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青灰の地より  作者: 不病真人
第一部 龍と男に焔 第三章 黎明が前の明け星

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第六十四話 帝都大備忘録・什参 ガルシドュースの飛行

 轟音を鳴り響かせて進むこと少しの間。


ズル


しかし、なおも音は止まない。

「くそ!」

防御として体から血管を突き出させては、週に一回いや、回すようにして、張り詰めるか、伸ばした血管で体のあたりを覆う。

 なぜあたりを覆ているのか、それは、体から距離を離しているから。


 「これでいい...距離を離して...触れれば、見つけられる。」

そうだ、防御よりも、体を守るよりも、この血管の防線はただ敵を見つけて、攻撃されること自体を回避することにある。


 必死に感覚を伸ばさないと!

血管を限界までに張り詰めらせる!


血管がぎしぎしと音を立てるように張り詰め………俺の体を締め付ける!?


 (おい……やめろ、動くな……!)

 思考よりも先に、腕が勝手に振り上げられた。肘の関節が逆にきしむほどの力で捻じ曲げられ、俺の指が石壁を掴む。


 ガギッ!

 爪が剥がれそうになる感触と共に、俺の体は壁に叩きつけられ、反動で宙に浮いた。

 「ぐッ!」

 咄嗟に脚を丸めて着地するが、血管はなおも動く。まるで俺の意思など無いかのように、全身を操り、もう一度壁を掴んで跳躍させる。


 (こいつ……俺を飛ばして、どこに行こうってんだ!)



 肩が勝手に揺れ、腕が空中を叩きつけつように動かされ。ましたの地面に亀裂が走る。次の瞬間、血管が俺の腕を弓のように引き絞り、解放。


 「うおッ!」

 全身が前方へ弾き飛ばされた。まるで投石器の石弾のように、俺は狭い通路を一直線に飛ぶ。石壁に背が擦れ、火花が散る。衝撃で呼吸が止まりそうになる。


 動く反動で血管の締め付けと対衝しては血管がさらに引きずられ、俺の体ごと前方へ引き寄せられる。腕が引きちぎれそうだ。


 (くそっ……離せ!)

 必死に抵抗するが、自分の血管だから、体内で繋がった部分が邪魔しては、俺の筋肉の動きを止める。

 ドガッ!


 背中から壁に激突した衝撃で肺の中の空気が一気に押し出される。まだ飛んでいる――いや、飛ばされている!


 「━━ッ、ぐぅッ!」

 その瞬間、首に絡みつく感覚。ぞわりと皮膚が粟立つ。

 血管だ。自分の血管が、蛇のようにうねりながら首に巻き付いていた。


 ギチッ━━!


 音が聞こえた。骨か、軟骨か、それとも血管そのものが軋んだ音か。

 喉を塞がれた息は途中で止まり、吸い込んだ空気がどこにも行けずに肺の奥で暴れる。

まさか俺が驚いていた音の正体は、俺の中の血管からだったのか?!

いやそれよりも....

 (やばい……呼吸が、できねぇ!)


 反射的に喉へ手をやる。だが掴めるのは自分自身の血管――握れば握るほど、首の奥が締め付けられる。

 体はまだ前方に投げ出され続ける。足が地面をかすめ、石畳が皮膚を剥ぐ。

 脳がじりじりと焼けるように熱くなり、視界の端が暗く染まっていく。


 「は、はなせぇぇッ!」


 喉から絞り出した声は自分の耳にも届かないほどかすれていた。

 だが血管は、さらに強く締め上げてくる。


 ――バキリッ。


 首の後ろで何かが鳴った。

 痛みよりも先に、恐怖が全身を支配する。


 (このままじゃ……殺される! 俺が俺を殺す!)


 必死に腕を振り回し、無理に壁に爪先を突き立てる。石が剥がれ、粉塵が舞う。

 その反動で一瞬だけ首の血管が緩んだような気が

ドガッ!

 壁を砕いてもなお止まらない。

まだ突進の勢いは止まない!壁が壊れていく。次から次へと

(動きが、また首にッ)


 ギチギチギチギチ……!

