第九十四話 過去より出しものたち
「おい、何してんだランド...なんちゃら、長い名前多すぎて。」
「お、少し」
「ってお前騎士よ、なんだそれ、棒切れ?!」
「そうだともさ、少し歩き」
長くもない、かと言って短くもない時間をこの島で過ごした、しかし未だにあの船長の存在を感じている。
二人の言葉を聞いているのに遠く感じる。
「そもそもお前もそうだけど、閣下も他人からかはマイビンで...それに自称はマイブンか?だとか、変な名前のやつ多すぎるわ!」
騒がしいせいなのか現実感が、現実味がない。
それは今までならば普通のはずだが、しかし今は体の中に蜂すらないのにこれは錯覚というべきか。
私が感じるのは一体。
大きな声が響いてくる。
決して眼前にいる彼によるものではない。なぜかそう思える。
「グロハー!てめぇの目しっかり見ておけ、うお。」
もしかして遠くの地でかの船長はまだ生きている。
ラアンドリウスはそう考え、のその考えの通りであって、船長のへヴェルガは生きていた。
彼を生きた屍、食屍鬼にした存在は。
(まぁ、幸いだった、あれほども多くはいても、あの魚野郎どもめ、我が愛船を前にしては逃げて、水に落ちた...)
彼らはいうまでもなく、耳の裏に鰓を生やしている漁民に対峙していた。当然と言えば当然だ、島に入るために海を行けば、必ずこの大きくて目立つ船に気がつくはずだった。
「おい、てめぇら、船をまだ寄せるな、死んだかどうかも、木片やら屍が浮かんでからだ。」
かの船長は島に上陸せずに、人としての補給を欲しない船員を連れて、ただその付近を旋回していた。
どうやら島に来たエアルダの民に先に出会したらしく、それに警戒をして、未だに上陸をしようとしていないようだった。
「あいよ!ヴェルガ船長!」
「ヘィヘィ...しかしこんな場所にガキがいるとはねぇ。」
子供、少年、それは決して何か特質な存在ではなかった。だからこそおかしかった、海上の孤島になぜよわき存在がいると。
なぜ単身でいると。
獲物だ、そう捉えるしかないと、彼らは思った。
「しかも、最初どうも変に音がするなぁって思ったら子供って...いやにしても柔ケェなへへ」
一人の男がその子供に体の柔らかさについて語りながら今触り始めた、二の腕やら他の部位やら。
「食って...みるか!」
「ぎゃあああ!」
「な、なんだこのがきは!?」
「我はガルシドュース=ウガュスアルダシグル。本物の龍にある。ここにて魔法帝国“ザガンサ”の帝都の守護偽神、“謀る暴虐者”“ゲルガンマ”の残りを借りて顕現した」
「なっなんだ....?!」
「慌てるな。」
「せっ、船長!」
「やつの言葉に乗るんじゃない、よくは理解できない凄まじいやつを感じるのだが、以前にあった幻術のやつらに似ている。」
「ならうお」
「リディバウ!(けつかよ?!)」
「...何言ってんだおまえ。」
「すまん船長....故郷のくそ」
「黙れ、汚らしい。縛り付けて離れていろ、なんなら言葉も聞くんじゃない。」
ほかの取り乱しを止めたのは船長、蜂の男、ヴェルガであった。
彼は超常なる力があるだけあって突然の奇怪な現象にも動じなかった。
それに対して、反対的な状態にいた人はいた。
彼が思うのは明らかにおぼつかない事だった。
今にも。
(しかし、まずいな、エバンドルの能力をやっと理解して、夢を現実にできると思ってたら、集団の信仰がなきゃ意味ないか。向こうもなにか能力あるし)
冷静な判断を下した船長に対して、ガルシドュースは酷く困っていた。
彼は船からの悪縁の血を吸う存在に嫌悪を感じて戦っては、やつが呼び押せた空間に閉じ込められたのだった。
そのせいもあって今も外にうまく出ていない、今のこれも全てそれと関係ある思念だった。
なんだってそれらはすべて彼が今し方に覚えたもの、敵の動き、エバンドルがしてきたのを見てたのを此処に真似たものにすぎない。
(エバンドルが執着していた神域に少し理解できたから、こうしてやつの力が使えるようになったが、あくまでもあいつの力で、域内の思念も信仰も全てあいつが、エバンドルが扱えるようなものばかり....)
