人さんは身内の分類に入るから、本当の仕事ではない書類整理なんかが混じってくるらしく、結局ダラダラと過ごして帰宅するのが19時前後とのこと。ちなみに私は酷い時だと帰宅が23時になるとかザラにある。
なので毎日連絡していると言っても、メールで終わってしまう時の方が多いから、そういう時は酷く落ち込む。
まぁ、なんだかんだと順調な交際をしていたんだけれど、それに水を差してきたのが目の前の彼女。
どうやら数日前に彰人さん本人から私と交際する事を告げられたらしく、ここ2、3日の間、彰人さんと私が再会した場所をうろうろと張っていたらしく、今日めでたく捕まってしまったということで。
仕事帰りに職場近くで彼女と目が合った瞬間、本当にビックリした。鬼の形相でつかつかと歩み寄ってきたかと思えば、「彰兄の事で話があるから付き合って」と不機嫌丸出しの声色で有無言わさず近くのカフェに連れてこられた。
とりあえず飲み物を注文しよう、と注文し終わったところで早々に彼女の口から繰り出されたのが冒頭の言葉。
これで現状に至った経緯はお分かり頂けたかと思う。
私の返事にイラついた彼女は周囲の客を顧みずに、声を張り上げた。
「アンタが彰兄と付き合うとか私認めないから!」
「……認めてもらう必要はないと思いますが?」
「はぁ?!」
マジ、意味わかんない! と叫ぶ彼女の言葉遣いを聞いて、思わず若いなと思ってしまった私はどうせ30代です。
「彰兄は私と結婚すんの! 昔っからそう決まってたのっ!」
当然だというニュアンスを含んだ怒号に対し、今度は私が「はぁ?」となる番だった。
「……えっと、貴方って確か大学生だったわよね……?」
冷静ながらも恐る恐る確認すると、彼女は既に運ばれて来ていたオレンジジュースを手に取りながら「そうよ」とぶっきら棒に返してくる。
「彰人さんと年齢が……その……」
「17離れてるけど年の差婚なんて今時フツーっしょ?」
う、うーん……ちょっと答えにくい内容だ。
17歳も離れていたら充分だと思うのは私だけだろうか。私からしてみて17歳年下と言えば15歳――中学生だ。
うん、ないない。
確かに彼女――樹里ちゃんは可愛い部類に入る女の子だと思う。肌は艶々だし細身でオシャレ。ふわふわっとした雰囲気は男性に好かれそうなタイプ。ただ、彰人さんのタイプかと言われたら……たぶん、違うんじゃないかな、と思う。女性のタイプなんて聞いた事ないけれど、私とは真逆な子だからそう思いたい。
思案している私をよそに、樹里ちゃんはその可愛い頬を膨らませながらぐちぐちと語りだした。
「小さい頃から私は彰兄一筋だったの。結婚する気は更々ないって言ってたし、私が大学卒業したら彰兄は結婚してくれるって言ったのよ。それが条件だったんだから」
「条件?」
思わず聞き返せば、彼女はふと顔を上げて私をまじまじと見つめ、次の瞬間には先ほどまでの不貞腐れた表情をひっこめて、勝ち誇ったような笑みを浮かべて見せた。
「何? アンタって彰兄から何にも聞かされてないのね? それって信用されてないんじゃない?」
唐突な言葉に一瞬意味が解らなかったけれど、彼女は呆ける私を無視して続けるように言った。
「彰兄の仕事知ってんでしょ? 彰兄は跡取り。ウチの工場継ぐのよ。私と結婚するのが条件でね」
「えっ――」
絶句した私をよそに、彼女は事情を説明し始めた。
曰く、彰人さんが勤める、樹里ちゃんのお父さんが経営する工場は家族経営。樹里ちゃんは一人娘なので、彼女は婿取りをしなければ行けない状況だという。その候補として最有力なのが彰人さん。
彰人さん自身に経営責任者になる意思があり、なおかつ鋳物師としての職人歴も長く、樹里ちゃんとは従妹同士という事もあって、彼女の父親はすっかりその気でいるらしい。彰人さんも樹里ちゃんが大学を卒業したらと承諾していて、二人は家族公認の婚約者の立場だという。