 耳元で嫌な音が鳴る。首に絡みついた血管が、さらに一段締め上げるたび、頭蓋骨の内側で血が暴れ回り、目の奥が熱を帯びる。


 (まずい、このままでは叩きつけられて……制御がどんどん失われていく! 壁を壊す過程で……止めなくては!)


 だが止まらない。いや、止まれない。


 ドゴォォン!!

 次の瞬間、俺の体は雨の日の雨粒が地面に落とされるかのように前方の壁を簡単に突き破った。石片が水飛沫のように飛び散る。

 衝撃で首がガクンと後ろにのけぞり、気管が半分潰れた。空気が入らない。


 「が、はッ……ぐぅぅううッ!」

 声にならない呻きが、喉の奥で泡立つ。

 手足が勝手に痙攣し、壁から壁へと跳ねさえする。まるで通路そのものが俺を撃ち出す装置になったかのようだ。


 そんな反動次第で首元あたりでの血管がさらに締め付け、頭が後ろへ引かれる。眼球が飛び出しそうだ。

 視界が震える。血が逆流している。


 (やめろ……! おい、やめろぉッ!!)


 必死に意識を保ちながら、俺は両手を首にやる。

 ギチギチと軋む感触が指先から伝わる。力を込めて剥がそうとするが、筋肉の深部から伸びた血管は、まるで鉄線のように皮膚を食い込ませ、離れない。

 しかも――


 バンッ!

 右肩から背骨にかけて痙攣が走り、体が勝手に前転。次の壁へ跳び込むように姿勢を作らされ、障害物を押し除けやすいような構えをさせられてしまう。


 ズガァァン!!

 着地。粉々に砕けた石壁の破片が頭上から降り注ぐ。

 息が、もう完全にできない。


 (息が……足りねぇ……意識が……!血流が....)


 頭の中で火花が散り、耳の奥でキィィィィンと高音が響く。

 首の血管はなおも締め付ける。

外からだけでなく、中までもが引きづられているようだ。

多分、今や皮膚の上からも、浮き出た血管が動いているのがはっきり見える。

 青黒い蛇のように、俺の喉元を締めながら、さらに胸骨の下へと伸び、心臓の拍動を直接握り潰そうとしていた。


 「や、やめろッ……っ、俺を……殺す気か!」

思わずに自分に、、自分の血管に命乞いのようなことをしてしまう。


 その瞬間、視界が真っ赤に染まった。

 血管が首の動脈を完全に圧迫したせいか、脳へ血液が流れ込む感覚が一瞬で変わる。

 耳の奥で心臓の音が、ドクン、ドクン、と鈍く響く。


 (落ちる……このままじゃ意識が落ちる!)


 必死に頭を振るが、血管が頭蓋ごと固定する。

 俺の意思など一切通じない。


 さらに飛ぶ。


 ズドオオオン!!

 狭い通路の先、広間に出た瞬間、俺の体は天井近くまで打ち上げられ、真下へ叩きつけられた。


「うっ...う」

(浮いていやがる。)


 首の血管がピンと張り、まるで見えない糸に吊られた人形のように、俺の全身が宙吊りになる。

 足が床を引っ掻き、だが届かない。血管に締め付けられるばかりで指先から血がにじむ。

そうか、俺は体内の方が強いんだ。

体内の方が強度が高いいんだ。


 (苦しい……息が……!)


 喉の奥で空気が通らない。肺がぎゅうぎゅうに圧迫され、呼吸ができないの苦しみが限界を超える。

(だけじゃない...血のない...流れが...)

 視界が黒と赤でチカチカし、世界がおかしい。


 ギチ……ギチ……!


 血管がさらに食い込み、頸椎のひとつがミシ、と鳴った。

 脳内で警報のような痛みが響く。


わかったんだ、きっと息ではない、血を。

血の流れを止められたせいなんだ。


 ガリ

 (折れる……首が折れる!ちじゃやないあばば!しぬぅ!骨が折れそうせいだぁ!)


 必死に足を振り回し、床に叩きつけないと。


 ガン! ガン! 

