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フリーダム・フロント 〜追放された裏方ビルダー、天才少女の機体を完成させて環境を破壊する〜  作者: ボナンザ・ソバイユ
最悪のバディ

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11話 お試し

 ランクマッチの舞台に選ばれたフィールドは、高低差の激しい『渓谷』だった。

 対戦相手は、プレイヤーネーム『カイト』。堅実な立ち回りで知られる中堅ランカーだ。

『――ふっ!』

 上空。カイトの操るヒューマン型の機体が、何もない空を蹴る。

 一度、二度、三度。

 ヒューマン型のみに発現する固有の特殊能力。カイトが持つのは、空中で三度の軌道変更を可能にする《空駆そらがけ》だった。

 落下地点を予測して放たれた《クリサリス》の尾による刺突は、三度目の跳躍によってふわりと躱される。完全に死角を取ったカイトが、上空からアサルトライフルの弾幕を浴びせた。

「あはっ、すごーい! 空中で三回も曲がった!」

 だが、弾幕の雨を浴びながら、ダイブポッドの中のしろっぷは無邪気に笑っていた。

 今までの『継ぎ接ぎの異形』なら、この変則的なタイミングの攻撃に対応しきれず、被弾を免れなかっただろう。

 しかし、今のクリサリスには、思考から機動までの『ラグ』が極限まで削ぎ落とされていた。

 彼女が「避ける」と直感し、指を動かしたその一瞬。漆黒の機体はシステム限界の応答速度で弾の軌道をすり抜けるように、滑らかに岩肌を滑っていた。

『なっ……!?』

 カイトの視界から、異形が消失する。

 速いのではない。モーションの“溜め”が一切存在しないのだ。

(どこだ!?)

 空中で視線を巡らせるカイトの真横に、すでにクリサリスが張り付いていた。

 翼の先端の『手』が、カイトの機体を鷲掴みにしようと迫る。

『甘えよ!』

 カイトは二段目のジャンプで、後方へ大きく軌道を逸らした。

 回避成功。そのままライフルを構え――るよりも早く。

 

「遅ーい」

 クリサリスの極太の尾が、カイトの回避先に“すでに置かれていた”。

 見てから避けるのではない。しろっぷの直感が、二段目のジャンプの着地点を完全に読み切り、そこに攻撃を先置きしたのだ。

 直撃。カイトの機体が錐揉み回転しながら吹き飛ぶ。

『ぐっ……! なら、これでどうだ!』

 カイトは体勢を崩しながらも、空中で強引に三段目のジャンプを起動した。

 被弾の反動を利用した、予測不能の急降下攻撃。

 だが。

「あ、それさっき見た」

 クリサリスの動きが、一瞬で変質した。

 右半身の副腕を盾として展開しながら、本体は低く沈み込み、同時に背中の翼で強引に空力を制御する。

 システム上に登録されている挙動ではない。しろっぷの思考と指先が、機体を直接動かして作り上げた完全な一品物の挙動。

『なんだ……今の動き?』

 観戦ルームのプレイヤーたちが、一斉に息を呑んだ。

『回避コマンドの挙動じゃない。あんなモーション、見たことないぞ』

『それに……今の攻防、入力が早すぎるだろ。ラグが全く見えねえ』

 パターンが存在しない。決まった型がない。

 カイトの必死の機動を、しろっぷはただの「遊び」のように軽々とあしらっていく。あらゆるセオリーを無視して最適化される『不定形』の化け物による、一方的な蹂躙だった。

『――システム規定値到達。パッシブスキル《底力》、起動』

 その時、アナウンスと共にカイトの機体が赤黒く発光した。

 HP10%以下で発動する、ヒューマン型特有の極限バフ。

『舐めるなよ……! 俺だってランカーの端くれだ!』

 カイトの意地だった。強化されたスラスターが火を噴き、三段ジャンプの速度が常軌を逸した領域へと突入する。

 上空から、横から、死角から。残像すら置き去りにするような凶悪な連撃がクリサリスを襲う。

 ズバァンッ! ガギィンッ!

