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EP26 叙任

王国の中心広場には、かつてのような緊迫した空気はなかった。代わりに、青く輝く無数のスライム・ポッドが街全体を優しく照らし、人々の顔には安堵の表情が浮かんでいる。

**「これでようやく、循環が安定したか」**

レオンは王宮のバルコニーから街の光景を見下ろしながら、胸の内でつぶやいた。かつては琥珀色の魔石の光だけが支配していた街が、今では青と琥珀の調和した輝きに包まれている。

「レオン・フォン・カトレイユ、前に進みなさい」

戴冠式を終えたばかりの新王の声が、謁見の間を厳かに響き渡る。レオンはゆっくりと玉座の前へ進み出た。

「汝の開発したスライム技術は、王国の危機を救い、新たな未来を切り開いた。これに対し、我は特別な栄誉を授ける」

新王の手には、銀と青水晶で飾られた特製の勲章が光っている。

「レオン・フォン・カトレイユよ、汝を『魔導工学博士』に叙任する。これは一代限り、不世出の称号だ」

**「博士……か。帳簿より設計図の方が性に合っている」**

レオンは心底安堵した。領地経営の煩わしさから解放され、純粋に技術の開発に没頭できる。これ以上ない名誉だ。

しかし新王は続けた。「だが、博士。技術の栄誉と領地の経営は別物だ。特に、これから始まる新領地の開発には、優れた管理者が必要となる」

王の視線は、傍らに立つエレナに向けられる。

「エレナ・フォン・ローレンツ。汝の類稀な才覚と、レオン博士の技術を現実のものとする手腕を評価する。ここに、汝を伯爵に叙任する」

エレナの瞳が一瞬、驚きの色を宿すが、すぐに凜とした表情に戻る。

「陛下のご厚意に感謝申し上げます」

「さらには」新王の口元に微笑みが浮かぶ。「両家の結びつきを強め、王国の安定を図るため、両者の婚姻を推奨する。これは命令ではなく、あくまで願いだ」

謁見の間を出た後、エレナはレオンの腕を軽く引いた。

「レオン、少し時間をいただけない?」

二人は王宮の庭園へ向かう。青いスライム・ポッドが小路を彩り、かつてないほど美しい夜景を作り出していた。

「王の提案について、どう思う?」エレナの声には、いつもの冷静さの中に微かな緊張が混じっている。

**「彼女が嫌がるなら、断る理由はいくらでも見つけられる」**

レオンは深呼吸してから答えた。「エレナさんの意思が最優先だ。政略結婚としてではなく、本当に望むことなら……」

エレナの口元に微笑みが広がった。「バカね。ずっと前から、あなたの技術を世界に広めるパートナーになることを願っていたのよ」

その瞬間、レオンの胸に温かいものが広がった。前世では叶わなかった、理解し合える伴侶を得られるかもしれない。

「ただし」エレナの表情が鋭くなる。「一つ条件があるわ。王との交渉を任せてほしい」

数日後、王宮の会議室では緊迫した空気が流れていた。

「エレナ伯爵、率直に言おう」新王が書類を広げる。「王国全体にスライム技術を普及させるためには、パウダーの製法を公開する必要がある」

エレナの目が鋭く光る。「陛下、それはあまりに性急すぎませんか? レオンの知財を安売りするつもりですか?」

「いや、そうではない」王が首を振る。「必要なのは、廉価版の製法だ。一般家庭でも使えるようにするためには、コスト削減が不可欠なのだ」

エレナは冷静に応じる。「では、提案があります。新領地が軌道に乗るまでは、パウダー関連の全利権をカトレイユ家が保持する。その代わり、三年後を目処に基本製法の公開を検討します」

