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45.フラグ折らない派




武闘大会と舞踏会の翌日。

夕方、佐野さんと落ち合って、やってきた酒場の片隅で。

若干二名の日本人懇親会を開催中。戸惑い気味な獣僕さんたちに見守られながら。


しばらく二人で話したいから好きなものを注文して食べてて、と強引にお願いして、料理やお酒の注文は獣僕さんたちにお任せしてしまった。佐野さんのお連れさんの女性獣僕さんはお耳へたらせてるし、もう一人のお連れさんも落ち着かなさそう。レンハルトとテオドールはもう無表情に近い。ごめん、ほんっとごめん!


でも人生の一大事なんです! 異世界トリッパーにとっては!


まるっと放置すんな、ちょっとは説明してからでいいだろ、って言われても仕方ない感じだけどさ。こっちもまだ混乱中なんだよ。互いの情報をすりあわせてからでないと、どう説明したらいいのか。そもそも説明してもいいのか。


どこまで聞かせていいかわからないから、さらに申し訳ないことに会話ガンガン日本語です。わたしが日本語で話しかけたら、佐野さんも同意だったらしく、日本語で返してきたし。



「あー、やっぱかー。俺もそれ全然わかんねーんだわ」



あなたはどうやってこの世界にやってきましたか?


という質問に対する佐野さんの答え。聞きたいことは山ほどあるが、まず踏まえておきたいのはここだよね。そして「やっぱり」そうですか。



「気づいたときには川っぺりに立ってた。スーツ着て手ぶらで」


「じゃあ、帰り方なんて、のも……?」


「うん。わかんね」


すまなそうに笑いかけられて、同じようにわたしも笑い返した。


「俺もそれなりに調べたんだけどさ。そもそも異世界って考え方? 概念っての? そんなの知ってるひとからしていねえんだよな。異世界って言葉は通じるんだけどさ……俺らが思うよーなのと違うんだよな」



そうなんだよねー。世間話に混ぜて、さらっと言ってみたことはあった。ご近所さんもギルドのひともナニソレ的な反応ばかりだった。リーフェ先輩ですらよくは知らず、あとでおとぎ話の本を貸してくれた。メルトに聞かせるためだと思ったらしい。(好評でした。わたしも面白かったです。ありがとうございました)はっきり伝えたレンハルトは途方に暮れてたしね。



「ですねぇ。わたしも一度話してみたことあったけど、冗談にもならないみたいでした。魔術のことかと思われたみたい」


「だろなー。ふつーのひとにはなんか空想?妄想?って思われっしな。おとぎ話とかホラ話とか。地元の宗教かって言われたりもしてさ。神様の国の話かって」


「神様かー……ケータイ小説とかだとそういうのよくあったなぁ」


「どういうの?」


「うーん。あなたは神様がほかの世界へ転生させました、みたいなの」


「へえー。なにそれ。勇者よ!ってやつ?」


「そんなようなもんですね。ドラ○エみたいな勇者設定じゃないけど、大抵なんだかんだ人や世界を救ったりしてるし」


「ふーん。なんか、朝日奈さんって賢そうな?」


「ええー。ちょっとオタクなだけですよ。真面目そうだとはよく言われますが。見た目で得するタイプなのです」


「たしかに、いい大学出てそうっぽい。俺なんかさー。ガキっぽいガキっぽいって言われつづけて、挙句こんなとこまで来ちゃってさ。もうガッツリ子ども扱い。ひでえよな。ちょっと前まで、酒場とか入るとさ、ガキは帰れとか言ってくるやついたかんね」


「ありゃりゃ。佐野さんって、どのくらい前からこっちいたんですか?」


「あー……もう十年くらいかな。朝日奈さんは?」



10年!? 10年って! びっくりしつつも答える。



「3年くらいです。そろそろ4年になりそうなとこ」


10年……。じゃあ、佐野さん20才そこそこでこっちに来たってことかー。って、ん?


「……佐野さん。もし間違ってても怒らないでほしいんですけど」


「んだよ、怖えな。怒んないよ。たぶん」


「たぶんじゃ困る……というツッコミはおいといて」


「おいとかないで!」


「佐野さん、30才くらいですよね?」



確認してみた。佐野さんは大きく目を見開いてから、ぎゅうっと目をつぶって、ぶるぶると震えた。んん? 怒ってるって感じじゃないけど……?


