21.わかっちゃいるけど
居間に戻るとテレスが声を掛けてきた。いつも気怠げなのにめずらしく真っ先に。
「遅かったね、主。彼、どうだった?」
「うん。あんまりお腹空いてないって。疲れてるんだと思う。後でまた様子見に行くよ」
ふぅん? って鼻鳴らして、大きな眼で流し目された。そんな表情や仕草が逐一婀娜っぽいテレスさん。なんなの。この世の色気を総取りか。悪名はびこる哀れな主にも少しはおすそ分けしてください。
「まぁ、夕飯を食いっぱぐれるのは彼だしね」
「食いっぱぐれませんって。とっといてあげようよ」
「主って……。ほんっとに甘いよねえ」
「いいじゃないのー。テレスさんにも甘くするよー?」
「へえ、そう? だったらボク買ってほしいものがあるんだ。こないだ散歩してる時に、ちょっと気になる服を見つけちゃって。買ってくれる、主サマ?」
散歩してて見つけた? ショーウィンドウに飾ってあるようなヤツ?
……はぁ。高いんだろうなぁ。
「はいはい。買います、買って差し上げます。いくらなの? レンさん、いま現金あったっけ?」
「ねえ。なにそれ。お金渡してハイおしまい? ひとりで勝手に買ってこいって?」
「え?」
「次の休みに一緒に買いに行こうね♪ じゃないの、フツーは!」
口ぶりは怒ってみせてるけど。目が笑ってます、テレスさん。なんなの。みんなわたしで遊びすぎじゃないの。純情な乙女をからかうとかひどい。これでもまだ清い身なんです。
「ぁあ……? なにそれ遠まわしなデートのお誘い?」
「ボクの誘いをすげなく断るなんて主ぐらいのもんだよ。レンハルトやアルトから上げ膳据え膳で口が肥えたのかな。いくら何でも贅沢すぎるんじゃない?」
「あー……の、ねーっ!」
「怒った? お仕置きしてくれるんなら、ふたりっきりがいいなあ」
語尾に(はぁと)ってつけんな! わたしよりずっと背の高いモデル体型のくせして! それもスーツをビシッと着こなせる太い首と厚い胸板もちのガイジン体型のモデルさんだよ! っていうかガイジンばっかだった!!
「お仕置きなんてしませんっ!」
「主は甘いよねえ」
お腹かかえて笑ってやがる。くっ。はよメシでも食ってもぐもぐしろ。
「主。今ある金は家賃の支払い分だ。多少の余裕はあるが」
こちらの話が一段落ついたと見て、レンハルトが律儀に答えた。
あ、そうです。相変わらず我が家の大蔵大臣はレンハルトさんです。わたしはほら、獣僕に甘い魔術師ですから。すぐデレデレしてお金つかっちゃうんで。
一度、これじゃイカンってんで、わたしに財布を返そうとされたんだけどね。さっそくレンハルト用の防具を買おうとしたところで呆れられて、財布ふんだくられて、それっきり。
ええー……?
未だに詳しい説明はしてもらえてません。なにがあかんかったんや……。
「ほんじゃあ、明後日、表通りに出掛けよっか。お休みだから。テレスの服を買いに行こう」
銀行があるんですよねー。冒険者ギルドとも提携してて、あっちの窓口でも小額は下ろせます。ええと、感覚的に、5万円程度? それ以上は銀行の窓口じゃないと下ろせません。
ここの防犯にも魔術師がかかわってたりします。金庫にすんごい防御結界が張ってあるという話です。
チー力全開で突っ込んだら破れるかもね!
も、もちろんやらないよ!? 頭ワルかもしれないけど反社会的行為に魅力を感じるほどイタくはないからね!?
「ありがとう、主。女に二言はないよね?」
「へっ……?」
「やったあー! 太っ腹だね、主! 大好きだよ!」
「……え、あ、あぁ、ありがとうゴザイ マ ス ?」
な、なに買わされるんだろう……?(ドキドキ)
んでもって買い物デート(はぁと)当日。
デートって言っても、全員連れ立っていく予定だから、ただのショッピングか。よかった。テレスさんとデートって、なんかねぇ。ぶっちゃけ、おそろしいですよねぇ。
それはともかく、テオドールさんも誘ったら意外にもOKしてくれて。
「レンさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 何だ」
2階のお部屋にいたレンハルトはまだ身支度前。わたしもだ。出掛ける前に確認しておきたいことがあったもんで。
「テオドールさんの主従の誓約なんだけどね……」
「……ああ」
「あれ、まだ先にしといても大丈夫だと思う?」
「うん?」
「あ、っと……、ほら。そういう気分じゃないと思うんだよね。だから今日お出掛けだけど、どうしようかなって。べつにバレないよね?」
「そうだな。ほかの魔術師に出喰わさなければ。……主」
はあ、と溜め息を吐かれた。ああまたおこられる……。
「確かに獣族トマは恐ろしく強靭だが、いまや物珍しさだけで獣僕をえらぶ輩に狙われてもおかしくない身だ。主がしっかりしていないと奪われる」
「ぅえ!?」
ま、街にお買い物とか行くレベルで危ないんすか? 人目バンバンありますよね?
