33.狼と踊れ
参ります! とか言ったけどまだ訓練があったなー。
翌日とぼとぼと冒険者ギルドへ向かえば、カザムさんに修練場へ連れてかれた。そして集められたゴロツキもどきなギルド員さんたちに魔術で攻撃してみろと言われた。
加減わからないって言ってるのにそんな方法?
わ、ワイルドだなー。
いいのか痛いぞと断りは入れた。みんなへらへら笑って「避けてもいいんだろう?」とどこかで聞いたような大口をたたいてくれたので気分よく攻撃できた。えいっ!
ちゃんと治癒師さんも控えてたしね。あとから知ったけど。
カザムは心配性だからなー、とかゴロツキメンバーのひとりに言われてた。わたしがブルって攻撃できなきゃ意味ないからだ的なことを言い返してましたが、カザムさん、もしやアナタもツンデレですか?
窓口係を任されてるのはそういう配慮のできる性格ゆえなのか。気遣いや的確なアドバイスができるひとがやってた方がギルド員の生還率が上がりそうだもんなぁ。
わたしの生還率もあげてくれるみたいだし。はぁ。武闘大会とかマジカンベン。
カザムさんにとっとやれとお尻たたかれながら、レンハルトとテオドールならやっつけられない程度の加減を意識しつつ、目についたひとから一人ずつ攻撃していった。ぎゃあっとかぐえっとか野太い悲鳴を聞きながら。
……こわい。
これあとどんだけ続けんの? 目と耳をふさぎたくなるのをガマンしてがんばった。それにしても酷いと気が遠くなってくる。
何度も何度も電撃くらっては回復させられてを繰り返すって拷問か!
わたしも精神的にきついけど、協力してくれてるギルド員さんたち……こんな目にあって大丈夫なの?
なんか魔力耐性はめきめき上がってるようだけども。
魔術の攻撃を何度もうけると他者の魔力に対する抵抗力があがるのだ。ゲームとかやってたら当然と思うだろうけど、冒険者職の方々にとって魔力耐性はけっこう重要。魔術的な攻撃能力をもつ魔物は少なくない。
あ、そーか、と途中で気づいた。この特訓はわたしだけでなく協力してくれた人たちのためにもなるんだな。
みんな一撃やそこらじゃ倒れなくなった。電撃くらってもそのまま突っ込んでこられて、あわや激突!ってところでレンハルトがたすけてくれたりして。横抱きにかっさらわれて。
これにはカザムさんカンカン。自力で避けさせなきゃ意味ねえだろう!と。ご尤もです。
レンハルトも鼻面に皺をよせて牙を剥いたおっかねえ顔してたよ。
すまねえ、レンさん。気もちだけもらっとかあ。
訓練だからガマンしてね、と言い聞かせたら、すんごい耳をへたらせてた。萌え。……不謹慎でスミマセン。
それから何度かふっとばされて、見栄張らなきゃよかったなぁとやや後悔。
そんな調子で延々と電撃連発しつづけて、気がつきゃお昼どきも過ぎていた。(修練場は屋外なので陽射しで判断)
鬼教官のカザムさんは相変わらずの仁王立ち。
さすがにそろそろ休むべきではなかろうか。集中力が切れてきて加減をミスりそうだし、ギルド員さんたちの顔色もよくない。
仕方ないのでわたしから休憩を持ち掛けてみた。
治癒師さんがお疲れではないですかと。ギルド員さんたちのプライドを刺激しないよう。
自分が疲れたので、と言わなかったのは、サボろうとしてると思われないためと、なにより経験の足りない自分のために集まってくれたひとたちを前にそんなことは言えないよね、っていう。
うん、つまりは偽善だ。
本音はわたしが疲れ切っていたからだよ。もう限界だよ。戦いというのはなんて神経を削る行為だろうか。チー力のおかげでまず勝てるとわかっててこれなんだからもうイヤだ。
治癒師さん、ほんとは悠々としてらっしゃるのわかってます、でも今は話あわせてくださいお願いします!
必死に目で訴えた。察してくれた。一瞬きょとんとした後、わたしと目があうと、かすかに微笑んで「そうですね、そろそろ一服したいところです」と話をあわせてくれた上に、汗をぬぐうような仕草まで。
年長者らしき治療師のおじさま……おじいさま? 微妙なお年頃の彼に言われ、カザムさんも同意。ていうか今日一日でどこまで叩き込むおつもりなんですか。鬼ですか。
ほんでもって、やっと本日の戦闘訓練終ー了ー!
……明日もこれ続けるの? まじで?