「ありがとう!! いっやーーーもーーーひっさびさにちゃんと言い当てられた! 俺32才のはず! けど! こっちの連中みんな22とか23とか言いやがんの! へたしたら17才とか! 学生かっ!」


「あー……そーかそーか。つらかったねえ」


「同じ日本人ならわかってくれるよな!? な!?」


「うん、まぁ。わたしはそこまで若作りじゃないけどね」


「つくってねえし!」


「佐野さん、童顔ですよねぇ」



フツメンなんだけど、若々しいし、表情豊かだし、これはわりとモテそうな。日本でなら。こっちだと微妙か。おヒゲのマッチョメーンがわりと一般的な世情からして。


ん。とすると、今のツッコミ、ぐさっときちゃった? ……あ、うん。ごめん。日本のノリで言いました。もしかしてコンプレックス化してたっすかね……?



「……りょーへー」


「はい?」


ぼそりと言われて、ご機嫌うかがいつつ聞き返すと、佐野さんはがばりと顔をあげた。お。気を取り直してくれたようだ。


「遼平でいいよ。佐野さんってなついけど。逆に落ち着かないわ」


「あー、了解です。わたしは朝日奈で」


「みゅーじゃダメなん?」


「みんなその発音になっちゃうんですよねー」



いまの佐野さんは、さっきの童顔発言の仕返しにわざとふざけたんだろう。でもわざとじゃなくても、何度も呼んだり、急いでたり、何かの拍子に自然とそうなっちゃうんだよねー。しかも表記が平仮名で「みう」って。もうまんまネコの鳴き声だし。



「何でもいいですよ。ヒナって言うひともいますし。あ、そうだ。遼平さんって魔法つかえますよね?」


「もち。じゃなきゃ今生きてねーわ。びっくりしたぜー! いきなり魔法使いだもんな! ホウキで空飛べんのかなーとか思ったわ。あとでやってみたらできた。乗り心地最悪だった。ハ○ーは何であれ平気で乗れんだろうな?」


そりゃ映画だからじゃ……って、ん!?


「遼平さん、空飛べるんすか!?」


「おーよ! やったことねーの?」


「ないです……。そうか、空も飛べるのか魔法……(がーん)」


「あ。誰でもってわけじゃねーから、試してみてできなかったらごめんな」



なんか軽いな。生活の知恵みたいに言うなし。空飛ぶ魔法とか凄いじゃないか。できなくても驚かないよ。



「佐野さ、あ、遼平さんも魔力強いんですね。一応わたしもなんですけど。これって異世界からきた人間の特徴なんですかねぇ。使える魔法もなんかチートじみてるっていうか……そもそも訓練とかしてないのに使えること自体おかしいし」


「あー。みたいだな。こっちじゃおぼえんのに苦労すんだよな?」


「ですね。わたしの場合、危ない目に遭った時とか、きっかけがあれば新しい魔法をおぼえられるみたいなんですけど……」


「あ、俺も大体そんな感じだな。思い込み、みてえなとこもあるけど」


「思い込み……」


「ほら。魔法使いならホウキってのとか」


「ああー」



こっちじゃ誰もホウキで飛んでない。なのに思い込みで飛べちゃったなんて。何となく二人して笑ってしまった。



「そんな子どもの空想みたいなことが現実になるんですもんねぇ。神様が何かしたってのもあるのかなぁって思わなくもないです。でも実際に神様がいたとしても、人間が会えるわけないじゃないですか、現実に。だから知らない間に、ぽーんって」


「ぽーんって……異世界に放り込まれました、かぁ……」


「はい。わけわかんないですよね、なんで異世界?って。人知を超える理不尽だから神様なのかって思ったりして。――あ、わたしはですね、いきなり森のなかにいたんですよ。そんで見たこともない獣に襲われてケガして魔法バーン!」


「うおっ。大変だったんだな。オンナノコがケガとかねーよなー」



女の子って年じゃないんですが。まぁ日本人の言うそれは、こっちのひとが言うような本気で「子ども」と思ってのそれとは違うしね。



「それで……遼平さんは、その話、獣僕さんたちには……?」


「セレナにだけした。あ、こいつ」



と言って、遼平さんは隣の女性を目顔で示した。お耳へたらせたアメショみたいなニャンコさんだ。獣族チャナの女性。遼平さんが笑いかけるとお耳が少し復活した。



「あとは嫁さんにだけ」


「え、ご結婚されてるんですか!」


「うん。パルミラって言うんだ。実は子どもも一人いて……」



はにかむ遼平さんはいかにも幸せなパパって感じだ。いいなぁ。ほのぼの。お子さんがいるってことは人族の女性とご結婚されたんだな。獣族と人族の間には子どもできないそうだし、それ以前に結婚が認められてないし……。



「あと、もうひとつ、実は言ってないことがあってさ」



言ってないこと? 会ったばかりだし、そりゃあるだろうって感じだけど。



「俺……こっちじゃ奴隷商人もやってんだよね……」



…………………………………………は?


