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第9話 建国祭(後半)7

「他国の人の往来も多くなっているし、平民の間では異国の人と結婚する様子も見られるようにはなってきた。それに、実は外交の一つとして婚姻を提案してくる国も少なくないんだ」

「もしかして、ラゥルウントからも……」

 リティアは、ヴェルターがアンに魅かれるのは何もヴェルターの気持ちだけではなかったのだと、はっとした。国の利益のためでもあるのかしら。

 

 ヴェルターは微笑んだまま頷いた。ヴェルターはなるべく平静を装って話した。

「どうしたものかと思っていたんだけど、受け入れてもいいのかもしれない。今後、シュベリー伯爵夫人のような人が救われるように」

 二人の会話は微妙にかみ合わないものであったが、それぞれが思い込んだ相手の想い人のことで心痛から冷静さを欠いた状態では気づくことが出来なかった。

「そうね。王族が受け入れたとなれば他の貴族たちも考えを変えるでしょうね」

 ヴェルターは、“王族?”と思ったが父である国王の許可ということだろうかと深く考えなかった。


「外交でということはもちろんお互いに利益があるって事よね」

 リティアは疑問に思っていることを口にした。

「君だから言うけど、アンはこちらに有利な条件ばかりを出して来たよ。まるで本当の目的が“契約結婚”に見せることなんじゃないかってくらいね。かなりの資産を持参してくることになるだろうね。こちらから提供するのは大したことではない。子供たちの教育、アカデミーの見学もその一つだ」

「だから、子供たちをたくさん連れていらっしゃったのね」

「そう。ラゥルウントも今が過渡期なんだよ。アンはそのために王になったんだからね」


 リティアはアンの話をするヴェルターは熱いまなざしをしていて、同じ国を統治するもの同士、志が合うのだろうと羨ましくなった。自分は、この立場から逃げ出したくて仕方がなかったというのに。利益だけじゃない。ヴェルターの気持ちもアンに向いている。……完敗だと思った。とてもじゃないが自分では敵うはずがないのだと。


「素敵な人ね」

「ああ、そうだね」


 リティアはそれでこそ、待ちわびた“悪女”だと思った。


「羨ましい」

 リティアはつい、心の声が零してしまった。ヴェルターが心配そうにリティアを気遣った。


「大丈夫、リティ。君の事は僕が絶対に何とかしてみせる。君が、好きな人と……結婚出来る様に」

 ヴェルターの言葉は力強かった。だが、ヴェルターはどうしても“君が、ウォルフリックと結婚出来る様に”と言えずに濁した。それこそ、ヴェルターも“羨ましい”と溢してしまいそうだった。


 こうなれば、国益のためにラゥルウントの王族と結婚しても構わない。リティアとの婚約破棄がやむを得ない理由だったと知らしめることが出来るなら、構わない。リティアが幸せになれるなら。いつか、リティアほど愛せることはなくとも自分の妻になった誰かを愛する努力をしよう。王子に生まれた責任と、リティアを愛した責任を取ろう。


 ヴェルターは幼馴染の幸せを願い、そう決心していた。


「ヴェル、建国祭のパーティーでは、私はまだあなたの隣に立っていいのかしら」

「もちろんだよ、リティ。婚約を解消しようと、僕の君に対しての気持ちが変わるわけじゃない」

「……ええ。私も、ずっと一緒に大きくなって来たのだもの。あなたとは違う縁があったのだと思うわ。友人として時々は話しかけてもいいかしら」


 ヴェルターは「もちろん」と微笑んだ。二人はヴェルターの髪が夜の風に乾かされるまで話し続けた。思い出を語り合うには打ってつけの夜だった。


「ヴェルター、すっかり髪が乾いてしまったわね」

 そう言って見上げたヴェルターの髪が月に照らされ輝いていた。リティアはそこでやっと気が付いた。ヴェルターの髪が元の髪色に戻っていることを。


「ヴェル、髪の色、戻ったのね」

「今更だな」

 ヴェルターが苦笑いする。


「やっぱりヴェルターはこっちの方がいいわ」

「そうかい? 」

「ええ。光を跳ね返すの。まるでよく磨かれた金属みたいね」

「……金属」


 ヴェルターはぽかんとした後笑い出した。

「それ、褒めてないよリティ。金属って。あははは」

「え、綺麗じゃない、銀の食器とか、カトラリーとか。装飾品とか」

「……うん、そうだね」

 ヴェルターの肩はしばらく揺れていたが、やがて月を見上げたまま静かになった。リティアも同じように月を見たまま動かなかった。思い出に浸る時間だった。隣にいる。ずっと当たり前のように過ごしていた時間が当たり前でなくなるというのは二人にとって受け入れがたかった。


「リティ。君も髪を洗わなきゃね」

「あ、そうね。一日だけのブラウンヘア。目立たないのは私だけだったわね。名残惜しいけど、仕方がないわ……」

 リティアが名残惜しいのは、髪色だけでは無かった。今のこの時間、それからヴェルターの隣。あれほど譲る準備は出来ていると思っていたのに。


「うん、名残惜しいけど、仕方がないね」

 ヴェルターも心からそう言った。ヴェルターは愛おしい気持ちを抑えてリティアのブラウンの髪を撫でる。もう、あの愛らしい甘やかな色の髪を撫でることは出来ないだろう。


「明日、私は先に帰るわね」

「ああ、馬車を用意しよう。今度はうんっと派手なものをね」

「ふふ、ヴェルターったら」


 正体が悟られないように華美でない馬車に乗ったのも二人にとっては初めての経験だった。リティアは数日早く公爵家に帰って建国祭最終日のパーティーの準備を始めなければならなかった。ヴェルターは明日にアンにアカデミーや孤児院を案内するのだろう。本当はこれ以上ヴェルターとアンが一緒にいるのを見たくなかったのだ。これから先、嫌というほど見ることになるのだとわかっていても今はまだ耐えられそうになかった。


「さあ、部屋まで送ろう。僕みたいに濡れたままにしちゃダメだよ」

 ヴェルターはそう言って直ぐ近くのリティアの部屋まで送った。

「おやすみなさい」

「おやすみ、リティ。……君の幸せを願ってる。それだけは忘れないでくれ」

 ヴェルターの本心だった。リティアは頷いた。上手く笑う努力をしていた。


 翌朝、アン一行に見送られリティアは先に滞在していた宮殿を後にした。アンたちも街の祭りを有意義に過ごしたようだった。アンはペールのお陰で結局目立ったと笑いながら愚痴を溢していた。

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