「あのなあ、主……」
「はい」
「あるべき記憶が無いというのは不便なものだな」
「う、うん」
「ふつうの人族同士でさえ悪漢を取り押さえるのは一苦労だろう」
「ん? ……あぁ、うん。そうだね」
「魔術師が本気で魔術をぶつけてきたとして。獣族以外のふつうのニンゲンに取り押さえられると思うか? ギルドに居るような連中ならともかく」
「そ、そか……」
「主自身のことを考えてみろ。街中でお前が暴れ出したら、周りはとにかく逃げるしかないだろう。押さえられるヤツなんかまずいないぞ?」
「そんな――こと、ある、よね。はい」
「主は獣族ロウのオレを一撃でブチのめせるんだ。複数人の獣族が一斉に飛び掛って、やっと何とかなるってぐらいのもんだろう。違うか?」
うひゃー……。ひとの口から聞かされると、わたしのチートっぷりパネェっすな。
ああ! だから最初の頃、ひとから目を逸らされたり、びびられたりしてたわけだ。獣僕を奴隷買いしたにしてはアレな格好だったし。実力で獣族ロウをふん捕まえてきたヤツ(かも)ってなったら、そりゃ普通のひとは引くよなぁ。
ん?
近頃あんまりそーでもないな。
それって?
日々獣僕にデレデレしてるのを見られてるからのわけないよね!! ないない!!
きっとご近所づきあいの成果なのよっ!
あでも、それならわたしの獣僕にうかつに手を出してくることは――ああ……一般の方々はそうでも魔術師同士ならヤル気出されちゃう? 悪の魔術師と対戦とかそういう可能性?
プルプルプル。冗談じゃありません。平穏な生活が望みの小市民です。
「この街はマシな方だが、絶対に安全とは言い切れん。表通り辺りではないにしても、行き帰りの道ではどうだか。不意打ちや、罠をかけられる危険性はあるんじゃないか。食い詰めた者が一攫千金を狙うこともある」
「うん……」
そうはないことだとしても、もしかしたら「あり得る」ことなわけだ。
テオドールさんがうちに来るときに既にどっかで見られてたとしたら。そんで目をつけられてたとしたら。しめしめチャンス!ってなっちゃうかもで。
気をもむ方向が明後日だったってことね……。
こんなんでわたしほんとにいい主になれんのかなー。はあー。
「――主」
ぎゅむっ。と された。
「そう落ち込むな」
「レン」
「オレに頼れと言ったはずだ」
お月様より綺麗な金色の眼でまっすぐ見据えられました。
はわぁ…………。
――っと! いかんいかん! いま心の底から見惚れてたぜ!
イケメンは種族を超えてイケメン。
ってか、レンハルトさんってば目力ありすぎです。そんな美しい瞳でじーっと見られたら、魂ごともってかれるっての。
大体あのセリフなんなの? じわっときたわ。惚れさせるつもりがないとか言われても信じないよ? 心臓がドクドクいってますからね?
な、なんか、血圧あがりすぎじゃないのかな、これ。
「い、いつも相談にのってくれて、ありがとう」
「どういたしまして、主」
「出掛ける前に主従の誓約をしてもらえるよう、テオドールさんに頼んでみるよ」
そう宣言したのに対して、レンハルトからの応えがない。
ん?
気になって顔をあげて見上げてみたら。
「……どうしたの?」
「わかってはいるが、主の口からそれを聞くのは癪だ」
レンハルトは拗ねた目つきをして鼻先にしわをよせる。しかも唸る。ふっと声をもらしてしまったら、ますます難しい顔をされた。見てたらもっと笑いそうだったので、今度はこっちからぎゅむっと抱きついた。
「じゃあ、レンさん。もう一度 誓約してくれる?」
「……そうだな」
沈んでいた声音が浮上した。いいアイディアだと誉めるみたいに、ぎゅぎゅっと力強く抱き締め返された。
「レンハルト・ロウの名において主命を拝する」
歌うように晴れやかに告げる。
「この命尽きるまで主の剣となり、盾となり、つき従う影となることを誓う」
いい声だ。抱き締められてるせいか、背筋をぞくぞくっと駆けあがるものがあった。くっついてると声が身体に響くんだよね。
「――主よ、我が忠誠に報いを」
えっへへへへ。もふもふな胸元にすりすりしてやったぜ。
せくあ・らで訴えられたら、平謝りしよう。DOGEZA☆くらいならしてもいい。このもふもふのためならば。ああ、ほのかなアマツの油の香りと、レンさんの高めの体温が気もちイイっすなあ。
どうせならついでに尻尾も触らせてくんないかなー?
