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EP06 同類

夕暮れの実習室は、スライムの腐ったような甘ったるい匂いと、煤や薬草の焦げた臭いが混ざり合っていた。レオンの指先は粘液でべとつき、机の上には乾いたスライムの皮が無様に散乱している。

「……まだ足りない」

レオンは小さな坩堝を覗き込み、眉をひそめた。中のスライム原液は、煤を混ぜたせいで灰色に濁り、塩を加えたことで不気味な泡を立てている。熱を加えると一時的に固まるが、冷めるとすぐに元の粘液に戻ってしまう。

机の上には、様々な失敗作が並んでいる。脆くて砕けるもの、柔らかすぎて形を保てないもの、あるいは逆に石のように硬くなりすぎたもの。どれも役に立たない。

「理論は合っているはずなのに……」

彼の頭の中では、前世の高分子化学の知識が駆け巡っていた。スライムの粘液は明らかに何らかのポリマー構造を持っている。熱や圧力、あるいは化学的な刺激で分子鎖を形成させられれば──

「煤は炭素源として機能するか? 塩はイオン結合を促進するか?」

小声で独白しながら、新しい試みを始める。薬草の滓をすりつぶし、慎重に原液に加える。しかし結果は同じだ。一時的な硬化のみで、求めている強度と柔軟性を兼ね備えた素材には程遠い。

「足りないのは……分子構造を繋ぎ止める『触媒』か?」

レオンはため息をつく。机の上の失敗作の山を見渡す。これらはただの干からびたスライムの皮に過ぎない。誰が見ても価値のないゴミだ。

その時、背後に気配を感じた。

振り返ると、そこには眼鏡をかけた少女が立っていた。凛とした美貌に、知的な眼差し。エレナ・フォン・ローレンツだ。

彼女は無言で机の上の失敗作に手を伸ばす。レオンの作った脆いスライム樹脂の破片を、宝石職人が原石を鑑定するように注意深く観察する。

「面白い」

エレナの声は冷ややかだが、瞳には熱い好奇心が宿っていた。

「スライムの体液を『魔力の檻』にしようとしているの?」

その一言で、レオンの背筋が凍りついた。この世界で初めて、自分の考えを理解し得る人物に出会った瞬間だった。

「……どうして?」

「この構造を見ればわかるわ」エレナは失敗作を透かして見る。「単なる凝固じゃない。何か別の原理で結合させようとしている。しかも――」

彼女の指が、樹脂の表面をなぞる。

「魔力の通しやすさまで考慮している。普通の魔導師なら考えもしない発想よ」

レオンは咽が渇いたのを感じる。エレナの観察眼の鋭さに、同時に恐怖と高揚を覚える。

「ただの実験だ」

「ふん」エレナは微かに笑った。「『ただの実験』でここまでやるの? 周りがゴミ扱いするものを、宝物に変えようとするその執念――」

彼女はレオンをじっと見つめる。

「私には『希望』に見えるわ」

実習室に沈む夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。化学薬品と魔力が混ざった独特の空気の中で、二つの異質な才能が初めて交差する瞬間だった。

レオンはエレナの瞳に、自分と同じ「探求者」の狂気を見た。そして初めて、この世界でも独りじゃないかもしれない、という確かな手応えを感じた。

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