1. 真夜中の遭遇
格好良い悪役な女主人公を書きたくなりました。
婚約破棄後のストーリー(テンプレ)(のつもり)だぞ! でも味付けは作者風、つまりサスペンス的なミステリー的な何かです。テンプレってなんだっけ?
お付き合いいただけると嬉しいです。
星が煌めく。黒猫が、屋根の上を駆け抜けた。
悪しき怪盗の姿を夜闇に浮かび上がらせようと、遠くにサーチライトが幾つも輝く。
風にドレスの裾をなびかせ、赤紫のドレスを着た女が振り返った。
「待っていたわ、団長様」
艶やかに笑うその顔は、この世のものとは思えないほど美しい。
耳を飾る宝石は、一般人には手も出ないほど高価なものだ。これもまた、彼女の戦利品だろう。
彼女は、七色に光る黒髪を耳に掛けた。
「今夜は、私と踊る時間があって?」
女と対峙する王立憲兵騎士団の若き団長ラルス・タンザナイトは、顔を顰める。
「ふざけるな。今夜こそ、お前を捕らえる」
苦々しい声を自覚して、ラルスは眉間の皺を深くした。
慎重に、体内で魔力を練り上げる。
ドレスの女は、楽しげに紅を引いた唇を釣り上げた。軽やかな笑い声が、夜闇に響く。
「まあ。それなら、今日も遊んで差し上げるわ」
ラルスは警戒しながら、腰に差した剣を抜く。
女に切りつけるつもりはない。だが、七色に光る黒髪は全属性の魔法を使える印──一筋縄では、いかない。ラルスは、そのことを良く知っていた。
体内で練った魔力を、剣に流す。王立憲兵騎士団が使う特製の剣身が、銀色に光り始めた。
拳銃を使う騎士もいる。だが、ラルスは今も剣を愛用していた。
「今夜も、ではない。今日で終わりにしてやる、盗人め」
動揺させられたら、負ける。ラルスは、自らを鼓舞する。
部下たちの声が、遠くに聞こえる。女の魔法で視界を妨害されているのだと、ラルスは直感した。
女は目を細める。そうすると、気紛れな黒猫に似る。
掠れた声で、女は艶やかに囁いた。
「……それは、楽しみね」
ラルスは喉の奥で唸る。女は、捕まる気など毛頭ないのだろう。
だが、王立憲兵騎士団も毎度同じ失態を犯すわけにはいかない。今日は、いくつかの罠を用意していた。
気が付かれてはいないはずだ。そう──宝石を盗むと、予告状を出す女を確実に捕縛するため、ラルスは王立憲兵騎士団の全勢力を掛けて準備を整えたのだから。
機嫌のよい猫のように微笑んでいた女は、「でも」と小首を傾げる。
「盗人という呼び方は、止めて貰えるかしら?」
「なんだと?」
唐突な反論に、ラルスは一瞬何を言われたのか分からなかった。
「だって」
女が、右手を宙に翳す。
ラルスは警戒し、半歩後ろに下がった。
「ほら、ご覧なさいな」
女の右手に、王都にばらまかれたばかりの新聞が現れた。
第一面に、女怪盗の活躍が書かれている。
「怪盗令嬢。ですって」
満足そうに、女はにっこりと笑う。
呼ぶのであれば、盗人ではなく、怪盗──そういうことなのだろう。
「なにを──、」
馬鹿なことを、と、ラルスは言いかけた。
その瞬間、新聞紙が破裂する。美しい花火のように、星が四方八方に散るように。
「──ッ!」
ラルスは目を覆った。暗闇の中に満ちた閃光が、ラルスの視界を奪う。
次の瞬間、ラルスの手が引かれる。無理矢理腕を解かれ、唇にぬくもりが触れた。
刹那の早業だった。
「ごちそうさま」
耳元で、楽しげな声が囁く。
「なっ!」
何が起こったのか──本能的に、ラルスは理解する。だが、認めたくはない。
ようやく視力を取り戻した時、その場にはラルスだけが取り残されていた。
