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20.おなかがへるとかなしくなるの



台所でアルトが煮込み料理を作っている。根菜のスープの匂いが辺りにひろがって、ほこほこする。ああ、おいしそう、おいしそう。



「わあー! いーい匂いー♪」



見た目の違いこそあれ、ほとんどのお野菜は元の世界のと近しい味わいのものがあった。葉ものあり、根菜あり、香味野菜あり。お魚やお肉も似てた。お魚の方が口にあうかな。ここらじゃ川魚ばかりだけど。慣れないお肉はにおいがきつい。


さらに調味料も充実。まず香辛料が色々あった。それになんと!しょう油そっくりなものまであったのだ。魚醤じゃなく、ちゃんと穀類で作ったもの。きっとお味噌的なものもどこかにはあるんじゃないかなぁ。


食べ物に共通点があるのは大いに助かった。根本的に違ってたら、生きてくのがつらそうだ。

一生パン食って言われただけでもわたしなら軽く絶望できる。


そうそうご飯! 最初に食べた薄いお粥、もそもそしてる殻の部分をよく取り除けば、ほぼご飯だった。水加減をかえて炊いたら、さらにご飯っぽかった。

ただしこれ、穀物たっぷり使った贅沢な食べ方になるため、常食は控えてる。


個人的な工夫はそんなもので、あとはわりと満足。一般的な料理の幅も意外と広いのだ。わたしの感覚だと和洋折衷な無国籍料理ってカンジで。


ここで現代日本風ラーメンとか作ったらウケるんじゃないだろうか……。



この世界、一見すると中世ヨーロッパ風だけど、それよりはずっと豊かだって気がする。食べ物の種類は豊富だし、お風呂はあるし、上下水道完備だし。街中は清潔だし。


そんなに歴史的風俗にくわしくないから実際わからんけどねー。


たしか古代ローマじゃ公衆浴場もあったよね。ローマ水道橋の遺跡は有名だし。すべてローマに通じちゃう整備された街道ってのも凄いよねぇ。


そう考えると何も中世ヨーロッパと比べなくてもいいのかな。


ただ見た目がそれっぽいんだよねぇ。建物とか服装とか。ローマの遺跡みたいな天井たっかいのは見かけないし、服装もトーガじゃないし。

一般女性はいわゆるドレス。簡素だけど。一般男性はウィリアム・テルとか三銃士ってカンジかな。あぁ、映画の銃士の服は普段着にはちょっと華やか過ぎるよね。騎士とか役職者が着てるイメージ。


わたしは魔術師なんで身体のラインが出ないローブです。ふはは。毎日コスプレ気分。杖は必要ないので持っていません。



結局それだ。リアルに魔術師がいる世界なんだ。


見た目だけで過去の世界と同じようなもんとは思わない方がいいんだろうな、ってのは清潔な街を見てすぐ覚ったけどさ。魔術とか魔法とか言う以前に、魔力がいろいろなものに宿ってて、ふつうのひとも利用できたりするんだよね。


魔法の道具で通信とかできちゃうし。魔物とか出て危険なわりに、交易とかもけっこう盛んなんだよね。情報の伝播が早いからかなぁ。


おかげでギルドのお仕事も増える。街道整備の手伝いとか、商人さんの護衛とか。


わたしはそういうのしてないけどね。

メルトもいることだし、あんまり長期に家を空けたくないもんで。



「主、味見して」



そう言って、匙ですくったスープが差し出された。さすが乙女わんこアルト。わたしなら調理用のデカイ木匙から直接で済ませちゃうわ。


ちなみに彼のエプロンはさすがにふりふりではない。いくら中身が乙女っても。わたし用のエプロンもふりふりじゃないよ。中身はあまり乙女じゃないからね。ははは……。


まぁ、カフェエプロンってカンジかな。市場で買った端布を材料にわたしが作りました。へっへー。家庭科で習ったの、大体おぼえてたからさ。お母さんの手伝いでバザー用に作ったりもしてたし。


直線縫いばっかで簡単なんだ。単純な造りだから型紙なんか要らないし、サイズ調整もお安い御用。ぜんぶ手縫いなのと、ハギレを縫いあわせなきゃいけないのとで、ちょっと手間がかかるくらい。