脳裏にメルトを売りつけてきた悪魔な商人の顔が過ぎった。ああもう顔なんて薄ぼんやりとしか覚えてないけどさ。要するにあの連中みたいなのが。


はぁあああああああああああ!?



「ごめん! 先に言ったら、もしか会ってもらえないと思ってさ! 事情話すから聞いてください!!」



がばっと頭をさげられた。

……くっ。聞くけど。聞くけどさあぁああ。


ひとまず堪えようとがんばってたら、ぎゅっと手を握られた。隣に座っているレンハルトだ。知らず握りこぶしになっていた手を包み込み、落ち着かせるように。


同時に、レンハルト、なかなか鋭い眼つきで遼平さんを睨みつけてる。鼻筋に皺もよってて、これじゃ威嚇してるようなもんだ。あかん。わたし落ち着かなきゃ。レンさんまで気が立ってしまう。



「ええと……大丈夫。わたしが困るようなことじゃなくて……」



言い難い。しかし、言わざるを得ない。異世界人云々はさておき、この世界での彼の立ち位置というのは話しておかなければ、先々つきあいようがない。……つきあっていけんのかどうか、決めるためにも。



「遼平さん、奴隷商人なんだってさ」



レンハルトが目を見張った。テオドールもくきりと小首を傾げる。思ったよりは低温な反応だ。ついさっきの方が、よっぽど剣呑だった。この世界で生まれ育った彼らは嫌悪の押し隠し方をよく心得てるのかもしれない。咄嗟に表層には出さないくらい、慣れ切っている、の、かも。


にゃんこなセレナさんはまたお耳をへたらせていた。遼平さんを心配している。そうだ。彼女やもう一人の獣僕さん、二人ともとても彼を慕っているように見える。遼平さん本人が言うように事情があるんだろう。


よし。話を聞こうじゃないか。



「これがまぁ色々とあってさ……」



遼平さんはレンハルトたちにもわかるよう、こちらの言葉で話しはじめた。


この辺(と遼平さんはぼかした)に来たのは10年ほど前。当時は土地のことも獣族のこともよく知らなかった。そんな彼に獣族のこと含めて色々と教えてくれたのが、最初に彼の獣僕になってくれたアシェスさんだ。


今夜一緒に来ているもう一人の獣僕さんがその人。草原オオカミのような、淡い黄褐色の毛並みで若干キツネっぽいわんこ顔の男性。獣族ロウなのかテスタなのか、判断に迷う。同年代か、ちょっと上くらいだろう。

長いつきあいなんだ、と言った遼平さんはなんか誇らしげだったし、アシェスさんと視線をかわす仕草には率直な信頼感が見えた。


彼から教えてもらった獣族の現状に、まぁ普通に「ひでえなって思った」そうな。


ある時、ギルドの依頼で違法な活動をしてた奴隷商人をやっつけた。違法活動ってのは、奴隷売買そのもののことではなく、すでに契約のある獣僕をその主を殺すことで奪って転売してたことだ。えぐい。


保護した奴隷の獣族さんたちは、もう主を殺されてるわけだから戻るところがない。主の親族でも契約可能な魔術師じゃなければ引き取れないし。新しい引き取り先を捜す手伝いをしてるうちに、遼平さんは他のまっとうな(……まぁ)奴隷商人と知り合いになった。


そのひとのところで他にもいろいろな事情で行き場を失った獣族がいること知った。老齢になったからとか、怪我で身体が不自由になったからとか、他にお気に入りができたからとか。


ひとりの魔術師が従えられる獣僕の人数には上限がある。主が養わなきゃいけないことを考えると、稼ぎがない獣僕は抱えきれない状況も考えられなくはない。

いくら魔術師は稼ぎはいい方って言っても、子沢山だったら、重い病気の家族がいたら、金遣いの荒い身内がいたら、借金があったら……。

ま、アルトの元主みたいに無責任な理由で捨てる場合もあるだろう。(彼も本当の本当は深い理由があったり……しないか)


