14. 密猟者の密会
夕日が広がる、王都の一角。
高級なレストランが立ち並び、貴族御用達の宝石店が並ぶ。
庶民が足を運ぶこともあるが、彼らは皆、財を成した商人だ。
その中でも一際豪奢な、一元客お断りで有名なレストランの最上階。
王都を一望できる特等室に、仕立ての良い服を着た男たちが集っていた。
「それで、最近はどうですかな」
小太りの髭を生やした男が問う。
答えたのは、最年少の、整った顔立ちの男だった。
「麝香鹿に規制が掛けられましたからね。値段が釣り上がって、なかなか良い味がしてきました」
「それは宜しいことで。商売がひとつ軌道に乗ると、他の商売も金回りが良くなりますからなあ」
「まさにその通りですね」
貴族でも滅多に手に入れることのできない最上級の貴腐ワインを飲みながら、誰もが愉悦に頬を緩ませる。
これから、彼らは商売の話をする──最高級の珍味に舌鼓を打ちながら。
万が一を考え、今日はこの高級レストランを全室貸し切っていた。
その上で、彼らが使うのは最上階である。
まさに、贅を凝らした一晩だ。
そこに集まった男四人は、見た目も年齢も様々だ。
だが、共通していることは、誰もが莫大な富を持っているということだった。
長身の、屈強な男が口を開いた。
中年ほどだろうか、しかし肉体に衰えは見えない。
「それにしても、新聞はご覧になりましたかな?」
「あの低俗な紙切れかね?」
鼻を鳴らして、最年長の男が顔を上げる。
気難しい雰囲気で、四人の中でももっとも形式ばった服を着ていた。
この男は、いつ何時でも背広を脱がない。正式な晩餐会の時はタキシードを着るが、今宵は多少、彼にしてはカジュアルないで立ちだった。
「家人がなにか騒いでおったな。怪盗令嬢が出たとかなんとか──くだらん」
最年長の男は不機嫌だ。
屈強な男は、視線を他の男たちに向けた。視線を受けて口を開いたのは、最年少の男だ。
「確かに彼女のしていることはくだらない。ただ、今回ばかりは問題だと思いますよ」
彼は意味深に告げる。
最年長の男は不機嫌に眉根を寄せ、屈強な男は我が意を得たりと頷いた。
最後の一人──小太りの髭を生やした男は、首を捻っている。
「何かありましたかな? もっぱら高級紙しか読みませんのでな──庶民向けの新聞は、どうにも眉唾の記事が多くて敵いません」
「いかにも、普段は無価値な情報しか載せぬものだ」
屈強な男が肯定する。小男は、それならばなぜ、という顔で、最年少と屈強な男を交互に見た。
最年少の男は、貴腐ワインを飲み切るとグラスをテーブルに置く。
そして、彼は慣れた仕草でパイプを咥え火をつけた。
「マクネア伯爵家ですよ」
「マクネア伯爵家? テオバルト様のところではないですか」
当然、有力貴族のことはこの場に居る誰もが把握している。
だが、ここでマクネア伯爵家の話が出て来るとは、全く思っていなかった。
一体どうしたのかと首を捻る小男に、若い男は少しばかり馬鹿にしたような視線を向ける。
だが、嘲弄に似た光はすぐに彼の双眸から消えた。
「マクネア伯爵家に、ユーディアライトがあるのはご存じでしょう」
「それはもちろん。テオバルト様は、随分と誇りに思って自慢していらっしゃいましたからな」
「そうでしょうとも、ですが、彼はもう二度と、誇っている家宝を自慢できなくなったのです」
これで分かるだろうと、若い男は言葉を止める。
小男は更に首を傾げた。あいにくと、彼には若者が何を言いたいのか、汲み取れなかった。
「と、言いますと?」
やれやれ、と若者は肩を竦める。ここまで言っても分からないのかと心底呆れた雰囲気を醸し出した。
しかし、すぐに気持ちを切り替える。
「ですから、ユーディアライトが怪盗令嬢に盗まれたのです。屋敷は隅々までマクネア伯爵家の私兵が張り、敷地の外側は王立憲兵騎士団が守っていた。
ユーディアライトはマクネア伯爵家の宝物庫から執務室に移され、ずっと当主のテオバルト殿や息子二人が見守っていた。三人が同時に席を立つこともなかったし、一人だけが取り残されることもなかった。
そんな中で、ユーディアライトは忽然と姿を消したのです」