**「さすがエレナさん……完璧なバランス感覚だ」**

レオンは感心しながら見守る。エレナはまさに、技術者と国家の利益を両立させる理想的な媒介者だった。

「了解した」新王が頷く。「だが、新領地の開発は急ぐように。人々の期待が高まっている」

エレナの口元に不敵な微笑みが浮かぶ。「ご安心ください、陛下。王家といえど、私の愛する夫の技術を不当に扱うことは許しませんから」

カトレイユ領に隣接する新たな土地では、活発な開発作業が始まっていた。既存のしがらみがないこの土地は、レオンの理想を具現化する最高の舞台だった。

「ここに中央リザーバーを設置し、放射状に配管を伸ばす」レオンが地図に青い線を引く。「各家庭には小型ポッドを設置し、独立したエネルギー供給を可能にする」

エレナが頷く。「従来の魔石依存から完全に脱却するのね。でも、既存の魔石システムも残すの?」

「その通りだ」レオンの目が輝く。「二重、三重のバックアップこそが、真の強靭性を生む。すべてを一つのシステムに依存するのは危険だ」

**「前世の病院でも、重要な機器は常に予備を用意していた。同じ原理だ」**

現場では、カイルを中心とした作業員たちが活躍している。

「おい、そこの配管、もっと深く埋めろ! レオンさんの設計通りにやれって言っただろう!」

カイルの怒鳴り声が飛び交うが、その表情には充実感があふれている。かつては行き場のなかった騎士家の子弟たちが、ここでは皆、誇りを持って働いている。

「カイルさん、すごい勢いですね」レオンが声をかける。

「当たり前だ! てめえが設計した街を作るんだ、手は抜けねえ」カイルが笑いながら答える。「でもな、レオン。てめえは相変わらず現場が好きだな」

**「机の上で図面を引くより、実際の土の匂いを感じながら作業する方が性に合っている」**

レオンは心底からそう思った。エレナが政治と経営を担当し、自分は技術の開発と現場監督に集中する。これ以上の役割分担はない。

結婚式の日がやってきた。

派手な装飾は一切ない。代わりに、最新のスライム・ポッドが放つ青い光が、式場全体を幻想的に照らし出している。

「なんて美しい……」参列者の誰もがため息をもらす。

青い光がエレナのウェディングドレスに反射し、彼女をより一層美しく見せている。普段は眼鏡をかけているが、今日は外したその顔は、凛とした美しさに包まれていた。

**「前世では想像もできなかった光景だ」**

レオンは感慨にふける。無菌室のベッドで死を待つだけだったあの日々。それが今、理解し合える伴侶と、自分の技術で人々を救える立場に立っている。

式が進み、二人が誓いのキスを交わす瞬間、場内の青い光が一斉に明るく輝いた。まるでスライム・ポッドたちが祝福しているかのようだ。

「おめでとう、レオン!」カイルの大きな声が響く。

回復に向かっているバルトやマリアも参列している。かつては病床にあった彼らが、今では笑顔で祝福の拍手を送っている。

宴が始まると、エレナの表情が柔らかくなる。

「これで正式に、あなたの技術を守る権利を得たわね」エレナが微笑む。

「いや、むしろ私がエレナさんに守られているような気がする」レオンが応える。

「ふふ、それはそうかもね。だって、あなたは善人すぎて、自分の技術の価値すら理解していないんだから」

エレナのその言葉に、レオンは心から笑った。確かに、技術そのものには興味があっても、その政治的・経済的価値には疎い。だからこそ、エレナのようなパートナーが必要なのだ。

夜更け、二人だけとなった新居のバルコニーからは、新領地の建設現場が見渡せた。ところどころに青い光が灯り、未来の街の輪郭が浮かび上がっている。

「あの光の一つ一つが、人々の生活を支えるのだと思うと感慨深い」エレナが呟く。

「そうだな」レオンも眺めながら答える。「だが、これは始まりに過ぎない。もっと大きな循環システムを構想している」

「また夢のような話を?」エレナが笑う。「でも、あなたの夢はいつか現実になる。私はそれを信じている」

**「この伴侶を得られたことが、最大の幸せだ」**

レオンはエレナの手を握りしめた。前世で叶わなかったすべてが、今生で報われているように感じた。

遠くでは、カイルたちが今日も現場を指揮している。新たな街を作り上げるという熱意に満ちた声が、夜風に乗って聞こえてくる。

「さあ、明日からまた仕事だ」エレナが言う。「あなたは設計図を、私は経営計画を。二人でこの国を変えていきましょう」

レオンは深く頷いた。技術者の名誉と貴族の義務。そして何より、愛する人と築く未来。これ以上ない幸福な瞬間だった。

青い光が二人を包み込み、新たな夜明けを静かに待っていた。


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