「おい、さっさとしろ、こいつが黙ってちゃあまずいな、喋らないのも嵐の静けさだ。だが殺すな、俺..う、この私にいい考えがある。」
先ほどから船員により厳しくあたり、それが勢いますほどのものだった。
なぜならばヴェルガは少し優雅や貴族に憧れていて、言葉遣いを気にするところがあった。
(..警戒されたか、殺してやりたいのが山々だ、無理か。)
「喋らない…なぁ船長、まさかこいつ。」
「海妖の類か」
三人は声を揃えたように言った。
海妖、それは船乗りならば決して忘れはしないほどの怖い存在。例え死を目の前にしても。
緑髪の悪魔である。
(しっかしこいつは...あぁあ!あの船のへヴェルガ・ド・ンテンってやつか。なんか気持ち悪いな)
ガルシドュースは三人から死刑を下されたのを、そうもしれずに、ただただ、虫を体内に置いているヴェルガを気持ち悪がるだけであった。
「ぎゃーあ!」
「うぉ、こいつ耳を塞がないと。」
「嘘だろ!口を塞げ!手を離すんじゃない!!」
ゴロゴロ
「おい、てめぇら!はなすな!おい!そのガキを縛れっつっただろぉぉぉ!!」
「すまん船長、つい耳塞いっ、見逃してた。」
ヴェルガが怒鳴った瞬間、船員の一人が勢い余って縄を投げつけたが、狙いが完全に外れて、縄は風に煽られて船長自身の顔に直撃。
ぐるぐるとその目の周りに巻きつき、ヴェルガが「むぐっ!? 何だこの縄は!!」と鼻血を出しながらもがく。
「す、すまん船長! 手が滑った!」
「滑ったんじゃねぇ! お前の頭が滑ってるんだよ!!」
その騒がしさに乗じて、ガルシドュースが「う、動け…!」と体をくねらせる。
「逃がすかよ!」
ところが少年の体は異常に柔らかく、まるで餅のように伸びて縄からスルリと抜けた。抜けた反動で体がビヨヨーンと反り返り、そのまま後ろに転がって甲板の樽に激突する。
ガシャン!
樽が割れ、中の酒が盛大に噴き出す。酒の飛沫が三人の顔に直撃し、船員たちが「げほっ船長のやろうしか飲まんいいしろもんじゃい!」と喜びながら舐め始める始末。
「てめぇらけつの皮ひん剥いてやんぞほらあ!!」
ヴェルガが怒って足を踏み鳴らした拍子に、飛び出していくが着地場所が悪いことであった。
「あっ!」
酒でぬるぬるになった甲板で盛大に滑るヴェルガであった。
当然ドタバタバタバタと足をばたつかせながら後方に転がり、ちょうど船縁にぶつかって「うおっ!?」と体を船外に半分乗り出す。
「落ちろ!」
「泳ぐのか!?」
船員が憎き相手を落とすとでも。
掴んだのは船長のズボンだった。
「オラァ!」
ズルッと音を立ててズボンが脱げ、ヴェルガがパンツ一丁で奴らを振り落とした。
いや脱げたというよりは崩れたか
「貴様かぁー」
その騒ぎの最中、同様に転がる存在はいた。
ガルシドュースだ。
(セオリクとの同調のおかげで力時代は違えど再現程度ならば...)
