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フリーダム・フロント 〜追放された裏方ビルダー、天才少女の機体を完成させて環境を破壊する〜  作者: ボナンザ・ソバイユ
最悪のバディ

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第六話 次元の違い


ゼロ。

 無機質なシステム音声がスタジアムに響き渡った、その瞬間。

 視界の中央に捉えていたはずの白い機体が、完全に消失した。


(――え?)


思考より先。しろっぷの研ぎ澄まされた“センス”が、警鐘すら飛び越えて身体を強制的に動かした。

 理屈ではない。これまでの戦闘経験でもない。純粋な闘争の才能が、右側面からの不可視の死を感知したのだ。

 ビクッと身体が強張り、しろっぷは無意識のうちに左の巨大な翼を、自らの首元を庇うように強引に引き寄せていた。


直後。

 鼓膜を破るような金属の悲鳴と、視界を白く染め上げる激しい火花。


「……うそ、でしょ」


ダイブポッドの中で、しろっぷが息を呑む。

 クリサリスの分厚い左翼が、凄まじい斬撃によって半ばから完全に叩き切られ、機能不全を示す真っ赤なアラートを吐き出していた。

 見えてなどいなかった。もし、あの理不尽なまでの戦闘センスが働いていなければ、開始一秒で首のコアを刎ねられ、即座にゲームオーバーになっていた。


『へえ』


頭上。

 空中に舞い上がった《シュトゥルム・ファルコン》から、無邪気な声が降ってくる。


『今の初手、防ぐんだ。まぐれかと思ったけど、機体の動きが君の直感に引っ張られてたね。そのセンス……間違いなくトップ層だよ』


それは嫌味でも煽りでもない。純粋な称賛。

 本気で放った一撃を防がれたことに対する、子供のような無邪気な喜びだった。

 だが。


「……舐めないでよね!」


しろっぷの瞳に、かつてないほど獰猛な光が宿る。

 防げた。偶然でも、センスでも、機体が反応して命を拾った。なら――当てられる。


「こっちからいくよ!」


残った右の翼と、メインスラスターを同時点火。

 クリサリスの異形が、切断された左翼から仮想のオイルを撒き散らしながら、一気に迅の懐へと突進する。

 正面からの特攻と見せかけ、しろっぷは機体を強引にスライドさせた。副腕による死角からの打撃。さらに、それを囮にした本命――全身のトルクを乗せた極太の尾による、逃げ場のない大回転の薙ぎ払い。

 これまでの中堅ランカーたちを、幾度となく粉砕してきた必殺の多角包囲網。

 完璧なタイミング。完璧な軌道。


だが。


『うん、そこ来るよね』


迅の声は、すぐ耳元で響いた。

 まるで最初から「そこを攻撃されること」を知っていたかのように、白い機体は最小限のステップで副腕の軌道をすり抜け、必殺の尾の一撃をフワリと跳躍して避ける。

 だが、しろっぷもそれを読んでいた。


「逃がさない!」


跳躍したということは、空中にいるということ。どれほど速くとも、空中に足場はない。軌道は読める。

 しろっぷは急ブレーキを踏みつつ、上空の迅へ向けて三本の副腕を一斉に射出した。


『いいね。でも――』


空中で体勢を崩しているはずの迅の機体が、ありえない挙動で背部の巨大スラスターを吹かした。

 ゴアァァッ! という轟音。

 空を蹴るような、慣性を完全に無視した軌道変更。右へ避けたかと思えば、瞬時に左へ切り返し、さらに加速してしろっぷの頭上を通り抜ける。


『少し、大振りだ』


すれ違いざまの凶刃。

 クリサリスの右の副腕が、根本から滑らかに切断され、宙を舞った。


『うわ、マジかよ』

『ワンチャンあると思ったんだけどな……』

『あの異常な動きでも届かねえのかよ。迅相手じゃ、次元が違いすぎる』


観戦ルームのチャット欄に、落胆と諦めのコメントが流れていく。

 環境を荒らし回った未知のバケモノですら、絶対王者には触れることすらできない。観客たちは、その絶望的なまでの格差を静かに見届けていた。


だが、その絶望的な光景の“本当の理由”を理解しているのは、世界でただ一人、凪だけだった。


(……落ちない)


凪は、戦慄と共にコンソールのログを見つめていた。

 ありえない。

 しろっぷは負けていない。彼女のセンスは、間違いなく迅の機動に食らいついている。

 だが、迅の強さは単なる「速度」や「反射神経」ではなかった。


(あの速度で、あんな無茶な変則機動を連続で叩き出しているのに……あいつの機体のエネルギー残量が、まったく減っていない……っ!)


