第8話 恋の味はビターチョコレート
夏の夕暮れはまだ残っていた。
中庭のベンチ。
クロウリー先生の、何気ない一言。
「素敵な恋したい……」
その声は、小さく夜に溶けた。
――だが。
「……」
「……」
「……」
植え込みの影で。
レヴィー、キャロル、ピコが固まっていた。
「大事件にゃ」
「恋愛案件ね」
「観測対象追加」
3人は同時に頷く。
「先生に恋を発生させるにゃ!」
「いや発生って何」
「実験開始」
こうして“誤解プロジェクト”が静かに始まる。
翌日。
空き教室。
「恋とは何か会議を始めますわ!」
カトリーヌが勢いよく扇子を開いた。
「テーマずれてるにゃ」
レヴィーが即ツッコミする。
「一緒に飛べば恋」
「違う」
「同じ食事」
「それも違う」
ピコが淡々と記録する。
「データ不足」
キャロルがため息をついた。
「そもそも定義が雑すぎる」
ミーミアが元気よく手を挙げる。
「好きって言えばいいです!」
「一番雑」
オーロラが即否定した。
結論は出ないまま、時間だけが過ぎていく。
職員棟前。
偶然、通りすがりの教師たちの会話が聞こえた。
「パーシヴァルくん、本当に完璧よね」
その瞬間。
空気が止まる。
「……今の誰にゃ」
レヴィーが目を細めた。
「有力候補」
ピコがメモする。
「完璧って言ってた」
キャロルが冷静に呟く。
「つまりこの人」
レヴィーが勢いよく指をさした。
「恋の対象発見にゃ!」
「まだ何も確定してない」
だが、もう止まらない。
“候補”が“答え”に変わる瞬間だった。
学園廊下。
静かな足音。
銀髪の青年――パーシヴァルが歩いている。
その前に。
「偶然通りかかったにゃ!」
「偶然ですわ!」
「データ収集中」
「……何をしている」
パーシヴァルは静かに立ち止まった。
怒ってはいない。
ただ困っている。
それだけだった。
中庭。
「これどうぞですわ!」
カトリーヌが花束を差し出す。
「不要だ」
一瞬で終了した。
「にゃあああ!!」
レヴィーが崩れ落ちる。
「次!」
「次いきますわ!」
作戦は続く。
だが、すべて空回り。
パーシヴァルは淡々と受け流し、そのまま去っていった。
学園長室。
「青春だねぇ」
マーリンが紅茶を飲みながら笑う。
「自分はからかわれてるんでしょうか……理解不能です」
パーシヴァルが真顔で返した。
「君、モテてるよ?」
「意味がわかりません」
「くくくっ。犯罪だけはせんでくれよ?」
マーリンは楽しそうに笑った。
渡り廊下。
クロウリー先生は大量の書類を抱えて歩いていた。
「はぁ……終わらない……」
ぼやいた瞬間。
靴が床に引っかかり、身体が傾く。
「あっ」
落ちる寸前。
伸びた手がクロウリーを抱きとめた。
「……」
「ありがとうございます」
顔を上げると、そこにはパーシヴァルがいた。
「お怪我は?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
短い会話。
それだけ。
なのに。
植え込みの影で――。
「「「「「「……今のにゃ(ですわ)」」」」」」
6人が固まっていた。
「成立したにゃ」
「早い」
「観測継続」
夕暮れ。
まだ空は少し明るい。
クロウリー先生は中庭のベンチへ座り込んだ。
「はぁぁぁ……」
手の中のアイスは少し溶けている。
「恋もアイスも、
気づいた時には溶けてるのかしらね……」
ぽつり。
「素敵な恋したい……どこかに良い人いないかしら」
風が揺れる。
誰もいないと思っていた。
だが。
「「「「「「……え?」」」」」」
植え込みの裏。
レヴィーたちが固まっている。
――ただし今度は。
クロウリー先生の頬は、さっきより少しだけ赤かった。




