終章 邢の地の風の中で
晋は二人を受け入れた。
巫臣は邢の大夫として重用された。一方、楚に残された巫臣の一族は、子反と子重の怒りによって粛清された。夏姫はその報せを聞いたとき、目を閉じた。この男は私のために、これほどのものを捨てた。
しかし巫臣は静かだった。
「子反と子重は必ず自滅します」と彼は言った。「楚は今、呉と晋の両面で戦わなければならない。私はこれから呉に赴き、戦の術を教えます。楚が二正面の戦に疲弊すれば、それが答えです」
果たして、巫臣の策は長い時をかけて実を結んだ。呉はやがて強国となり、楚を脅かし続けた。前575年、子反は鄢陵の戦いでの失態を責められて自害した。子重もまた呉との敗戦の心労で後を追った。
夏姫はその結末を、邢の地で聞いた。
復讐と呼ぶには静かすぎる終わりだった。しかし徴舒の死への怒りを持ち続けながら、前を向いて生きることができると、今の彼女は知っていた。
巫臣との間に、やがて娘が生まれた。
その娘は後に、晋の賢臣として名高い叔向(羊舌肸)の妻となった。夏姫の血は、傾国とも妖婦とも呼ばれた血は、そのように静かに晋の大地に根を張った。
邢の地は、陳とも楚とも違う匂いがした。
ある夕暮れ、二人で川の傍に座った。水面が夕日を受けて赤く染まっていた。波紋が広がり、重なり、消えた。夏姫はその波紋を眺めながら、自分の顔がもう自分を苦しめていないことに気づいた。
それはいつの間にか、そうなっていた。
白いものが交じった髪を、今日は梳かしていなかった。衣も、宮廷のそれとは比べものにならない質素なものだった。しかしそれでよかった。
美しさは呪いだった。しかし呪いは、かけた者たちの元を離れれば、少しずつ薄れていく。
完全には消えないかもしれない。
しかしここには、彼女を呪いの名で呼ぶ者はいない。
「寒くなりましたね」と彼女は言った。
「そうですね」と彼は言った。
ただそれだけだった。しかしその言葉の間にある静けさが、夏姫にはどこまでも広く感じられた。誰かと同じ沈黙の中にいて、怖くないのは、生まれて初めてのことだった。
夜が来た。月があった。白く、冷たく、美しい月。
かつて、あれは自分に似ていると思った。しかし今夜は違う。月は月だ。私は私だ。月がどれほど遠くにあっても、私はここで地を踏んでいる。
それで十分だった。
美しさという名の呪いを生きた女がいた。
時代は彼女を傾国と呼び、妖婦と呼び、「三夫・一君・一子を殺し、一国・二卿を亡ぼす」と刻んだ。
しかし史書が刻んだのは結果であって、彼女の内側ではない。
彼女が最後に選んだのは、戦場でも宮廷でも玉座でもなく、 名もない川の傍の、ただの夕暮れだった。
それを幸福と呼ぶかどうかは、読む者に委ねる。 夏姫はただ、生きた。自分の足で。自分の意思で。 そのことを、誰よりも彼女自身が、長い時を経てようやく知った。
Claude sonnet 4.6 Lowで作成
no+e「小説 傾国の花 ―夏姫伝―」
https://note.com/norifumi07/n/n819e6a51a6b6?magazine_key=m48308acc548a