アルトはすごく喜んでくれた。あんまり感心するから、ほんとに簡単なんだよって、なにげにお裁縫を教えたら、それ以来繕いものとかボタン付けとかまでやってくれるように。


ただでさえ家事万能なワンコがさらに進化してしまった。すごい。



「おいひー」


「熱い?」


「ううん。だいじょぶ。これ、おいしい。アルトってほんと料理上手だよね」


「そ、そんなこと……。あ、これで主のスープつくるね」


「わーい!」



獣族さん方はあのお口だから、スープって食べ難いんだよね。いわゆる犬食いはこちらでもマナー違反だし。実際ワンコヘッドしててもさ。


この根菜スープは煮込み料理の一過程。これからコトコト煮詰めてく。それをアルトはわざわざ別によけといてスープとして出してくれるんだよね。


なんかねぇ。レンハルトからわたしのスープ好きを聞き出したらしくてねぇ。もうねぇ……。


君ら、ひとのこと甘いあまいって言うけど、そっちの方がよっぽど甘くないかい?



「晩ごはんはもうすぐできるよ。こっちのは明日の分だから。あの、主、テオドールさんも食べるよね?」


「うん。あ、でも……。様子見てくるわ。あとついでにテレスに声かけてくる」


「うん。よろしく、主」



階段へと向かいがてら、ソファでくつろいでたレンハルトの傍を通る。くつろいでるって言っても、武器のお手入れとかしちゃってんですけども。


近くでメルトが黒板に落書きしてるのがシュールだ。


これを見て、ちっちゃい子がいるのにあぶないわー、とか思わなくなってるわたしはだいぶ感化されてる。



「レン。ごはん、もうすぐだって。ふたり呼んでくるね」


「そうか。……主、ほどほどにな」


「え?」


「いや……、主は獣族を甘やかすからな」


「う。ん?」


「慰めるにしても、度を過ぎないよう気をつけてほしい。いきなり大量の魔力を与えたりするな。今はそういうことをすべき時期ではない。性急に癒されても歪みが残る」


「……はい」



真面目だ。レンハルト、すっげーまじめだ。


……わたしそんなにダメ主なの?


凹む。


しんなりしてたら、レンハルトに「主」と呼ばれ、手招きされた。金色の眼を見つめながら、とぼとぼと近よる。両手をとられ、ぎゅっとにぎられた。大きな手で包み込まれて。


表面かたくて薄しめった肉球きもちいい。人族ニンゲンの掌とは違うんだよね。健康そうないい感触だ。



「主。貴女はかんたんに深入りしすぎる」


「っ、ごめ――」


「オレたちに庇護の責を感じてるな?」


「それは……。そういうもの、でしょ……?」


「ああ。オレもそれはよい心がけだと思う。しかし何でもかんでも自分で解決しようとしなくていい。時間が必要なことも多い。ひとの手を借りるべき場合も。だから、あまり焦らず、オレたちのことも頼ってくれ」



れ、レンハルトさん……。感動した。じーんときたぜぃ。



「……いいな、主」



――ほぎゃっ!?



「ぅん?」



って素知らぬ顔で念を押してくるけどレンさんめぇえええ……。


め、目が笑っとるわぁあああああ!!

わざと声を低めて耳元で囁いたでしょ!?


っっっくーーーーー!!


そうだよ顔真っ赤だよからかいやがってこんちくしょーーー!!!



「主はわかりやすいな」



満足そうに喉の奥で笑いながら目を細めるんじゃなーいっ! くっそう!

金色の眼がエロかっこいいじゃねーか負けたぁあああああ!!


脱兎。


わたしただの人族ですけど。長いお耳とかないですけど。

脱兎のごとく逃げました。






いやもう……。


ダッシュで駆け上がったから、息が。


えっちらおっちら森やら谷やら出掛けて仕事してるから、前より体力ついてると思うんだけどねぇ。行き帰り、走ってみたりもしてるし。


レンハルトに真顔で「ふざけてる……わけじゃなよな……」って呟かれたのはアレな思い出。


ど、どうせ知ってるでしょうよ!? 人族の身体能力が低いことくらいは!? え、それにしてもひどいってこと!?


……などと動揺するほど認識が低かったのも反省しております。



ええ。今ではよっくわかっております。わたしの身体能力がこっちの人族と比べてもまだ酷いもんだってことは。学生時代はこれで普通だったんですけどねっ。


ち、チートは!? 武器の使い手チートがあるのに駆けっこはダメなの!?