血管は切れたか。

石床が割れているか、地面に触れているのか。

 まだ血管は離れない。ますます締め付けが強く!


 ━━その時。


 バキンッ!!

 首の後ろで何かが弾けるような音がした。

 次の瞬間、血管の締め付けが

 「ッはぁぁぁああああッ!!」

 痛む。

 首の血管を両手で掴み、引きちぎる勢いで引っ張る。

 ブチブチと音を立て、皮膚が裂ける感触が走る。

 しかし血管はまだ首に絡み蠢く。


 (なら……こっちから引きずり出す!)


 腹筋に力を込め、背骨を反らせ、前方に宙返り。

 その勢いで血管を自分ごと地面に叩きつける!


 ドゴォン!!!

 床が陥没し、石の粉塵が舞う。

 血管が一瞬痙攣し、締め付けが緩んだ。


 (今だ━━!)


 全身の力を込め、血管を無理やり体から引き抜く。

 ビチャッ、と湿った音と共に、首元の血管の一部が外れた。


 「ぐっ……はぁ……ッ、はぁッ!」




 (止めろ……止めろ止めろ止めろッ!)


 腕を振り下ろし、床を殴りつける。

 砕けた石片が飛び散り、血管が怯んだように縮む。


 隙を見て俺は全身の筋肉を逆立て、血管を弾き飛ばす勢いで跳躍した。

 狭い通路を、なおも弾むように飛ぶ。


石片がまだ落ちきらないうちに、俺は腕をとにかく大きく振り抜いた。

 その反動で全身が弓のようにしなり、足が地面をかすめるほど。


 バンッ!


 一瞬の反動のみ、なのにすでに俺の体は前方へ射出された。

 狭い通路の床すれすれ、腰の高さほどの低空で、全身が地面と並走する。

 耳の奥で空気が裂ける音が鳴った。風圧が頬を切る。


 「は――っ!」


 腕をもう一度、前へ振り出す。血管に締め付けられるばかりの肩の関節が悲鳴をあげながら崩れていく、それほどの加速。

 筋肉の反発が全身を押し出し、さらに速度が上がる。

 通路の壁が両脇に流れる。いや、消える。

 目に映るのはただ、前方へ伸びる一本の線だけ。


 ドゴッ!


 指先が空を叩くたびに、衝撃が背骨を通り、次の空中における跳躍へと変わる。

 両腕が振り下ろされる度に全身がさらに沈み込み、次の瞬間には地面すれすれを滑走するように飛び出せば高度と速度が上がっていく。

 まるで見えない波に乗せられているかのように、地面を蹴らずとも進む。


 (速い――いや、速すぎる!)


 壁との距離が一瞬で詰まる。

 反射的に片腕を叩きつけ、壁を蹴るようにして反動をもらう。


 バギンッ!


 石壁が砕け、砕片が火花のように弾ける。

 体は壁に沿って鋭角に跳ね返り、ほとんど地面を擦るほどの低空を維持したまま、向かうべき次の通路へ突入。


ここを崩してはいけない。ハルドたちが死んでしまう。


 「おおおおおッ!」


 喉が焼けるほどの叫びが、風にかき消される。

 それでも俺は止まらない。

止まるなガルシドュース

 腕を大きく回すたび、血管がまだ皮膚の下でうねるが、逆に奴が俺の動きを利用して、俺の体を操るように、俺もその動きを利用して、さらなる推進力へと変える。


 ドゴォォォン!!


 通路の床を叩き割り、飛び石のように次々と地面を蹴る。

 跳躍、反動。

 そのすべてが瞬きもない中に押し込まれ、俺の体は常に前傾姿勢のまま飛翔を続ける。


 低空で壁の角をかすめるたび、石が裂け、砕き、火花が散る。


何度見ても床の紋様が線になって流れ、多分第三者ではもう速度を認識できない。

早すぎるからだ。


 (これだ……止まるな、もっと速く――!)


 さらに腕を振る。今度は両腕を同時に、前方へ叩きつけけ戻す


 ズドオオオンッ!


