第四話 手触り
モニターに、同じシーンが何度も繰り返される。 拘束。 破壊。 爆散。 そして、敗北ログ。
プレイヤーネーム『周 李龍』は、無言のまま三度目の再生を止めた。
「……ありえない」
小さく、呟く。 完璧だったはずの間合い管理。最小限の動作で、最大効率の回避。理論上、あの状況で自身の機体が被弾する要素は存在しないはずだった。
だが、現実には負けた。
ログを開く。フレーム単位で分解する。
――ズレている。
ほんのわずか。だが確実に、“想定していない挙動”が混じっている。
「……理論外、か」
一度、目を閉じる。 マウスを握る掌に、じわりと冷たい汗が滲んでいた。
そして、目を開く。
「いや、違う」
静かに、否定した。
「まだ“僕の理論が及んでいないだけ”だ」
その瞳に、わずかな熱が灯る。
「なら――次は、理解する」
同時刻。 凪の仮想整備室。
白い空間に、《クリサリス・ヴァリアント》の骨格モデルが浮かぶ。神経ラインが幾重にも走り、わずかなノイズが赤く点滅している。
「ここ」
凪が指を動かす。 副腕の神経ラインが、ほんの少しだけ組み替えられる。
「まだ干渉が残っています。完全には切れていない」 「ふーん」
しろっぷは気のない返事をしながら、すでにダイブポッドに足をかけていた。
「それ、直したらどうなるの?」 「副腕の応答が〇・〇二秒早くなります」 「それだけ?」 「十分です」
即答。
しろっぷは一瞬だけ凪を見て――にやりと笑う。
「じゃあ試す」
そして、ふと。
「……ねえ」
ダイブ直前、振り返る。
「これ、あんたじゃないと無理じゃない?」
一瞬の沈黙。 凪はほんのわずかだけ目を伏せて――。
「……そうですね」
短く、肯定した。
「僕以外では、無理です」 「だよね」
満足そうに笑って、しろっぷは機体へと潜る。
同期。
白い空間。 クリサリスが、ゆっくりと歩き出す。
一歩。 二歩。
「……あ」
副腕が動く。 ほんのわずかに、早い。
「……なんか、邪魔じゃない」
そのまま、加速。
床を蹴り、翼で空間を掴み、尾で軌道を変える。
連動。 すべてが、少しだけ“繋がる”。
「ねえ」
通信を開く。
「もっと速くならない?」 「なります」 「じゃあやって」 「制御が崩れます」
即答だった。
「……今は、やめてください」
はっきりとした拒否。
しろっぷが、少しだけ目を細める。
「できるけど?」 「それでもです」
凪の声は静かだったが、揺らがない。
「今の状態でも、あなたは速すぎる。これ以上は――制御が追いつかない」
数秒の沈黙。
「……つまんない」
だが、すぐに笑う。
「ま、いいや」
「今のでどこまでいけるか、試す」
ランクマッチ。 市街地フィールド。
対戦相手は重装甲のヒューマン型。
開始――同時に。
消えた。
『は……!?』
次の瞬間、背後。
尾が振り抜かれる。
一撃。 撃破。
「……軽い」
二戦目。森林。
高機動の獣型。
『その構成、近距離に寄れば――』
「いらない」
踏み込み。
言い終わる前に、視界から消える。
突進をかわす。 尾で崩す。 副腕で拘束。 本体で破壊。
流れるように――撃破。
三戦目。遠距離特化の狙撃機体。
濃密な弾幕。
「……ちょっとウザい」
瓦礫を掴み、盾にして進む。
だが――その瞬間。
わずかに、ズレた。
「……っ」
踏み込みが、ほんの一瞬遅れる。 弾丸が、頬を掠める。
初めての被弾。
『捉えた――!』
追撃。
だが。
「……まだ」
しろっぷが笑う。
『――右の副腕、〇・〇二秒遅れます。左の翼で相殺を』
凪の声。
「了解っ」
踏み込み。 ズレを、力でねじ伏せるのではなく――繋ぐ。
一瞬の隙。 ゼロ距離。
撃破。
『なんだあれ!?』 『異形であの精度ってどうなってんだよ!』
チャットがざわつく。
観戦ルーム。
「……速すぎるだろ」 「いや、それだけじゃない」
一人のチューナーが、低く呟く。
「あれ……操作してないだろ、もう」
一瞬の沈黙。
「機体が勝手に“正解の動き”してるみたいだ……」
別の観客が、寒気をこらえるように言う。
「人間が動かしてる挙動じゃない」
「……ねえ」
戦闘後、しろっぷが呟く。
「今の、ちょっと引っかかった」 「はい」 「直せる?」 「……ええ」
一拍。
「ただし」 「なに」 「さっき止めた調整を入れれば、もっと速くなります」
しろっぷが笑う。
「ほら、できるじゃん」
「その代わり」
凪の声が、少しだけ低くなる。
「制御が崩れます」
「いいよ」
即答だった。
「崩れても、私が合わせるから」
凪は一瞬だけ黙る。
「……そうですか」
さらに数戦。 勝利。 勝利。 勝利。
上位ランカーの観戦ルーム。
「……へえ」
「面白いの、出てきたじゃん」
「でも」
「まだ、遅いな」
プレイヤーネーム――『迅・ソニック』。
仮想整備室。
「ねえ、次どこいじるの?」 「……全体を」 「いいね」
「全部、気持ちよくしよ」
「……了解です」
そのとき。
(……おかしい)
凪の視線が、ログに止まる。
(あの挙動は――)
触っていないはずの動き。
なのに、“繋がっている”。
(……制御しきれていない?)
視線を上げる。
そこには、満足そうに笑うしろっぷ。
――この才能は。
どこまで、制御できる。
機体名:クリサリス・ヴァリアント
HP:260
攻撃:240
防御:90
スピード:310
総コスト:900 / 1000
余剰コスト:100