あせりましたけど、ダメなもんはダメでした。

チートの付与条件は今もって謎です。


魔物に追われて猛然と命懸けでダッシュ!!みたいなシチュエーションに陥らないと走力チートは発動しないのか……?


そんな怖いことは御免なのです。



「あ、テレス。丁度いいとこに。ごはんだよー」



3階に着くと、赤ヤマネコなテレスさんがお部屋から出てらっしゃるところで。


いつもながら気だるい仕草で色気たれながしですね。


なんでそう、指でおヒゲをすっと流しただけで、ぞくっとするような雰囲気をかもし出せるんでしょうか。場数ですか。場数……ってああ。あかんことを考えちゃったな。



「丁度いいも何も、主がばたばた騒ぐから」


「あごめん」


「悪いと思うなら、すりすりさせてよ」


「えぇえー」



思わず低い声を出してしまった。


すりすり。最近のテレスお気に入りの遊びだ。ネコのにおいつけ行動みたいにほっぺを押しつけてくる。これがまたけっこう力まかせでさー。すりすりってより、ぐりぐりくる。


絶対いやがらせ込みだよね。こっちが腰ひけてるの見越して。くぬぅ。


顔をしかめてあとじさったら、テレスはふっとモードを変化させた。



「ほかのみんなには自分から抱きついたりするのに……ボクはダメなの?」



鶯色の大きな瞳をうるうるっとさせて耳をへたらせる。尻尾も巻いて。おヒゲもしおしお。――あ、ああっ。ず、ずるいっ。そんなしょぼくれた様子を見せられたらみせられたらみせられたら……!



「主……いい……?」



アタマぐるぐるしてる間にすっぽり腕に抱き込まれてた。


そして、ぐいーっと。ほっぺとほっぺをよせて。ごーしごし、ぐーいぐーい、と。

思いっきり、擦りあわせられた。テレスさんの心ゆくまで。


……ふうぅぅーん。


仕上げに達成感に満ちた鼻息を吹きかけられる。

美しい鶯色の眼は満ち足りてキラキラ。



「よかったよ、主! 近いうちにまたさせてね!」



……な、なにかだいじなものをうばわれたきがする。






壁に手を突いて10数える。1、2、3、……10! よし。


あれは忘れよう。


気を取り直したところで、テオドールさんの部屋の扉をノックする。


……返事がない。



「すいませーん。ごはんですよー」



聞き耳たてて待ってみるが、気配がない。えっ。


ぞわっとした。


まさか――慌てて扉を開けてなかに入る。まさかまさかまさか……こわいのもかなしいのもやだからね!?



暗い。


あ、そっか。明かり点けてないんだ。戸口から、のぼってくる時に点けた階段の明かりが射し込んで、多少は見えるけども。


ええと……ベッドに人影。もそりと起き上がる。ひどく億劫そうに。



「ごめんなさい。起こしちゃった?」



わたしの問いかけに、先に黙って頷いてから、室内が暗いのに気づいたようで、テオドールさんはあらためて声に乗せた。



「ああ……」


「具合よくないですか? 晩ごはんの時間なので、声かけにきたんですけど」


「ん……」



寝起きで頭が働かないのかも。声がしゃがれてるようだったので、水差しの水をあげることにした。


明かりはつけなかった。何となく、まぶしいかなと思って。ドアを開けとけば薄明かりは入るし。


どうぞ、と深皿のお水を渡す。獣族さんはお皿じゃないとね。テオドールさんはかるく頭をさげる仕草をして受け取った。


両手で皿をもって、やや傾けて、鼻先を突っ込む。しゃぶしゃぶと水を飲む音。これ聞くとほのぼのしちゃうんだよねぇ。ゴツゴツした巨体の持ち主でも、みよしさんと同じような音たてて飲むんだねぇ。


間もなく空になったお皿を受け取る。やっぱのど渇いてたんだ。



「お夕飯はどうしますか?」


「……あまり」



気が進まない、と。そうか。それはそうだろうな。



「わかりました。あとで何かちょっと持ってきます」


「いや……」


「とりあえず置いとくだけでも」


「そうか」


「はい。眠れそうですか? って、起こしちゃっといて聞くのもなんですね」



沈黙。ううむ。寡黙な御仁よのう。



「また来ますね」



そういえば貰い物で、寝つきのよくなる薬草茶と安眠の香があったな。あれも持ってこよう。かるくつまめるものといっしょに。あとで。



「……あんたは……」



お? なんか言う気になりましたか。


部屋を出て行きかけてたのをやめて、ゆっくりとテオドールさんの近くに戻った。低い声でぼそぼそっと話すひとだから、近くじゃないと聞きにくいかと思って。


わたしは立ってて、テオドールさんベッドに座ってる。この状態で視線の高さがあんま変わらないってすごいな。



「俺の主になるんだな」


「はい。そのつもりです」


「つもりか」


「ラトアナさんにはそのように頼まれました」


「……そうだったな」



ん? ラトアナさん立会いのもとできっちり意思確認したよね?


