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青灰の地より  作者: 不病真人
第一部 龍と男に焔 第三章 黎明が前の明け星

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第六十三話 帝都大備忘録・什貳 耳障りな音

 人影は、ただそこにあった。灰色に膨れ上がった体、うねる血管の痕跡、死と生の境界がもはや分からない姿。静寂は濃く、空気は冷たく湿り、地下室の石壁がその死を吸い込むかのようにじっとしている。


人というのは不思議なものだ。

どうして同じ種が死んでいることに、こんなにも心を揺さぶられるのだろうか。

鳥や獣の死を目にしても、どこかで納得し、あるいはすぐ忘れてしまえるのに、同じ血を引く者の死は、胸にひりつくような痛みを残す。

悲しい、嫌だ、という感情が、理屈を超えて体を巡る。


ほかの種もそう思うのだろうか。そもそも俺以外でもそう思うのか。


ハルドが軽く息をつき、剣を下ろす。リドゥは眉をひそめたまま、ふわりと影と光が揺れた気がする。三人の間に言葉は少ない。あえて触れず、ただ視線を落とす。

 (人の死は見慣れたが...このなれ果て...以前から思っていた。どうも俺は受け入れられない。人をこんなにもしてしまうことを。)


 触ろうとして見る。灰色の人影の横には、儀式の名残と思われる小瓶や灰、そして血の跡が無造作に散らばっていた。まるで、狂気の手が一度踊り狂い、消えていったかのようだ。


「まぁ、ここが安地ではないことは明白ある。」



ハルドは背筋を伸ばし、地下室の奥をじっと見つめた。

「怪物が出てきそうな感じ。」


俺は闇を一瞥しする。


 もしかすると以前セオリクの記憶で見たようにここでは何か、そう、まずいこと、例えば実験が起こっているかもしれない。

そう思わせてしまうことがある。ここには。


 「城主をどう思う、ハルド。お前はこのあたりをよくしるはずだが。」


ハルドは少し考えるように目を伏せ、それからゆっくりと首を振った。

 「あっし、そんな身分に見えて?」

 「いや。」

「でしょうね。」

声は湿った石壁に吸われ、消えるというより、闇の奥でじっと潜んでいる何かに拾われたように響いた。

俺は舌打ちして肩をすくめた。

(これならいろいろと隠せそうだが。)


「鉱石の精錬か薬草作りくらいだと思ってたけどな……。ここまで見てきたが。なぁ、鉱石に薬草!...知ってる?ちょっと面白い逸話の...?」


誰も笑わない。

その無言が、かえって胸の奥に冷たいものを落とした。


 そのせいか、床の瓶をつま先で蹴ってしまう

カラン、と甲高い音が広間に響き渡る。

音は通路の奥で何重にも反響し、やけに長く耳に残った。


ガッ


音が消える瞬間、奥から何やら別の音が返ってきた。


「……聞いたか?」


ハルドが剣の柄に手をかける。

リドゥはすでに灯りを少し強め、影が壁に長く伸びた。


 そのとき、通路の奥から短い叫び声が響いた。

男か女かも分からぬ、甲高い声。

一度きりで途絶え、再び闇が支配する。


「今の……人か?」


「わからん。」


 背筋がぞくりとした。

見えないだけで、この先に何かがいる。

人か、怪物か、それとも……。


「行きやす?」


ハルドが言い、俺は頷く。

 

 リドゥは顔が少し蒼白なもので小さく息をつき、最後尾についた。


 重厚な鉄の扉を壊さないように慎重に力を少し加えて押し開けると、軋んだ音が響く、先の地下通路に響く。

冷たい空気が流れ込み、油の灯りが揺れた。

湿った石と鉄の匂い、どこかで腐った肉のような甘ったるい臭いが混じる。


「...ふぅん、甘いな。」


 通路は長く狭く、天井が低い。

歩を進めるたび、水滴がぽたりと落ちる音が頭上で響く。

そのたびに全員がぴくりと肩を揺らす。


 (動くにくいかもしれない。)