 激しい衝撃音と共に、クリサリスの装甲が何度か抉られ、仮想のオイルが宙を舞う。しろっぷのHPゲージが、一気に50%付近まで削り取られた。

「……あははっ! もっと、もっと壊していいよ!」

 ダメージを受けたポッドの中で、しろっぷはかつてないほど高揚した声を上げていた。

 焦りなど微塵もない。ただ、相手の速度が上がったことで、彼女の純粋で獰猛な破壊衝動にさらに火がついたのだ。

「でも――全部見えてる!!」

『これで、終わりだァァッ!!』

 カイトが、三段ジャンプの最後の一手――上空からの絶対的な死角を突いた、渾身のレーザーブレードを振り下ろす。

 ランカーとしての意地が詰まった一撃。

「うん、もらった」

 しろっぷは、迎撃のために右の副腕を天へ向けて突き出した。

 ただ防ぐのではない。ただ壊すのでもない。

 もっと残酷に、もっと圧倒的に、この獲物を喰らい尽くしたい。彼女の『殺意』が、限界値を超えて機体へと流れ込む。

 

 ――メキッ、ヂュルンッ。

 クリサリスの右副腕から、生々しく、ひどく湿った異音が鳴った。

 金属であるはずの装甲表面が、まるで熟しすぎた果実のように柔らかく歪む。その内側で、心臓のような拍動が装甲を押し上げ、赤黒い筋が脈打つように浮き出していく。

『――なっ!?』

 カイトは、空中で目を剥いた。

 下から迫るクリサリスの副腕。その表面の金属が内側から弾け飛び、剥き出しになった赤黒い人工筋肉が、意思を持つ肉塊のように蠢いた。

 限界を超える入力負荷を喰らい尽くした《臨界適応》が、一瞬だけ機体を『変異』させる。

 

 元のフレームを喰い破るようにして肥大化し、編み上げられたそれは――おどろおどろしく歪な、巨大な『異形の鉤爪』。

 それはもはやメカニックの意匠ではなく、深淵から這い出た魔物の腕そのものだった。

 ズドンッ!!

 圧倒的な暴力の質量を持った巨大な鉤爪が、カイトの機体を紙屑のように粉砕し、深々と串刺しにした。

『――Winner, しろっぷ』

 沈黙が降りたアリーナに、システムのアナウンスだけが響く。

 空中で光の粒子となって崩壊していくカイトの機体。

 その残骸を背に、クリサリスはゆっくりと腕を引き抜いた。そのグロテスクな鉤爪は、熱を失うように萎縮し、すでに元の正常な形へと戻っていた。

「あー、すっごい気持ちよかった……。壊れるときの音、やっぱり一番好きだな」

 ダイブポッドの中で、しろっぷが恍惚とした表情で呟く。HPを半分削られたことなど意に介さない、歪な悦びに満ちた笑みだった。

 だが、敗北したカイトのポッドの中は、おぞましいものを見たような悪寒に包まれていた。

「……なんだよ、あれ」

 カイトは、震える手で敗北ログを見つめる。

「最後……装甲が剥がれて、肉みたいに……。いくらモンスター型の『深化』だとしても、あんなおぞましい変異、見たことがねえぞ……ッ!」

 観戦ルームもまた、熱狂ではなく、不気味なものを見たどよめきに支配されていた。

『おい、今の見たか……?』

『動きが気持ち悪すぎる。それに最後の一撃……あれ『深化』か?』

『いや、深化の正規エフェクトじゃなかったぞ。あんな腕だけが肉塊みたいになる形態変化、どのテンプレツリーにも存在しないだろ……』

 同時刻。

 この一戦のライブ中継を見届けていた男がいた。

 中量級ロボット型『セオリー』の使い手、『周 李龍ショウ・リーロン』。

「……やはり、あの時の異常挙動は偶然じゃなかったか」

 ショウは、ホログラムモニターに映るクリサリスの残骸を凝視したまま、低く呟いた。

 彼の目には、観客たちのような単なる恐怖はない。あるのは、理解の及ばない存在に対する極度の『警戒』だ。

「動きに一切のパターンが存在しない。通常の読み合いや、モーションの先読みが全く通用しない。……おまけに、あの得体の知れない局所的な変異」

 彼は手元のコンソールで、カイトが撃墜された最後の数秒間のログを再生し、何度もシークバーを巻き戻した。

「まともにやり合えば、環境トップ層でもいずれ呑み込まれる。対策するとすれば……あえて選択肢を一つに絞らせるような極端な盤面を強制して、あの『適応』のベクトルを予測可能な範囲に限定するしかない。……だが、それをあの速度の中で成立させられる奴が、今の環境に何人いる……?」

 現環境の最適解を体現する男でさえ、確固たる解答を導き出せない。

 上位勢にとっての真の『脅威』が、世界に完全に解き放たれた瞬間だった。

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