何にせよ、働きが期待できないからと売り捨てられた獣族の先行きは暗い。わけありだろうと破格値で買い叩こうとされるし、そうやって買い取った主が彼らをまともに扱うわけがない。使い捨てにするぐらいの気もちで買っていく。


どんなに買い取り手がつかなくても、獣族が奴隷身分から解放されることはない。野山に打ち捨てるような輩もいるようだけども、その場合、あとが面倒だからと殺してしまう。

獣族は奴隷。その前提がある以上、勝手に野に放ったと知れれば咎められる。主には管理責任があるから。


そんなのひどすぎる、せめてちゃんと最後まで面倒見るべき、と主張したら、じゃあお前がちゃんとした買い手を見つけてみろよ、と。奴隷商人に反駁されても、遼平さんは言い返せなかった。


かといって最初は「ここまでするつもりはなかった」んだって。

自分が奴隷商人にまでなるつもりは。


でもギルドでバリバリ働いてると、そういう話がけっこう耳に入ってくる。依頼もそういうのが目について、つい引き請けちゃう。仕事で助けた獣族の引き取り手を何とか見つけられないかと奔走すれば、やっぱり最後にたどりつくのがまた奴隷商人のところだったり。


わたしがテレスを引き取った時みたいに、まだ若い獣族さんたちなら、ああやって表立っての活動をすれば何とかなる。けど、そうじゃないひとたちはどうしても。

ひどい主に買われるかもってわかってても奴隷商人に引き取ってもらうしかない。

彼らも商売だから、捨て値でも売りさばいていく。お金がなければ食事を与えつづけることすらできないのだから。


じゃあ、売っても売らなくてもいいって気もちでやれるヤツがやりゃよくね?


悩んだ挙句、そう思った。それが5年くらい前。


買い手を選ぶ余裕があればいい。自分にはアホみたいな量の魔力がある。トンデモ魔法も使える。それで稼いで儲けない奴隷商人をやればいい。


そう考えて、遼平さんは副業として奴隷商人を始めた。


現実問題、笑えるほど買い手はつかなかった。大々々家族を養ってるようなもんで生活は楽ではなかった。奥さんともちょっぴりケンカした。土下座して拝み倒した。自分は正しいことしてるはずって意地になってる部分もあった。


誰ひとり売れないまま2年くらい経って。ある時、彼がギルドで請けた仕事の依頼主が、足の悪い奴隷をひとり買い取ってくれた。引退した義父のところなら家の仕事さえできればいいから、と。

そんなイイ話はそうはない。けど、それがあったおかげで以降も何とかくじけずにやってこれた。


今じゃヒマな獣族がいっぱい居て遊んでくれるってんで、近所のお子サマ方がしょっちゅう彼の家にたむろしてる……そうな。今でも儲かってはいないとのこと。



お……おぉぉおぉぉぉ……!!


すげー……なんちゅーおひとや……。


猛烈に感動した。すごいすごいすごい。なにそれすごい。



ふつう野良ネコだって気軽には拾えない。面倒みきれないから。それを獣族ニンゲンを助けてあげようって。すごすぎる。


まさにチートの鑑だ。かくあるべきだ。


……え。


ちょっと、そう考えると、わたしニンゲンのクズみたいでお恥かしいです。すみません。チートまったく活用してません。個人的にしか使ってません。皆を養ってるのは趣味みたいなもんだし……。



「俺のひとりよがりなとこもあんだけどな」


「いやそんな!」



ここで遼平さんは日本語に切り替えた。レンハルトたちには悪いが、それにつきあってわたしも。



「やー……だってあれだろ? これって社会問題だろ? 本当にどうにかするには政治に関わらねーと」


「……そうですねー……。地元民でそういう志のあるひとを捜して応援するか、施政者側のひとを説得するか、できればですけど……」


「奴隷解放問題って戦争起きるレベルの話だしなー。既得権益と戦うって怖すぎるよな。俺なんかじーさんばーさん、身体の悪いやつを拾って面倒見てるだけだから、表向き物好き扱いだけどさ」


