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過去のやらかしと野営飯  作者: 琉斗六


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4/5

 昨晩野営をした場所に戻り、ユーリイはテントを張った。

 ランスが昨日整地してくれた場所ならば、野営でも寝心地は悪くないはずだ。


 あの場で、ランスには解毒剤を飲ませた。

 意識があったら拒まれたかもしれないが、口移しでなんとか一口だけ。


──耐性があって、解毒剤も飲んだ。マスクもしていて、毒を吸引はしていない。


 それだけ条件が揃えば、命の危険は無い。

 それは今までの経験から知っている。


 だが、手の震えが止まらない。

 このまま二度とランスの意識が戻らなかったら? という恐怖が、ずっとまとわりついている。


 ユーリイは、焚き火の傍でジッと身動ぎもしなかった。




§



 ユーリイ・アッシュホロー・ヴァルクレスト。

 それがユーリイのフルネームだ。


 長兄のアレクセイは、体は丈夫で、剣技も魔力も人並み(・・・)の才能を備え、少し狡猾で領地経営に秀でた、貴族の跡継ぎとして必要な資質は全て持っている人物だ。

 次兄のパヴェルは、非常に体が丈夫なことを除けば、全てが凡庸な人物であった。

 三男のユーリイは、剣技と魔力に特別優れた才能を持っていて、(だれ)より素直で正義感に溢れた子供だった。


 それは、貴族家の三男としては、あまり求められない資質であった。

 ユーリイは、二人の兄を、兄として尊敬していた。

 だが二人の兄は、ユーリイの才に好意を示さなかった。


 アレクセイが、ユーリイの才を愛でていれば。

 もしくはパヴェルがユーリイを弟として愛していれば。


 ユーリイの人生は、違っていたかもしれない。

 余計(もの)として、それほどの才があるのならば、その才で身を立てろと、追い出されることもなかったかもしれない。


 現・ヴァルクレスト侯爵は、三男を "いないもの" と扱い、成人する前に家から離した。

 それでも、ヴァルクレストの紋章の(ハイ)った短剣を渡し、もしもの時は名を使うことを許し、身を立てるために必要な費用──見習いとして最長である一年分の賄い金を持たせた。


