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EP04 契機 スライムの利用方法

部屋の冷たさが骨まで浸透していた。レオンは小さな体を震わせながら、窓枠にもたれかかる。月明かりが床に細長い影を落とし、その先には計算のために無意識に描かれた数字の羅列がほのかに光っていた。

十年四ヶ月十七日。

その数字が頭から離れない。父の命の残り時間。領地が持つ時間。自分が十五歳になるまでの時間。

「……無駄だ」

微かな呟きが闇に消える。前世、無菌室のベッドで天井を見上げていたあの感覚が蘇る。時間が過ぎるほどに確実に死に近づいていく、あのなんとも言えない絶望感。

指先が冷たすぎて感覚が麻痺していた。計算を繰り返しても、結果は変わらない。魔石は完全に劣化し、父の魔力はほとんど漏れ出している。これはもう供給ではなく、出血だ。

レオンは窓の外を見る。領地の静かな夜。遠くで風がそよぎ、木々の葉がかすかに揺れる。平和そのものの光景だが、彼には見えていた。十年後、この全てが消え去るという現実が。

目を閉じると、祭壇の間の光景が鮮明に浮かぶ。父の蒼白な手指。震えながらも魔石に触れ続けるその姿。そして無様に空中で消散していく魔力の光の帯。

『効率3パーセント以下……』

『完全崩壊までの残存時間……十年』

数字が頭の中で反響する。エンジニアとしての知識が、この状況の絶望的な非効率さを痛感させる。

「……器がダメなら……」

ふと、独白が漏れる。何の意味もない言葉だった。ただ、渇いた唇を動かしただけ。

しかし、その瞬間である。

記憶の襞から、ある光景が甦ってきた。

昼間のことだ。屋敷の裏庭で、彼はつまずいて転んだ。地面に手をついた瞬間、ぬるりとした感触。そして嫌な臭い。

「……スライム」

眉をひそめる。あの忌々しい魔物。最弱と呼ばれ、誰にも相手にされない、ただの汚れのような存在。

しかし、レオンの頭脳が自動的に分析を始める。

なぜあの時、スライムは──

目を見開く。呼吸が少し速くなる。

昼間の記憶が鮮明に蘇る。転んだ時、手についたあのぬるぬるとした液体。泥まみれになっても、何度踏まれても、あの粘性は失われなかった。

そして、もっと重要なことに気づく。

あのスライムは、微かに光っていた。

そうだ。魔力を帯びていた。ごく微弱ながら、確かに魔力を保持していた。

「ありえない……」

独白が震える。スライムが魔力を帯びるなど、この世界の常識では考えられないことだ。魔石以外が魔力を保持するなど──

しかし、エンジニアとしての直感が騒ぐ。データは嘘をつかない。観測事実は事実だ。

レオンはゆっくりと立ち上がる。震えていた足が、少しずつ力を取り戻していく。

「魔石がダメなら……別の器を探せばいい」

その発想が、頭の中で閃光のように走る。

前世の知識が蘇る。高分子化学。ポリマー。材料工学の授業で学んだあの概念が、異世界の事象と重なり始める。

スライムの粘性……あの独特の弾力性……

「生体ポリマー……?」

囁くように言葉にする。この世界には存在しない概念だが、彼の頭の中では完璧に整合性が取れていた。

スライムの体液は、単なる粘液ではない。何らかの高分子構造を持ち、気密性に優れ、絶縁体として機能する──

魔力を閉じ込めるための、天然の生体容器ではないか?

レオンの鼓動が速くなる。額にうっすらと汗が浮かぶ。これは興奮だ。可能性を見出した時の、あの純粋な知的興奮。

「そうか……!」

声が思わず大きくなる。彼は自分の手を見つめる。まだ幼い、小さな手だ。

「漏れる魔石にエネルギーを注ぐのではなく……漏れない器自体を作り変えればいい」

思考が加速する。エンジニアとしての本能が全開で働き始める。

スライムの体液を固化させることができれば──樹脂化できれば──それは崩壊する石に代わる、完璧な容器になるはずだ。

「十年……」

レオンは窓の外を見る。遠くの山並みが、月明かりに浮かび上がっている。

「十年あれば……僕がこの領地の『心臓』を再設計してやる」

その言葉と共に、体中に熱がみなぎってくる。冷え切っていた指先が、今度は力強く握りしめられる。

絶望で凍りついていた体の芯から、確かな熱が湧き上がってくる。それはエンジニアとしての情熱。問題に直面した時に燃え上がる、あの挑戦への意欲だ。

レオンは静かに、しかし力強く微笑んだ。

月明かりが部屋を満たし、彼の瞳に知性的な光を宿させている。前世で死を待つだけだった男が、今世ではじめて『死』というバグに立ち向かうエンジニアとして覚醒する瞬間だった。

部屋の中は相変わらず静かだが、レオンの胸の中では革命が起きていた。静かな夜の空気の中で、ひとつの可能性が確固たる決意へと変わる時だった。

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