「表向き?」


「そ。裏じゃ危険視されてんな。奴隷に入れ込んでる奴だって。日本じゃ当たり前の平等精神っての? それってこっちじゃ危険思想だもんな。階級社会なんだしよ」


「ああー……ですよねー。わたしも奴隷に甘い主ってんで白眼視されてますわ」


「そーなんよね? こいつらかわいいもんな。って言ったら、アシェスにはゲンコで殴られた。俺、主なのに」



思わずアシェスさんの方を見て、実にきりっとした草原オオカミ顔だと思ったら、笑ってしまった。このひとにかわいいはないわ。言っちゃダメだわ。でも、この凛々しい顔でなつかれたら、そりゃかわいいわ。


明らかに自分をネタに笑いあう失敬な我々二人に、アシェスさんは憮然とする。遼平さんを睨みつけて、料理にかぶりつく。八当たりっぽく。

それにまたひとしきり笑ってから、言葉を戻して話も戻した。



「……で、俺んとこはそんな感じなんだけど、そっちはどんな感じだったん?」



遼平さんに比べりゃ、とっても穏やか苦労知らずでしたわー。

という過去話をざっくりとお聞かせしました。こっちの言葉のまま。記憶喪失設定についてのツッコミはなし。あれって顔もされなかった。



「なーんか、馴染んでんなー。うまくやれてるみたいでよかったよ。同郷のニンゲンがすげー苦労してるってイヤだからさ。あ、俺は苦労っても、かわいい嫁さんと娘がいるから。がんばれちゃうから」


「ノロケですか! ノロケですね!」


「まあなー」



遼平さんはいい顔して笑う。



「……でも、すごくがんばってますよね。ほんとに」


「ん、まぁ。こいつらも手伝ってくれっしな」


「わたし、そんなことまで考えたことなかった……」


「んや。そりゃさ。状況が違うし」


「そーなんですけどね……」


「無理は禁物だって。マジな話。女のひとが一人でこんな仕事できないっしょ。獣僕の助けはあってもさ。あぶねーから」


遼平さんは困った顔をして声を低めた。


「下手に動くなよ? 間違いなく反感買う」


えっとな、と唸って、また日本語に切り替える。


「あのさ……アメリカの奴隷制時代。白人男が黒人の女性に手を出すって、よくある話だったっていうよな? でも、逆だと黒人男性めったうち、リンチされたって。たとえ合意でも。……こっちでもさ、そういうのあると思うんだよ。俺の友だちの、女の魔術師さん、すげー悪女みたいに言われてっし。そのひと、自分の獣僕といい仲なんだよな」


えっ!


「でも彼女、結婚してたこともあるんだ。貴族の未亡人で金持ちでさ。だから放置されてる。えーっと、何が言いたいかってえと……女が獣族に肩入れすっとヤバイ! 絶対に誤解されっし、悪く言われるし、危ない連中に目ぇつけられる」


「お、おお……」


「だから今まで通りにしてな。ふつうに接するヤツが多ければ多いほど、それがふつうになってくんだしさ。俺はこれがふつうだけど、あんたがやろうとしたら、並大抵のことじゃなくなる。俺、イヤだぜ? あんた達が、その……集団リンチにあったとか聞くのさ」



ええ、うん。それはわたしも嫌ですわ。



「わかりました。気をつけます」



うなずいて、こちらの言葉で返すと、レンハルトが隣でほうっと息を吐くのが聞こえた。どうやら彼も、遼平さんと同じく、わたしの無謀を心配してたらしい。



「あー、よく喋ったなー。今夜はこんなとこにすっか」


遼平さんは両の膝をぱんっと叩いた。にかっと大きく笑ってジョッキを取る。


「とりあえず乾杯しよーぜ、朝日奈さん!」



すでに軽く1時間以上いたと思うんだけど、今さらのように乾杯した。


皆もこっちが気になって食事どころじゃなかったよねー。そんでもあんまり追加注文しないでると店員さんが様子見にきちゃうから、気を遣って努めて飲んだり食べたりしてくれてたっぽいよ。

約1名、まるで気にする様子もなく食がすすんでるクマさんもおりますけども。おい、その酒は何杯目だありがとう。たすかったよ。



ま、なにはともあれ、カンパーイ!




……しかしあれだ。

何ひとつ解明されなかったな。わかんないことがわかっただけだ。

まぁそれも、ものを考えるときには重要なことなんだけど。


そんでもって。


これがもし物語であるならば。

主人公は遼平さんだなぁ。


うん。さっきからひそかに思ってたんだ。


主人公あらわる!って。


チート異世界トリップと言うなら、彼みたいな生き方するのが王道なんだろうなー。




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