09.俺と自信のないクラスメイトの話
クラスのぼっちキャラだったはずの男が、一年生で1番人気の女子、一ノ瀬可奈と付き合い、同じく一年生1番人気の男子、東條寛貴と親しくしている。
そんな噂が広まり、俺は一躍有名人になっていた。
髪を切って、印象が変わったのもあるだろう。
そこらで自分が話のネタにされているのを感じた。
まぁ、東條と親しくってのは周りの勘違いなんだけどな……。
「先輩、すっかり人気者ですねっ」
「んー、そうなのかなぁ」
「そうですよっ。でも心配です……」
「なにがだ?」
可奈が上目遣いでこちらを見る。
「その、先輩が浮気しないかな……って」
「なんでだよ……」
「だって! しょーま先輩、髪切ってカッコよくなっちゃったから、モテちゃいそうですし……」
可奈が不安げな様子でそう言う。
え、可奈って俺のこと好きなのか……?
ついそう勘違いしてしまいそうになるほど、心配したような顔をする可奈に俺はドキッとしてしまった。
「そんなことはない、安心しろ」
まぁしかし、髪を切ったくらいでモテていたら、世の中の男は苦労しないのだ。
一時的に話題になっているだけで、可奈が心配するほどの人気者にはなっていないだろう。
俺は安心させてやろうと思い、可奈の頭にぽんっと手を置いた。
そのまま、しばらく優しく撫でる。
可奈も嫌がるような様子を見せず、なすがままにされていた。
なんだか、本当に彼氏彼女みたいだな。
少しだけ、そう思ってしまった。
午後の授業はいつもより30分ほど早く終わった。
どうやら先生の予定が詰まっているらしい。
一応可奈と待ち合わせしてから帰る約束なんだけど、困ったなぁ。時間が空いてしまった。
「おい、姫廻。悪いけど全員分のノート、教員室に運んどいてくれないか?」
と、急いでる様子の先生が、1番前の席に座っていた女子生徒にそう頼むのが聞こえた。
姫廻果帆。
常に眼鏡とマスクをつけていて、ぱっとしない印象の女の子だ。
しかし、制服の上からでも分かるほど胸が大きく、一部の男子がその話で盛り上がっているのを耳にしたことがある。
にしても、40人分を1人でって流石に無理があるだろ。
しかしながら、他のクラスメイト達は早めに部活へ向かいたかったのか、次々と教室から出ていく。
仕方ない、暇だし手伝ってやるか。
「姫廻、半分持つぞ」
俺はそう言い、教卓に集められていたノートを半分よりも少し多めに手に取る。
「工藤くん……?」
「どうせ時間を潰さなきゃなんだ。手伝うよ」
俺は不思議そうな顔をする姫廻にそう告げ、さっさと教員室へと向かう。
姫廻は慌てて残ったノートの山を抱えると、「待ってください!」と言いながら後をついてきた。
「あの、ありがとうございました……」
先生の机の上までノートを運び終えると、姫廻がお礼を言ってきた。
どういたしまして、と返すが、それよりも気になることがあって俺はつい尋ねてしまう。
「姫廻って、どうして敬語使ってるんだ? 同級生なのに」
姫廻は普段からクラスメイトに対して敬語を使っているように見える。
それに今さっきまでも俺に対してそうだった。
純粋に、どうしてと疑問に思ったのだ。
「その、私自分に自信がなくて……」
すると、俯きながら姫廻がか細い声でそう言う。
マスクをしていて表情は読めないが、なんとなく、何か事情を抱えているのかなと感じた。
だからだろうか、柄にもなく俺は語り出してしまった。
「俺さ、双子の兄がいるんだ」
唐突に語り始めた俺に姫廻は戸惑うような仕草を見せるが、構わず続ける。
「あいつ、同じ見た目なのに俺より才能あってさ、なんでも俺より一歩先を行くんだ。それで俺自信失くしちゃってさ」
小中学生の頃の話だ。
「それに、双子だからかな。周りから『工藤将馬』じゃなくて『工藤兄弟の片割れ』として見られることが多くてな。誰も俺自身を見てくれない、きっと俺に興味ないんだって捻くれもしてた」
将馬と啓馬。
俺らは『しょーけー』って呼ばれることが多かった。
しかし、思春期真っ只中の俺はそれが酷く嫌だった。
だってそうだろう?
みんなが名前で呼ばれてる中、俺らは2人セットみたいな扱いを受けるんだ。
自分も周りと同じように『1人の人間』として扱って欲しい。
たぶんこれは啓馬も同じことを感じてたと思う。
ただ俺は『しょーけー』の中でも劣った方だったから、余計にコンプレックスだったのかもしれないが。
「でもな、兄と別の高校に進学して、俺が双子だって誰も知らない環境にきて分かったんだ」
そう、俺は兄と比べられるのが、兄とセットにされるのが嫌で、違う高校を受験したんだ。
「良くも悪くも工藤将馬として俺を見てくれる人がいるだけで、自分自身を認めてあげられるようになるんだなって」
「それは一ノ瀬さんとか、ですか……?」
姫廻の言う通り、可奈と出会えたことは俺にとってものすごく大きな出来事だ。
だが彼女だけではない。
「よくクラスに押しかけてくる東條だってそうなんだぜ。まぁ、良い意味ではないけど。あいつも俺個人に対してなんらかの感情を抱いてくれて、それに時間まで割いてくれている。そうだろ?」
「たしかに……そうですね」
そう、東條だって、そういった意味ではありがたい存在なのだ。
「ようはさ、俺が言いたいのは、自信がもてないのはお前のせいじゃない。周りにお前のことをちゃんと見てくれる人がいなかっただけだってことなんだ」
「工藤くん……」
少し長く話しすぎたかもしれない。
しかし、自信なさげな姫廻を見ていると、励ましたくなるようなそんな気持ちになるのだ。
「だからさ」
長い前置きを終えて俺は言う。
「これからは俺が姫廻果帆を見ててやる。だから、自信がもてた時には敬語、外してくれよな」
臭いセリフだっただろうか。
言い終えてから恥ずかしい気持ちが湧いてくる。
「……」
2人の間に流れる沈黙。
姫廻、頼むから何かしら反応してくれ。
そう思うものの、彼女は俯いたまま口を開かない。
やばい、気まずい。
俺はそのしんとした空気に耐えられなかった。
「……も、もうこんな時間か! 俺待ち合わせしてるんだった、じゃあな!」
焦った俺はそう言って逃げるように立ち去る。
変なやつと思われただろうか、キモいとも思われてるかもしれない。
「はぁ、何やってんだ俺は……」
らしくないことをして憂鬱な気分になりながら、俺は可奈の授業が終わるのを待つのだった。