しかしせっかく力を加えたのに、少年の柔らかい肉体では威厳もへったくれもない。
そして次に彼が必死に立ち上がろうとした瞬間、船が波を受けて大きく揺れた。
ヴェルガはなんとか船に船員を一人つかんだ、なんと片手でそれを持ち上げて、甲板へと叩きつけようとするだった。
「やめてくれ!!!ヴェルガ船長!!」
「てめぇは海妖か、それ以上のものか。」
ヴェルガが片手で船員を力任せに甲板へ叩きつけた瞬間、明確な折れる音が響いた。
いやそれ以上だ。実際ほかのものが勘違いするほどに。
「うわぁ!」
「なっなんだ!?砲弾が爆発か?」
「いや雷だろう!」
それは船員の体が甲板に叩きつけられた衝撃である。
その船員というと。右腕が肘のところで逆向きに折れ、左脚の膝が内側へねじれながら骨が飛び出す。
血が遠くまで飛んでは酒に混じった甲板に飛び散り、甲板を染め上げる。
船員は呻きさえ上げられず、口から血泡を吐きながら転がる。だが、それだけでは終わらなかった。
無数の小さな翅が羽ばたくような音が激しく
折れた、ヘタリ落ちるか、くねくねと身を萎ませるようなその背中はおかしくなり始めた。
首筋にかけて皮膚が波打ち、何か次々と飛び出した。
「キモちわる」
蜂——いや、蜂に似て非なる黄金色の虫たちが、一斉に宙を舞う。翅の音が甲高く響き、血や酒の飛沫と混じって甲板の空気を震わせた。
「聞いてんだぁ、てめぇは海妖か、それ以上のものか」
(質問がしつこい...何が、目的は。)
質問の目的は船員を叩きつける理由と一致するものだった。
叩きつけたには単なる制裁ではなかった。体内に巣くう異形の虫たちが、少年の気配に激しく反応したからだ。
ヴェルガ・ド・ンテンの血と肉を糧に共生する、あの虫どもは、ただの寄生ではない。彼がかつて“死んだはず”の海で、ある存在にの代わりに得た、呪いによる力の結晶だった。
虫たちは彼の神経に絡みつき、外界の異質な気配を嗅ぎ分け、危険を察知すれば即座に宿主を駆り立てる。少年——ガルシドュース=ウガュスアルダシグル——から漏れる、得体の知れない気配が、虫たちを完全に狂わせたのだ。
だから言葉は繰り返される。
きっと彼は恐れをなし、考えている。
ただの幻術じゃない。何か、嫌な匂いがすると。
そう本能で察し、宿い主に自分達を解放して、彼らが彼を守らせようとする。
虫
そう 虫
虫は群集であり、個体を持たない。
働き蜂が生涯かけても決して子を成さないように、女王蜂が動かぬ生殖のものであるように。それらの役割はまるで人体の器官にあるようだ。
ヴェルガとこの虫らの関係はそう見える。
虫たちはまるで巣を守る蜂や蟻のようだった。
そうだ、巣穴、巣窟。ヴェルガはきっと彼らにとってそれほどまでにある存在だ。
ならば彼らはどれがどれを形成し、支配しているだろうか。
虫が提示をくれるというならば、どれが主体か。
それを破ってこそ敵は彼を葬りされるのだろう。
だから彼は悪名高い存在であろう
しかし、今のガルシドュースにはそれを知る道理などなければ、それを破る事のできた力もない。
彼はガルシドュースではない。
謀る暴虐者“ゲルガンマ”に近い存在の少年なのだ、
今の彼は。
両者共にそこを知れずに、その恐ろしさの正体も知ることもないままに睨み合いをする。
相手がとても恐ろしい強敵と捉えている。
何かを感じているだろうか。
ヴェルガ拳を握りしめ、叩きつけた船員を一瞥した。
折れた肢体から漂う鮮血と恐怖の気配が、虫たちをさらに刺激する。恐怖は死に負けるも餌になる。虫たちは宿主の感情を増幅し、力に変える。
だからこそ、船員を叩きつけ、肢体を折る必要があった。
動揺を抑え、虫たちの過剰な反応を一時的に外へ逃がすためだ。暴力による痛みの命令が、共生関係の均衡を取り戻す唯一の手段だった。
甲板に転がるガルシドュースは、軟体のように柔らかい体をよじりながら、ゆっくりと上体を起こした。樽の破片が髪に絡み、酒の匂いが立ち込める中で、少年の瞳だけが異様に澄んでいた。
だが彼は力など発揮しなかった。
セオリクとの同調で得たものはまだ不完全で、今のこの場では何も起きない。ただ、観察するしかなかった。
酒でぬるぬるになった甲板に、折れた船員の体がよたよたと動く。右腕は肘から先がぶらぶらと垂れ、左脚は膝が内側にねじれたまま、それでも体を起こそうと足をばたつかせる。
「緑髪の悪魔か、どれが真の魔神か教えてやる。」
ヴェルガがそういうと虫たちが船員の傷口に群がり、肉を穿つように食い込み、神経を無理やり繋ぎ直しているのだった。
骨が飛び出し、筋肉が引き裂かれ、普通なら死んでいるはずの体が、まるで生きる屍のように動き続ける。
「ぎゃ……ああ……あっ……」
船員の口から、呻きが漏れる。目は虚ろで、焦点が合わない。
まるで陸にでも上がった魚だった。
「緑髪...?俺か?」
(緑って確かリドゥにそんな髪はあったような...)
