32.人の業
レンハルトのご好意による初めてのしっぽもふもふ体験はたいへん喜ばしいながらもどこかもやっとした気分の残るものでした。
第一印象。空気をはらんでふっかりした見た目のわりに硬めの感触。
上側はとくにそう。少し押すと奥に骨があるのを感じる。背中の腰あたりに近いね。あ、そうか。そっからつながってるんだった。……根元は敏感っぽいから触らないでおこう。
下側は毛足が長くてやわらかそう。遠慮会釈なくひっつかむわけにもいかないので、なるべくさりげなく親指だけを下に差し込んで触ってみた。うん。やわい。けど、ぱさついてんなぁ。
――ああ! ブラッシングしたい! じっくりやんわり丁寧に!
お風呂あがりのお手入れの時も、みんな尻尾は触らせてくんないんだよねー。アマツの油は一応塗ってるもののすごく適当だし。ざっと撫でておしまい。もっとこう揉み込むようにだねぇ……!
これはもっとしっかりやるように言うべきか。うーん……ダメだな。そこまで言ったら差し出口になる。
イイモノ持ってるのに惜しい、惜しいよキミたち……!
冒険者ギルドからふてて帰宅すると、居間で遊んでいたメルトがすっとんできた。
ぴょんぴょこはしゃいでいたが、やけに早く帰ってきたのをふしぎがってもいるようで、フンフンと顔まわりを嗅がれた。どうしたのどうしたのというように。
おヒゲくすぐったいです。あと、ひとはよじのぼるものではありませんよ、メルト。
アルトもふしぎそうに小首を傾げてた。事情を話すと耳をへんにょりさせる。心なしかおヒゲもへたってる気がする。
「そんな危ないこと……」
そう! そうだよね! それが正しい反応だよ、さすがアルトたん!
ひどいよね、素人に武闘大会とか。舞踏会でもどうかと思うのに。
めそめそと愚痴をこぼすわたしにアルトたんは美味しいお茶を淹れてくれました。まだ午前中だからオヤツはなし。おチビのメルトは(こっち時間を日本風に言えば)10時のオヤツも食べるけど。
ぐんぐん育ってるメルたんマジ天使。アルトが小分けにちょこちょこ食べさせてくれるようになったおかげだろう。
小さいとき食で苦労したせいか、メルトはわりとがっつく方。けどまだ身体がしっかり出来てないから、思うように食べれないんだよね。一回にたくさんは食べれない。
自宅でまめに食べさせてくれるひとがいるからこそ、メルトの成長も著しいんじゃないかと。仕事に連れてってたときは干し果物とかしゃぶらせてたもんなー。あとたまに現地調達の生肉。ぁぅ。
「しょうがないね。うちの領主様、面白いことが好きなだけで悪い人じゃないみたいだし」
「そうなの?」
「うん。お願い聞いてあげてもいいと思うな」
「へぇ……」
「主が行った街道補修のお仕事も、ちゃんとお金もらえたでしょう。あれ、よそだと払い渋られたりすることもあるらしいよ」
「えっ、そうなの?」
「この地方は道路もキレイだし、騎士隊のひともちゃんとお仕事してるし、かなり住みやすいとこなんだって。ランディアスさんが言ってた」
ランディアスさんはたぶんご近所さん? 近頃じゃわたしよりアルトの方が顔ひろいんだよねー。かわいがられてるみたいで。柴わんこかわいいよ柴わんこ。なごむよねー。
うちでやった料理教室のおかげで、おすそ分けの輪も広がったみたい。たまに誰それさんから頂いたんだっていうお料理が食卓にのぼる。当然うちからもおすそ分けしてるとか。
勝手しちゃってごめんね、なんてアルトには言われたけど、とんでもない。家政を切り盛りしてくれてんだもん、采配お任せに決まってるよね。ご近所づきあい大事だし。
おかげで食卓が豊かになりましたよ。元からアルトが作ってると豊かなんですが、さらに。
わ、わたしだって料理はできる。家じゃお母さんのお手伝いしてたし。簡単な家庭料理ならできる。実際アルトがうちに来てくれるまではわたしがやってたわけだし。
しかしなんだアレだ。なにごともセンスってもんがね。たゆまぬ努力とか気の入れようとかで改善の余地はあると思うものの、やっぱセンスの違いってあるのよねー。
……そう、センス……。
わたしに戦闘のセンスは皆無なんですよ!!
ああ、泣きたい。
ほんとに出なきゃダメ? 出るなら甲冑用意してもらえんのかな? ムリ?
ああ……。アルトの淹れてくれた美味しいお茶をいただいてるにもかかわらず気が沈むよ。
すると、レンハルトが「主、尻尾」と。
再提案してくれました。
帰宅のばたばたですっぽ抜けてた。わざわざ自分から言ってくれるなんて、ほんとのほんとーに悪い気はしてないってことだよね。えへへー。
いつも「ダメ!」って言われてきたそれを人前で堂々とやっていいものか、ちょっとだけためらいをおぼえたものの、レンハルトがいいって言ってんだからいいだろう。
思い切りよく即座にもふりました。ええ。もふりましたとも。
その感想については冒頭に戻る。
素晴らしい経験をさせてもらったにもかかわらず、もっと、と思ってしまう。ニンゲンとは業の深いイキモノです。
――ああ、ブラッシングしてえなあ……。
目をつぶればこの手によみがえるまっふりもっふり。あぁ、たまらん。たまらんです。ふかふかのもふもふ。もっふもふのもふもふぉおおおおおお……。
「見せつけてくれるよねえ」
はっ。テレスさんから苦情を申し立てられました。
ジト眼でも大きな鶯色のおめめ+長い睫毛の半眼はオイロケたっぷり。そんな眼で見てもらえるなら、ひんしゅく買うのも悪くないなーって思っちゃうひともいそうだ。
女王様!(隠れマッチョですが)
「尻尾ってさあ……」
ん? ふっふっふっ。そうかいそうかい。もふらやましい?