 耳を打つ風の暴力がさらに強くなり、背後の通路が一瞬で遠ざかる。




 周囲爆ぜるように割れ、粉塵が四方へ吹き飛ぶ。


 腕の反動、背骨のしなり、筋肉の収縮――そのすべてを連動させ、飛ぶ。

 俺は、また飛んでいる。

 飛んでいるというよりも、弾かれているのかもしれない。

 だが今は、弱っていたはずなのに。ここへ来てから、初めて強さが戻って来たような気がする。理由はよくわからない。


きっと俺が強く望めば何でもできるかもしれない。そう実感させられる。


 (浮いてる……! まだ落ちない!)


 次の瞬間、体の奥からじわりと力を抜けさせる。

 腕の振りも、脚の蹴りもやめ、筋肉の硬直で伸ばしていた体も緩める。

 すると。


 フワリと世界が変わる。


 急加速の重さから一転、体は重力から解き放たれたようにゆっくりと浮かんだ。


 体が少しだけ体勢が変わる。


 (……これが、飛んでるって感覚なのか)


 喉の奥から息が漏れる。

 腕を腹の方へ折り曲げる。肩甲骨がぎゅっと背中の中心へ寄り、飛ぶ時に感じた抵抗が減り、浮遊感が伸びる。


 (まだ行ける……もう少し、前へ……)


 わずかに背骨を反らせると、視界がぐらりと上へ傾く。

 浮遊が傾き、次の瞬間、体がゆっくりと上昇し始める。


(そうか、力の加減次第で少し浮いたり、空中でも簡単な方向調整が...では無理に体を動くのはどうだ?)


きっと...そう、きっと直角で曲がる。


 スッ。


 足先が床に触れそうになる直立な体勢の寸前、腹筋を強く引き締め、両腕を大きく振り抜く。

 腕の動きが反動になり、再び前方へと射出された。


 バシュッ!!


 空気が裂ける。



 (速い……いや、もっと速く!)


 再び脚を胸の方へ引き寄せ、体を小さく丸める。

 すると加速がわずかに途切れる。浮遊感が生まれてきた、これならば方向転換のための余裕ができる。


 (右だ。)


 体を捻る。肩から腰へ、背骨を一本ずつねじるようにして、空中で体を傾ける。

 その間、速度は落ちていく。風が少しずつ穏やかになる。


 だが、完全に止まる前に


 ドンッ!


 左手を掌状にして左側を絡めるように進めると。

 石片が飛び散り、腕に走る反動で体の向きが一気に変わり、直角に、右方向へ飛んだ。


 (ッしゃッ曲がれた!)


 体が傾いたまま、通路の壁ギリギリをかすめるようにして滑る。


コツはわかってきた。


 腕を振る、脚を振る、そのたびに加速と減速が交互に襲う。

 減速の刹那には必ず浮遊感があり、そのわずかな時間で方向を決める。

 決めた瞬間、次の反動でまた飛ぶ。

勇敢なる突進と異なる本当に移動に使える...飛ぶことができるんだ...


 直角、斜め、天井すれすれ、床すれすれ

 そのたびに体は少しずつ捻じれ、腕や脚が無意識に動き、推進力へと変わる。


 空中で体を曲げ、足を胸の方へ引き寄せると、重心が一気に後ろへずれ、回転が始まる。

 背骨をひねって回転を制御し、視界がくるりと反転する。

 天井と床が何度も入れ替わり、次の瞬間、再び前傾姿勢に戻っている。


 バキンッ!


思うがままに体を動くのは難しい、しかしそうすれば飛ぶことは答えてくれるから動かなきゃ。

 体を振り子のように振って進行方向を変えられる。

 横向きに飛翔。

 前向き

 向き、後ろ

 立ち上がった姿勢で飛ぶ。


 (やべぇ……楽しい……!)