「──くそっ」
ラルスは毒づく。乱暴に、口元を指先で拭った。剣を腰に戻す。
この場で、女を捕えるつもりだった。だが、逃した。
それでも、まだ可能性はある。諦めなければ、必ず機会が巡って来る──愚直なまでの信念が、ラルスを突き動かしていた。
ラルスは屋根から飛び降りる。同じ場所に居ても、あの女は捕まらない。
それほどの長い期間ではないが、ラルスはあの怪盗令嬢が現れてからずっと彼女を追っていた。
付き合いの浅い騎士団の部下よりも、彼女の考えることの方が読める。
そう思う程度には、真剣に捕縛の方法を考え続けていた。
「団長!」
部下が、いち早くラルスを見つけて駆け寄って来る。まだ年若いが、優秀な憲兵騎士だ。
「フィン、首尾はどうだ」
「ちゃんと言われた通りにしましたよ。これで間違いないですね!」
フィンはラルスを信奉している。きらきらとした顔で見上げられ、ラルスは仏頂面を崩せなかった。
普通の犯罪者であれば、ラルスも負ける気はしない。
だが、相手は怪盗令嬢だ。
庶民が読む新聞で称えられるほどに、優美で幻のように正体を掴めない。
仮面で顔を隠しているわけでもないのに、記憶に残るのは、なぜかその特徴的な黒髪だけだ。顔を見ても美しいと思うのに、誰もはっきりと思い出せない。
ラルスは、考えれば考えるほど深刻になる。一方、フィンはきらきらとした目でラルスを見上げた。
「なんだ」
「もしかして、またあの女怪盗、団長にだけ会いに来たんですか?」
その言い方だと、まるで逢引だ。
思わずラルスは顔を顰めた。
「そういうんじゃない。ふざけた言い方はよせ」
「でも、前もそうだったじゃないですか。俺たちは結界に阻まれて、団長だけが女怪盗と会えたんですから」
フィンは不満げに唇を尖らせる。ラルスのことは尊敬しているが、それとこれは別、と言いたげだ。
「俺はまだ見たことないけど、すんごい美女なんでしょう? 遠目で見たことがあるって、カール先輩に自慢されたんですよ」
「大した顔じゃない」
ラルスは眉根を寄せた。
確かに、フィンの言う通りだ。彼女と顔を合わせ会話をする。その機会が一番多いのは、間違いなくラルスだ。
王立憲兵騎士団の中で、ラルスを気に入っているのだろう。
そんなラルスも、怪盗令嬢の顔ははっきりと思い出せない。
カールも、明確な記憶は残っていないはずだ。そうでなければ──いや、なんだというのだろう。
ラルスは息を吐く。理由は分からないが、下腹から妙な苛立ちが湧き起こった。
「最後まで油断するなよ」
「もちろんですよ!」
気を引き締めろと、ラルスは告げる。
フィンは強く請け負うが、ラルスは不安を拭えなかった。
王都中に張った罠は、一つの緩みもないはずだ。
王立憲兵騎士団の使う魔法は、アンバジェス王国随一である。
たとえ全属性の魔力を持つ怪盗相手であっても、その技術は引けを取らない。
「団長にしては珍しく弱気じゃないですか。こんだけ全力出してて逃げられるなんて、滅多なことじゃありえませんよ」
確かに、フィルの言う通りなのだろう。
王立憲兵騎士団は、間違えない。狙った獲物も、逃さない。王からの信頼も厚く、王国民や貴族たちの支持も強い。
だが、ラルスの心のうちには、抑えきれない不安が芽生えていた。
「油断が命取りなんだ。これまでが順調だったからといって、これからもそうだと思うな」
ラルスは、団長としてフィルを戒める。
だが、その声は、自分に言い聞かせるかのように響いていた。