わたしに引き取られるんで構わないか、って。レンハルトたち全員連れてって紹介した上でさ。


わたしが聞く→ラトアナさんも聞く→テオドールさん頷く、みたいな流れではあったけど。もしかして内心では不本意だったとか? ラトアナさんの手前うなずいただけで?


んんー……。まあ、なくはないか。


本来の「主従の誓約」って主となる相手の実力を認めたら云々だったはず。レンハルトがわたしでいいやって思ったのも、あれだよね、最初に一撃で沈めたからだよね。いやはははー。


テオドールさんにはわたしの強さ(チートに過ぎませんが)はわかんないもんね。幼い頃に引き取られたラトアナさんはともかく、成人後の現在いま改めて誓約するのなら、実力を見極めてからにしたいのかもねぇ。


テレスやアルトはそういうの関係ないみたいだったけどさ。


このひとは……なんか? 無骨っぽい? みたいな?


いまも何だかこう、ひしひしと威圧感をおぼえる。向き合ってると自然と背筋が伸びるような。レンハルトもちょっとそういうとこあるよなぁ。似たとこあるのかもね。



「余裕はあるか」


「なんの? えと……、生活のってことですか?」


「……力の」


「決闘でもしたいんですか」


尋ねたら、テオドールさんの頭がわずかに揺れた。


「一応 今すぐこの場であなたを黙らせる――気絶させることくらいはできますけど……」



黙ってるひとを黙らせてもね、っていうwww


うっは。なんという。おどしもんく。ヤメテ。はげしくのたうちローリングしたい。

が、待てシリアスな場面だ!


ううー。ひ、必要ならやるぞ。やってやるぞ。ラトアナさんの頼みだ、野放しにはせん。首根っこ押さえつける必要があるならやってやらあ!


みよしさんとだって仔犬のころはけっこうパワフルにケンカしたかんね! 勝ったかんね! おとなげなく全力で!


と、必死で自分を鼓舞してみても。


やっぱできればやりたくはないね。怖いもんね。やっぱね。


目の前の巨漢に勝てるのか、じゃなくて。そこは案外とできる自信がある。チートだし。日々お仕事で使ってきたから、やられる前に電撃を喰らわせることはできると思う。


それよりこう、意識的にヒトをうち倒して、っていうのが。ハードル高い。咄嗟にとか、カッとなってなら、もう何度かやってるんだけど。


やっちゃってるだけに怖いってのもある。ひとがブッ倒れるとこ何度も見てるから。戦うってなったら、あれを自分の意志でやろうと思って成し遂げるわけだよね。


従わせるつもりで倒すって。とても怖いことだと思う。



「必要ない」



テオドールさんは笑ったようだった。かすかに声がゆれてた。



「それが主の最後の願いだった」



涙腺が。


ほっとしたのと、かなしみが舞い戻ったのとで。


涙腺が決壊した。


いきなりだばだば涙があふれ出てきて、みっともなくも隠しようがなかった。



「――うっ……うぅっ……っ……」


「……すまん」



バカでっかい手で頭を撫でられた。



「怖がらせたな」


「……う……ふっ……」


「不服はない」



わかってます、の意味で、こくこくと頷いた。わたしが勝手に怖がって、警戒して、身構えてしまっただけのことだ。


その恥かしさも手伝って、なんかもう涙がとまらなかった。


こっちで親しくなったひとが亡くなったのなんて初めてだし。

だいじなものを託されて亡くなられるなんて経験したことなかったし。


肩に力が入りすぎたせい――言い訳をするならそういうことかもしれない。にしたって失礼な話だ。わたしも彼の外見に圧倒されて偏った見方をしてたってことだ。差別的な見方を。


ラトアナさんとの約束は守りたい。

でも、わたしに彼の主になる資格なんてあるのかなぁ……。



「泣かないでくれ」



ああ、そうだ、テオドールさんが一番つらい――んっ?