 圧倒的な爽快感が勝つ。

もう血管を切り離す目的なんてどうでも良かった。

 浮遊感、加速感、体が空気を切り裂く感触。

 すべてが俺の中でひとつになっていく。


 腕を振るたび、風が悲鳴を上げる。

 脚を振るたび、通路の石が砕ける。

 そしてまた飛ぶ


 もう地面の存在を感じない。

 床も天井など踏み台もない中で、次の瞬間に蹴るための支点にすらいらない。


 (もっと速く、もっと遠く!)



 俺は両腕を一度だけ大きく振り抜き、全身を丸めていき、戻すと射出された。


 ズガガガガァァン!!


 空気が壁を削るような轟音が広間に響き渡る。

 俺はそのまま天井近くまで舞い上がり、弧を描いて真下へ降下


 着地の衝撃で床が完全に抉れた。


 粉塵が舞い、耳の奥で血が鳴る。


 腕を振る、脚を振る、背中を反らす。


 飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。



「...新しいことができるには...これは嬉しいな。」


気がつけば血管はなくなっていた。

人間から血管がこれだけなくなっていても死なないだろうか。


(しかし不安はある、俺の体内にあった血管だから、結局は綺麗にできたかわからない....まぁいい、このままハルドやリドゥを連れて、上へ飛ぶ。

地上に戻る。)


「そう言うわけだ。上で城主を見てこよう。」


 「え、本当で?飛ぶって死んます。あっしまだ。」


「いいことを教えてやろう、混沌の中に闇あり。」


 「..?」

「...何でもない...」

(ここいらの書庫で読んだ本の知識..使えないな。どの本だったっけ...あ、確か。役立つ踊り子生活全集...は?)


思考が混乱する瞬間、俺は脚を大きく折りたたみ、腹筋を限界まで縮めた。

決してガルシドュースが逃避したわけではない。

(頭の声ならばそう言うと。)

 次の瞬間、全身の筋肉が一斉に爆ぜる。


 彼にもたらされるのはもちろん爆発的な推進。

 背骨を中心に力が縦に抜け、地面を弾けて飛んだ。

 ガルシドュースは真上へと射出されたのだ!


 「しっかり掴まれ!!」


 背後で叫ぶハルドとリドゥの腕を片手ずつ掴む。

 二人の体重が一瞬で腕、次に背中の方にのしかかるが、速度がそれを感じさせる暇を与えない。

 骨がきしむほどの重さも、上昇の力に飲まれていく。

この重さは体が一気に伸び、内臓が引きずられる感覚がする。

さらに血液が下半身に引きずられ、視界の端が黒く染まりかける。


 (耐えろ……まだ、加速できる!)


 脚を腹の方へ強く引き寄せ、さらに背中を反らせる。

 全身が一本の槍になった感覚。

 次の瞬間、俺たちは天井に激突しない。


 バリィィィィィン!!!


 石の天井が破裂音と共に砕け散り、粉塵と石片が下へ降り注ぐ。

あまりにも激しすぎる速度がもたらす圧で避けたんだ。

 俺たちはその裂け目を抜け、さらに上昇を続けた。


 「うおおおおおッ!!」

 ハルドの叫びが後ろから聞こえる。

 しかし徐々に声が空に吸い込まれていく。


 視界が広がるからだろうか。

 閉ざされた地下の世界から、巨大な空間、いや、空そのものへ。

 冷たい外気が顔を切る。

 肺に入った空気が甘いほど冷たい。

血管に血反吐を吐かされたからだろうか


 (……空だ……!)


 体がまだ上昇している。

 ハルドもリドゥも、背中の方でで息を呑んでいるのが分かる。

 彼らの体が無重力のように浮き、指先が離れそうになるが、ガルシドュースはそれに注意する。


「捕まれ!」




 風圧で背中を押す。

神術を操作していたような感覚がしたからだ。

爵銀よりももっと凄まじく。

 まるで空気そのものが押し上げてくるかのようだ。

 重さが消えた。

 いや、消えたように錯覚するほど、体が軽い。


 (まだ落ちない……まだ行ける!)


 足を伸ばし、両腕をさらに前方へ振り出す。

 その反動が上昇速度へと変わり、雲を突き抜ける。


 白い。


 雲の中を抜けると、一瞬だけ世界が真っ白になる。

 水滴が頬を叩き、髪がびしょ濡れになるが、それさえ心地いい。


 そして


 広い....