「止まれ。」


ハルドが低く言った。

耳を澄ますと、前方から何かを引きずる音がする。

ずる、ずる……と、地面を這う音。

次第に近づいてくる。


 緊張で喉が渇く。

俺は槍を構え、呼吸を整えた。


ずる……ずる……。


 闇の奥で、何かが動いた。

灯りの届くぎりぎりで、濡れた影が一瞬光を反射する。

次の瞬間、通路いっぱいに響き渡るような雄叫びが炸裂した。


「アッ!」


 耳が痛いほどの声。

叫び声はすぐに複数に増えた。

通路の奥から、骨と肉を叩きつけるような足音が響き出す。


 ただそんな音が鳴る。


 誰も声を出さない。

 出せない。


 冷気が首筋にまとわりつくようだ。

呼吸がやけに大きく響く。


視界の先が霞むよう...いや。


明かりが少し揺れている...

 リドゥが無意識に息を止め、肩が震えているのが分かる。これのせいだ。


呼吸が荒く、音が激しい。

 ――ひゅっ……ひゅっ……ひゅっ……。


 息の音。

違う、俺たちのだけではない。


奥から、かすかな声がしている。


 ――ひゅっ……ひゅっ……ひゅっ……。


 長すぎる。吸うばかりで吐かない。

 人間なら肺が焼けるはずなのに、続いている。


 「……人か?」


 誰も答えなかった。

 リドゥの灯りがぶるぶる震え、明暗が揺らめく。


「ここ……何かおかしい。」

手先だけでなくリドゥの声も震えている。

原因がわかる。

おかしい....灯りの光が揺れるたびに影が壁で踊る。影は人間の形をしていた、いや、していた“ような”形だ。

頭部が不自然に傾き、腕が異様に長く伸びている。だが、振り返ってたり、見渡してもここでは何もない。

ただの揺らめきか、それとも……。

 突然、灯りが一瞬だけ暗くなる。リドゥが息を呑み、灯りを握る手が震える。

「今……何か動いた?」 彼の声はほとんど囁きに近く、恐怖が滲む。

「見間違いだろ。」

ハルドが低く言うが、その声にも確信がない。


ずる……ずる……。

音が近づく。今まで聞いた音と同じだろうか。

 だが、今度は足音ではない。まるで何か重いものが地面を這い、壁を擦るような音だ。湿った石の表面を、ぬるりとしたものが滑るような。

 俺たちは無意識に肩を寄せ合い、灯りの輪の中に身を縮める。

光の外は闇が支配し、その闇がまるで生き物のように蠢いている、何かが潜んでいるように。

「ハルド……城主の話、やっぱりなんか知ってるだろ?」

俺は怪物か何かを刺激しないように声を低くして尋ねる。

また、恐怖をごまかすように、言葉を絞り出す。

「知らんが、なぁだが、こんさき、近くある時は……人攫いのネタが……。賊と思いたいが。」


 「今はそうならないだろうな、多分。」

 その瞬間、蹴っ飛ばした少し先、床の小瓶がカランと小さな音を立てる。

誰も触っていない。俺たちの足元から少しばかり離れた場所で、瓶が勝手に動いたのだ。

「う。うわぁ!」

 リドゥが小さく悲鳴を上げ、灯りが激しく揺れる。影が壁を駆け巡り、まるで何十もの人影が一斉に動いたかのように見えた。

だが、振り向いても何もない。

「今の……何だ?」

リドゥの声が震え、灯りの光が彼の顔をさらに青白く照らす。

「瓶が……勝手に?」

俺は言葉を続けることができず、神術か、魔法か、という思考で頭がいっぱいだ。


ひゅっ……ひゅっ……。

 呼吸音が再び響く。今度は近い。あまりにも近い。すぐ後ろか、あるいは頭上か。音は不規則で、理由はやはり吸い込むばかりで吐かない。

普通の人間の肺ではありえない、異様な感覚。

(やはり神術か!)


