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EP03 猶予期間10年

部屋の冷たさがじわりと襟元から伝わってきた。レオンはわずかに震える指先で、木製の床の表面をなぞる。凹凸のある木目が、計算尺のような役割を果たす。目を閉じると、祭壇の間の光景が鮮明に再生される。

『観測データ:核魔石の表面積、推定四平方メートル。平均亀裂深度、五センチメートル。素材密度、既知の石英系魔石と同等と仮定』

彼の頭脳が自動的に解析を開始する。前世、流体力学の数式と格闘したあの感覚が蘇る。ただ今回は、生死をかけた計算だ。

『父の魔力供給量、毎秒二百マナ単位と推定。効率三パーセントなら、実質投入は六マナ単位』

指先が微かに動く。空中に虚像の数式を描くように、比率と係数を組み立てていく。エンジニアとしての本能が、すべてを数値化し、モデル化しようとする。

「亀裂からの漏出率……魔石構造の完整性をβ係数として……」

瞼の裏に、父の蒼白な手指が浮かぶ。震えながらも魔石に触れ続けるその姿。そして無様に空中で消散していく魔力の光の帯。

『魔力リーク、推定九十七パーセント。システム効率、限りなく零に近い』

レオンの喉が渇く。これはもはや供給ではない。出血だ。父の生命を、文字通り地面に注ぎ込んでいる行為に等しい。

「魔石の摩耗速度……素材疲労の進行率……」

脳内で三次元モデルが構築される。ひび割れのパターンから応力集中点を特定し、破壊の進行方向を予測する。材料工学の知識が、この世界の魔石を「劣化する構造材」として分析する。

『クラック進展係数、毎月〇・五パーセント。完全崩壊までの残存時間……』

計算が進むにつれ、レオンの体温がじわりと下がっていく。額に冷や汗がにじむ。これはかつて、自分の病状が進行する数値を診断書で見たあの感覚だ。

「障壁維持に必要な最小魔力出力……領地の面積から逆算して……」

彼は膝を抱え、より強く自身に蜷る。五歳児の小さな体が、三十男の絶望を抱えきれないほどに震える。

『必要出力、毎秒千五百マナ単位。現在の実質出力、六マナ単位。不足率、九十九・六パーセント』

数字が残酷な現実を突きつける。これはもう「不足」などという生易しいものではない。完全な機能停止だ。ただ惰性で動いているに過ぎない。

「父の魔力容量と回復速度……騎士爵クラスとしての平均値から推定」

レオンは無意識に自分の胸に手を当てる。父の心拍数、呼吸数、魔力循環率——すべてがデータとして処理され、計算式に代入されていく。

『持続的可能供給時間、十年四ヶ月十七日』

瞬間、部屋の空気が氷のように固まった。

十年。

たったの十年。

レオンの呼吸が止まる。指先が凍りつく。計算結果が脳内で反響する。十年四ヶ月十七日——それは父の寿命の残り時間だ。領地が持つ時間だ。自分が十五歳になるまでの時間だ。

「……っ」

微かな呻き声が漏れる。それは五歳児の声ながら、三十男の絶望を帯びている。

十年後、自分が元服する頃には、この場所は消えている。父はおそらくいない。魔石は完全に崩壊し、領地の障壁は消失する。そして外の脅威がなだれ込んでくる。

レオンの視界がゆらぐ。暗い部屋の中、月光がわずかに差し込む床の上に、前世の病室の光景が重なって見える。

無菌室の白い壁。規則的なモニター音。点滴の管を通って静脈に流れ込む薬液。そして自分自身の、じわりと迫ってくる死のカウントダウン。

『あの感覚』が蘇る。時間が過ぎるほどに確実に死に近づいていくあのなんとも言えない恐怖。希望などどこにもなく、ただ数字が減っていくだけの日々。

しかし今回は違う。死は自分一人ではない。父も、母も、領地のすべての人々も一緒に飲み込まれていく。

レオンはゆっくりと目を開ける。暗闇の中で、自分の小さな手を見つめる。この手で何かを作り、何かを変えられるはずだった。自由に動ける体を手に入れたはずだった。

それなのに———

「……動ける意味が……」

囁く声は震え、途中で途切れる。計算結果が頭から離れない。十年四ヶ月十七日。それはもう宣告だ。父への死刑宣告。領地への終焉宣告。

彼は再び目を閉じ、計算式を検証し始める。どこか間違っているはずだ。もっと長い時間があるはずだ。しかしどの変数を調整しても、どの係数を変更しても、結果はほとんど変わらない。最大で十年八ヶ月。最小で九年十ヶ月。

すべて十年の範囲内だ。

レオンの肩がわずかに震える。寒さのせいではない。絶望のために、体の芯から冷え切ってしまったからだ。

部屋の隅で、彼は小さく蜷ったまま動かない。ただ、荒い呼吸だけが暗い部屋に響き続ける。

月光が次第に移動し、レオンの足元を照らし始める。そこには、計算のために無意識に描いていたいくつかの図形や数字が、ほのかに光っている。

そしてすべては、十年という一点に収束していく。

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