第22話 新しい日常
教室のドアを開けた瞬間、
いつも聞こえたあの笑い声が――なかった。
ガヤガヤとうるさいのに、自分の周囲だけが空白みたいに静かだった。
いじめてきた女子たちは、
明らかに顔を強張らせ、視線を逸らし、
目が合わないようにしていた。
何かに怯えている。
「……何これ」
日向は思わずつぶやいた。
これまで、椅子に画鋲を置かれたり、
教科書を隠されたり、
トイレで水をかけられたり――
そんな毎日が、“なかったこと”のように、止まっていた。
授業中も、誰も彼女にメモを投げつけてこない。
昼休みに一人で弁当を食べていても、
誰も後ろから笑い声をぶつけてこなかった。
いじめっ子の一人が、ちらりとこちらを見た。
その目は、恐怖と後悔の混じったような――
人間としての感情が、ようやく戻ってきたようだった。
日向はその視線から目を逸らした。
怒っても、睨んでもいない。
ただ、関わらない。それだけ。
「……ふしぎだな」
あんなに苦しかったのに。
“いじめがない”というだけで、
こんなに違うものなんだ――と、戸惑っていた。
胸の中の苦しさが消えている。
でもそれは、喜びというより、空白だった。
長い間抱えていた痛みが突然消えると、
人は“どうやって笑えばいいのか”もわからなくなる。
日向はただ、教室の窓の外を眺めた。
「……あの人がいてくれたから、私はここにいる」
心の中で、そっと呟いた。




