秋のパン工場に咲くおでんの話
パンが無限に流れてくる。
私はそれをずっと眺めている。たまに不良が出たら身体を動かせるから嬉しい。
それだけの日々に、少しだけ飽きた。
大学に入って、大企業の面接を受けて新卒入社したものの、研修の圧でつぶれて退職してしまった。いわば大学の面汚しであり不良品。
それが私、清水あいかだ。
(あ……)
不良のパンを見つけて手に取り、専用のトレーに入れる。なんだかその作業が寂しくて、とても切なくなった。
(君も、食卓に並びたかったよね。ごめんね)
パンは流れる。
時計を見るのはやめた。向かいにいる韓国人のユナ先輩は何度も時計を見ながらパンを睨むように見ていた。
(怒ってるのかな?)
チラッと目が合って慌てて視線をそらした。
◇
昼休憩。
作業着を着たまま小さな食堂へ向かう。インド人のラヴィさんから刺激的な香りが漂っていた。おそらくスパイスか何かだと思う。
「昨日もカレーだったんですか?」
「昨日は居酒屋でおでん食べたよ」
インド人も、居酒屋行くんだ!
(鳥や魚や豚や牛が並ぶ食卓でも、大丈夫なんだなぁ)
ラヴィさんが不思議そうな顔をした。私には分からないことだらけ『居酒屋』という言葉に興味を持ったのか、ユナ先輩も「私、たこわさ好き!」と会話に混ざってきた。
「そうなんですね、ユナ先輩!」
外国語だらけの食堂で日本語を話してくれる外国人の存在が、ありがたく嬉しくなった。本当に、この2人には良くしてもらってる。
日本人が私だけの小さなパン工場で、会話してくれるの、この2人だけだもん。ここ、日本なのに……。
「韓国のおでんは、オムク入ってる。日本ではなかなか見ないね。串に刺さってるのはプルプルの牛のゼリー」
ユナ先輩が日本のおでんと韓国のおでんを比べて言った。オムクとは長い練り物が蛇腹に折りたたまれて串に刺さったものらしい。
「プルプルの牛ゼリー……牛すじですね!」
「そう、そういう名前。どうせなら大きなテチャン入れればいいのに」
「なるほどー」
ユナ先輩が理想のおでんを語っていたらラヴィさんが「カレー味のおでんはありますか?」と冗談を言ってきたので、笑いつつ、
「それはもうカレー味のスープですよ」
と軽く返した。その後、
(……いやでも、味噌のおでんもあるし……意外とあり?)
などと考えたりもした。
工場勤めはとにかくルーティンが固定化されて窮屈だ。工場の7割くらいを占める技能実習生たちは基本寮生活をしているし、私は家に帰ったらやることがない。有るのは実家からの仕送りのお米とかお金とかだけ。
(じゃあ、少しだけ……)
この日常を面白くしてみようかな。なんて思ってみたりした。理由は秋だから。じゃ駄目かなぁ。
「ユナ先輩、ラヴィさん。私のアパートでおでん、やりませんか?」
勇気を出して誘ってみる。
「え、本気で言ってる?」
ユナ先輩が猫のように目を見開いた。私は断られたりバカにされたりするかと思って意図的に腰を低くした。
返ってきた言葉は、
「もちろん! 日時と連絡先を教えて! あいか豚ちゃんに沢山ごちそうするわ!」
「豚……!?」
豚という強烈な言葉だったけど、韓国で豚は『たくさん食べさせてあげたいほど可愛い』という褒め言葉らしい。ごちそうするのは私なはずなんだけど、そういう文化の違いを知れるのは素直にうれしい。
「クミンやウコンはおでんに合うかなぁ……ワタシ、葉っぱならたくさん持っているよ?」
ラヴィさんがニヤリと笑いながら言った。際どい冗談が好きなんだなぁ。葉っぱ。スパイスとかハーブと言えばいいものを。
「怪しい言い方やめてくださいね。ラヴィさん」
「ふふ、おでん。楽しみにしているよ」
2人の了承を得て、私はおでんパーティーを、土日を挟んで3日後に開くことに決めた。つまり月曜日の仕事明けに開催する。
(おいしいおでんを作らなきゃね!)
仕事が終わり、工場をあとにした私は、週末におでんの具材を探しにスーパーへと赴くことにした。
気ままに書いていきます!