「アンタみたいな余所者がいきなり割って入ってうまくいくほど、ウチノ業界は甘くないのよ。今だって経営はそれなりに安定しているけど、一時的なモンかもしれないの。給料減ってしんどい思いするの、給料山ほど貰って、優雅な生活送ってるアンタじゃ到底無理。途中で投げ出されても不愉快だし」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
彼女が彼を想い過ぎて故の狂言的な何かだと油断していた私は、事の重大さにようやく気が付く。何より、その事実を知らなかったという事より、彰人さんがなぜ私に教えてくれなかったのだろうかという現実の方がショックで、樹里ちゃんが言った「信用されていない」という言葉の意味を知って心が抉り取られるように痛かった。
「わかったでしょ? アンタみたいに恋愛に浮かれてる女じゃ彰兄の相手は無理なの。こっちはマジなんだから邪魔しないで」
顔色を失くした私の様子に満足気な彼女は、そう吐き捨てて自分のオレンジジュースを一口含んだ。
「……事情は分かりました。でも彰人さんと別れるかどうかは別です」
「はぁ!? アンタ、私の話聞いてたの?!」
自分の勝利を確信していた彼女にとって、私の一言は意外過ぎたのだろう。
確かに彼女の話はショックだったけれど、伊達に女を30年近くやってない。彼女に言われて「じゃあ別れます」と言ってしまえるほど、私はか弱い女にはなれないのだ。
「貴方の口から聞いたのは確かに残念だったけれど、だからと言って私は彰人さんを誤解したまま別れるつもりはありません。彰人さんにちゃんと事実確認をして、彼の気持ちが今どこにあるか、どうしたいのか確認したうえで私は行動します」
「だから私と結婚するっつってんじゃん!」
「それは貴方から見た解釈でしょう? 彰人さんは違うと思ってるかもしれない」
「っ! 彰兄に聞いたって同じよっ!」
焦り出す彼女を見て、ようやく自分が冷静になって行くのを感じた。
「彰人さんに聞かれたら困るんだ?」
「なっ! そ、それはっ」
「潔く私が身を引けば、彰人さんにはバレないで済むものね?」
畳み掛けるように続ける私の猛追に、彼女は急にしどろもどろになり始める。残念な事に彼女は大学生で、私は社会人。臨機応変に対応できるのは経験値のたまものだと思うのだ。
「それに……彰人さんって、そんな器用な人かな?」
思わずクスッと口元に笑みを浮かべた私に、今度は彼女が絶句する番のようだった。
「私の知ってる彰人さんは、少なくとも二人の女性を一度に相手にするような、不誠実な人ではないと思うけれど?」
「なっ……だ、だからアンタが別れたらそれで済む話じゃな――」
「もしかして私と付き合うから結婚できないって、彰人さんに言われたんじゃないの?」
なんとなく、だけれど確信に近い言葉を、彼女の抗議をさえぎって冷静な口調で伝えれば。彼女は唖然とした表情から一転し、蒼白した表情で口をパクパクとさせながら文字通り言葉を失ったようだった。
――うん、ビンゴ。
嫌な女という代名詞は、やはり私に密着して離れてくれないらしい。
男に縋る姿が傍から見れば無様であることは承知している。けれど私は誰かの意見に左右されてまで相手を疑うようなことはしたくない。
出会った日に私は彰人さんに宣言しているもの。
私は私が信じたいと思うものを信じるって。
「っ! いい加減にしてよっ! アンタが別れたら済む話だって言ってんでしょ!」
テーブルに両手をついて立ち上がった樹里ちゃんは、ヒステリックに叫んで店内にいる他の客から痛烈な視線を浴びている。もちろん、向かい合って座っていた私に対しても。
BGMが静かに流れる店内が、一瞬だけ沈黙したかと思ったけれど、遠方のテーブルに座るカップルが苦笑してヒソヒソと私達を噂しているのが視界の隅に映る。
周囲の目をはばからないまま、樹里ちゃんは興奮状態のまま続けた。