小男は絶句した。全てが、彼の想像の範囲を超えていた。
「な──そ、それは」
まさか、あり得ないと否定したい。だが、若者は真剣な表情を浮かべていた。
嘘を言っているようには全く見えない。
それでも、人は信じたいことを信じる生き物だ。
老齢の男は鼻を鳴らした。
「ユーディアライトが盗まれたからとて、どうだと言うのだ。所詮は女怪盗一人ではないか。マクネア伯爵家の家宝がどういった由来のものかも分からんのだろう。ただ美しい、価値がある、そう思って手を出したにすぎん」
「なるほど、貴方は怪盗令嬢によほどお詳しいとみえる」
最年少の男は、視線を小男から最高齢の男に移した。
多少気分を害して、老人は小馬鹿にしたように肩を竦める。
「そもそも、王立憲兵騎士団も動いておるのだ。新しい団長は前団長よりも仕事ができ|ぬ、融通も利かぬ《・》堅物だと聞くが、それでも時間の問題だ。もうじき、女怪盗を捕らえるだろうて」
その発言を受けて、長身の屈強な男は面白がるように口角を上げた。
「そう願いたいですな。もっとも、これ以上怪盗令嬢を捕らえられぬようであれば、王太子殿下が首のすげ替えも辞さぬと思し召しのようですが」
「新しい首になればなったで、女怪盗を捕まえてくれたらしめたものよ。何なら、今度こそ我らに便宜を図ってくれる、気の利いた男なら言うことはない」
老齢の男が、一転機嫌を直して豪快に笑う。
追従するように笑い声をあげる小男と長身の男を後目に、若い男は目を細めて窓の外を眺めていた。
◇◆◇◆◇
ちょうどその頃、国の辺境にある深淵な森の入り口は、普段になく人が集まっていた。
立派な服に身を固めた男たち──王立憲兵騎士団。
彼らが囲んでいるのは、密猟の現場を捕縛された猟師たちだった。
「団長、銃を押収しました」
「ご苦労」
部下の一人から報告を受け、ラルス・タンザナイトは改めて密猟者に顔を向ける。
誰も彼もが、疲れた顔をしていた。
普通、犯罪者は自分を捕らえた者に敵意をむき出しにする。
それなのに、目の前に居る男たちはどこかほっとしている様子だった。
「誰が頭だ?」
もしかしたら、この仕事は早々に片が付くかもしれない。
そんな期待を胸に、ラルスは端的に尋ねる。
案の定、一番前で足を崩して地面に座り込んでいた男が、短く答えた。
「俺だ」
無精ひげを生やし、髪は伸び放題だ。
服もくたびれていて、ところどころ破けている。
ラルスは、少し離れた場所に積まれた銃を見た。
密猟のために使われていた得物だが、控えめにいって代物はあまり宜しくない。
「俺は王立憲兵騎士団団長ラルス・タンザナイトだ。麝香鹿その他狩猟を禁じられた動物を狩った容疑が掛かっている。異論は?」
「ない」
頭を名乗った男は潔かった。
瞠目したラルスに、男は妙に光る鋭い視線を当てる。
「密猟は極刑なんだろ? だが、俺の言い分も聞いてくれ。お前は話が分かる奴に見える」
淡々とした声は深みがあって、何かを誤魔化そうとしているようには聞こえない。
ラルスは逡巡した。
王立憲兵騎士団は、その名の通りこの国を支配する王家に仕えている。
犯罪者の訴えなど、聞く必要はない。
それだけの権力が、ラルスたちには与えられている。
それなのに、ラルスは妙に男の言葉が心に響いた。
理由は分からないが、聞かなければならないという気がしてならない。
もしかしたら、マクネア伯爵邸の近くで、捕え損ねた怪盗令嬢が落として行った手帳で、心に変化が生まれたのかもしれなかった。
「──もし、俺がお前の言い分を聞くと言ったら?」
ラルスは慎重に、密猟者に尋ねる。
すると、頭は歯を食い縛り、喉の奥から振り絞るように唸った。
「俺の仲間は解放してくれ。罰を受けるのは俺だけで良い。だが──俺が罰を受けるのなら、あのクソ野郎も道連れだ」
思わず、ラルスは眉根を寄せる。
これは単なる密猟ではない。
ラルスは直感した。
ここで男の話を聞かなければ、きっとラルスはこれからずっと後悔するだろう。
「わかった」
だから、ラルスは迷わなかった。
「話を聞こう」
たった、一言。
それでも、密猟者の頭は、満足そうに笑った。