 雲海を突き抜け、視界が一気に開けた。

 蒼い空が、どこまでも広がっている。

 太陽の光が眩しく、目の奥が焼けるほどだ。


 「……見ろ、ハルド、リドゥ……」

 言葉が風に溶ける。



 眼下には、さっきまでいた地下、そこに砕け散った天井が、全てが、小さく遠ざかっていく。



 浮遊感が極限まで高まる。

 加速も、重力も、もう何も感じない。

 ただ、空に放たれた。


 (これが……飛ぶってことか……)


 両腕を少し緩め、仲間を胸に抱き込むように体勢を変える。

二人が墜落で崩れて死なないために。

 風が柔らかくなりなるように姿勢を構えては、三人の体が宙でゆっくり回転する。


 真上を見れば、ただ果てしない蒼。

 真下を見れば、雲が絨毯のように広がる。



 体がさらに軽く、さらに速く、さらに速く。

 青空が薄くなり、呼吸の間隔ができてくる。

余裕ができる。

 胸の奥が焼けるほど酸素を求めるか、それすら快感に変わる。


しばらくして足が石畳をかすめ、重力が戻ってきた。

着地の瞬間、かかとから突き抜ける衝撃が背骨を叩き、地上に戻されたのを感じると身体をひねり、風を逃がす。

 衝撃が完全に両脚から駆け上がると同時に、腰の芯で受け止めた。


膝が鳴り、靴底と石の摩擦が火花のように散る。

わずかに滑行して止まると、体中の血が一気に重くなった気がした。

なんだか俺が地面の支配に自分から降参した、そんな風な感覚だった。


「……ッはヴォケぇえ!」


 ハルドが吐息とともに地面を踏み、リドゥも重い息を吐くと思えば二人は吐き出した。

 二人ともまだ空の揺れを体に残しているのか、ふらりと体勢を崩したまま吐瀉物を下に撒きつける。

俺は見たくないから。頭を上げる。

 目の前は昼間に見える。


囮として俺たちのフリをさせたものらの声もしない。

嫌な静けさだった。遠くへ行けたことを祈りたい。

いろんな観点から。俺たちが行動しやすいように。やつらの無事を祈るように。


「いけましたかねぇ、今のでバレないといいですが。」


 リドゥがぽつりと呟く。

飛んだ恐怖の興奮からだろうか。

 その声がやけに大きく、城の中庭に響いたはずだ。

そしてまるで返事をするかのように、どこかで鎧の鎖が微かに鳴った気がしたが、次の瞬間には消えた。


「城主の間を見に行く。」


俺は先頭に立つ。

 靴音を吸い込む廊下を進むと、焦げた匂いと、古い血の鉄臭さが鼻を突いた。

床に落ちた照明の柄を踏み越え、壁にこびりついた黒い飛沫を見る。

生臭い、まだ乾ききっていない。


「……何があったんで?」


ハルドが声を落とした。

 俺は答えず、扉を押し開ける。


城主の間は、惨憺たる有様だった。

石造りの床に、城主がうつ伏せで倒れていた。

 背中に長い刀が突き立ったまま、腕は痙攣するような形で固まっている。

その手は、まるで何かをつかもうとするように前に伸びていた。

 首筋から下がった血が床に黒い水たまりを作り、そこに倒れた飾りや雰囲気用のと聞いていた、城主お気に入りの燭台の炎が小さくある。


「死んでる……」


 リドゥが声を震わせた。

俺は膝をつき、死体を裏返す。

目は開いていた。口も。

舌が青く変色して、歯の間に血泡が固まっている。

毒か、呪いか──あるいはその両方だ。


「……これは多分儀式だな。」


俺の喉がひとりでに言葉を吐いた。

背筋が冷たくなる。

ただの暗殺ではない。

血の流れ方、刀の角度、城主の手の形──すべてが計算されている。


「俺の血管を呪ったんだろう。」


言ってから、心臓が跳ねた。

胸の奥の血がざわつく。

そうだ、あの夜から続いているはずだ。

(違和感をなぜ気にしなかったんだ...)