「私には彰兄しかいないし、アンタなら他の男いるじゃない! 会った
時に一緒に居た人とかっ! 私から彰兄を取って何が楽しいのよっ! わかるでしょっ!? ただでさえ年の差で妹みたいに扱われてこっちは必死なの! お願いだから別れてよっ! 彰兄を私から奪わないでっ!」
半ば涙声になって、必死に懇願するように悲痛な心情をさらけ出した彼女を、私は他人事のようにぼんやりと見つめてしまった。
ああ、やっぱり嫌な女だ。
こんな健気に彰人さんを好きでいる彼女の応援を出来ない、醜い私。
恋に恋する年じゃない。
30歳を越せば、周囲の雰囲気に後押しされて、なりふり構っていられない。臆病で独りよがりを恋だの愛だので着飾らなければ、そんな自分を直視してしまう羽目になる。
恋が正義な世界であればよかった。
現実はそんなに甘くない。
だからこそどんな状況にも立ち向かうし、時には自分の意思にそぐわなくても彰人さんの言動を優先して嫌われたくない方向へと顔を向ける。
もう、恋に振り回されるのは疲れたもの。
これが私にとって人生最後の恋。どんな形でも彼の隣にあり続けたいというワガママ。みっともないと分かっていても、逃したくないんだ。
「貴方の気持ちは、よくわかったわ……」
ポツリ、と呟いた私の言葉に彼女は涙目の顔を上げて「じゃ、じゃあ」っと声色を高揚させたけれど、無情にもすぐさまそれを否定する。
小さく首を横に振って冷静なまま「座りなよ」とだけ告げれば、彼女はカッとなって何か言い返そうとしたらしいけれど、見かねた店員さんが歩み寄ってくるのを見つけて、彼女は慌てて座りなおした。
「……わ、分かってないじゃない……私の気持ちなんて……」
ようやく自分が目立った行動を起こしていたと悟った彼女は声のトーンを落としながらも、言葉の端々に込められる恨みを隠そうともしない。
ギリリと私を睨みつけながらも、近寄ろうとしていた店員が状況を見て立ち去っていく後ろ姿にホッと息を付き、改めて私を睨む。
「たぶんね、全部は分かってないよ。でも、貴方の気持ちは……わかっちゃうのよね」
ちょっとだけ、本当は分かりたくなかったというニュアンスを含めれば、彼女は私が有耶無耶に込めた意味を理解したらしく、ますます怪訝な面持ちを浮かべる。そんな彼女に私は思わず苦笑いを浮かべてしまったのは仕方がない事だ。
「同じ人を好きになったんだもの」
ポトリと落とした言葉だったけれど、それで充分だったらしい。彼女はようやく私が言いたいことを理解したようにハッとして見せたけれど、だからといって懐柔されるわけにはいかないとますます警戒心をあらわにする。
「同じじゃないわよ。確かに同じだけど、私の方がずっと彰兄の事好きだもん」
まるで拗ねた子供のようにはっきりと自分の恋心をさらけ出した彼女の態度に、私はますます苦笑を深めるしかなくて。
「そうね。想う期間が違えばその大きさも異なるかもしれないわ」
ようやく彼女の言葉を肯定すると、それが意外だったらしく少し戸惑った色を視線に浮かべていたけれど。
「私の方が彰兄を大好きなの」
「ええ。きっとそうだわ。でも、彰人さんの気持ちを無視してる」
言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で告げると、途端に彼女は図星を指されたらしく、罰悪そうな顔をしながらも視線を漂わせて私に浴びせる次の言葉を選んでいたようだったけれど。私はそんな彼女の思考を無視して続けた。
「貴方みたいな若い子から見れば、私は嫁ぎ遅れないように急いでいるように見えるかもしれないけれど。誰でもいいなんて思っているわけじゃないわ。好きになったとはいえ、もしかしたら彰人さんと意見が合わない事も出てくるだろうし、彼の嫌なところも見えてくると思う。それでも好きでいられるかどうかなんて、私にだって分からない」
好きという感情だけがすべてじゃない。