「リドゥ、こっちに灯りを!」

 ハルドが叫ぶが、リドゥは凍りついたように動けない。


「もう、うんざりだ!」

考えるよりも先に体が動いていた。

武器を振り上げ、前へ投げては、通路の奥へ向かって突進する。

武器を投げたのはなんでだろうか。

体の判断か?

腕が交差するように頭上を守る形になっていた。

「うああああ!」

闇の奥に潜む何か、それが何であれ、俺はもう耐えられない。この閉塞感、この見えない感覚に押し潰される前に、ぶち壊してやる!

「待て、だなぁ!」

 ハルドの叫び声が背後で響くが、もう耳には届かない。足が石床を叩きわり灯りの届かない闇に向かって突き進む。

ずる……ずる……という不気味な音が一瞬止まり、代わりに低く唸るような音が響く。

「いたぞぉ、いたぞおおお! 出てこい!」

俺は叫びながら、全力で突進する。

石壁に頭が当たり、火花が散る。ガキン! という甲高い音が通路に反響し、まるで地下全体が震える。壁が裂けて、細かな石屑がパラパラと落ちる。

もう俺は止まらない。もう止まれない。

 「落ち着け! 戻れ!」

ハルドの声が遠くで聞こえるが、俺の頭は熱に浮かされたように働いている。

通路の曲がり角に差し掛かった瞬間、俺は頭を少し下に振り下ろす。

重い鉄の扉が目の前に現れ、額と叩きつく。

ガアン!

 鉄が軋み、扉が簡単にひしゃげる。

俺は勢いに乗り肩で残った扉を押し開けると金属が悲鳴を上げ、扉が完全に外れて倒れ、砕け散る

「くそっ、どこだ!?」

 俺は叫びながら、さらに奥へ突き進む。通路はさらに狭くなり、天井が低く、頭をぶつけそうになる。灯りの光は遠く、リドゥとハルドの声が聞こえなくなった。気づけば、俺は一人だ。足音と荒い呼吸だけが、耳に響く。

ひゅっ……ひゅっ……。


 その音がまた聞こえる。今度はすぐ近く、まるで俺のすぐ後ろで。振り返るが、そこには何もない。ただ、闇が濃く、まるで液体のように俺を包み込んでいる

いやに冷たい空気が肌にまとわりつき、首筋に何か湿ったものが触れたような感覚が走るほど錯覚しては、勝手に想像させられる。

指か、髪か。

「誰だ!?」


俺は叫び、さらに加速する。


 両手は自由だ。脚も自由だ、体だって自由だ。拳を握り、肩を下げ、ただ走る。壊す。それだけが頭を支配する。石床を蹴りつけ、足音が通路に反響する。闇の奥へ、突き進む。


ガガン!

また壁を突き破る。天井が崩れ始め、大きな石塊が落ちる。

ドカン

通路が半分埋まり、足元が不安定になる。だが、俺は走る。壊す。がれきの隙間を抜け、崩れた通路を突き進む。呼吸音が追いかけてくる。

ひゅっ……ひゅっ……。

すぐ後ろで、また呼吸音がする。

まるで首筋に吐息がかかる距離だ。


視界が曇る。通路全体が振動し、天井から細かな石屑が降るからだ。

それでも次の壁に体当たり。

厚い石が粉々に割れ、破片が四方八方に飛び散る。崩れた岩が積み重なり、通路を半分塞ぐ。冷たい風が吹き込み、腐臭が依然と鼻をつく。

 俺は構わず突き進む。

崩れすぎたこの場所で足元が不安定になる。


でも止まらない。石が砕け、大きな塊が転がる。天井が揺れ、ひび割れがさらに広がる。埃が視界を覆い、息苦しくなるが、俺は走り続ける。


まだまだ砕石の山を越え、壊れていく道を突き進む。

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