休憩がてらの昼食。ギルドの受付ホールに併設された酒場っぽい食堂へ向かう。ぞろぞろと。
わたしとレンハルト、カザムさん、治療師レンネルさん、協力者さんが6人。あ、丁度10人だ。
何度も地面にぶっ倒れたせいでみんな土ぼこりまみれ。ギルド員さんたちは回復してもらってたけど、気絶からの回復だけで打ち身は放置なのであちこち痛むらしい。
治癒師さんの魔力温存ね。最低限の治療で効率よく。
わたしも痛いわ。うう。乙女なのに打ち身擦り傷だらけ。ううう。
しかしチートバレ防止のために治癒はしなかった。訓練で電撃うちまくって治癒もしてって、どんだけ魔力あるんだよってハナシ。大怪我ならともかくガマンガマン。
食事中の会話は弾まなかった。だよねー。疲れてるもんねー。でもお酒をかっくらってるひともいた。強い。
みんな食べるの早くて、当然ながらわたしがビリ。
ていうか、食べ終えるの待っててくれるとはつきあいいいなぁ、とか思ってたら。
ええ。午後にも訓練が。これこそが地獄のはじまり……。
「え、舞踏会?」
そっちかよぉおおおおおお!!! ヘンなギャグ考えるんじゃなかったぁあああ! フラグだったぁあああ!!
「おう。大会出場者は出席することになっとる」
「で、出たくありません」
「アホゥ。見栄えのする獣僕ども連れとうて欠席なんぞ許されんわ」
「うぅ……でも足をくじいたことにして踊らなきゃ……」
「うちが旅費とドレス代もって送り出すんやぞ?」
ギルドの経費を無駄にするつもりかと凄まれ、わかりましたと言わされました。
さ、幸いにもわたしが出なきゃいけないのはギルド主催のやつなんだって。なにが幸いだかよくわからなくてきょとんとしてたら、カザムさんに呆れた顔をされた。
王侯貴族様方々がご出席なさる即位式の一環のそれではないから、らしい。そうなんだ。やったね! 大してほっとしないよ何故かな?
だからこそ女性の出席者が少なくなりがちで、数少ない女性魔術師であるわたしの出席は必須☆とかいうオチがついてるからだね!
くっそぉおおおおぉ! 被り物してやるぅぅううぅううう!
(だって顔出しNGは許可もらったもーん)
ま、女性客が少ないのはしょうがないよね。
ドレスの買える富裕層の親御さんが、荒くれ者と評判の冒険者たちが集う舞踏会に、大切な年頃の娘さんを送り出したいわけがない。みんな礼儀作法もダンスもたたきこまれてくるから、実際にはすごくちゃんとした舞踏会なんだって言ってもさ。
普段は血と泥にまみれた冒険者たちでも、それなりに身形を整えたらなかなか悪くないんじゃないかなとは思うけどね。見た目とか作法とか、そういう問題じゃないよねー。
てかなー。わたしドレス着るのかー。
うれしくないわけじゃないけど。
その前にカザムさんのダンス教室にぶち込まれると思うと……あああ。
ギルド員さんたちがお昼食べてもさっさと帰らず残ってたのは、こっちの訓練にもつきあってくれるためだった。
踊れんのかよ!?って驚いたけど、踊れるんだってさ。ふつーに。定番のダンスは。
そうか。この街でも舞踏会がひらかれることはあるもんね。地方都市にもえらいひとたちはいるわけだし。
音楽はどうすんだろうと思ったら、これまたギルド員さんが演奏できちゃうとか。手なぐさみにおぼえたとか意外と優雅。
竪琴とシタールによく似た楽器と木製の笛で、想像よりアップテンポな曲を奏でてくださいました。すげー。
残る問題はわたしのカンのよくなさですね……。うん。
全然おぼえられないわけじゃないんだ。なんかノリがあわないんだよなぁ。みんなのノリがよすぎてついてけない。ひっぱられてターンしたり、身をそらしたり、いっしょに跳ねたりするタイミングが。
うぅーん……。
カザムさんは渋い顔。あ、ダンスの指導教師はカザムさんじゃありませんでした。やったね! 今度は安心できたよ!
一番場慣れしてるらしき治癒師さんが教えてくれました。ギルド員さんたちは口で説明するのが苦手っぽく。治癒師さんは具体的な言葉で丁寧におしえてくれて先生っぽかった。たぶんこれまでも教えることがあったのでは、という達者な感じ。
しかし思うように上達しないわたし。
言われてることがピンとこないんだよね。言葉としてはわかるんだけど。そこから指示にあわせて身体を動かすまでにタイムラグが生じちゃって、もたもたしてるうちに曲はどんどん進んでて。
こまったなぁ。こりゃ相当かかるぞ。
「……あの」
いい声が聞こえて誰かと思った。レンハルト? なに?
「ちょっといいか?」
ん?
何だろう、とわたし達が止まると、音楽もやんだ。みんなが注目してるなか、レンハルトがやってきて、わたしに手を差し出す。
あれ? レンさん、ダンスなんか踊ったことないって言い切ってたよね?
まぁでも運動神経のいい獣族レンハルトのことだ。見てて気づいたこともあるのかもしれない。みんなもそう思ったらしく、ふつうに様子見してる。訝る空気はあまりない。
レンハルトはわたしの前に立つと、ひょいっと両脇に手をつっこんで持ち上げた。
え?