もう、とっくに現実を見ているからこそ、彰人さんとしっかり向き合いたい。
付き合い始めたばかりで互いに浮かれているけれど、心の片隅には冷静な自分が居て、盲目になり過ぎないようブレーキをかけている。
次々に友達が結婚して子供を出産していく中で、夫婦間の悩みを聞くこともあったし、子育ての大変さも自分に置きかえて考える機会は幾度となくあった。
最初は幸せいっぱいで、大好きな相手と結婚したはずなのに、いつしか友人達の口から零れ落ちるのは愚痴ばかり。恋はしたいけれど結婚なんて考えられないという寧々の気持ちがよく分かる。
時々、上司が零す言葉に最初はいい加減な気持ちで聴いていたけれど、今となっては身に染みる言葉だと痛感せざるを得ない。
――最近の子は我慢が足りない。
核家族化と少子化が進み、現代社会に生まれ育った子供達はワガママだ。
欲しいものはお金を出せば手に入り、大人が耳の痛い言葉を発すると反抗する。同調する同世代に、自分の思考は普通であり当然であると思い込み、小さな枠組みから社会へ飛び出した途端、己の思考が全く通用しない現実に嫌気が差す。
古い考えが残る社会もあれば、どんどんと時代に適った新しい考えを取り入れる社会もある。選択肢が広まった社会の中で、自分に適した環境に巡り合える確率は低く、勝手に絶望し、心を閉ざす事も。
必死にもがいて縋りついても、時々襲いくる虚脱感は現実と理想の差。
そんな中で恋をして、所詮他人である相手と生活を共にするとなれば、自分の思考とは裏腹にますます雁字搦めになっていく。
個性という名のワガママは、私の中にもある。
友人の結婚生活を聞いて、私には無理かもしれないと幾度となく思い続けてきた。何度か諦めようとさえ思ったこともあるくらい。どんなに好きになった相手でも、一緒に生活をしていくうえでは我慢が必要になってくる。そんな葛藤から逃れたくて、離婚した友人も少なくはない。
うまくやっている友人もいるけれど、悪い面ばかりが記憶に残ってしまうのは仕方がない事なのかもしれないが。
「私は彰人さんと恋に溺れたいわけじゃない。溺れるなら彰人さんがいい。それくらいでないと、ワガママな私はきっと駄目になる」
ふぅ、と一呼吸置いて。
「貴方の気持ちはわかるわ。好きな人には自分が好きになった分、それ以上を返して欲しいって思ってしまう。もっと、もっとと欲が出る。でも、それだけじゃあ彰人さんが可哀想。私に寄生される彼が不憫だわ。だからこそ……私は彰人さんの期待に応えたいの。それがどんな形であるかは分からないけれど、彼がどんな状況になっても支えていく覚悟はできている」
繰り返した自問自答から導き出した私の答え。
彼が落ち込んだ時、傍に居るのが私であればいい。
彼が怒った時、八つ当たりできる存在でありたい。
彼が悲しんだ時、それを包み込む優しさが欲しい。
彼が喜んだ時、分かち合える立場でいたい。
もし、そんな私の行動を彼が重いと感じたら。
潔く身を引けるような、けれど彼が後悔するような女でありたい。
所詮は理想。空想。もしくは妄想。
現実そうなってしまえば、泣き縋ってでも私は彼から離れないかもしれない。捨てないでと繰り返し叫んで、彼が私に嫌悪の表情を向けるまで自分を押し付けるかもしれない。
これが、私のワガママだから。
「……っ、馬鹿みたい。やってらんない」
私の話を珍しく最後まで聞いていた彼女は、ようやく振り絞って吐き捨ているように言うと、実にてきぱきとした行動で財布から自分の飲食会計を取り出すと、テーブルに叩きつけるように置いて、乱暴な態度で鞄を振り回しながら立ち上がり、颯爽と店を出ていく。
彼女が店を出ていく音を背後に聞きながらも、ようやく修羅場から解放された緊張感の糸が解れて、思わず椅子に背を預けながらずるずると体を沈ませて大きく息を吐いた。
「……あー……疲れた。やってらんない……」
彼女の捨て台詞に同調してしまったのは仕方ない。
お疲れさま。