EP21 王都の安定
王宮の地下聖堂は、静寂に包まれていた。新しく設置されたスライム・リザーバー二機が、青白い光を放ちながら核魔石の両脇に鎮座する。レオンは最後の接続作業に臨んでいた。
「さあ、いよいよ本番だ」
彼の手元では、職人たちが精巧に加工した導管をリザーバーと既存の魔力回路に接続しようとしていた。理論上は単純な作業――新しいエネルギー源を古いシステムに繋ぐだけだ。
**だが、この世界の『理論』はいつも裏切る**
導管の接続部が嵌合する瞬間、異変が起きた。
「っ!?」
青白い閃光が迸り、金属の軋むような音が聖堂内に響き渡る。スライム・リザーバーから流れ出したマナ・サーキュラーが、既存の魔力回路に触れるやいなや、激しい拒絶反応を示したのだ。
「どうした!?」王子が駆け寄る。
レオンは即座に接続を切り離した。「システムが新人を拒否しているようです」
職人たちが狼狽する中、レオンだけが冷静に状況を分析する。彼の目は、核魔石と既存回路の接続点を仔細に観察していた。
**これは単なる技術的な不具合ではない。何か別の要因が働いている**
レオンは工具を手に取り、慎重に回路のカバーを外す。内部には、複雑に絡み合った魔力の導線が走っている。その中に、一際目立つ金色の線が混じっていることに気づく。
「……なるほど」
彼の独白が漏れる。金色の線は、核魔石から直接伸び、王宮全体の魔力網に繋がっていた。しかも、その線には微細な刻印が施されている。
「血統認証スキーム」
レオンは前世の知識を総動員する。これはまさに、生体認証システムの魔法版だ。核魔石は、常に「王家の特定の波長」を検知し、それが確認できなければ稼働を停止するようにプログラムされていた。
**技術的には無駄な工程だが、政治的には絶対の安全装置**
レオンの頭の中で、パズルのピースがはまる。なぜ王子はあの銀色の杖を常に握りしめているのか? それは単なる儀式用ではない。
彼の目が王子の手元に向く。銀色の杖を握る王子の手には、かすかな震えがある。顔色も青白い。
「殿下」レオンが静かに問う。「あの杖は、核魔石に何かを供給し続けているのですか?」
王子の表情がわずかに曇る。「……見つかってしまったか」
真相は残酷だった。銀色の杖は、核魔石を「騙し続ける」ための手動の魔力入力デバイスだった。王子は日夜、自らの魔力を注ぎ込み、血統認証をパスさせ続けていたのだ。
**これが『王たる資格』の物理的証明か**
レオンの胸に、複雑な感情が渦巻く。前世のエンジニアとして、この非効率なシステムに苛立ちを覚える。しかし同時に、孤独な責務を背負う王子への共感も芽生える。
「解決策があります」レオンが宣言する。「ただし、殿下の協力が必要です」
王子は微かに頷く。「何でもする」
レオンの頭脳は高速で回転する。前世の「生体認証・センサー技術」の概念を、この世界の魔法理論に融合させる。必要なのは、王子の魔力波長を精密に分析し、増幅・安定化させる装置だ。
「カイル! 工具室から精密測定器を持って来い!」
「エレナさん、魔力波長の記録資料を!」
作業場は活気に満ちた。レオンは王子の銀色の杖を慎重に分析し、そこから流出する魔力のパターンを記録する。スライム原液に特殊な触媒を加え、魔力のセンサーとして機能するよう調整する。
**非合理だが、これがこの国の骨格だ**
レオンは内心で呟く。技術的には完全に迂回可能なこの認証システムを、あえて残す選択をする。王権の神秘性を守る――それが、この王国を円滑に動かすためには必要だと判断したからだ。
数時間後、レオンの手元には美しい装置が完成していた。金細工とスライム樹脂が融合した「魔力バイパス・アタッチメント」だ。新旧の素材が調和し、機能美を放っている。
「これでいきます」
レオンが装置を核魔石の接続部に取り付ける。微小なスライム液が、王子の魔力波長を検知し、増幅する仕組みだ。
取り付けの瞬間、聖堂内に静かな変化が訪れる。
今まで不安定に脈打っていた核魔石の光が、ゆっくりと安定し始める。青白い光は次第に力強さを増し、まるで王の意志を得たかのように堂々とした輝きを放つ。
王子の目が大きく見開かれる。銀色の杖から手が離れる。長年続けてきた魔力注入の義務から、初めて解放された瞬間だ。
レオンは王子を見つめる。言葉は交わさない。しかし、彼の目は静かに語りかける。
**あなたの役目を残しました。これからも、この国を導いてください**
王子の口元に、かすかな微笑みが浮かぶ。レオンの配慮を理解した証だ。技術的に可能であっても、王権の象徴を残すという選択に、感謝の念を抱いている。
「……ありがとう」
王子の声はかすかだが、確かな温かさを帯びていた。
聖堂内には、新たな調和が生まれていた。古い王権と新しい技術が融合し、より強固なエネルギー循環が誕生した瞬間である。
レオンは作業場を後にし、階段を上がりながら振り返る。強化スライム膜を通して、安定した青い光が優しく輝いている。
**これでよし**
彼の心の中には、エンジニアとしての達成感と、この世界の在り方への理解が深まっていく。技術だけでは解決できない問題にも、人間の心を理解する必要性を痛感した一日だった。
そして王宮では、新たな時代の夜明けが静かに訪れようとしていた。