ひょいっと抱き上げられた。


え。


小さな子でも抱っこするみたいに膝に乗っけられた。


え、え。


あやすみたいに揺すぶられて、親指の腹でほっぺを撫でられた。


ぇえええぇえー!?



「……いい子だ」



わたしの頭にあごを乗せるようにして覆いかぶさってきて抱擁。ひくっと喉が鳴った。もう少しでヘンな声をあげるとこだった。


一連の動作がやけになめらかで手慣れてたのにも驚くが。


い、いい子って……!!


っていうかわたしはなにかたまってるのだされるがままとかまずいだろうこれはもうぜんとていこうすべきところではないのか!?



「え、と……」



子どもみたいに抱っこされただけで進展はありません。あったらこまる。えっちな下心とか一切ないのはわかりましたが……なんで抱っこ?


薄暗がりでかげが濃い。腕の中から見上げる黒に近い褐色の毛並みのクマさんはかなりの迫力。


これ前ふりなしで見たら、ちっこチビりそうだよね。なんかむかし暗闇でレンハルトの金眼が光るのを見てビビッたのを思い出すわー。


ってそれどころじゃ。ああもう。なんなの。



「な、泣くのはやめるんで、おろしてもらえませんか?」



なんで丁寧語。ここで丁寧語。わたし小市民。


ここは「こらっ」て怒るべきところではないのかと! 思ってもできない!


頼んだらすぐ膝からおろしてくれたけど、テオドールさん、当たり前のようにわたしの頭を撫でてからだったし。


ど……どういうことなの。子ども扱いなの。だとしたらこのヒトこの寡黙っぷりで子どもの扱いに慣れてるってことなの。そこはどうでもいいんじゃないの。あでもメルトの相手してくれるかもって期待できるわけだからどうでもよくはないな。


ああああ……こんらんしてる混乱してる。我ながら動揺っぷりがひどい。



「あ、あとで、来ます。また」



結局すでに言ったようなことしか言えなかった。一応断るだけ断ったしと、ぎくしゃくとした動きで部屋を出ようとしたら。



「……あぁ、待ってる」



影に沈んだクマ男さんことテオドールさんから低い声で返された。


ぬうっ!?


いまさら気づいたんですけどこのひと声めっちゃ渋いな!!



30秒くらい固まってから、今度こそほんとに部屋を出た。



くっ。不覚。

思わず一瞬足が止まったぜ。なんだあの声は……。



だ、けども、わたしの好みはテノールでっす! ですったらです!



そう言いつつレンハルトの低音ボイスにやられ気味だろうとかのツッコミは不可だ!!と自ら突っ込んでしまう自分が悲しいっ!!


ちーちゃん居たら突っ込んでくれんのに!


もしくは和兄でもいい!(まぁ、アホって言われるだけだろう)




ああ……おうちに帰るのは……もう九分九厘あきらめた。一厘でも残ってたら諦めたとは言わないのかも知れないが。


一応、家主さんの本とかリーフェ先輩に借りた本とか、あれこれ読んで勉強してみたりはしてる。でもまだ全然知識が足りない。今のところ手掛かり皆無。それは勉強不足のせいだから、まだよしとして。


こっちに来てもう1年以上経ってる。


最初は記憶頼りだったけど、途中からメモ用に紙を買って正の字つけてたから、ほぼ間違いないと思う。丁度1年経ったところで、これ続けても空しいだけだなって踏ん切りつけてやめちゃった。


最後のとこにその日の日付(こちらの暦での)を書いて保存してある。さすがにあれを捨てるほどは思い切れなくて。


いまは1年と……4ヶ月くらいかな? もうちょっと?


ひそかにけっこうめそめそしたりもした。


オタ話も、恋バナも、思い出話も、なぁんもできないってさみしいわぁ。



テオドールさんも、そういう身の上になっちゃったんだよね。


っていうか、うちのひとたち、みんなそう?


……まいったなぁ。



みんなしあわせにしてあげたい。



いい主になるってどうしたらいいのかねぇ?




――よし。


とりあえずはごはんだな! お腹が減ってると悲しくなるしね!


アルトのおいしいごはん食べて幸せになろーっと♪



いたって即物的な発想でスミマセン!



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