脈打つたび、血管が内側から擦れるような感覚。

偶然ではない。狙われたんだ、最初から。

怪物に取り込まれた時からだろうか...

 (俺を狙う奴らは一体...)


そのとき──音がした。


金属が擦れる音。鎧の音、鎖帷子が揺れる音。

複数人だ。多い数だ。

廊下の向こうから金属の足音が迫る。


「そこか!」


 怒声と同時に、火矢が飛んできた。

矢といっても炎の束だ。

先端が火球のように赤く燃え、唸りを上げて長い矢のような直線がこちらに一直線に飛ぶ。


 俺は身体をひねり、わずかに肩を落とす。

火矢が頬をかすめて壁に突き刺さり、爆ぜた。

熱風が襟元を焼き、髪が一瞬焦げた匂いがする。


二射目、三射目──連続して来る。

俺は床を蹴り、回転すれば二つ目を躱す、そして三つ目を手首で弾く。


四つ目は逆に足元すれすれで飛んできたので、膝を曲げて跳び上がり、空中で掌をかざす。

火矢の流れが一瞬止まる──いや、止まったように見えた。

 力が、掌に集まったのだ。

俺はそれを前へ押し返す。


ドン、と音がして、火矢が飛んできた方向へ戻る。

廊下の向こうで悲鳴。

火花と煙が上がる。


「くそっ、こいつ──!」


兵士の増援が何人も現れる。

鎧の音、武器が音。

炎の矢先が何本もこちらに向けられては並ぶ。


「下がれ!」


俺はハルドとリドゥを後ろへ押しやり、部屋のど真ん中に立つ。

呼吸を落とす。

周囲の空気の流れを感じる。

一本、二本、三本──飛んでくる順番が見えた。


 足元の石畳を蹴り、体を斜めにする。

最初の矢を背中で避け、次の矢は手首で当てるようにすると、横に弾き、三本目は指先で方向を逸らす。

火花が舞い、壁が焼ける匂いが鼻を刺す。


 四本目が一直線に心臓を狙ってくる。

俺は逆に一歩前へ踏み込み、掌を前に突き出す。

火矢が吸い込まれるように掌の前で止まり、炎が渦を巻いた。

熱が腕を焼き、皮膚がひび割れる。

だがその熱を、さらに押し返す。

炎が球状に膨らみ、敵の方へ弾け飛ぶ。


兵士たちの列が一斉に崩れる。

炎の壁が廊下を焼き、悲鳴が重なった。


煙が晴れたとき、立っているのは俺だけだった。


おはじきで掌を叩くと火を消したり、口で息を吐いては吹き返して、吹き返していた息が火と重なっては、そこで強力な火炎放射の反撃になったりと、さまざまなことだった。


 やがて兵士を全て倒した。

死なない程度で。


初めてだったかもしれない。ここまでの旅で。


 今回は不思議と殺意や怒りは薄かった。


少しの間面識ができいたせいだろうか...ガルシドュースよ。


「城主を思う気持ちはよくわかる、そして今の俺に弁解できないのもわかっている。」


「だが俺を攻撃したから、とても悪いことだ。心からごめんないさいと思いながら死んでいないことに感謝しろ。」


 そう言いながらなんだか、ぎこちない顔をして、これではかっこよくないではないか?とそんな気がして手を振り翳して。少しだけ雰囲気を出してみる。


「これで全員殺さないように気をつけているから、大丈夫だ。俺の慈悲深さに感謝をしながら、お前たちは今日も生きながらえたことに感謝をしろ。」

早口になってしまったが、少しだけ気持ちは通じているだろう。

(やっぱりなんだかかっこよくないなぁ...覚悟が足りないようなやつに見えてしまうし、気取った強者に見えないなんて!)

「いいか!オラァ!」

行かなくては、汚名返上と名誉挽回がために。

真実を、この地を抜け出す方法を。

この精神世界か、あるいは何か、そんなわからないこの場所を絶対に抜け出してやる。

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