「グオおお」
先に返答したのは船員だ、それは口からは血と涎が混じった泡を垂れ、甲板に落ちた酒に混じって赤い筋を描く。
ガルシドュースいや、ゲルガンマは、その光景をただ見つめては、やがては口を開いてこういった。
「酔っ払いどもめ、緑って、海藻と間違えてんだろ。」
なんと彼は獰猛な海賊たちをただの酔漢と看做しては、それらが酔いのままに甲板から海に身を沈めては、海藻に足を絡めて溺れ死ぬものと称した。
「ふぅん」
(……生きる屍、か。虫に動かされてるだけだとしては妙に生き生きだな、それに折れた肢体が、まだ動いてやがるおかしい。)
内心は冷静だった...はず。
しかし船員の体は明らかに砕かれている。叩きつけられた瞬間に折れた腕と脚が、虫たちの力で無理やり動かされている。
死んでも死にきれない体。見たてによれば船長の体内に巣くうものと、同じ性質を持っているのだろうか。
ヴェルガは一歩踏み出した。
酒で滑る甲板で靴底がぬるぬるした木目に沈み、ギシギシと小さな水音が立つ。
「……おい、てめぇら。動くな」
威圧的な声。
そんな声と折れた仲間の姿を見て、もとより驚いて動かずにいた船員たちはさらに動けなくなっていた。
だから虫たちが宙を舞い、折れた肢体に群がる様子が、彼らの目に焼き付いている。
だから恐怖は出でる。
倒れたそれの背中からさらに虫が飛び出し、それの首筋に食い込む。
それの体がびくりと跳ね、折れた腕を引きずりながら、よたよたと船長の足元へ這い寄ってくる。
生きる屍のような動きで。
ガルシドュースは、ゆっくりと首を振った。
「神か、悪魔か期待して見たが虫遊びとはこれまた....蠱毒というものは虫を壺に置くようにして、虫を育てる術だが....これも結局は死人を蛹や巣窟にしているだけだ。」
少年の言葉に、ヴェルガの眉がわずかに動いた。
男は神だの何だのといったのがなぜ出てきたか知らない。概念さえ知らなかった。
神なんていないと信じているからだ。
ただ、このガキから漂う嫌な気配を、虫たちが敵と判断したことだけが全てだった。
「船長ひでぇぜ、俺はまだ何もして」
そして何より、蠱毒を知られている。
ならば彼も自分が船員を投げたのは攻撃と知っているのでは、自分の神秘性は失われているではと心配した。
悪名高き、その正体は、実力と演技が重ねて得た結果であった。
だからヴェルガはそれだけではない。
彼は思っている。
(おまえは俺をみくびりすぎる)
だから男ヴェルガは、まず表で目立つものを技とした。
虫はただの餌だ。
後追いに技は来る。
だが最初はまずは虫だ。瞬間、虫たちの羽音が一変する。
船員から噴き出したのだ、黒い風にあるように。
黄金色の虫は黒き群れとして一斉に向きを変える。
折れた船員から離れた虫たちが、宙を旋回し、まっすぐ少年へ向かって飛来した。
ガジ 噛ッ!
