45. 怪盗令嬢の挑戦状
怪盗令嬢は、高台で風に深紅のドレスを靡かせていた。
虹色に輝く黒髪をたなびかせ、遠くにサーチライトを見つめる。
「相変わらずねえ」
くすりと、笑う。
綺麗に紅を差した唇が、優雅な弧を描く。
王立憲兵騎士団の追跡は、振り切った。
もちろん、これまで通りラルスにだけは挨拶をしている。
ここ最近、怪盗令嬢に対するラルスの態度が少し変わった。
これまでのように、顔には認識阻害の魔法をかけている。
それなのに、ラルスは探るような目をフレイヤに向けるのだ。
「何かに気が付いているのかしら? それにしては、仕掛ける罠に成長がないわ」
もっとも、悪いのはラルスではない。
もちろん、王立憲兵騎士団でもない。
彼らは日々成長しているのに、足を引っ張る者がいるのだ。
それが、ここ最近やたらと憲兵騎士団に口を挟もうとしているニッキー・シーマンだった。
子爵家の彼は、きっと王太子ケンドリックに口酸っぱく言われているのだろう。
──王立憲兵騎士団より先に、怪盗令嬢を捕らえること。
そうすれば、ニッキーはラルスから憲兵騎士団長の座を奪える。
ケンドリックから内々に約束されて、本気になったに違いない。
頭脳を比較すればラルスの足元にも及ばないが、ニッキーには確かに剣術の腕があった。
ラルスが居なければ、ニッキーが王立憲兵騎士団の団長になる道もあっただろう。
だが、実際にはラルスが居た。
あまり表立って文句は言わないが、ニッキーはラルスを勝手に敵視している。
一方のラルスは相手にしていない。それどころか、ニッキーが視界に入っているかすらも怪しかった。
「傍から勝負がついているようなものではないの」
軽やかな笑い声をあげて、フレイヤは夜空の月に顔を向ける。
フレイヤは、誰にも捕まるつもりがない。
ラルスであれば挨拶をしてやろうとも思うが、ニッキーとは口を利きたくもない。
にんまりと、フレイヤは目を細めた。
使い魔である黒猫のヴィオレと、全く同じ表情だった。
「でも、私にとっては都合が良いわ」
これからの計画を考えれば、ニッキー・シーマンが出て来たのは僥倖だ。
遅かれ早かれ、魔法馬鹿のオーラン・カウマンスも表舞台に現われる。
そうすれば、本丸まではあと一歩。
王太子ケンドリックと、聖女ミア・フェルスパー。
そして、二人を引きずりおろせば王家と教会も失墜する。
フレイヤが目指すものは、彼らを乗り越えたその先にある。
だが、フレイヤ一人で辿り着いても意味がない。
人生を賭けてでも欲しいと願ったものは、二つだけ。
七歳の時に見た、伝説の宝物。
そして、九歳の時に出会った、まだ幼いラルス・タンザナイト。
その二つが揃って、ようやくフレイヤの野望は達成される。
どちらか一つが欠けても意味はない。
だから、フレイヤは動くのだ。
自分の夢に向けて、幼いころから温めた計画を一つずつ着実に、進んでいく。
フレイヤは、夜空の星に向けて手を振った。
幾千もの星に、呼応するように魔力が膨らむ。
派手な花火が夜空一面に広がる。
遠くで動揺と怒鳴り声が響く。
王立憲兵騎士団は比較的落ち着いているが、ニッキー・シーマン率いる私兵団が右往左往しているようだ。
しばらくその様子を楽しむ。
時間を置いて別の場所から花火を打ち上げてやれば、そこに怪盗令嬢が居ると思うらしい。
単純なニッキーは、遠隔操作という考えがないようだった。
一方のラルスたちは、落ち着いている。
明らかに花火が怪盗令嬢の陽動だと勘付いていた。
「あまりこちらのことを知られても厄介なのだけれど」
ラルスに理解されるのは嬉しい反面、面倒だ。
綿密に立てた計画を見破られる可能性が高まる。
だが、そのやり取りさえも、ラルスが相手であれば楽しい。
フレイヤは、自分の予想を超える男が好きだった。
やがて、フレイヤは振り返る。
ひっそりと気配を殺した、黒猫のヴィオレ。
印象的な瑠璃色の瞳を漆黒に染め、真っ直ぐにフレイヤを見つめていた。
「お手紙は無事に届けられたかしら?」
『抜かりなし。二ヵ所に届けた』
使い魔のヴィオレであれば、厳しい警備を掻い潜って屋敷に潜入するなど、容易い。
フレイヤが自ら行くこともできるが、今回はヴィオレに頼んだ。
「ありがとう。上出来だわ」
満面の笑みで、フレイヤは手を伸ばす。
ヴィオレの喉を擽れば、黒猫は気持ち良さそうに目を細めた。
かつて盗んだ美しい深紅の宝石、ユーディアライト。
今もまだ、フレイヤの手元にある。
だが、それだけで満足するつもりはない。
もしかして、彼らは──王太子は、怪盗令嬢が何も考えずにユーディアライトを盗んだと思っているのだろうか。
単に価値のある宝石だからと、たったそれだけの理由で。
もしそうならば、笑止千万だ。
だが、大いにあり得ることだった。
ケンドリックは昔からそうだ。
表層的なことばかりを見て、真髄を理解しない。
だから、彼はいつまでたってもホンモノになれない。
ニセモノの上に鍍金を纏ったまま、ホンモノに憧れ、なれたつもりで朽ちていくのだ。
「明日はきっと、高級紙も大衆紙も大騒ぎだわね」
当然、怪盗令嬢は新聞社にリークする。
夜半過ぎ、街を騒がせた怪盗令嬢は二通の手紙を、別々の貴族に送り付けた。
シーマン子爵家へは、家宝のエメラルドを、一ヵ月後の新月の夜に。
カウマンス公爵家へは、秘蔵のサファイアを、二ヵ月後の新月の夜に。
怪盗令嬢がいただきに参りますと──赤薔薇の香りを添えた、挑戦状。
それがまさに、コンスタンツェ・ルベラティスが王家に牙を剥く嚆矢だった。
お陰様で第1部は完結しました。第2部は少し間を置いてから開始する予定です。
宜しければ次もぜひお付き合いいただけると嬉しいです。