──僕は、余計(もの)だ。


 14歳のユーリイは、それまでの人生を父と二人の兄の関心を買うことに費やしてきた。

 家を出された日は、その全てを否定された日だった。




§



 冒険者ギルドに登録をしに行った日。

 ユーリイに付き添ったのは、侯爵の側近を勤めているグスタフだった。

 子供の頃から知っている、めったに表情を動かすことのない武官。


 グスタフは、冒険者ギルドの長にアポイントを取り付けると、因果を含めてユーリイを「15才の見習い」として登録させた。

 最後に彼が一言「ご武運を」と言い、ユーリイに敬礼をしてから部屋から去ったのを覚えている。

 ギルド長はユーリイに冒険者のタグを渡し、それから受付嬢に「ランスに割り振ってやってくれ」と言った。

 受付嬢に案内されて、ギルドの一般フロアに行き、そこでランスと顔合わせをされた。

 それが、ランスロットとの出会いだった。


 クエストの受注の仕方から始まり、野営時のやり方や注意点。

 文字が読めるなら、ギルドにある魔獣の事典を見ておくこと。

 事典に書かれていたことは、実地の時に自身の五感で確認すること。

 剣技や魔力がどれほど優れていても、安易に大きなクエストに挑まないこと。


 ランスは、懇切丁寧に教えてくれた。

 自分が年齢詐称をしていることを知っても、事情があるなら仕方がないと流してくれた。


 ランスの作る野営時の食事、寝床。

 指導を真似て上手く出来た時には、手放しで褒めてくれた。

 失敗をした時は、上手く出来るまで根気よく付き合ってくれた。

 それが、ランスの持つ──冒険者をくだらない理由で死なせないという、信条に基づく指導だと、彼は最初に告げた。

 それでも──。


──アレクセイ兄上は、才ある僕を競争相手としか見なかった。

──パヴェル兄上は、僕を見て見ぬふりをした。

──父上は、僕をいないものと扱った。

──僕を手放しで褒めてくれたのは、ランスしかいない。


 15歳の誕生日を祝ってくれたのは、ランスだけだった。


 それでも、ユーリイ自身は分かっていた。

 ランスに執着をするのは、筋が違う……と。


 だが、ランスの元を "卒業" して、冒険者として活動を始めたところでもまた、ユーリイは躓いた。




§



 冒険者として活動を始めて、ユーリイはトントン拍子に三級まで進んだ。


 剣技も魔力も、素養は充分。

 最初に持たされた装備品も、侯爵家では最底辺の兵が持つような品であったが、駆け出しの冒険者が持つには分不相応な上級品ばかり。


 だが──そこで足が止まった。

 三級から二級に上がるには、大きな壁がある……と言われている。


 二級指定の魔獣は、知恵や特性を持つ。

 集団で連携を取ったり、待ち伏せなどの罠を張る。

 毒や麻痺といった、状態異常を起こす爪やブレス。

 更に初級の魔法を扱うものもいる。


 つまり、今までのような "力押し" 一辺倒で倒せなくなってくるのだ。

 パーティのバランス、戦術、連携。

 そういった互いの信頼や力量を見誤らない冷静さなど。

 そうした準備と調整で、多くの冒険者が先へ進めなくなるのだ。


 だが、ユーリイが躓いたのはそこではなかった。

 父や兄からの信頼と称賛を欲して、幼少から鍛えた体と技。

 潤沢な魔力と、高貴な血筋によって恵まれた魔法の知識。

 純粋な戦闘力だけで言えば、既に "人間の域" を超えたと、長年多くの冒険者を見てきたギルドでさえもが認めるほどだった。

 戦術や対策、臨機応変な対応もまた、幼い頃から騎士団に混ざって学んだものが基礎になっていた。


 問題は──それ以外。

 主に人間関係に関するそれだった。


 ユーリイは、パーティにランスと同等の支援を求めた。

 冒険者の指導をされた、あの "一年" が、ユーリイの基準となっていた。


 それが、最初のズレとなった。


 一般的な冒険者──三級までトントン拍子にランクを上げ、次なる試練に挑もうとしている(もの)たちは、冒険者の遠征になんの期待も持ってはいない。

 野営とは、食えるものを食べ、寝床の硬さを我慢し、目的を達成すること以外に気など払わないのが当たり前だ。

 それ以上の環境を求めるのは、二級に上がったあとに考えること……であった。


 ユーリイとパーティメンバーの間に生まれた、価値観の溝は、結局最後まで埋まらなかった。


 狩った魔獣を手渡せば、自分で解体をしろと返される。

 肉は火が通っていないか、もしくは焦げたものしか出てこない。

 テントを張って食事が出来れば上等で、寝床に気など払わない。


 期待した "当たり前" が崩れていく。

 指摘をすれば「贅沢だ」と返される。


 何人もの冒険者とパーティを組み、ポーターを雇ってみたが、状況はさほど変わらない。

 挙げ句の果てには、侯爵家の家紋入りの短剣を所持していることも含めて "贅沢病の坊ちゃん冒険者" などと揶揄された。

 パーティメンバーに求められる条件は、 "料理スキル必須" と後ろ指をさされたりもした。


 だが本当に料理人を連れて行っても、結果は同じ。

 普通の料理人は、調理場あっての料理スキルであって、野営ではその腕を振るうことは不可能だった。

 去っていった冒険者たちが「二級に上がってから考える」と言っていた状況は、本当に二級に上がった(もの)たちと行動しても大差なかった。


 結局、(だれ)もが野営に癒やしを求めることなど、諦めているのだ。


 だが、ユーリイは諦めきれなかった。

 現に "ランス" という存在を見て……体験してしまったあとに、それが理想であり幻想であると言われても、肯定できるはずもない。


 ユーリイが最後にすがれるたった一つの希望。

 それは、ランスの言った「待ってるよ」の約束だけだった。

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