ゲルガンマの柔らかい体を狙い最初の一匹が肩に止まり、次の一匹が首筋に食い込み、さらに数匹が腕や胸に群がる。
当然柔らかな体に鋭い痛みが走り、少年の体がびくりと跳ねた。
「……っ」
彼は体をくねらせ、虫を振り払おうとする。
だが柔らかい肉体は、逆に虫たちの食い付きを助けてしまう。
絹のように伸びる肌に、黄金色の虫が次々と潜り込もうとする。
神経を穿たれか、感覚が乱れ始めるか。
目的はそれだけだろうか。それだけが手段か。
へヴェルガ・ド・ンテンなる存在はそうではない
やつは最も恐るべき存在の禁足地そのものを持っている。
黒海法典
浅はかに使おうとも切断された腕も動く、流れる血液が結果だけを迎える、折れた骨が槍になる。
それは条例だ、今よりそれは行われる。
第一条『離』
“一度離れたものは、二度と元へ戻らない”
剣を弾かれた、腕を切られた、息を吐いた。
その「離れた」という事実が固定される。
武器は持ち直せない、ならば切断面は再生せず、斬撃は続けられる。
吐いた空気は吸えない、戻らずにあたりへ吹く
そして
第四条『路』
“通った道は、再び通れる”
一度斬撃が通った軌跡、拳が走った軌道。血液が流れてきた血管の奥。
そこを何もない状態から”もう一度”行動が走る。
まるで過去が繰り返されるように、血が衝突しては全てを壊す。
「借用、署名」
「ッ?!」
「お前はそれすらも使えないのか。我は失望した。」
(黒海法典、我が、謀るゲルガンマはかつて所持していた。そう、例えば借用...結果を借りられる。相手が後に回避する未来を借り、ほかも併用する。)
「お前は使いたいと思っているはずだ、だがそれほどまでではない。結果を借りられないクズめ。それは結果として相手は避け終わった状態になるが、実際には身体を動かしていない。つまり避けたはずなのに避けられていない。」
位置関係だけがおかしくなる、実際には身体を動かしていない。
無数にある能力は徐々に掛け算を生み出し、本来できないこともできてしまう。
順位関係をいじっては相手の影をまるで移動の本体にして、強い光を照らして、影の揺らめきで本来影の元であるはずのその肉体は動き出す。
影につられて。
「それほど我の、我が力は強い。」
「あぁ、やっとわかったぜ、てめぇへの俺が恐れなした理由もだぜ。運命的じゃねぇか、海賊らしいぜ。だからを殺す、奪う、滅ぼすんだ」
「へヴェルガ...だろう本来の呼び方なら、一応俺は言語の上手なんだ」
「...ずいぶんと舐めた口聞くじゃねぇか小僧!」
対峙する両者、ここにいる唯一対等なようにへヴェルガの名を貶して、ゲルガンマは呼んだ。
しかし両者を遮るように甲板の端、樽の残骸の影から、一人の人影が静かに現れた。
影から何のだろうか、だがわかるのは被り物をした人物だった。
顔は布に覆われ、姿形さえ曖昧で、ただ静かに立っている。
波の音も、虫の羽音も、その人物の周囲ではわずかに遠ざかるようだった。
まるで世界を遮断するように
ヴェルガが眉を歪ませ、船員たちが息を飲み、ボロボロになりつつあるゲルガンマもその人物を見た。
「おまえ、誰だ。」
誰かが耐えきれずに口を開く。
だが、その人物は会話に応じなかった。
質問にも答えなかった。独り言のように呟く。まるで命令よりも上の事実を述べるみたいな口調であった。
「まだ、時期は速い」
その声が響いた瞬間、ゲルガンマはふっと輪郭を失った。
肉体が光が消えていくかのまたは弱くなったように揺らぎ、消えた。
本来虫たちが群がっていたはずの空間が、空になる。少年の姿は、痕跡すら残さず、突如として消えた。
甲板には、酒と血の匂いと、羽音を立てる虫たちと、折れた船員のよたよたとした動きだけが残された。
それが証拠だ。
被り物の人物は、それ以上何も言わず、静かに影の中へ戻っていった。
「おい!」
追いかけるへヴェルガだったが、誰もいなかった。
それは使徒だ
いまだにくる子爵の親衛隊をも超えし存在にして、確かに九勇士の一員である。
今は減員したせいで六勇士というべきか。
子爵を入れても
アグノダス=ゴッダラ
子爵領決戦までに出会いこそないが二十三路諸侯続き八王が一人、最後は赤帝のガルシドュースに確かに多くの阻みを下したもの。
彼の使徒もまたこうして今から何かを企む。
過去は常に追いかけるように続く。
帝国の勢力の甚大さだけによるものなのか、またはその人が為すことのためか。あるいは無数に存在する欲望が理由か。
まだまだガルシドュースを含めて彼らは馴染みのある存在と出会いをする。
子爵も、法務部も。
そして、海が父よ