「なにそのカオ。えいっ」
ほっぺつままれてぶにぶにされた。でへへ。痛いじゃないの。でへへへへ。
「ひぇりぇひゅひゃん」
「尻尾ひとつで元気になっちゃって」
「ひぇひぇひぇ」
「なんでそんなにお手軽なの、主。そんなだから余計な役目を押しつけられるんだよ」
「む」
「主の弱点、わかりやす過ぎ」
ぬう……。たしかにもふもふにはすこぶる弱いけれども。も。
「違うよ。ボクらの見た目の話じゃなくて――ん、まぁ、それもあるのかな。それよりさぁ……」
ぬぬ? それより、何?
テレスさんは艶めく鶯色の双眸に冷やかないろを浮かべていらっさいます。いつもながらすごいですね、その凄絶さ。うなじのあたりがきゅうぅってなります。
しかしながらテレスさん、ひとの心を読んだみたいなセリフを吐いた挙句、続きを意味深に言いにごして黙っちゃうのはいかがなものかと思いますよ。最後まで言ってくれよ、最後まで!
ツッコミならぬ追及をしろと言われてる気がする。
テレスさんってSなわりに受け身なんだよなぁ。求められたいタイプなんだろうか。女王様気質っぽいのに。フクザツ。
まぁいい。テレスさんかわいい。大きなネコたんがかまえって言ってると思えば鼻の下ものびのび。履き古されたパンツのゴムくらい、だらしなく伸び切っている。ふっはwww
「見た目によわい以外の弱点って? 何なに? ねえねえ、なに?」
自覚しとくの大事。
弱点つかれたら敵のターンが延々と続くとかゲームじゃなくてもあり得るからね。ネタにされてねちねちといじめられ続けるとかさ。
「聞くまでもないじゃない」
「ええー」
「ボクらに甘い主なんでしょ?」
「……おー(たしかにでっかい弱点だねぇ)」
「うっかり人目のあるところでデレデレしないようにね。まったく。主が王都に行くだなんて心配だよ」
「だよねぇ。王都ってここよりずっとおっきいんだよね?」
「じゃない?」
テレスさんが肩を竦める。王都に行ったことあるひとなんて……あ、テオドールが頷いた。ラトアナさんのお供で行ったことでもあるのかな。
「おおまかに街をめぐるだけでも丸一日かかったな」
「なんか迷子になりそうだよねー」
「主、出発までまだ日にちあるよね?」
テレスさんが妙に生き生きとした顔で聞いてくる。うん?
「まぁね。だからしばらく特訓……(げっそり)」
「がんばって! 王都土産の定番って何があるのかな。明日にでも聞いてこよう」
「お土産かぁ。いいねぇ。お買い物とか行きたいけど、日程ってどうなってんだろ。少しは王都見物できるのかな。イベントでみっちりじゃないといいなぁ……」
「お土産なしとか言ったら、ボク拗ねるからね、主!」
「んー……そりゃそんな失礼なことは……あ」
テレスさん、ちぃと誤解なすってませんか?
「お土産は、主にご近所さん用だよ?」
「なにそれ酷い。ボクたちには無し?」
「うん」
「くれないの?」
「ちょっとは自宅用に買ってもいいよ。今回遠いし、荷物多そうだから程ほどにね」
「はるばる王都まで行くのにケチくさいよ、主」
「じゃあ、テレスは自分で持ってね、お土産」
「ん……ん?」
はい。今回はみんなで行きます。
「……もしかしてボクらも一緒?」
「うん」
「んもぉおおおおおおおおお!!」
テレスさんが牛になったwww
モーモー言ってると牛獣人になっちゃうぞwww
めずらしい。頭かきむしってる。耳と尻尾の反応もはげしいな。耳はどう落ち着いていいのかわかんない様子でぴこぴこしてるし、尻尾はぺっちぺちぴっしぴし。
いっそのその尻尾でわたしを叩いてもいいのよ?
むふん。女王様とお呼び!(ピシィ)ってやつ。ヤマネコたんの尻尾でされんなら悪くないよね。
「そういうことはまず最初に言ってよ!」
「いやあ、説明してるうちに、ついつい愚痴になだれ込んじゃって……」
「もうっ!」
「うれしい?」
「――主のくせにナマイキだよ!」
混乱してるのはわかりますが、その発言はどうかと思いますよ、テレスさん。
やっぱ留守番ってさみしいよね?
べつに一人っきりで置いてかれるわけじゃなくても、うちのひとが旅行でいないと何となくさみしいよね。うんうん、わかるわかる。お母さんが友だちと旅行にいったときとか、和兄が修学旅行にいったときとか、なんとなくさみしかったもんな。
……わたしがいないのもさみしがられてんのかなぁ。
こっちでもいないとさみしがってくれるひとは見つけたよ。
というわけでさみしがりそうな獣僕さんズ5人を引き連れて王都へ参ります!
――――――――んごふっ!
ちょ……メルたん……後頭部に飛びつくのは……。
もってまわった言い方なんぞしたのがアカンかったのか。
わたしらの言ってること理解した途端、興奮値が振り切れちゃったのか。
いつもからかわれてるからたまにはって思っちゃったんだよねー。
自業自得?なの?