背中にまわした手をちょいちょい下におろしたら届くんだよね。お尻なでまわすチカンみたいになっちゃいそうで同意なしではやりにくいけど。
「尻尾はだめだ、主」
何故にバレたし。
「ふぁい」
「あと」
「む?」
「テオドールさんはおかしい。テオドールと呼び捨てにしろ」
あ、そでした。おっとと。そういえばレンさんもナチュラルに「さん」付けしてたわ。最近はだいぶ直ってたのになー。いかんいかん。気がゆるむとこれだ。
……そういうの、街中でもポロリしてるから、甘いあまいって言われんのか。
いいじゃないかよーう。少しくらいー。いっしょに暮らしてたら、そんな風に呼びたくなることもあるだろー? 出来のいいヒト相手だったら、先生とか師匠とか教授とか呼びたくなったりさあ。ないー? あるよねー?
そういえば、よその獣僕さんたちって外で働いてたりするし。愛称で呼ばれたりくらいはありそうだよね。
ほかの魔術師と交流が少ないせいで、よその獣僕ともあんまりかかわったことがない。実態がわからない。見かけるだけなら、よく見かけるんだけど。
冒険者ギルドで働いてるひとは主の魔術師さんと一緒だからおいといて。
街に働きに出されてるようなひとたちは力仕事が基本っぽい。倉庫や市場、工事現場で荷物運びとかさ。裏方がメイン。
見目のよい女性の獣僕さんがお給仕してるの見かけたけど酒場だった。酔客あしらうのに忙しそうで話すタイミングもなかった。注文はゴツイ人族のオッチャンがとってくれてたし。
ああ、魔法道具屋さんは獣僕の店員を置いてたりもするな。あれは魔術師が関係しててナンボの特殊な店だし。
武器防具の店は……魔武器もあるけどねぇ。魔法のかかった武器とか。
でも獣族は素手でも強いから。そんなヤツらを武器屋の店員にしても、なんかこう、しっくり来ないよね。ファッションに興味のない販売員みたいなもんで。
レンハルトだって短めの剣しか持ってないんだよ。剣っていうか、鉈みたいなの。あとナイフ。大げさなものはいらんって言うんだもん。防具も胸当てだけ。あぁ、むれるのか? ん、それは人族もだ。
今日のお出掛けで、よその獣僕さんと知り合えたりは……。
ないかー。
とりあえず身内からよね。テオドールさ、ん、テオドールに頼んでこなきゃ。
……そのまえにあともうちょっと銀灰色のもふもふを堪能しようか。
どう考えても、せくあ・ら・もーどなのに、レンハルトは寛容だった。お腹なでても、胸にすりついても、もふ襟毛に指つっこんでも気にしない。ふさふさの尻尾(おさわり禁止)をゆっくりと振りながら、金色の目を細めていた。
有難いことに、獣族は基本スキンシップにためらいがない。
過度な触れあいに見えても、獣族にとってはそこまでとくべつな行為ってわけではなかったりする。ただの親愛表現。毛づくろいの延長なのかも。
たとえば気のいいワンコなら初対面でもなでなでさせてくれる、あんな感じだ。さらにひとなつっこいワンコだと腹まで見せてわっふわっふよろこんでくれるじゃない。ニャンコもそう。野良ちゃんでも「撫でてよし」って許可くれたりするしさ。
それに倣ったってわけじゃないけど、こっちもペットをかまうノリだったからなぁ。オオカミヘッドだし。もっふもふだし。
おかげで距離感がおかしいと自分でも思う。
レンハルトなんか、メルトも一緒とはいえ、わたしにひっついて寝てるくらいだもんね。今はそこにアルトも加わってしまって。
自由だ。かなり。
ずっとこれでいいのかな。どうかな。メルトの教育上どうなんだとか気になる。
それこそメルトがひとり寝したいと言い出すまでは大丈夫?
アルトはなんか、もう一緒には寝ないって言ったら妙な暴走をしそうだなぁ、とか。
意外とレンハルトの反応が予想つかないなぁ、とか。
気になることは多い。
……テオドールさんまでまさか一緒に寝るって言い出さないよね?
あの巨体と同衾って今の状態じゃ絶対ムリなんだけど、それだけで断るのはかわいそうだし。主として獣僕各人に平等に接するためには交代制にでもすべきか。
とアホな悩みを抱えつつ、まずはテオドールさん、ああ、テオドールに誓約を頼みに行った。