HPと防御の基本コストを極限まで削り落とし、余らせたコストをすべて燃料に回している。

 被弾すれば即死の紙装甲。だが、「絶対に被弾しない」という圧倒的な操縦技術と設計の完成度があれば、それは無尽蔵の機動力へと化ける。

 だから、止まらない。

 だから、落ちない。


(僕の負けだ……っ)


凪は、自分自身の“甘さ”に絶望した。

 自分の組んだクリサリスの基礎フレームは、「壊れないこと」「安定して動くこと」を前提とした安全設計だ。

 しかし、目の前の頂点は違う。

 常識を捨て、生存を捨て、ただ「相手より速く動くため」だけに機体を最適化させている。

 設計の思想レベルで、土俵ごと支配されている。安全なフレームの中でいくら才能を爆発させても、あの狂気には届かない。


勝てるわけがない。

 だが――。


「なにこれ……っ」


ダイブポッドの中で、しろっぷの口角が吊り上がる。

 両腕を失い、装甲を削られ、絶望的な状況に追い込まれながらも、彼女はかつてないほどの笑顔を浮かべていた。

 圧倒的な死の気配。絶対的な格上。

 だが、恐怖はない。

 あるのは、脳髄を焼き焦がすような闘争の高揚感だけ。


「めちゃくちゃ、楽しいじゃん……っ!」


機体を限界まで酷使し、迅の機動の“先”を読み切る。

 次、あいつは右へ跳ぶ。いや、右へのフェイントを入れて、左下からの斬り上げ。

 そこに、全スラスターの推力を乗せた最後の一撃を合わせる。機体のバランスなど知ったことではない。すべての動力を一箇所に集約し、最速のカウンターを叩き込む。


「捕まえたっ!!」


しろっぷが、最高のタイミングで、六つの関節を同時稼働させる異常な多軸入力コマンドを弾き出した。

 勝てる。

 鋭敏なセンスが、明確な勝利の軌道を告げた。


――ギチッ。


だが、無情にも。

 機体の深部から、骨が軋むような嫌な音が鳴った。

 ダメージの蓄積ではない。安全設計の枠を遥かに超えたしろっぷの瞬間的な異常入力。右へねじれようとするトルクと、左へ踏み込もうとする推力がメインフレーム内で衝突し、クリサリスの骨格が物理的な限界を迎えて――悲鳴を上げて完全硬直したのだ。


「……え」


あと数センチ。

 刃が届く、その直前。

 迅の機体を完全に捉えるはずだったクリサリスの動きが、空中でピタリと止まる。

 思考が凍りつく。

 動け。動け。

 だが、システムは無情にもレッドアラートを吐き出し、完全な物理的硬直ロックを告げている。

 目の前で、白い機体が滑るように接近してくる。

 スローモーションのような時間。

 白刃が、無防備なコアへと吸い込まれていく。

 抵抗すらできない。

 ただ、己の機体が貫かれるのを、見ていることしかできない。


ズブッ、と。

 重く、致命的な感触。


遅れて。


『――惜しい』


すれ違いざま。

 静かに突き刺さった刃の向こうから、無邪気な声が鼓膜を揺らした。


『君の頭は追いついてた。最高のセンスだよ』


背中合わせになった白い機体。


『でも、器が優しすぎる。……君のチューナーに伝えてよ。常識を捨てないと、こっちここには来れないってさ』


直後。

 視界が真っ赤に染まり、システムアナウンスがスタジアムに響き渡る。


『――DEFEAT(敗北)』


それは、ただの負けではない。

 頂点という次元の違いを刻みつけられた、完膚なきまでの美しい敗北だった。

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