「オレの足に乗って」
え!?
びっくりして、いいとも悪いとも言えずにいるうちに、レンハルトの足のうえにおろされた。ええと。右足で彼の左足の甲を踏み、左足で彼の右足の甲を踏んでいる状態。
そんでさっさと手と腰をとられる。
ダンス、スタート!
――てえ!?
「おぉおっ!?」
マヌケな声を上げてしまった。
だってレンハルトが足を移動させるとわたしの足も動くわけで。なにこれキモチワルイ。というかコワイ。いやちょっとたのしい?
ぬるぬると足が勝手に動く感触は奇妙で。うっひゃひゃ。
これ、あれだ。赤ん坊にふざけて立っちの練習とかさせるときの。
レンハルトはかなりゆっくりとした動きでダンスの足取り(それもわたし、つまり女性側の足さばき)を再現してくれた。合間に「ここでまわる」とか「半拍早めに倒れて」とか「思い切って跳ねて相手に任せる」とか、そういやさっき言われたなーってセリフも挟んでくれる。
て、天才じゃね? レンさん、ダンスの申し子か!
おおお……このペースなら頭に入るよ。おぼえられるよ。
「もう一回?」
「うんうん! もう一回、もう一回!」
おっと。わたしにも出来る、と思ったら、ついはしゃいでしまった。
どうしましょう、と慌ててカザムさんを振り返る。渋い顔ではなくなっていた。無表情ではあるが。つづけろ、というように、顎先をくいっとあおぐ。
ギルド員さんたちは「なるほどなあ」と感心したり、端っこで寝てたり、楽器を小さく鳴らしたり、適当に過ごしていた。うん。らしいね。基本的に冒険者ギルドって自由人の集まりだからな。
食い詰めてなったってひとも多いんだけど。わたしたちもそうだった。
この日、レンハルトのおかげで夕方くらいには何とか曲に乗って(る風で)踊れるようになった。あぁうん。これでも夕方までかかったので。いろいろとお察しください。
真面目っこ風貌は伊達じゃないのよ!
にじみ出るもっさり感こそがミソ……って自分で言ってて悲しくなるね。
体育の成績は5段階で3でした。だからべつにすっごい運動オンチってわけではない。はず。言い訳すると。
そんなニンゲンが武闘大会に出るとか世の中どうかしとる!
まさに「世」がどうかしちゃって異世界トリップしちゃったわたしは夕焼けを眺めて黄昏れた。おお、これまたまさに。たそがれ時にたそがれるとか。
って、こんなノリでいいのか……。いやダンスじゃなくて。
もうなるようにしかならんと諦めるべきか。
何を諦めて、何をすればいいんだか、よくわからないものの。
よろよろと家に帰ると、アルトが夕飯の仕度してて、いいにおいが漂っていた。ああ、おうちっていいなぁ。胸がじんわりとあったかくなる。
「ただいまー」
「おかえ…――どうしたの、主!?」
アルトがめずらしく大きな声をあげた。ああ。薄汚れてるからね。戦闘訓練パートで汚れたままダンスしてたんだからどうなんだっていう。そういうとこやっぱギルドは大雑把。てゆーか質実剛健?
「うん、訓練してたからー。お風呂はいってくるー」
「あ、うん……だいじょぶ? おれ、てつだおうか?」
「う ――ぅん?」
思わず頷きそうになったよあぶねえな。
こらっ。アルトはどうしてそう一緒にお風呂に入りたがるんだようっ。
「えへへ。気をつけてね」
ごまかしおった。例によって柴わんこに「えへへ」なんて顔されたらもう何も。
……あー。
あまいのかな? 甘いんだろうな。もっときっぱり怒らないとダメなんだろうなぁ。しかしそうする方が「意識してます」感が強まるような気もしなくもないし。
うぅむ、と考えごとしながら、ぼんやりとチー力でお湯を張ろうとしたら。
ぬる~いお湯がちょろちょろちょろ……。
うっは。魔力を「加減」しちゃった。ちがうちがう。いまは違う。
しっかり魔力をこめてやり直し。
今度はごぼごぼと勢いよくお湯が溢れはじめた。てか、この魔法むちゃくちゃだよね。水場以外の場所でやってもできちゃうんだよ。砂漠だとどうなるのかなぁ。
しかし、これはまずいかもな。今までミスったことないのに。
ヘタに頭で考えずにやってた方がよかったのかなぁ……?
にしても、やらなきゃいけないことには変わりないわ。ダメなクセだけついちゃうと今後に差し障るし、魔力調節マスターしなきゃ。
明日もがんばろう!
夕食の席で、ダンスレッスンさせられたことを話したら、我が家にダンスブームが到来。
わたしは疲れてたのでメルトに代役を頼んだ。
みんなにぶんぶん振り回されてメルトはとてもよろこんでいた。
……古着とかで小っちゃい礼服って買えないかなぁ?




